錬金術研究所での一幕 後編
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人魚の濡れ髪 品質:良 レア度:S
大海のどこかに住む人魚、その長く美しい黒髪。
人魚は友好の証として髪の毛を贈ることがあり、その髪の毛は決して乾くことはない。
この髪の毛を美しい装飾品にされることは、人魚にとって最高の名誉である。
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人魚の髪の毛…最初に見た時、正直に言ってホラー感のある呪物かと思った。ベチャベチャに濡れている長い髪の毛を不気味と思うのもわかるだろう?
ただ良いモノだとわかった上で観察すれば、とても艶のある、よく手入れされた髪の毛だとわかるだろう。人魚というのがどのような姿をしているのかはわからないが、少なくとも美容を意識するほどに高度な文化を築いているのは間違いない。
「人魚か…それが海巨人と何か関係があるのか?」
「大有りさ。どうやら人魚達は海巨人に仕えている種族だって本人が言ってたらしい。それよりも…はい」
しいたけは人魚の髪の毛を私に差し出した。これはお前が貰ったモノだろうに、という私の疑問を予想していたらしい。私が口を開く前に理由を話した。
「【鑑定】したならわかるでしょ?これって装飾品にしないとダメなんだよね」
「あー…お前達が持っていたら薬品になってしまうか」
「そーゆーことー」
しいたけ達は錬金術師であって、この髪の毛を装飾品にすることは出来ない。つまり、これを渡すべきはアイリスなのだ。これを私に渡すということは、彼女に届けろと言いたいのだろう。
私を使い走りにさせるつもりらしい。ちょうどアイリスの様子を見に行こうとは思っていたし、そのついでに届けるとしよう。
「わかった。届けてくる。デザインなどに関して、何か注文はあったか?あったのなら伝えておくが?」
「デザインには何の注文もなかったけど、貰ったアンが言うには人魚って自分達が世界で一番美しい種族だって思ってるらしいよ。んで、そんな自分の一部も世界で一番美しいモノだって本気で思ってる」
「なるほど、変なアイテムには出来んということか。わかった。しっかりと伝えておこう。では皆、またな」
「ああ、いつでも来てくれ」
「ほ〜い。んじゃね〜」
しいたけから聞くべきことは聞き終えた。私は実験室にいた者達に挨拶をしてから退出する。私が地上に降りたその瞬間、実験室の窓からは大きな爆発音と共に緑色の煙が立ち昇っていた。
風に吹かれて私の元にまで刺激臭が届き、意味があるのかは不明だが仮面の上から鼻を押さえる。この短い時間で何があったのか気になりつつも、振り返ることなく私はアイリスの工房を目指した。
「アイリス、いるか?」
「あっ、イザーム」
「あら?」
アイリスの工房に向かうと、そこには一人の先客がいる。それは『Amazonas』のアマハであった。二人の間には弓があるので、きっと弓の手入れか強化、あるいは新しい弓の受け取りなどのために来たのだろう。
私は二人に軽く挨拶をした後、しいたけから託された人魚の髪の毛をアイリスに渡す。【鑑定】する彼女はなるほど、と呟いた。
「装飾品にしなければならないアイテム、ですか」
「ああ、その通りだ。しいたけから聞いた話をそのまま伝えておくぞ」
人魚は自分達を世界で最も美しいと思っていること、そして自分の部位も同じく美しいと思っていることを告げる。するとアマハはうんざりしたような口調でそうなのよね、と言った。
「ああ、そう言えばアマハも海巨人探索に向かっていたのだったな。人魚には会ったのか?」
「ええ、ええ。会ったわよ。正直、仲良く出来ないタイプの女だったわ」
「随分と頭にきているようだな」
「はっ!イザームだって実際にあったら辟易すると思うけど?まあ、チンピラとかは鼻の下を伸ばしてたけどね」
明らかにイライラしているアマハは、溜め込んでいた感情を爆発させるかのように人魚と会った時のことを話してくれた。どうやら相当に腹に据えかねていたようだな。
私達の海から突き出された巨大な銛という目撃情報を元に、彼女らは周辺海域の調査を開始した。アン達の海賊船に加え、アマハとヨーキヴァルという空の目がある彼らはすぐに小さな岩場を見付けたという。
海面からいくつもの岩が覗いている場所へ上陸した時、海中から五人の人魚が姿を表した。人魚は上半身は人型で、下半身は魚という伝承通りの姿であったという。一瞬だが以前に見たことがある日本の人魚…頭部だけが人間のそれになっているアレではなかったようで安心した。
「連中は確かに美人揃いだったよ。美人であることは否定しない…まあ、服装はちょっと変だったけど」
「服、ですか?何ていうか…意外です」
「ああ。一般論だが、人魚と言えば貝殻で極部を隠しているイメージなのだが…違ったのか」
「ええ。あいつらは服を着てたのよ。それもメイド服を、ね」
「「メイド服ぅ?」」
私とアイリスは同時に素っ頓狂な声を出してしまった。それはそうだろう。『マーメイド』だからメイド服ってことか?安直過ぎるだろう?
だが、人魚は海巨人に仕えていると聞くし、侍女という立場ならばメイド服を着ていても不思議ではない。アマハもそのメイド服は男に媚びるようなヒラヒラした飾りなどはない、実用一辺倒でクラシカルなデザインであったと言った。
「服はどうでも良いのよ。それでその岩場は人魚にとって休憩所…もっとザックリ言えばサボるための溜まり場だったんだって」
「サボりって…結構不真面目なんですか?」
「そりゃそうよ。なんたって全員がナルシストなんだから」
…なるほど?人魚は自分達が世界で最も美しい種族だと思っている。公言するということはナルシストであってもおかしくない。ナルシストの全員がそうだとは言わないが、そういう人物の大抵は他者を見下しがちだ。そんな者に良い感情を抱く方が難しいだろう。
「アホ共はチヤホヤしてたし、人魚連中はそれを当然みたいな態度だったわ。まともな性格の娘は一人だけ…ああ、言い忘れてたけど人魚は全員が女よ。同種の男は魚人になるんだって」
「ほう、そうなのか…」
「話を戻すわね。一人だけ引っ込み思案気味だけど優しい娘がいて、その娘とアンが仲良くなって髪の毛を貰ったのがそれよ」
「一応聞いておきますけど、他の人魚達は…」
「アホ共に貢がせるだけ貢がせて帰っていったわよ」
アマハは吐き捨てるようにそう言った。きっとその背中を見送るチンピラ達の顔には笑みが浮かんでいたことだろう。想像出来てしまう自分に少しだけ自己嫌悪を覚えてしまった。
「そうなんですね。あっ、その髪の毛をくれた人魚さんの見た目を教えてくれますか?」
「そうね…綺麗系っていうよりも可愛い系の娘よ。ちょっとタレ目で自信なさげな雰囲気だけど、受け答えはハッキリしてたわ。下半身は他の人魚も同じ魚だけど、鱗の色が個人によって違うの。あの娘は髪の毛と同じ黒だったわね」
「そうですか…貴重な話が聞けました。ありがとうございます、アマハさん」
「アマハで構わないわ。それより、弓の件は頼んだわよ」
「ええ、任せて下さいね!」
人魚の詳細について知る限りを語ったアマハは、手をヒラヒラと振りながら去って行った。工房に二人きりとなった私は、ふと気になったのでアマハの弓について聞いてみることにした。
「アマハの依頼はなんだったんだ?弓がどうのこうのと言っていたが…」
「あっ、はい。アマハさんの依頼は今使っている弓と大きさや重さを同じくらいに保ちつつ、可能な限り射程距離が長い一張が欲しいって注文ですよ」
「それは…随分と贅沢な注文じゃないか?」
弓に限らず、遠距離武器において射程距離はかなり重要な要素だと思う。その射程距離を限界まで伸ばしつつ、重量などを据え置きにしろというのはかなり厳しい注文なのではなかろうか?
だが、アイリス曰く射程距離を伸ばすだけならば対して問題はないらしい。重量云々も問題ない。ただ、問題があるとすれば威力に不安が出るようだ。
「加工や素材に射程距離を伸ばすアイテムを使えば良いだけなんですけど、そうすると威力がどうしても下がるんです」
「ふむ、そこはゲーム的なんだな」
「はい。ただ、アマハはそれで良いって言ってました。遠くから特殊な矢を当てる狙撃用の弓だからって」
「狙撃用なら精度も高めるべきじゃないか?」
「そこは能力と腕前でカバーするんですって」
アマハはヨーキヴァルを駆りながら矢を射る空中版の弓騎兵めいた戦法を得意としていたはずだが、シオのような狙撃手としても立ち回れるようになるつもりらしい。そのために射程距離だけに特化した弓を用意し、威力は矢で、精度は腕でどうにかするようだ。
随分と自信に満ち溢れた発想だが、アマハなら大丈夫だと思う。レースの時にやり合った私が言うのなら間違い…はあるかもしれないが、まあ本人が決めたことだから口出しすることではなかろうよ。
「それで人魚の髪の毛はどうするつもりだ?装飾品にすると言っても色々あると思うが…」
「無難なのはミサンガですけど、それじゃ芸がないかなって。どう思います?」
「そうだなぁ…渡された髪の量からしてそのくらいしかないと思うぞ?」
「そうなんですけど…うーん…」
それから私はアイリスとああでもないこうでもないと髪の毛の加工先について議論し続ける。そして満足の行く結論に達したところでログアウトするのだった。
次回は3月7日に投稿予定です。




