深淵探索 その二
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イザームは隠しエリア『深淵』を発見した。
発見報酬として30SPが授与されます。
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久々に出た隠しエリア発見によるボーナスSPを喜ぶ余裕が私にはなかった。何故なら、私は深淵という場所の異様さに圧倒されていたからだ。
深淵は光源と言えるモノが何もない空間であり、地獄の地表という蓋があるはずの空はどこまでも続くように錯覚してしまう。当然ながら星などは存在せず、かと言って雲も存在しない。ただあらゆる光を飲み込むような闇が塗り硬められているのみだった。
では上ではなく下はどうなっているのかと言うと、そちらはほぼ真っ黒な海となっている。広大な空間を満たすのは、通路に染み出していた深淵の軽液だろう。実際にまだ残っている『亡者の怪腕』で水面に触れてみると、粘度のせいかタポタポとどこか間抜けな音を立てていた。
水上に何かが出ている場所がチラホラと散見されるので、探索するのならそこを経由しながらになるだろう。ただし、それよりも目の前に広がる海の違和感に脳が支配されそうになっていた。
「何…この何?何か変だよね…?」
「うむ、何かがおかしいのぅ。イザームよ、わかるか?」
「ああ。水面だろう。水面が、すり鉢状になっているんだ」
その違和感の正体とは、海がある一点に向かってすり鉢状に凹んでいることだ。渦巻が発生しているのではない。海流、と言って良いのかわからないが、少なくとも目の前の海に流れはなかった。つまり、軽液はすり鉢の中央に向かって流れている訳ではないのだ。
風も吹いておらず、水面は私が『亡者の怪腕』で叩くまでは鏡のように波一つ立っていない。風の影響でもないようだし…深淵とはこういうものだと思わなければやっていけないようだ。
「頭が変になりそうな光景ですが…前進しませんか?」
「ああ。普段なら引き返していたかもしれないが、今は運良く水上戦闘の装備を全員が備えているからな」
「あ、ボクはお祖父ちゃんかエイジの肩に乗っときたいんだけど…良いかな?流石にこのベトベトの中に入るのはちょっとね…」
『寛容』を巡る戦いでは、主戦場が湖の上であった。そのお陰か全員が水上で戦うための装備を持っているはず。持っておらずとも私などは浮遊が可能だ。深淵の探索するには十分と言える。
ただし、水中での戦闘も得意なルビーは軽液に潜るのは嫌らしい。まあ、当たり前だな。むしろこんな液体に嬉々として飛び込んでみたいと思う者は相当限られてくるだろう。
こんなやり取りを経て、私達は隊列を組んで探索を開始した。先頭は最も防御力が高いエイジで、その肩には探知能力の高いルビーが乗っている。中央は私とミケロとネナーシの三人で、最後尾は源十郎に任せていた。
「静かだな…ルビー、どうだ?」
「ボクの探知範囲には気配は一つもないね。でも油断はしないよ」
緊張と共に探索を開始したものの、拍子抜けなほどに魔物と遭遇しなかった。ルビー任せにせず、私も魔術で索敵したものの、その結果は彼女と変わらない。一歩踏み出した瞬間に襲われるくらいは覚悟していたこともあり、私達は困惑せずにはいられなかった。
深淵は広く、何か目標がなければ探索は難しい。そこで私達はまず最初に入口から最も近い場所にある水面の出っ張り…おそらくは島を目指すことにした。その島に到着するまでの間、結局一度も会敵することはなかった。
敵に会わなかったからこそ、近付くにつれて姿が大きくなっていく島の全体像をしっかりと見ることが出来た。島は角ばった突起が四方八方に伸びていて、その全てがベトベトとした軽液に覆われている。液体に覆われていない場所はなく、上陸しても水面と大差ないのではないかと思われた。
「気をつけて。島の上には何かいるよ」
「上陸と同時に戦闘になると思っておこう」
私達は目配せしてから慎重な足取りで島へと上陸する。外から見えていた角ばった突起は島の地表にも小さくて細い突起がいくつも生えているが、その根元にはキノコが生えている。おお、あれは採取して帰らなければ!
そんなことを考えていると、突起の陰から何かが姿を表した。それはピンク色の粘体に似た外見の魔物だった。
ただし、その姿はルビーとは似ても似つかない異形であった。身体の全体はピンク色で、その内側には人間の臓器と思しきモノがプカプカと浮かんでいる。誰がどう見ても化け物だと思う外見であった。
しかしながら、私はその姿に見覚えがあった。あれは…そう、ジゴロウと源十郎と邯那と羅雅亜が活躍した闘技大会のエキシビジョンマッチで現れた『妖溶怪魁』シュネルゲに酷似しているのだ。
ピンク色の身体の中に浮かぶ臓器の数こそ異なっているようだが、外見的特徴がこれだけ似ていたら同じ種族だと考えて良いだろう。私達が先手を取ろう…とする前にピンク色の粘体達は脳が浮かぶ場所をスッと下げた。
「よくぞこの深淵にまで来られましたね、我らが女神の使徒様方とその友人方。我らは妖人。『死と混沌の女神』イーファ様を信仰すべく、深淵に住む人類の一種にございます」
「しゃ、喋った…」
「メッチャ理性的だね…」
ピンク色の粘体の近縁種だと思っていた魔物は妖人と名乗り、しかも魔物ではなく人類であるようだ。私達に話し掛けたのは集団の先頭にいた個体…いや人物で、そこから聞こえてきたのは凛とした雰囲気の女性の声であった。
男女の違いがあるのかとか、歓迎の意を示していることとか、外見からは想像もつかない理性的な口調とか、意外すぎる部分は多々あれど、一つだけ言えることがある。それは深淵におけるファーストコンタクトは意外にも友好的なものとなったことだ。
これはイーファ様の威光のお陰だが、それだけではあるまい。私には深淵に住む者達に好かれやすくなる称号があり、その力も関係しているのだろう。
「歓迎してくれて感謝する。私はイザーム。お察しの通りイーファ様の加護を賜った者だ」
「ご丁寧にありがとうございます。申し遅れましたが、私はリャナルメ。この島の長の妻でございます。どうぞよしなに」
リャナルメという妖人は島のリーダー的人物の妻であるらしい。リャナルメは人妻ということか。うん、外見のせいで全く艶めかしさはないな。
そんな下らないことはどうでも良い。彼女は私達を島の奥へと誘った。彼女らについていくと、島の中央部には大きな穴が空いている。穴はマンホールのように円形の蓋によって閉じられているらしいが、今は全開にされていた。
穴からは下へ降りる坂が続いており、リャナルメに続いて我々は坂を下った。穴の内部を見た私達はまたもや驚かされることになる。何故なら、穴の内部はまるでアパートの廊下のようにドアがいくつも並んでいたからだ。
「こちらへどうぞ」
「あ、ああ」
何だここは、と叫びたい思いをグッと堪えつつ、我々はアパートの一室に入る。ファミリー向けのアパートのような部屋のようで、入口から真っ直ぐに伸びる廊下の左右には一つずつ扉があった。
廊下の先にあるリビングまで案内され、お座りくださいとリャナルメは言う。床にはプニプニとした座り心地の黒いクッションがあり、言われるがままにその上に座った。
「イザーム様のことは我が祖父より聞いております」
「祖父…?まさか、シュネルゲか!?」
「はい。祖父は死した後、英霊として女神様の宮殿に招かれております。我らの誇りですわ」
リャナルメは本人の言っているように誇らしげに胸を張っている。信仰する女神に認められ、死後にその身を守る戦士として取り立てられた。これを名誉と言わずして何と言う。
それよりも私はリャナルメが胸を張ったのだとわかったことに我ながら驚いた。きっとアイリスなどとコミュニケーションを取ってきた経験が活きたのだろう。
「さて、祖父のことで時間を潰すというのも芸がございませんね。皆様方は何故に深淵へと赴かれたのでしょうか?」
「一つは風来者として未知を探検したいから。そしてもう一つはイーファ様に拝謁したいから。これが理由だ」
私は嘘偽りなく正直にそう告げた。妖人は敵対的ではないし、目的も誤魔化す必要はないもの。リャナルメに倣って堂々と要件を言った。
リャナルメはそうですか、と心底感心したように呟いた。いやいや、そこまで感心されるようなことを言っただろうか?その疑問に対する答えはリャナルメ本人の口から語られることになった。
「女神様のおわす宮殿は、深淵の中央にある大穴の奥にございます。ですが、大穴の付近には強大な力を持つ凶悪な魔物達が住み着いており、これを討ち取らねば宮殿へ足を踏み入れる権利すらありません。英霊様ですら集団で当たらなければならないあれらに挑もうとは…流石は加護を授かった方々です」
…どうやら深淵には想像以上の化け物がいるらしい。英霊ですらパーティーを組まないと勝てない相手?そんなもの、ノックスにいるプレイヤーを総動員しなければ一匹すら倒せないのではなかろうか。
私と所縁があるからこそ深淵を細かく探索しようと思っていたが、やはり行く方法が限られているだけあって一筋縄では行かないようだ。リャナルメからさらなる話を聞くべく、私は彼女に質問するのだった。
次回は1月26日に投稿予定です。




