地獄で契約締結
ログインしました。洞窟の採掘でついでに見せてもらった半龍人達の戦闘力だが、思っていた以上にその身体を使いこなしていた。
まず彼らは水中や沼地に生息する蜥蜴人だった。狩猟や外敵との戦いで槍の使い方には元から習熟している。変異によってステータスが強化されたこともあり、その槍使いは力強く、それでいて俊敏だった。
ただし、相手の鋼玉鱗大蜥蜴の鱗や甲殻の隙間を狙えずに弾かれていた。どうやらまだ一気に上昇したステータスに慣れていなかったらしい。槍がそこまで強力なアイテムではなかったこともあり、ステータスと武器のゴリ押しで突破することは出来なかった。
このように得意の槍を活かし切れないこともあったが、彼らには鋼玉鱗大蜥蜴に対して更に有効な武器があった。それは蜥蜴人の時からあった尻尾である。
こちらも繊細な動きは苦手なようだが、尻尾による打撃に細かな制御などは不要だ。槍で牽制と足止めを行い、尻尾の打撃で硬い鱗と甲殻を粉砕する。この動きによって鋼玉鱗大蜥蜴を討伐していた。
十分な量の鉱石を確保するまでの間、他にも様々な魔物が現れた。大群が現れた時は我々も手を出したが、それ以外はなるべく半龍人達に戦ってもらった。そうすることで彼らは徐々に上昇したステータスに慣れ、力に振り回されないようになっていった。
ちなみに、彼らの勇姿を子供達はしっかりと見ている。戦士達はこれまで以上に尊敬の眼差しを向けてもらえるようになり、帰りの時には誇らしげに胸を張っていた。まあ、気が大きくなって子供達に求められるままお土産を買い与えていたので散財を強いられたようだが。
「どうだ?素材として使えるだろうか?」
何はともあれ、私は半龍人が一族総出で集めた鉱石を持って再び地獄を訪れていた。目的は当然ながらアグナスレリム様の像を作る素材を作者であるシンキに渡すためである。
とりあえず集めた数種類の鉱石を一つずつ出して確かめてもらっている。その全てをシンキは真剣な表情で検分し、全てを確かめてから口を開いた。
「どれも加工する分には問題ない。だが、金属同士の性質が異なるぞ。水中でも錆びない金属とは面白いが、どう加工しても錆びる部分が出来てしまう。それでも良いのか?」
シンキの質問はきっと聞かれるであろうと推測していた内容だ。だからこそ、私は特に気負うことも何か考えることもなく返答することが出来た。
「構わない。実は水中でも錆びなくなる薬品があるんだ。無色透明だというし、好きに作ってくれ」
「そんな薬品があるのか。ならば好きにやらせてもらおう。せっかく触れたことのない、しかもこんなに美しい色合いの金属に触れるんだ。全力で挑ませてもらうよ」
シンキは満足げに微笑んだ。彼女の言う『美しい色合いの金属』とは、大人の半龍人が海中から取ってきた金属は深い青色だったのである。色合いがアグナスレリム様に似ていることもあり、シンキはこれを活かそうとしているようだ。完成する日が今から非常に楽しみである。
私は素材を全てシンキに預ける。きっと半龍人達が満足の行く像に仕上げてくれるに違いない。ここでの私の要件は終わりだ。そう、私の要件だけは終わった。ここからは同行者達の要件である。
「それで、彼がコンラート。私の街や他の大陸で手広く商売を行っている風来者きっての商人だ」
「いやぁ、事実だけど褒められると照れるなぁ。コンラートって言います。よろしくお願いしますね」
私の同行者はコンラートと彼の護衛兼秘書的なセバスチャン、それにアイリスとマキシマだ。アイリスとマキシマの二人は閻魔城の下の方で職人の獄吏達と技術交流を図っているので、ここには私を含めた三人しか来ていなかった。
コンラート達の要件は当然ながら商談である。閻魔城が必要としているアイテムと、閻魔城で手に入るアイテム。その価値のすり合わせにやって来たのだ。
「こちらこそ、よろしく頼む。地上の品物が入手出来ることに皆が浮かれている。しかし、こちらが田舎者だと思って阿漕な商売をされたら困るな」
「ハハハハハ。そんなことはしませんよ!してバレたらイザームに殺されてこの大陸から出禁にされそうだし!」
「……出禁?出来るわけないだろうに」
目を細めて警戒を露わにするシンキに、コンラートは私を引き合いに出して騙すような真似はしないと言う。いや、港町はほぼお前のモノだろうが。仮にコンラートと対立すれば、港町と切り離された我々の街は瞬く間に干上がることになるだろう。
いや、コンラートと本格的に対立した時に生じる問題はそれだけではない。街にいる数少ない人類は『コントラ商会』が雇用する住民で、彼らに撤退されると多くの商店が閉まってしまう。経済は停滞し、街は混乱するのは間違いない。
商売を始める住民は増えてきているので、いつかは混乱も終息するかもしれない。だが、他の大陸から切り離されているティンブリカ大陸では、『コントラ商会』に撤退されると外貨を得る手段が消えてしまう。言うべきところは言うが、私が頭ごなしに抑えられる相手ではないのだ。
「まあ、心配しなくても無茶な商売はしないって。商売相手には優しく、商売敵は徹底的に滅ぼす。それがウチの信条だからね」
コンラートはニコニコと屈託のない笑顔を浮かべているが、商売敵を潰す手伝いをしたことがある身としては正直に言って柔和そうな笑顔が恐ろしい。海賊と組んである航路をほぼ独占していた商人の運営していた商会は解散され、その利権は他の商会が速やかに吸収したとコンラート本人の口から聞いている。
利権を得た者の中には当然、コンラートの『コントラ商会』も含まれていた。独占するのではなく分散させたのはコンラートの関与が疑われないようにするためと、そうすることで一人勝ちしたと思われて恨みを買わないようにするためだと言う。
商会敵を徹底的に潰すのも、恨みを持った相手を残さないためだとか。この話を聞いた時、彼は決して敵に回してはならない相手だと思い知らされた。同時に友人で良かったと心底安心させられた。
「ふむ、そこまで言われて疑うのは野暮を通り越して愚かだな。わかった。君達を信じよう」
「それはありがたい。じゃあウチが取り扱える商品のリストを見せよう。セバスチャン?」
「どうぞ」
セバスチャンは命じられると同時に一冊の本を取り出した。ハードカバーの上等そうな本はカタログになっているようで、中には商品の写実的な絵と説明文が記されている。え?こんなのあるの?私も普通に欲しいんだが?
私の心情を察したかのように、セバスチャンは私の前にも同じ冊子を差し出した。無言で受け取ってからページを開くと中を流し読みにしてみる。カタログの中身は単なる素材から加工済みのアイテムまで多岐にわたっており、良い点だけでなく悪い点についても言及してあった。
うん、かなり良心的と言える。特に産地についてもきちんと記されていて、丁寧に遠い場所であれば価格が上がるとも注意書きされていた。ページの隅に小さくではなく、最初のページに書いている辺りにコンラートのこだわりを感じる。
「どう?値段の理由とかわかりやすいでしょ?これを配るようになってから、仕入れをウチの商会に頼む人が急増したんだよね。ププッ!」
ははぁ、なるほど?要はきちんとした価格を提示することで、ボッタクリ価格で暴利を貪っていた連中の顧客を奪い取った訳だ。消費者は適正価格で損をしなくなるし、コンラートは顧客が増えて収益が増える。まさにWin-Winだ。
こういう細かな部分での有能さを見せ付けられている間、シンキは真剣な表情で食い入るようにカタログを読みんこんでいた。大体十ページほど読んだところで、彼女はカタログを閉じた。
「素晴らしい。これを参考に必要な物資とその量について話し合うことにする。次に来た時、それを受け取って欲しい」
「なら商談は成立、と言っても良いのかな?」
「無論だ。ならば今度はこちらの側だ。あれを」
「はっ!」
そう言ってシンキが近くに控えていた獄吏に指示すると、彼らは大きな箱を持ってきた。宝箱のように蓋が付いている金属製の箱を開けると、中には金属と獄獣の素材が入っていた。
「これらは我々が常時用意出来る地獄の素材だ。どれにいかほどの価値があるのか。君に見ていただこう」
「ほうほう、ほうほうほう!凄い凄い!これが安定供給されるって!?ウヒョー!」
異様にテンションを上げたコンラートは懐から一つのそろばんを取り出した。縁は黒い水晶で、珠は黄金で出来ている。かなりゴージャスなそろばんである。
コンラートはこれをパチパチと小気味良い音をさせながら弾いていく。どうやら言葉通りの意味でそろばんを弾いているようだ。そろばん検定の段位を持っていそうな素早い動きで計算した結果、彼は満面の笑みで言った。良い商売が出来る、と。
「この箱の中身だけで、地上なら一財産築けるくらいの儲けが生み出せますねぇ。次の取引ではなるべく多く用意しておいてもらえますか?」
「ああ、構わん。こちらも欲しい物資をリストアップしておこう」
こうして私達の要件は終わった。それからアイリス達が戻ってくるまでの間、私達は雑談をして時間を潰すのだった。
次回は12月25日に投稿予定です。




