閻魔城での話し合い
閻魔城の敷地にへとひとっ飛びした我々が着地した直後、降ろされていた跳ね橋が巻き上げられていく。モタモタしていると堀に潜む獄獣達が襲ってくるのだから当然の反応だった。
「出迎えを感謝する。急な来訪になって申し訳ないが、先日の助力の礼をしたいと思い参上した」
「はっ!閻魔様から、いらっしゃった場合にはすぐにお通しせよと命じられております!レンキ三等獄鬼にご案内させます!」
「ありがとう。とても助かるよ。ただ、カルとリンはどうするかな…」
「ご心配には及びません!大柄な方々が来られても良いように、新たに応接室をご用意しておりますので!」
応接室とは、ジゴロウが真っ黒な煎餅をバリバリと食べていた場所だろう。あの煎餅、また出して貰えるんだろうか?どうせ私は食べられないが、カルとリンは気に入るかもしれない。
何はともあれ、私はレンキに連れられて応接室にやって来た。出迎えた獄吏のリーダーらしき人物が言っていた通り、応接室は完全に別物となっている。新たに用意したと言っていたように、まず場所も変わっていた。両開きの扉は五メートルほどの高さがあり、カルとリンでも余裕で入ることが出来た。
室内には机とソファーがあるものの、獄獣の毛皮と思われる絨毯の敷かれたフリースペースめいた空間の方が広い。ソファーに座れない者には都合が良さそうだ。
「どうやらシンキ殿は我々のことをとても考慮してくれているようだ」
「はっ!それはもう、大層楽しみになさっておいででありました!」
レンキ曰く、『寛容』との戦いが終わってからというもの、閻魔であるシンキ殿は通常業務が終わったら即座に趣味に没頭しているそうだ。彼女の創作意欲が爆発しているのは、地上での戦いで刺激を受けたからだと言う。ずっと地獄にいる獄吏ではお目にかかれない魔物や人類、それに景色を沢山見たことが原因だ。
金属塊を削り出して造形された作品は一気に増えたようで、最近では高い地位の獄吏が下賜されることも多いと言う。それを聞いた私は最初、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。上司が趣味で作った作品を押し付けられるなど、リアル世界であれば刑事罰レベルの罰ゲームであるからだ。
「皆、羨ましがっているのであります!正直、自分も欲しいであります!」
「そ、そうなのか」
ただ、獄吏達は嫌々どころか嬉々として受け取っているらしい。礼をするついでにアグナスレリム様の彫像の作成を依頼しようと思っていたし、私も彼女の作品の素晴らしさに異論はない。受け取る方が気にしていないのなら問題ないのだろう。
レンキからその話を聞いている最中、バギンボギンと硬い金属が砕けるような音がBGMのごとく部屋に響き続けている。その音の発生源はカルであり、彼はずっと例の煎餅を一心不乱に貪っていた。
「なぁ、カル。美味いのか?」
「グォ?グオゥ」
「クルゥゥゥ…」
ジゴロウから味の感想を聞いているからこそ、どうしてカルがここまで夢中になっているのかが全くわからない。純粋な疑問から尋ねてみたのだが、カルはまるで質問の意味がわからないとばかりに首を捻ってから再び煎餅の入ったボウルに頭を突っ込んだ。
カルが謎の煎餅が病みつきになっている一方で、リンは呆れたような視線をカルに向けていた。どうやらリンは煎餅がお気に召さなかったようで、自分の前に置かれた煎餅にも口を付けていない。龍にも味の好みがあるようだ。
リンは不機嫌そうに鳴きつつ、長い尻尾でカルをペチペチ叩いている。彼女から見れば、相棒とも言うべき龍がゲテモノ料理に頭を突っ込んでいるのだ。見ていて気持ちの良いものではないのだろう。
「グオオン!」
「…すまないな」
「いえいえ、滅相もないであります!満足するまでお召し上がり下さい!」
ボウルに入った煎餅を食い尽くしたカルは元気良くおかわりを要求する。カルの期待の籠もった瞳から、何を言いたいのかわからない者はいない。獄吏達は即座に次のボウルを差し出した。
ただ、私は思わず頭を抱えてしまうほどには恥ずかしかった。自分のペット…ではないが、それに以上の存在が他所様の家で出されたお菓子を頬張り続け、更に厚顔無恥にもおかわりまで頼んでいるのだ。恥ずかしいと思わずにはいられなかった。
リンも似たような心情らしく、尻尾で叩く力と頻度が増している。ただ、カルの硬い鱗の上からダメージを与えるにはほぼ本気にならねばならず、ここで暴れる訳にもいかない。結局、リンの尻尾ではカルを止めることは出来なかった。
唯一の救いは獄吏達がカルの世話をすることに全く抵抗を見せないことだろう。むしろ甲斐甲斐しく世話を焼くことを楽しんでいる節がある。本当はよくないのだが、今は甘えさせてもらうことしか出来なかった。
「遅れてすまない。私にも通常の業務があるのでね」
私が赤面などしないはずの顔から火が出るほどの羞恥に悶えていると、閻魔であるシンキ殿が颯爽と現れた。以前と変わらぬ真紅の軍服を着こなす彼女は素早く、しかしながら下品さを感じさせない動きで私の対面に座る。その間もカルが煎餅を噛み砕く音がずっと鳴り響いていた。
私の羞恥心がこれ以上ないほどに高まったところで、ついにリンが強硬策に出た。彼女は尻尾を器用に使ってカルの前に置かれていたボウルを巻き取ると、カルの口から物理的に離したのである。
カルはボウルを追い掛けるべく頭を上げたが、そんな彼を出迎えたのはリンの凍り付くような冷たい視線だった。仮に一対一で戦えば、どのようなアクシデントが起ころうとカルはリンに勝てるだろう。
しかしながら、男性というものが女性から軽蔑の視線を向けられたなら怯んでしまうのはどの種族でも共通らしい。カルは何度か口をパクパクと動かしてから、悲しげな唸り声と共にその場に伏した。
容赦なきリンは取り上げたボウルを近くにいた獄吏に押し付ける。獄吏は親切心からカルへとボウルを差し出そうとするが、リンの尻尾が彼の行く手を阻んだ。獄吏がリンを見ると、彼女は咎めるように彼を睨んでいる。獄吏は気圧されたのか、ボウルを引っ込めた。
「グオォン…」
「ハッハッハ!本当に気に入ってくれたようだ!それは嬉しいが、こっちのお嬢さんはしっかり者だな!」
再び煎餅にありつけるかと思ったからこそ、カルは余計に落ち込んだらしい。そんなカルが可笑しかったのか、シンキ殿は耐えられないとばかりに呵々大笑する。私は呆れるやら恥ずかしいやらで頭を抱えることしか出来なかった。
一頻り笑った後、シンキ殿は落ち着きを取り戻す。そして真面目な表情になって私に問いかけた。今日来た理由を今一度聞かせて欲しい、と。
「君が嘘を吐いているとは思っていない。だが、改めて私に直接言って欲しいのだよ。ああ、堅苦しい敬語は結構。もう我々は戦友なのだから」
「……わかった。今日来たのは他でもない、先日の助力に対する礼をしたいからだ。何か必要なアイテムや依頼があるのならば言って欲しい。可能な限り力になりたい」
「礼など不要、と言っても困らせるだけだろうな。ふむ…」
シンキ殿は足を組むと、顎に手を当てつつしばらく熟考する。そして開かれた口から紡がれた言葉は、思っていた以上に普通の内容だった。
「ならば、定期的にアイテムのやり取りをしたい。確か…行商というのだったか?そういう人材を送って欲しいな」
「私の友人に儲け話をいつも求めている者がいる。彼の力を借りれば良いだろう。だが、これではこちらにも利益が有り過ぎるな。もう少しそちらに有利な条件を出してもらわなければ、申し訳なくなるぞ」
私は貧乏性だが、吝嗇家ではない。助力に対して正当な報酬を払う程度の度量はあるつもりだ。だからこそ、ここでシンキ殿への報酬を低いモノで終わらせるつもりはないのである。
私の思いが伝わったのか、シンキ殿は黙ってこっちを見つめている。しばらく見つめ合った後、シンキ殿はおもむろに口を開いた。
「…わかった。実は君のことを知ってから、閻魔城の上層部では一つの計画が持ち上がっている」
「私に関連した計画?まさか…」
「察したようだな。そう、深淵の調査計画だ」
地獄から更に下へと続く空間、深淵。そこは閻魔城では危険な場所だと伝わっている謎の空間だ。その因子を持つ私の存在は閻魔城でも話題に上っていたらしい。
シンキ殿が言うには深淵の住人が私のように理性的な存在であるならば、交渉などが可能なのではないか。そう主張する者が現れたらしい。ただ、その意見には懐疑的な者の方が多い。何故なら私は風来者であるからだ。
「風来者という特殊な存在の一例を見て、深淵の住民を安全だと思い込むのは危険だ。わかるだろう?」
「ああ。私は深淵の因子を持つが、深淵出身ではないし深淵のことは全く知らない。私を一般的な深淵の住民だと思ってもらっては困る」
シンキ殿の言う通り、私を見て深淵の住民を評価するのは絶対に間違っている。私はただの風来者でしかないのだから。
「しかし、深淵の調査が必要だという意見にも一理あるのだ。閻魔城と繋がっている異界が安全なのかどうか、実際に確かめておくのは必要な行為だろう?」
「そこで私達の出番という訳か。風来者は死んでも死なない。復活する者達に火中の栗を拾わせれば良い…違うか?」
「その通りだ。言い繕うつもりはない。それで、返答は如何に?」
「無論、やらせてもらう。未知とは風来者の好物だからな。むしろ連日訪れる我々を迎え入れる準備に追われることになるぞ?」
「フフフ、それこそ望むところさ」
私の挑発的な一言に、シンキ殿は不敵に笑いながらそう返した。どちらともなく手を差し出し、私達はガッシリと握手を交わすのだった。
次回は12月13日に投稿予定です。




