マッドサイエンティスト集団、襲来 その三
半龍人に牽引されるボートに乗って、一行はのんびりと水路を進む。その時間は『賢者の石』、『生体武器研究会』、そして『マキシマ重工』の者達が質問し、それに対してミケロ達が答える質疑応答に費やされた。
「…つまり、ここには先日討伐されたと聞く古代兵器『寛容』とは異なる古代兵器、『純潔』によって強制的に種族を変更させられたNPCが住んでいる。そして君達のクランマスターは彼らを心酔させている、と」
「凄い話ですねぇ。フフッ」
「ええ。我が王は偉大なるお方なのです」
パラケラテリウムとミミは、水路を作るためのマンパワーを得る手段としてNPCを用いたこと、そしてNPC達がプレイヤーのクランの影響下に入っていることに驚きを隠せなかった。そのNPCは数人どころか数百人はおり、しかも彼らは一人のプレイヤーを王として慕っていると言うではないか。
従業員という形で雇うプレイヤーは無数にいるが、プレイヤーが王として君臨するという話は初めて聞く。きっとそれを満たすための条件があるのだろう。学者肌のパラケラテリウムとミミはその条件とは何か気になっていた。
「…おい、お前らのところはみんなあんな感じなのか?」
「そんな訳ないやろ。ミケロはんは…まあ、ちょっと変わっとるだけや」
「むしろ持ち上げられすぎたら居心地が悪く方ですよ、ウチのリーダーは。普通に接してあげて下さい」
一方でどちらかと言えば職人気質なマキシマは、王となる条件よりもミケロのことが気になった。彼は嬉々としてクランマスターのことを語っているが、それはまるで何らかのカルトが教祖を褒め称える様子に見えたからである。
仮に彼らが狂信的な集団なのだとすれば、ここがゲームだとしても距離を取りたい。そう思って七甲とモツ有るよに小声で尋ねると、二人も苦笑するようにミケロは例外だと語る。クランマスター本人も過剰に持ち上げられることに辟易していると聞いて、マキシマは安心して胸を撫で下ろした。
「良かった。俺達もあのノリを強制されるのかと思ったぜ。そりゃあそうと、この辺は金属とか取れんのか?俺達にとっちゃ死活問題なんだが」
「おう、それは安心してええで」
「資源で困ったことはないですね。危険な地域が多いのは間違いありませんが」
「そりゃ助か…おい、あれって…」
再び安堵するマキシマだったが、彼の視点はある一点で固定される。その先には遠目で見ると十数人の騎兵が草原を駆けているようにも見えるだろう。
しかし、誰もが違和感を覚えることになる。その違和感の正体とは、騎乗している動物の首があるはずの場所に人型の上半身があることだった。
「多分、考えとる通りやで」
「彼らが四脚人の戦士です。子供は小動物のように愛らしいですが、生まれながらに一流の騎兵となる素質の持ち主ばかりなんですよ」
マキシマの視線の先では、獲物を追い掛けながら四脚人達が矢を射掛けている。こんな光景がこれから自分達の常識になるらしい。今から慣れなきゃならねぇな、とマキシマは独り言ちた。
しばらくボートが進んだところで、水路の先に大きな城壁に囲まれた街が見えてくる。最初、彼らは何かの冗談かと思った。水路の先にあった街とそれを守る城壁は、彼らの想像以上に大きかったからである。
まだ街並みは城壁に隠れて見えてこないが、これだけ城壁が立派なのだ。その内側で守られている街が貧相だと思う訳がない。彼らの心の中はどんどん期待に満ち溢れて来た。
ボートが城壁に近づくと、水路の先にある水門がゆっくりとせり上がっていく。水門を潜った先には…活気のある美しい街が広がっていた。
水路の左右には細緻な模様が刻まれた建物が建ち並び、多くの人々の喧騒に包まれている。そこでは彼らが見慣れた人類はほとんどおらず、その代わりに魔物や見たことのない種族の者達が会話をしたり、商売をしたりしていた。
水路の中では様々な種族の子供達が泳いで遊んでいたが、ボートを牽引する半龍人に注意されて離れていく。そうこうしている内に、ボートは桟橋の横に係留された。
「じゃあ我々はここまでです」
「ボス、連れてきたで。後は任せてええんやろ?」
「ああ。手間を掛けさせて悪かったな」
七甲に返答した者に、三つのクランの者達は自然と視線を向ける。七甲はその人物をボスと読んだ。つまり、その人物こそ自分たちを迎え入れた者達のリーダーということになるのだ。気にならない訳がなかった。
その人物は一見すると人類のように見える。黄金の豪奢な杖に光沢のある黒いローブ、銀色の髑髏の仮面。似たような服装の魔術師はこのゲームであればいくらでもいるのだから。
しかし、確実に人類ではないと言える理由があった。何故ならその人物が杖を握る右腕、その少しだけ露出している二の腕は真っ黒な骨だったからだ。
「おい、あの人って…」
「ああ。今話題になってる人じゃないか?」
それ以上に彼らの大半は目の前にいる魔物の魔術師のことを見たことがあった。どこで見たのかと言うと、今最も話題となっている古代兵器に関する掲示板で掲載されていた画像。そこにモザイクが掛けられながらも映っていた、黒い龍に乗っていた人物にシルエットがそっくりだったのである。
「初めまして。私はイザーム。クラン『夜行衆』のリーダーをやらせてもらっている。これからよろしく頼む」
「『賢者の石』のパラケラテリウムだ。世話になる」
「『生体武器研究会』のミミですぅ。よろしくお願いしますねぇ」
「『マキシマ重工』のマキシマだ。作って欲しいモンがあったら言ってくれ。安くしといてやる」
イザームと三人のクランリーダーはそれぞれ握手を交わす。その後、イザームは彼らに向かって悪いがまた移動してもらいたいと言った。
「タライ回しにするようで悪いが、君達に拠点として使って欲しい場所に移動してもらう。街中にはまだ空き家はあるんだが…極めて失礼だとは思うが君達に預ける訳にはいかないからだ。理由は、言わなくてもわかるだろう?」
イザームの質問に、三つのクランのメンバーはバツの悪そうな表情でうなずくことしか出来なかった。彼らは街中にある拠点で思うままに実験した結果、問題を起こして追われる身となったのだ。そんな者達を街中に置いておきたくないという考えるのは街の管理者としては当然の心情であろう。
しかしながら、理解しているとしても腫れ物扱いされて良い気分になる者の方が少ない。彼らのそんな感情を理解しているようで、イザームはそう怒らないでくれと続けた。
「街に住む者達の安全を考慮するのが私の立場なんだ。ただし、君達の気持ちもわかる。そのためにある場所を用意したんだ。さあ、ついてきてくれ」
イザームは彼らを先導して歩き始める。どうやら自分達のために何かを用意してくれているらしい。彼らは顔を見合わせてから、とりあえずイザームの後ろについていくことにした。
水路の側から街の中心部に出ると、そこは広場になっていて大きな慰霊碑がそびえ立っている。その側には花などが供えられており、ここでも子供達は遊んでいた。
しかしながら、彼らの視線を釘付けにしたのは慰霊碑でも様々な種族の親子でもない。それは慰霊碑の横で寝そべっている巨大な黒い龍であった。
黒い龍は寝そべったまま、子供達の遊具のようになっている。尻尾を滑り台代わりにしたり、ジャングルジムのように硬そうな鱗を掴んで登ったりしている。滑って落ちそうになったなら、その前に翼で受け止めていた。
この龍は、モザイクが掛けられていた魔術師が乗っていた個体そのものだった。ここで彼らは確信に至る。彼らこそ古代兵器の奪取に乱入し、人類プレイヤー達と協力してこれを討った者達なのだと。
「あ、あれは…」
「後で紹介するし、これから何時でも会えるさ。それよりも少し急ごう。実は、君達を待ちわびている者がさっきから急かしてくるんだ」
龍とイザーム自身について聞きたいことは山程あるのだが、何とか我慢した。彼らは行き場のなくなった自分達を受け入れてくれた恩人であり、その機嫌を損ねるべきではないと思ったからだ。
それにイザームがいつでも会えると言ったことも大きい。新薬や新装備などの実験台にはしてくれそうもないが、一部の魔物を従魔にすると鱗や牙などの身体の一部がアイテムとして落とすことがあると聞く。大人しくして信頼関係を築いていけば、それらを融通してくれるかもしれないではないか。
理性と欲望の両方から龍と戯れたいと願う一行が連れて来られた先にあったのは、一軒の大きめの建物だった。建物の高さは十メートルほどで、大通りの正面側には八メートルほどもある巨大な両開きの扉がある。建物には窓が一切なく、巨大な扉以外にあるのは側面にある一般的なサイズの扉が一つだけだった。
イザームは普通の扉から中に入る。彼らはイザームに続いて入るものの、中にあるモノを見て今日何度目になるかわからない驚きに目を見張る。そこにあったのは鉄の柵に囲まれた昇降機だったのだから。
「全員乗ったな。じゃあ移動するぞ」
イザームが昇降機のスイッチを押すと、ガコンと音を立てて床が降りていく。降りた先にあったのは短めのトンネルだった。向こう側が見える程度の長さであり、昇降機の床はゆっくりとトンネルを進んだ。
トンネルの逆側に到着した床は、今度は上へと昇っていく。その先には入った時と同じ構造の建物に繋がっていたらしく、イザームは近くの扉を開けて外に出た。
昇降機の外はとても殺風景な場所だった。ただセメントらしき何かで舗装されただけの地面と、それを囲む街のそれと同じ材質らしき城壁だけ。それ以外は本当に何もなかった。
「君達にはここを自由に使ってもらいたい。ここは街から見て北東に位置する場所で、地下道によって繋がって…」
「ヘイヘーイ!そっからは任せてもらうぜぃ!とぉう!」
イザームが三つのクランにこの殺風景な場所について説明しようとするのを遮る声がする。声の発生源は昇降機のある建物の上であり、声の主はそこから勢い良く飛び降りた。
思わず振り向くと、空中にいるのは人よりも大きなキノコから短い手足が生えた魔物だった。傘は棘だらけの上に毒々しい色をしており、毒キノコであることは間違いない。
そんな巨大キノコだったが、威勢良くジャンプしたのは良いが着地に失敗してしまった。顔面から地面に落ち、「ブベェッ!?」と苦悶の声を上げている。しかも手足が短いからか起き上がれず、その場でジタバタと動くことしか出来なかった。
理解が追い付かずに呆然とする三つのクランのメンバー達の視線は、自然と頭に手を当てて空を見上げるイザームに向かう。彼は重いため息を吐いてから、そのキノコを起こしてやるのだった。
次回は11月19日に投稿予定です。




