マッドサイエンティスト集団、襲来 その一
今回から新章が始まります!
「絶対に受け入れるべきでしょ!絶対に!受け入れるべき!」
マッドサイエンティストばかりのクラン、それを三つも受け入れるべきか否か。それについてクランの全員に意見を求めたところ、メッセージで返信するのではなく私に直談判しに来る者がいた。それは我らがクランのマッドサイエンティスト、しいたけその人であった。
「連中が起こした事件については読んだ上で、そう言ってるんだよな?」
「当然!っていうか、前から知ってた!何だかシンパシーを感じる人達がいるってことはね!」
短い手足が生えた巨大なキノコであるしいたけは、胸を張ってそう答え…ようとして頭の重さから後ろに倒れた。バタバタと手足を動かして何とか立ち上がると、今度は感情からではなく理論立てて私を説得し始めた。
「メリットはあるよ。まずこの街の生産力が一気に上がること。今のこの街って、人数に対して生産力がちょっと足りないじゃん」
「確かに住人の職人もいるが、全体的に職人不足感は否めないか」
しいたけの言うように、マッドサイエンティストだとしても彼らは生産職である。今この街にいるクランはほぼ探索や戦闘がメインだ。パントマイム率いる『モノマネ一座』は戦闘メインではないものの、生産職ともまた違う。強いて彼らを分類するのなら、芸人クランなのだから。
そういう事情もあって生産職を多く抱えるクランが来てくれることは望むところであり、他のクランにとってもメリットと言えるだろう。個人的にはアイリスへ殺到する制作依頼が減ることを期待するばかりである。
「次に未知の技術が入ってくる可能性が高いこと。別の大陸で活動してたってことは、そこで使われてる技術や道具、採取される素材の使い方を知ってるってことじゃん?それを応用すれば…」
「新たなアイテムが作れるかも知れない、と」
そして他の場所で活躍していたプレイヤーが来てくれるということは、我々にとっては未知の技術が流入してくるということ。技術を提供してもらえるとは思っていないが、その技術を用いたアイテムの作成を依頼することは可能だろう。
また、その未知の技術でこの大陸の素材を使ったらどうなるのかも気になるところだ。もしかしたら想像以上に強力な武具やアイテムが生まれる可能性もある。皮算用だが、期待してしまう自分もいた。
「ただなぁ…やらかしたことを考えるとなぁ…」
「うむ。周囲に被害を出しかねん実験を街中で行う者達など、危なっかしくて落ち着かんわい」
「ボクもお祖父ちゃんに賛成かな。住人に被害を出しそうな人達にはあんまり来て欲しくないよ」
メリットを理解した上で悩む私に、反対だと主張したのは偶然通り掛かった源十郎とルビーだった。二人の懸念こそ、私が悩む原因である。
他人に迷惑をかけることを厭わない者達を招き入れれば、問題が多発することは疑いようもない。せっかく平和な街にわざわざトラブルを呼び込むほどの価値が彼らにあるのか?私が悩むのは当然であった。
「そう言われると思って腹案を用意してあるんだな、これが!」
「ほう?聞かせてもらおうか」
私達はしいたけの腹案をとりあえず聞いてみることにした。その案は我々の負担が大きいものの、確かに街の被害を抑えられるものだった。
反対意見を述べていた源十郎とルビーも、確かにそれならば大丈夫だろうと言わざるを得なかった。そこで私はしいたけの案についてクランチャットに書き込んだ上で意見を募るのだった。
◆◇◆◇◆◇
コンラートがイザームに三つのクランを受け入れるように頼んだ数日後、洋上に浮かぶ『コントラ商会』の商船には多くのプレイヤーが乗り込んでいた。彼らは件の三つのクランのメンバーであり、イザーム達に受け入れてもらうために移動していたのだ。
「ふーむ、情報がほとんどない大陸に拠点を築いたクラン。非常に興味深い」
船の甲板の上でそんな独り言を呟いたのは、ヒョロリとした細身で背が高い男性だった。海風に揺れる艶のない髪は灰色で、縁無しのメガネの奥にある青い瞳は知的な印象を抱かせる。そして着ている服装が白衣ということもあり、一目見て研究者だとわかる外見をしていた。
彼は錬金術師のみで構成されるクラン『賢者の石』のリーダー、パラケラテリウムだった。親しい者達には『パラさん』と呼ばれる彼だが、攻撃に用いるための危険な薬品を作る実験でとある街の四分の一を全焼させた張本人である。
「フフッ。そうですねぇ。楽しみですねぇ」
「コンラートの野郎が期待しとけってんだ。意外と発展してんだろうよ」
パラケラテリウムの独り言に答えたのは一組の男女だった。先に答えたのは真っ黒なフードつきマントに見を包み、ドクンドクンと脈打つ不気味な杖を持った女性。そして彼女に続いたのは橙色のツナギを着た山人の男性だった。
前者は死者蘇生の薬の実験で普通の墓地を不死が徘徊する冥界に変えたクラン『生体武器研究会』の会長であるミミである。魔術師のような出で立ちだが、彼女はれっきとした生産職だ。
彼女達が作っているのはクラン名の通り『生体武器』…彼女の持つ杖のような生きている武器だった。生体武器の特徴は武器でありながら一個の生命体でもあることである。それ故に経験値を積んで成長し、強化されていくのだ。
この武器は育てれば強力なのだが、万が一破壊された場合は死亡してしまうせいで修復が難しい。その手段として死者蘇生の薬を試作したのだが、実験のやり方が悪かったせいでお尋ね者になってしまった。
そして後者は『マキシマ重工』というクランの社長、マキシマだ。彼らは武器や防具を製造し、それを売買して収入を得る生産専門のクランであった。
しかし、マキシマとクランメンバーがこのクランを立ち上げた真の目的はプレイヤー用の武具の生産などではない。彼らの目的は二つ。街を守護する『神護人形』と呼ばれる魔導人形を超える魔導人形とその武装を作ること。そしてプレイヤーが搭乗して動かす人型ロボットを作ることだった。
そう、彼らは『武具職人』ではなく『メカニック』を自称する集団なのだ。武具の生産と販売はその資金を稼ぐ手段でしかない。彼らはプレイヤーに売買するための武具を作りながら、コツコツと資金を貯めて開発に明け暮れていた。
そうして彼らの技術を詰め込んだ魔導人形の試作品は完成した。性能に自信はあったからこそ、起動実験を行ったのだが…余りにも特殊な構造だったこともあって暴走してしまったのである。
彼らにとって不幸だったのは、完成させた魔導人形の性能は本当に高かったことだろう。暴走しながらもその戦闘力は健在であり、完全に破壊されるその瞬間まで暴れ続けてしまった。そのせいで被害は拡大してしまったのである。
その際、プレイヤーが拠点としている建物の多くが焼け落ちてしまった。そのこともあり、クラン全体が国家からは罪人として指名手配されてしまった上にプレイヤーからも狙われるようになったのだ。
ちなみに三つのクランがこうして拘束されていないのは、その前にさっさと逃げ出したからである。自分達が行ったことで出た被害に関して多少の罪悪感は抱いているものの、捕まってしまえば次の実験が出来ないからだ。罪を償うことよりも、己の知識欲を満たすことを優先する。彼らは同じ穴のムジナであった。
「おっ?島が見えて…ん?」
「島が動いてますねぇ?フフッ、変ですねぇ?」
そんな三人の視界に入ってきたのは一見すると何の変哲もない小島であった。しかし、よく見るとその島は動いていて、しかもどうやらこちらに近付いてくるではないか。
「島ではなく、巨大な魔物か。野良…ではなさそうだな。うっすらと建造物が見える」
「正解だよ…っと!」
パラケラテリウムが船縁から身を乗り出して冷静に分析していると、彼のすぐ側に海中から一本の鉤爪が飛び出した。それが船縁に引っ掛かると、海中から勢い良く一人の女性が現れたではないか。
彼女に続くように十人を超える男女が海中から甲板に乗り込んでくる。敵かと三つのクランのメンバーは身構えるが、船の水夫達は慌てていない。それどころか「人が悪いですぜ」と苦笑するばかりであった。
「コンラートが言ってたのはアンタらで良いんだね?『蒼鱗海賊団』のアンだよ。これからよろしく」
甲板に現れたのは、アンと彼女のクランメンバー達だった。彼女らはびっくりさせたことを謝罪しながら、代わりにとばかりに海産物を水夫達に渡す。彼らはそれらを嬉々として受け取った。
その様子から顔馴染であることは明白だ。そしてアン達の『蒼鱗海賊団』について、パラケラテリウム達は知っている。彼女もまた、彼らに負けず劣らず有名なお尋ね者なのだから。
「…驚いたな。まさかコンラートが案内するのが『蒼鱗海賊団』の拠点だったとは。彼の顔の広さは流石だ」
「フフッ。お世話になりますぅ」
「海か…機械が錆び付かねぇかな」
三つのクランを率いる三人のリーダーは、それぞれが異なる反応を見せる。そんな三人を見たアンは、また個性的な奴らが増えたねと思いながら彼らの思い違いを訂正した。
「確かにウチのクランも世話になってるけど、アンタ達が挨拶しなきゃならないのは別人さ。どんな人なのかは…まあ、見てのお楽しみってことで。ほら、見えてきたよ」
そう言ってアンは水平線の方向に指を差す。その直後、水平線の向こう側からうっすらと大陸が見えてきた。あれが自分達の新天地となるのだ。三人は大きな期待と若干の不安を湛えた瞳でその大陸を眺めるのだった。
次回は11月11日に投稿予定です。
 




