遺言と継承
『寛容』との戦いが終わった後、我々は速やかに街へと帰還した。アグナスレリム様をシラツキの格納庫へ収め、殿を務めてくれたジゴロウ達が帰還するのを待ってから本拠地たる街を目指して移動を開始したのだ。
ちなみにジゴロウ達は無事に、しかも思っていた以上に早く帰ってきている。何でも我々と共に『寛容』を相手に戦った人類プレイヤー達が激怒し、積極的に戦ったようだ。一番危険なタイミングでさっさと逃げておきながら、漁夫の利を得るべく疲労困憊の者達を襲う…言われてみれば全員を敵に回すムーブなのは言うまでもない。
どうやら連中は人類プレイヤー側が敵に回ることはないと高を括っていたようで、自分達の数倍の人数で袋叩きにされたそうだ。いくら色々なリソースが尽きかけで弱っていると言っても、基本的に多勢の力を覆すのは難しい。あっという間に連中は殲滅され、むしろアイテムを失ってしまったようだ。
そのアイテムだが、ジゴロウ達は全て共闘した人類プレイヤーに渡している。それを返すにしろ懐に入れるにしろ、好きにするだろう。我々が受け取ってしまうと絶対に返却出来ないので、兄弟は正しい判断をしたと言える。あとは人類プレイヤー同士で交渉してくれ。
自業自得な連中はどうでも良い。そんなことよりも大変だったのは蜥蜴人達である。蜥蜴人と面識がある初期メンバーと共にアグナスレリム様が亡くなったと知った彼らは絶望し、哭泣して嘆き悲しんだ。
信仰していた相手が戦死したと聞いて平然としていたら、それはそれで私達が困惑するので想定内だった。とりあえず落ち着いてから遺言を伝えようとしていたのだが…多くの者、特に戦士達は後を追うように自決しようとしたのである。
私達は慌てて彼らを止めた。その際に最も活躍したのはアイリスだった。彼女は触手を使って一気に全員を拘束し、力技で自決させなかった。当然のように反発した蜥蜴人達だったが、遺言を伝えると自決することは諦めた。しかしグスグスと咽び泣き続けていたことが、その悲しみの深さを如実に表していた。
そんな彼らを連れてティンブリカ大陸へと帰還した我々は、その足でフェルフェニール様の巣へと向かった。そこで戦いの顛末とアグナスレリム様の遺言について伝えたのだ。
私の話を最後まで聞いた後、フェルフェニール様は『わかったよ、うん』と短い返事をしてからアグナスレリム様のご遺体を受け取る。そして準備があるから明日また蜥蜴人を連れてもう一度巣に来いと言う。その時にクエストの報酬も渡す、と。
そこで声を上げたのは意外にも蜥蜴人だった。彼らは最初、信仰対象だったアグナスレリム様を超える存在である龍帝のフェルフェニール様に平服していた。しかしご遺体を引き取ると言われた瞬間に、勇気を持って異を唱えたのだ。何をするのかはわからないが、弔いは自分達にさせて欲しい、と。
反発する蜥蜴人に対して、フェルフェニール様は穏やかに否定した。フェルフェニール様曰く、アグナスレリム様の遺言を果たすためにご遺体は必ず必要なのだという。ここは自分を信じて待って欲しいと彼は締めくくった。
龍帝にそこまで言われては蜥蜴人としても引くしかなかった。とりあえず昨日はそこでお暇し、蜥蜴人達も我々の街、その水路の中で一夜を過ごした。
ここまでが『寛容』との戦った日の出来事だ。その翌日、私達と『八岐大蛇』、そして『Amazonas』のメンバーは蜥蜴人達と共にフェルフェニール様の巣へと向かう。ログインすることが出来なかった者達もいるので全員が揃っている訳ではないのが残念だった。
しかしながら、何故か人数だけは逆に増えていた。何故なら物見遊山とばかりにチンピラやタマなどの『寛容』との戦いに参加していなかった者達まで着いてきたからである。
「言われた通りに来たのだが…」
「フェルフェニールさんがすぐに出てこないのって珍しいですね」
しかしながら、巣の前に結構な人数の集団が現れたというのにフェルフェニール様は一向に姿を表さなかった。こんなことは珍しく、私を含めてフェルフェニール様と面識がある者達は一様に困惑していた。
「ひょっとして、余計なのがいるせい?」
「流石に関係ないんじゃござんせんか?旦那はそんな狭量なお方じゃあありやせん」
「ああ、私もそう思う。何か他の理由があるんじゃないか?」
『その通りだね、うん。久しぶりだったせいで準備に手間取ってたんだよね、うん』
タマの自分が原因かもしれないという予測をウロコスキーと共に否定していると、ようやく巣の中からフェルフェニール様が現れた。アグナスレリム様のご遺体を背負っていて、出入り口にぶつけないようにとても慎重に巣の中から外に出て来た。
それ以上に気になってしまうのは彼の腹部だろう。風船のようにパンパンに張っており、何かを口に含んでいるのは間違いない。口の中にあるモノが、フェルフェニール様の言う準備なのかもしれない。
『ちょっと場所を空けてね、うん。ペッ!』
フェルフェニール様の指示に従ってかなり広いスペースを確保したところで、彼は口の中に入れていたモノを吐き出す。何故か唾液に濡れていないそれらは、光の当たり方では紫色にも見える不思議な光沢の素材で作られた謎の道具だった。
恐らくは何らかの儀式に用いる祭具なのだろうと思う。フェルフェニール様は舌を器用に使ってこの道具を自分を囲むようにして配置していく。配置には細心の注意を払っている様子であり、微調整しながら丁寧に作業していた。
『良い感じだね、うん。じゃあ蜥蜴人達はみんなこっちに来るんだね、うん』
配置を終えたフェルフェニール様はフワリと浮遊し、今まで自分がいた場所に背負っていたアグナスレリム様のご遺体を横たえる。そして蜥蜴人達にご遺体を囲むように指示した。
アグナスレリム様のご遺体を前にして、蜥蜴人達は一様に辛そうな表情をしている。当然ながら彼らは喪失感から立ち直ってはいなかったのだ。
『それでは始めるよ、うん』
フェルフェニール様が言うや否や、全ての祭具が一斉に紫色の不思議な輝きを放ち始める。その光は線となって弧を描きながら隣の祭具に向かって伸ばしあい、光の円を成した。
光の動きはそれだけではなかった。光の円が完成したところで、今度は祭具から上へと光が伸びていく。こうして私達の前で紫色の光で出来た円柱が作られたのだ。
光の柱の内側にいる蜥蜴人達は不安そうにしていたが、すぐにそんな表情をしている余裕すら失うことになる。何故なら彼らは全員が急に苦しんでうずくまり始めたからだ。
「ちょっと!大丈夫なの!?」
「フェルフェニール様を信じて待とう。余計なことをしない方が良い」
苦しむ蜥蜴人達を見て、情に深いママは心配からか大声で叫ぶ。今にも飛び出して行きそうな雰囲気だったので、私は先んじてそれを止めた。フェルフェニール様は不必要に誰かを傷付けるような性格だとは思えない。きっと儀式に必要なプロセスなのだ。
そしてフェルフェニール様を信じた判断は正しかったらしい。蜥蜴人達の声が苦しそうな呻き声から雄々しい咆哮に変わったかと思えば、背側の鱗を突き破って一対の翼が生えてきたのだから。
翼が現れた場所からベリベリと全身の鱗が剥がれ落ち、その下からは紺碧の…アグナスレリム様と同じ色の鱗が現れた。両目の上からは角が生え、爪牙は今まで以上に長く、そして鋭く尖っている。私達はこんな姿をした者達のことを知っていた。
「半龍人か…」
『龍の聖地』にいた半龍人。今、目の前で蜥蜴人達は半龍人へと変異しつつあるのだ。これがアグナスレリム様がフェルフェニール様に託した遺言の真意なのだと。私はようやく理解していた。
ただし、この急激な変異を起こすにはそれなりの代償を伴うらしい。蜥蜴人に囲まれていたアグナスレリム様のご遺体が、青い粒子となっていく。紫色の光が消えた後、残っていたのはアグナスレリム様の頭骨だけだった。
『継承の儀式は無事に終わったようだね、うん。あの子の力は君達の血肉となって、君達が血脈を継いでいく限り永遠に残り続けるんだね、うん』
フェルフェニール様の言葉を聞いた蜥蜴人達…いや半龍人達は感極まったように涙を流しながら平服した。そんな彼らを見てフェルフェニール様は続けた。
『恩を感じるのは勝手だけども、別に小生に仕える必要はないよ、うん。それよりも、後がつかえてるからあの子の頭蓋骨を持って一回出てほしいね、うん』
移動するように指示された半龍人達は急いで立ち上がると、アグナスレリム様の頭蓋骨を抱えて儀式が行われた場所の外へ出る。それを確認した後、フェルフェニール様は我々プレイヤーの方を向いた。
『全員は…そろっていないね?ならなるべく早く来るように伝えてほしいんだね、うん。それじゃあ君達への報酬の話をするよ、うん』
フェルフェニール様に頼まれればどんな些細な願いでも引き受けるだろうが、今回は超が付く危険な兵器を滅ぼすという困難な仕事だった。我々だけの力ではなかったにせよ、これは多くの報酬を期待しても良いのではなかろうか。
『まずイザーム達とアルテミス達だけれど、僕の皮と鱗、それに生え変わった時に抜けた角と牙をあげるよ、うん。全員分は十分にあるだろうから、好きに加工すると良いね、うん』
「「「おおおおおっ!」」」
望外の報酬に私達は歓喜した。フェルフェニール様の素材だって?それを全員分に行き渡るだけくれるなんて、最高じゃないか!アイリスに何を作ってもらおうか今から楽しみで仕方がないし、隣りにいる彼女自身も腕が鳴るとばかりに喜んでいる。全員の装備が数段強くなりそうだ!
『ウロコスキー君達には、これまでの働きと合せて小生の力を分けてあげることにしたんだね、うん』
「ってこたぁ…!」
「念願の龍の力を…!」
『あ、流石に二回に分けるのは面倒だし疲れるんだね、うん。だから今度全員が揃った時にもう一度来てほしいね、うん』
「「「そっ、そんなぁ〜!!!」」」
そして『八岐大蛇』への報酬は彼らの目的でもあった龍の力を分け与えてもらうことだった。同じ思いから結成され、その可能性をチラつかせるだけで私達と手を組むことを決めるほど追い求めたのだ。それを得られると聞いて喜ばずにはいられなかったのだろう。
だからこそ、今はダメと言われた時の彼らの落胆は凄まじかった。今いないメンバーへの怨嗟の叫びと、物見遊山に帰宅タマの爆笑する声が響き渡るのだった。
次回は11月3日に投稿予定です。




