古代兵器争奪戦 その十三
我々の総攻撃によって、『寛容』の群れは消滅した。湖面に浮かぶ卵も孵化する様子はない。どうにか『寛容』の被害が大きくなる前に滅ぼすことが出来たようだ。
私はホッと胸を撫で下ろす。他のプレイヤー達も同じなのか、快哉を上げている者達もいる。これまでの苦労を労おうとカルの首筋に触れようとした時、私はカルの様子がおかしいことに気付いた。
「どうした、カル?それにリンまで…?」
「グルルルル…」
「クオオォォ…」
様子がおかしいのはカルだけではなかった。リンもまた安堵からは程遠い。カルは強敵を前にした時のように威嚇の唸り声を出し、リンは怯えているのか少し震えるような鳴き声を出しながらカルに寄り添っていたのだ。
私は慌てて他にも様子がおかしい者はいないかと辺りを見回す。するとアマハを乗せるヨーキヴァルやセイの従魔達もそれぞれ怯えたり威嚇している。そして空中から湖に降りたアグナスレリム様が卵のある場所をじっと睨み付けていることから、私は確信せざるを得なかった。『寛容』との戦いは、まだ終わっていないことを。
「お、おい。何だあれ?」
喜んでいたプレイヤーの誰かがなにかに気が付いて指を差す。そこにあったのは橙色に染まった卵の中に一つだけある、真っ黒で巨大な球体だった。
プレイヤーに気付かれたことが契機となったかのようなタイミングで表面にヒビが入り、左右に分かれて割れてしまう。その中から現れたのは、推定で一メートルを超える大きさの昆虫だった。
もっと大きな昆虫の魔物と戦ったことはある。それを大変だったが殲滅したことも記憶に残っている。だが、目の前の昆虫は一匹であるにもかかわらず、異様なほどの威圧感を漂わせていた。
「…状況から考えて、『寛容』だとしか思えない。だが、あの外見はどうなっている?」
あれが『寛容』ではないと考える方が不自然なので、あれは『寛容』だと思われる。だが、大きさだけではなく、その外見は随分と変容していた。
まず、体格が一気に変わっていた。最も近いシルエットはスズメバチだろう。胸部が最も小さく、それよりも頭部が一回り大きく、腹部が長細くて先端には鋭い針がある。全身を包む外骨格は真っ黒だが、黄土色に明滅するラインが何本も走っていて非常に毒々しい印象を受けた。
頭部は異様に顎が大きいという特徴はほぼそのままに、体格に合わせて巨大化している。甲虫の前翅と透き通った後翅というのも同じだが、棘だらけとなった前翅からはキラキラと輝く何かが散布され、後翅は大きくなりつつ枚数も八枚にまで増えていた。
また節足に至っては二十本にまで増えており、そのどれもが何らかの役割を持つ形状に変わっている。一対二本だけだったカマキリのような節足は二対四本に、馬上槍を彷彿とさせる円錐形の節足が一対二本、刀剣のように鋭い節足が二対四本、モーニングスターという棘鉄球のような先端の節足が二対四本、全体から粘性のある白い液体を分泌している節足が一対二本、そしてゲンゴロウのようなフサフサとした毛を持つ節足が二対四本。使い方がわからない節足もあるが、より攻撃的になったのは間違いなかった。
「一匹だけだ!やるぞ!」
「おう!」
「美味しいところをいただくぜ!」
警戒していたり呆然としていたりして動けない者が多い中で、この巨大化した『寛容』に向かっていく者もいる。他の者は止めようとはしない。何故なら彼らに火中の栗を拾ってもらえると思ったからに違いない。少なくとも私はそうだった。
湖面を走って近付いてくるパーティーの方を、『寛容』はゆっくりと振り向く。すると後翅を高速で震わせ…私の視界から完全に消えた。
「え?」
「は?」
その瞬間、『寛容』へと走っていたプレイヤー達は身体がバラバラになってしまう。そして自分の体力が消し飛んだ瞬間、自分達が倒されたことを自覚する時間さえも与えられずに消滅した。
いやいやいや、何だあの速度は!?尋常ではないぞ?ここまでの戦いで消耗していたとしても、一撃で、それもどうやって倒したのかわからないというのは危険にも程がある。強化されすぎではないか?
私の驚愕など知ったことではないとばかりに、『寛容』は次の獲物を見定める。それはプレイヤー達の中でも比較的に前に出ていたジゴロウとウスバだった
「ハッハァ!速ェな、オイ!」
「なるほど。この速度があれば節足を立てるだけで十分な攻撃ということですか」
二人もやられる…かと思っていたのだが、思っていた以上に二人は強かった。ジゴロウはその手に円錐形の節足を、ウスバは刀剣のような節足を握っていたのである。あの一瞬に二人共が節足を千切っていたのだ。
ただし『寛容』もまた一筋縄ではいかないらしい。奴は傷口に一対の節足から分泌し続けている白い液体を塗り込むと、一瞬で節足が元に戻ったのである。あれは自ら分泌する回復液だったのだ。
ジゴロウは持っていた節足を燃やし、ウスバは剣に食わせて処理をする。その時のジゴロウは新しいオモチャを見つけた子供に無邪気な笑みを浮かべていた。きっとウスバの仮面の下も似たような表情になっていることだろう。この戦闘狂共め。
「うわっ!こっち来た!」
「任せておけぃ」
節足をもぎ取られた『寛容』だったが、どうやら獲物に固執するわけではないらしい。ジゴロウとウスバに突っ込んでから一度空中で静止して節足を治癒した後、今度は静止していた場所から最も近い場所にいる者達に襲い掛かった。
だが、その先にいたのはジゴロウと双璧をなす源十郎である。彼は四本の腕で一本の大太刀を上段に構えると、突撃する『寛容』に合わせて振り下ろした。
「ぬっ…!」
「ギチチチチ!?」
源十郎と『寛容』が交差したのはほんの一瞬の出来事だった。その結果はやや源十郎が有利な痛み分けと言ったところだろうか。源十郎は右の前翅を食い千切られ、『寛容』は二十本ある節足の半分を斬り落とされたのだから。
空中でのバランスを崩しかけた源十郎だったが、そんな祖父を孫娘であるルビーが支える。流石に十本もの節足を斬り落とされたのは『寛容』にとっても重傷だったのか、治癒の体液を塗ってもすぐに元通りとはいかないようだった。
源十郎の前翅を食べているが、これも即効性のある治療薬代わりにはならないらしい。手傷を負ったのを見て、近くにいる者達の側から襲い掛かった。
「クソッ!ちょこまかと!」
「すばしっこいわね!」
「でも、もう目が慣れて来たぜ!」
「最初にやられた奴らはご愁傷さまってな!」
人類プレイヤーも魔物プレイヤーも、たった一匹だけ生き残った『寛容』を倒すべく襲い掛かる。私にとってはまだ目で追うのも難しいのだが、前衛職のプレイヤー達はきっちり対応していた。流石は最強クラスのプレイヤーかつ前線で戦うことに慣れている者達と言うべきか。
しかし『寛容』もさるもの、プレイヤー達の攻撃を機敏に避けながら反撃もしている。完全に不意をつかれた最初の被害者のように即死することはなかったが、それでもダメージを受けてしまう者達はいた。
「うおっ!?ヤバい!」
「ぬ、抜けて来…おぉっ!?」
「今でござんすねぇ!」
そんな前衛職の包囲網の隙間から逃げ出した『寛容』の先には魔術師や僧侶などの後衛職のプレイヤー達がいる。『寛容』は本能のままに彼らをターゲットに変えて襲い掛かった。
しかし、そんな『寛容』に湖中に潜んでいたウロコスキー達が奇襲を仕掛ける。ウロコスキーは口を限界まで大きく開き、毒が滴る牙で噛み付くつもりのようだった。
丸呑みにした方が早そうだが、あんなものを食べれば体内から腹を食い破られそうだ。それを防ぐために噛み付くことを選択したのだろう。
「ガッ!?し、痺れ…!?」
「リーダー!?」
「水中に逃がせ!」
ウロコスキーの牙は確かに『寛容』を捉えていた。それはこれまで確かにあった毛の生えた節足がなくなっていることからも明白である。しかし、噛み付くと同時に前翅から散布される粉がウロコスキーの身体に付着すると、途端に彼は硬直してしまったのだ。
『八岐大蛇』のメンバーは様子がおかしいウロコスキーの巨体に自分達の身体を絡めると、急いで湖中へと隠れてしまう。状況から推測するに『寛容』の身体にはあの粉は強力な麻痺を引き起こすようだ。
プレイヤーの間を飛び回っているのに効果が出ていないので、麻痺が発生する条件はわからない。しかし、確実に言えることは今の『寛容』を相手にする場合は麻痺する可能性を考慮しなければならないと言うことだった。
「がはっ!?」
「こいつ、速くなってやがる!」
身体の一部を失っても、『寛容』が止まることはない。奴は再び目に付いたプレイヤーに襲い掛かる。それを迎撃しようとした彼らだったが、すれ違い様に深々と身体を傷付けられてしまった。
彼ら自身も感じていたようだが、『寛容』の速度は明らかに上がっている。まずはあの速度を何とかしなければならない。そうしなければ倒すことなど不可能であろう。
私と同じ結論に達したからか、『寛容』の周囲にいるプレイヤー達は武技や魔術、アイテムなどを使って拘束することを試みていた。だが、どれだけ強力な効果があるとしても、当たらなければ意味がない。『寛容』はその機敏さで無数の攻撃を全て回避していた。
「止めてみせるでござるぅ!」
そんな時、自ら『寛容』に接近する者達がいた。それは鳥に擬態したネナーシとその脚に捉まったミケロである。ネナーシは擬態を解除すると、自分の身体を網のようにして『寛容』を包み込んだのだ。
しかし、その程度で止まるのならば苦労はしない。『寛容』は迷う素振りすら見せずに直進し、大きな顎を開いた。きっとネナーシの身体を食い破って脱出するつもりなのだ。多少食われても死にはしないだろうが、間違いなく大ダメージを受けることだろう。
ただ、こんな勝算のない行為をネナーシがやるだろうか。話し方こそキャラを作っている変わり者だが、彼は様々な知識に精通する賢い人物だ。ならば、きっと何らかの作戦があるはず。私は彼、いや、彼らの策を見守った。
「予想通りです!紫舟さん!」
「任せて!えいっ!」
それまでネナーシと共に行動していたミケロ。彼の背後に掴まっていたらしい紫舟が跳躍すると、網となって包み込んだネナーシをさらに包み込むように粘性のある糸を発射したのだ。
紫舟の糸は空中で素早く網を形成し、見事な蜘蛛の巣へと変貌を遂げる。ネナーシを食い破った『寛容』はその先にある蜘蛛の巣に絡め取られてしまったではないか。
だが、『寛容』には鋭い刃のような節足がある。移動しながら自分の体液で修復を終えていた『寛容』は、巣を斬り裂いて脱出してしまう。ただ、完全に逃れることは出来なかったらしい。紫舟の糸は空中での速度を支える後翅、その内の三枚にベッタリとくっついて動きを止めていたのだ。
「ぐええぇぇ…ははっ!やったでござあぁぁ…」
大きなダメージを負いながらも『寛容』の速度を落とすというファインプレーを見せたネナーシは、快哉を上げながら湖中へ沈んでいく。そんな彼を源十郎の肩に乗っていたルビーは慌てて助けに行くのだった。
次回は10月22日に投稿予定です。




