古代兵器争奪戦 その九
「がはっ…!」
「これで終わりだ。時間も魔力も無駄に消費させてくれたな、全く…!」
私は最後まで抵抗していた騎士が倒れたことを確認してから苛立ちと共に杖を振った。放置しておけば味方に害を成し、倒すためにはそれなりに消耗を強いてくる。厄介な連中だ。
現在、『寛容』群れは私が到着したときよりも少しではあるがより大きくなっている。湖の上で蚊柱のようになっており、そこから一塊となってパーティーに襲い掛かっている。ボスと言える個体はいないようなので、あれは本能的な行動なのだろう。いたらそれを狙うのだが…厄介な相手だ。
私を狙った騎士を排除して満足したのか、カルはようやく落ち着きを取り戻した。リンの首筋を撫でてから、私はカルの背中に戻る。私が乗っているとリンは本気で飛ぶことが出来ないし、防御力ではカルの方が圧倒的に勝っている。戦闘時はカルの背中の方が様々な意味で都合が良いのだ。
「カルにリン。アグナスレリム様のところへ行くぞ」
「グオオゥ」
「クルゥ」
ここからどうするべきか、その最も正確な判断を下せるのはアグナスレリム様だ。何故ならかの龍王は『寛容』について最も詳しいのだから。私の指示に従って、カルは一際大きなアグナスレリム様の下へと飛行した。
アグナスレリム様は口から水を吐いたり氷漬けにしたりして近付く『寛容』をことごとく排除している。その間にも騎士やプレイヤーによって攻撃されているのだが、体格に見合わぬ速度で泳ぎ続けることでその大半を回避していた。
攻撃を受けたとしても、堅牢な鱗によってダメージを軽減しているようだ。まだまだカルでは及ばない強さを誇っているらしい。流石は龍王である。
『やあ、久し振りだね。来てくれて助かったよ』
「ご無沙汰しております」
『積もる話はあるけど…落ち着いて話せるようにしようか』
「そうしましょうか」
アグナスレリム様は一際勢いの強い水流を口から放ちながら頭を上に向け、下から上へと『寛容』の蚊柱を引き裂く。その一撃で半数ほどが死滅し、バラバラになった死骸の一部が湖面に降り注ぐ。そこへ『寛容』が勢いよく集って、同胞の死骸を貪っていた。
これがあるので結局は数が減らないのだが、食べている間は『寛容』を無視して敵対し続ける者達の相手が出来るというものだ。アグナスレリム様はそれまで彼を狙い続けていた者達へ初めて向かい合った。
「来るぞ!散開して…」
「星魔陣、呪文調整、呪霧」
アグナスレリム様の一撃を受ければまず助からないことはわかっているのか、騎士とプレイヤーは散らばって被害を抑えようとしているらしい。それを防ぐべく、私は彼らの行く手を阻むように範囲を広げたオリジナル魔術を展開する。
この魔術は【煙霧魔術】に複数の【呪術】を組み合わせたもの。霧には一定時間漂う性質があり、直接的なダメージはないが触れていると状態異常になってしまう。状態異常になるか、それともその場に留まるか。彼らは選ぶことになるはず…
「吹き散らせ!」
「しゃらくせぇっ!」
…と思っていたのだが、風を起こす武技や【暴風魔術】によって霧は簡単に散らされてしまった。流石はトッププレイヤーと精鋭の騎士と言うべきか。こんな小細工など蹴散らす実力があるようだ。
ただし、霧を晴らすために武技や魔術を使ったことで一瞬だけ動きは止まっている。その瞬間が仇になった。アグナスレリム様は一泳ぎで間合いを詰めると、二人の騎士をまとめてその強靭な顎で噛み砕いたのだ。
「ひぃっ!?」
「ガッツリ食われたぞ…!」
騎士が食われる光景は中々にショッキングであり、プレイヤー達には怯えている者もいる。いやいや、すぐそこで虫に生きたまま食われるというもっと悲惨な末路を辿った者達がいると言うのに。そっちは良いのか?
穏やかな印象を抱いていたが故に、意外と豪快な方法をとったアグナスレリム様に私は少し驚いた。リンは強さを感じ取ったのかカルを挟む位置に移動している。一方でカルは憧れるかのような眼差しを送っていた。
カルは基本的に龍、それも格上の個体と遭遇した際には対抗意識を剥き出しにしていたはずだ。珍しい反応だが、きっとアグナスレリム様が名付け親にして産まれてすぐに見た最初の龍である。他とは対応が異なるのはそれが原因かもしれないな。
閑話休題。さらにアグナスレリム様は全身を水の上に浮かべると、尻尾を鞭のように使って薙ぎ払う。その際、衝撃波のようなものが発生していたので、恐らくは【尾撃】の武技を使ったのだろう。この一撃によって端にいて防御が間に合った一つのパーティー以外は吹き飛ばされてしまった。
小細工が通用しない代わりにアグナスレリム様という圧倒的な強者がいるのだ。ここは援護に徹するべきだろう。アグナスレリム様はウールによる全体強化の対象になっているが、更に私が【付与術】で強化するか。誤差の範囲だとは思うがね。
『おお、力が漲る。助かるよ』
「微々たるものでしょうが、お力になれたのは幸いです」
「おい、お前!何で俺達の邪魔をすんだ!?」
アグナスレリム様と言葉を交わしていると、一つだけ残ったパーティーのプレイヤーの一人が持っている槍の切っ先をこちらに向けながら怒鳴る。すると敵意を向けられたことにカルが反応し、半目で睨みながら低く唸った。
普段はおおらかで優しいのだが、敵だと見定めると狂犬の如く噛み付くのは性分なのだろう。実際、睨まれたプレイヤーは一瞬だけたじろいでいる。だが、彼は頭を振って睨み返してから再び口を開いた。
「俺達はクエストのために戦ってるんだぞ!それを邪魔するってことはマナー違反だろうが!」
「悪いが、こちらもクエストでね。古代兵器の奪取を防ぐことが我々の目的だ。まあ、もう解放されてしまったのだが」
「…本当にあれが古代兵器なのかよ」
『嘘を吐く理由がないからね』
アグナスレリム様は既にその数を先程と同等程度にまで戻している『寛容』こそが古代兵器なのだと騎士団やプレイヤーに訴えていたらしい。信じた者達が『寛容』と戦い、敵の戯言だと突っぱねた者達が我々の後背を突いたのだ。
私の口からも同じ発言が出たことで、目の前のプレイヤーは何かを考えているようだ。ひょっとしたら肩を並べるのは無理でも、他のプレイヤーのように個別に『寛容』と戦う戦力になってくれるかもしれない。
銀色の仮面の下で私が期待していると、そのプレイヤーはニヤリと口の端を上げる。その笑い方を見て、私は直感でろくでもないことを思い付いたと察してしまった。
「じゃあ一匹捕まえりゃ、クエストクリアってことだ!勝手に増えるんだからな!お前ら、行くぞ!」
「確かに!他の連中を出し抜いてやろうぜ!」
「しょ、正気か!?」
あれが『寛容』なのだと確信したのは良いことなのだが、彼は私では思いもよらぬ結論を下してしまった。あくまでもクエストのクリアを優先し、そのために『寛容』を捕獲しようと画策したのである。
私はあまりにも驚き過ぎて制止する言葉を掛けることすら出来なかった。敵が去っていったことでカルは警戒を解いて鼻を鳴らし、リンは興味ないとばかりに無視してカルの負った怪我を治癒していた。
『無謀なことを…。あれを今までどんな方法で封じていたと思う?』
「想像も付きませんが、わざわざ聞かれるということは相当に困難だったのでしょうね」
『その通りさ。入っていた容器は当時の文明が作り出した内部の時間を止める保存容器。その周囲は容器そのものの劣化を止める特別な鎖。そして鎖は発動していると高熱を発して最後には爆散するから、冷却するために湖の奥底で私が氷漬けにしていたんだ』
…どうやら想像を遥かに超えてガッチガチに固めていたようだ。古代文明の技術とアグナスレリム様の力を合わせて厳重に封印していたらしい。
逆に言えば三段構えの封印を敷かなければ封じることすらままならなかったのだろう。それを一匹捕まえて持って帰ることなど出来るとは思えない。私は捕まえに向かった者達の方を振り向いた。
「今だっ!やれっ!」
「ギギギッ!?」
「捕まえたぜ!」
「ナイス!」
「つーか、スゲェキモいよな。この虫野郎」
その時、ちょうど例のパーティーは『寛容』を一匹捕まえていた。一匹だけ残して群れを討伐していることから、彼らの技量が窺える。
それに捕まえる方法も網ではなく、魔術を使っていた。網などでは噛み千切られることをちゃんと考慮していたのだろう。目端が利く連中である。
「ギギィ…ギギギギギ!!!」
「チッ!暴れんな!」
「な、何かおかしくね?そいつ倒しといた方が…」
捕まっても尚暴れ続ける『寛容』に苛立ったように声を荒げる者もいるが、他の者は何か胸騒ぎがしたのか捕獲を諦めるように提案している。そしてその不安は的中してしまった。
暴れていた『寛容』はビクンと一度痙攣してから動きを完全に止める。するとその腹部を食い破って無数の『寛容』が現れたではないか!
「嘘だ…ギャアアアア!?」
「このっ!止めっ…うわあああっ!?」
「助けてえぇぇぇ…」
親の死骸を一瞬で食い尽くして成長した『寛容』は、一つの群れとなって捕獲しようとしたパーティーを飲み込んだ。お互いに距離があれば対処出来たのだろうが、パーティーの中心から湧いたのだからたまったものではない。彼らは一瞬で食べ尽くされ、私達の目の前から消えてしまった。
『あれを捕まえることなんて不可能さ。ああやって卵を体内で孵化させて自決するからね。一度解放されたあれへの対処法は二つ。ある程度数を減らしてからまとめて封印するか、絶滅させるかだ。まあ、一つ目の方法に使える道具はないんだけど』
すなわち、我々が『寛容』に対して行えるのは連中を絶滅させることだけということだ。今も増え続ける『寛容』を絶滅させることなど可能なのか不明だが、放置すればいつかより巨大な群れとなって我々の街に押し寄せるかもしれない。そんなことを許せる訳がない。私は効率よく絶滅させるための策を練るのだった。
次回は10月6日に投稿予定です。




