古代兵器争奪戦 その六
「よし。私達も加勢に向かうぞ」
「「「おおおっ!」」」
集落の蜥蜴人をピストン輸送でシラツキへと送り届けた後、私達もアグナスレリム様のいる戦場へ向かうことにした。私に蜥蜴人達が従順なこともあって、想定していたよりも速やかにシラツキへの移送は終わった。
無論、最も頑張ったのはカルとリンである。私が用意していたゴンドラを運んでくれたのは彼らなのだから。私が労るようにカルとリンの首筋を撫でると、二頭は嬉しそうに鳴いていた。
「むっ、メッセージ?」
「ルビーからだね」
今まさに私達が出発しようとした時、私と紫舟にルビーからメッセージが届いた。このタイミングでわざわざメッセージを送ってくるとは…非常に嫌な予感がする。
しかしながら、これを読まないという選択肢は存在しない。私は即座にルビーのメッセージを開き、その内容に目を通す。そこには想定する中で最悪の内容が記されていた。
「封印が解かれたか…!」
「これって、ヤバいんじゃないの!?」
メッセージの内容は簡潔で、古代兵器『寛容』の復活とそれを許したことへの謝罪だった。謝罪をする必要は感じないものの、この場で古代兵器が復活したことは非常に危険である。想定していた中では最悪のシナリオだろう。
紫舟の言う通り、かなりヤバい状況だ。向こうはどうなっているのか予想もつかない。メッセージを送っている場合ではないので、ルビーがメッセージを送った後の状況はわからなかった。
「急ぐぞ!登場演出のことは忘れて、即座に戦闘へ介入する!」
「「「ええ~!?」」」
「登場演出、無駄になっちゃったね~」
実は紫舟の提案でここにいる者達で派手な登場演出と共に戦闘へ介入することになっていた。『八岐大蛇』の者達もノリノリで、意見を出し合って段取りも決めていたのだ。
しかし、そんな風に遊ぶことを許さない状況になっている。不平を言う者いるし、私も少し残念だが…諦めるしかあるまい。味方のブーイングを背中に浴びながら、我々は次の戦場へ向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇
時は少し遡り、ルビーは名もなき騎士の一団を追い掛けて湖へと飛び込んだ。水棲の魔物である粘体から進化し続けた彼女は、泳ぎも得意としている。彼女の遊泳速度は低レベルの魔魚を超えていた。
だが、いくら彼女がスピード特化だとしても水中に特化した魔物ではない。逆に名もなき騎士達の装備は隠形と水中での行動に特化させている。いくら種族として水中の行動でアドバンテージがあったとしても、装備によって限界まで補強された者には通用しない。ルビーは必死に追いかけるが、距離がこれ以上広がらないようにするのがやっとであった。
「随分深く潜ったね。もう光が届かないや」
騎士達を追った彼女は気が付けば湖底付近にまでやって来ていた。ここまで潜ると既に湖面からの光はほとんど届かず、周囲を泳ぐ魔物も湖面近くに比べれば随分と強くなっている。騎士達と同じく隠形が得意でなかったなら、他の魔物との戦闘になって追い掛けるどころではなかっただろう。
運が良かったと思いつつ、ルビーは追跡を続ける。すると、湖の中央部付近に空いている深い縦穴を発見した。その穴は直径は三十メートル近くあり、真っ直ぐに下へ伸びている。ルビーは人為的に掘られたのではないかと推測していた。
「入っていったね。あそこにあるのかな?追い掛けよう!」
騎士達は迷いなくその穴へと突入していく。その迷いのなさからまず間違いなくここが目的地だと判断したルビーは、その後に続いて穴へと入っていった。
地の底へと続く穴の中はより暗くなっていく。ルビーは暗闇でも見通せる【暗視】の能力があるので全く問題はなかった。
ただ、それは騎士達も同じらしい。彼らも同じ能力を持っているのか、それとも装備によって視界を確保しているのかは不明である。わかることはこの暗闇が彼らの歩みを阻む壁にはなり得ないということだった。
穴の奥に進めば進むほど温度が下がっていくことをルビーは感じていた。最初はただ深度が上がったから水温が下がっただけかと思っていた。しかし、ある一定の深さを越えた途端に急激に寒くなっていく。それは寒さのせいでダメージを受けるほどの低温であった。
幸いにも彼女は寒さへの耐性を得るポーションを持っていたので、それを素早く服用して事なきを得た。騎士達はそれも想定内だったのか、動きを止めることはない。お互いの距離が広がったことに、ルビーは思わず舌打ちをした。
「でっかい氷…!何か中にあるけど、あれの中に古代兵器があるのかな?」
そうしてルビーはついに穴の底へとたどり着いた。穴の底は氷付けにされており、その中には鎖で雁字搦めにされた金属の筒が巻き込まれている。
その筒ははただ金属製というだけでなく、機械的な部分が見てとれる。操作用のボタンや内部の状態を表示しているらしい細かい文字が羅列しているパネルなど、古代文明の産物に触れる機会が多いルビーはきっと古代の魔道具なのだと一目で看破した。
それを縛る鎖もただ頑丈な鎖ではない。鎖の表面は幾何学的な模様がぼんやりと光っており、真っ暗な穴の底を薄く照らしている。唯一の光源ではあれど、その輝きは決して強くないのでルビーは少し不気味だと感じていた。
古代の遺産であろう金属の筒と鎖、そして分厚い氷。この三つによって強固に封じられていることから、あの中身が古代兵器であることはまず間違いない。実際、騎士達は氷の前で何かをしようと準備を始めていた。
「邪魔しないと」
「邪魔はさせん」
氷に何かしようとしている騎士達に背後から襲い掛かろうとしたルビーだったが、彼女の前に騎士達の一部が立ちはだかった。彼らは水中での活動に特化させていることもあり、武装は湖上で戦っている者達と同じく貧弱だ。柔らかそうな見た目に反して宝石の硬度に変わることも可能なルビーの体力を削りきるには不十分と言わざるを得ない。
だが、彼らの勝利条件はルビーを倒すことではない。古代兵器を確保するまでの間、彼女を足止めすることが出来れば良いのだ。彼らは人数とルビーに勝る水中での機動力を活かし、彼女を完全に包囲した。
主に用いる武器が短剣かつ斥候職であるルビーには、残念ながらこの包囲を突破する火力はない。正確にはその手段はあるものの、事前の準備が必要なので使おうとしてもすぐに潰されてしまって使えなかったのだ。
そもそも彼女が最も得意としているのは奇襲による一撃必殺である。平均的な斥候職よりは正面切っての戦いも得意だと自負しているものの、多人数を相手に戦うことは苦手だった。
しかし苦手だからと言って諦めるほど、ルビーは物分かりの良い性格ではなかった。一息に壁を突破出来ないのなら、少しずつ壁を削れば良い。その考えの下に彼女は包囲している騎士へと斬りかかった。
「ぐっ…毒か」
「水中だと薄まるけど、効果がない訳じゃないでしょ?」
ルビーは状況に応じて使う短剣を切り替えるのだが、今回は毒が滴る短剣を用いていた。表面から触手の先端に持つ短剣は、かすっただけでも毒の状態異常にしてダメージを蓄積させていく。即座に解毒薬を服用して毒状態を解除していた。
それでも少しずつではあれどダメージは蓄積していく。そうやって少しずつ騎士達の体力を削っていたルビーだったが、彼らの仕事は早かった。キィンという耳障りな高音が聞こえたかと思えば、分厚い氷の表面に大きな亀裂が入っていたのだ。
もう一度高音が響いたかと思えば、またもやビシッという音と共に氷にさらなる亀裂が入る。ルビーが横目に何をしているのか見れば、騎士達は直剣ほどの大きさがある杭を氷に突き刺し、それに大きなハンマーを叩き付けていたのだ。
古代兵器を封じる氷がただの氷だとは思えないので、あれはきっと硬いモノを破壊することに特化した魔道具なのだろうとルビーは予測する。そしてその予想は正しく、再びハンマーを振り下ろすと亀裂はさらに大きくなった。
亀裂の拡がり方はハンマーを振り下ろす度に大きくなっている。あれでは騎士達による包囲を突破するどころか、一人も討ち取る前に氷が完全に砕けてしまいそうだ。ルビーは焦らざるを得なかった。
(ここで大技を使おう。袋叩きに合うだろうけど、このままじゃ埒が明かない。よし、覚悟を決め…!?)
ルビーが一か八か大技を使って突破する覚悟を決めた時、穴の中の水が突如として勢い良く流れ始めたではないか。その流れは渦巻きのような規則性はない。言うなれば水の入った容器を前後左右へ不規則に振り回した状態に近かった。
暴力的なまでの水流は、ルビーだけでなく騎士達をも押し流していく。いくら水中に特化していると言っても、これほどの水流を無効化することは出来なかったようだ。
「やあっ!これって絶対…やっぱりね」
荒れ狂う流れに巻き込まれた時には慌てたルビーだったが、彼女は既に冷静さを取り戻していた。そして水流に逆らうことを止め、騎士とすれ違う機会があれば斬り付けている。常識外れの速度の流れるプールにいる気分だった。
そうやって流されながら、彼女はどうしてこんなことが起きているのかを考える。今の状況でこの穴に飛び込み、これほどの規模の水流を引き起こせる者など心当たりは一つしかない。彼女の予想通りの巨体が、上から穴の底まで一気に泳いで来た。
『封印が…!間に合うか?』
泳いで来たのはアグナスレリムであった。氷の状態を見た彼の声には、強い苛立ちとそれ以上の怒りが含まれている。声を掛けようとしていたルビーが、思わずそれを躊躇う程度にはその声色は低かった。
アグナスレリムは荒れ狂う水流をものともせずに急いで氷に接近した瞬間、分厚い氷は完全に砕け散ってしまう。それと同時に封印されていた金属の筒から警告のブザーが鳴り響き、雁字搦めにしていた鎖は激しく明滅しながら振動し始めた。
だが、その状況は長くは続かない。鎖はすぐに弾け飛び、金属の筒も溶けるようにして消えてしまったからだ。ただし、その一部始終を見ていたルビーは理解していた。金属の筒が消滅したのは溶けたからではなく…内側から信じられない勢いで食べられたからだということを。
「げっ!?あれって…」
『グオオオオオオオオッ!?』
ルビーが思わず口にした言葉は、アグナスレリムの悲鳴によって掻き消されてしまう。彼は水底に降りた時以上の速度で湖面へ向かって泳いでいく。ルビーはその後を追い掛けながら、イザームへとメッセージを送るのだった。
次回は9月24日に投稿予定です。




