深淵と古代兵器
閻魔城にある深淵へ続く道。その存在を聞いた時、私は反射的に思ってしまった。絶対に深淵へ行ってみたい、と。
私は最初に進化した時から種族に刻まれた深淵というワード。私に縁深いその場所の手掛かりが目の前にあるのだ。興味を持つなという方が無理というものだろう?
「深淵?何のこと?」
「深淵とは地獄のさらに下にある空間のことだ。我らも詳しくは知らんが、行くのは止めておいた方が良いという話だけは伝わっている。おそらく、危険な場所なのだろう」
深淵という言葉すら初めて聞いたらしいママが困惑気味に尋ねると、シンキは彼女が知っている深淵についての情報を素直に答えた。情報と言っても何もないに等しかった…私にとっては。
「旦那の種族はちょいと変わってるって話でござんしたが、まさか地獄の奥の住人たぁ思わなかったでござんす」
「どうやってそんな力を…?」
ただし、私とジゴロウ以外にとっては違う。彼らは深淵の存在と同時に私の種族についての断片的な情報を得ていたのだ。
ウロコスキーやママと我々は友好関係を結んでいるが、だからと言って全ての情報を曝している訳ではない。特に種族や職業については秘密にしていることはいくつもある。それはお互い様なのだが…シンキのせいで少しだけ知られてしまった。
「いや、私も深淵が地獄の奥にあるとは知らなかったぞ。深淵の力を得たのは…まあ、色々あったとしか言えんな」
「タダでは教えられない情報、ということですね」
ルリナの確認に私は黙って頷く。私が簡単に口を割るとは思えなかったのか、それ以上何かを聞き出そうとする者はいなかった。
深淵についての話はここまでにして、気を取り直したママとシンキは再び私にポーズを取らせ始める。ジゴロウやルリナに掛けた時間と大差ないのだろうが、端から見ている時よりもポーズを取っている時の方が時間を長く感じた。
「これよ、これ!悪の親玉っぽい感じが出てるわ!」
「うむ。邪悪な魅力に溢れている」
最終的に私のポーズは顎を少しだけ上げて見下ろしている状態で、掌を上にして手を軽く開き、両腕を大きく開いたポーズに決まった。このポーズ、悪の親玉っぽいのか…覚えておこう。
「ありがとう。実に有意義な時間だった」
「困った時はお互い様よ。それにしても、明日は古代兵器を狙う奴らから守らないといけないのに、色んなことがあったわねぇ…」
「ちょっと待て。今、古代兵器と言ったか」
「ええ、そうだけど…ひょっとしてそっちについても何か知っているの?」
ママの問い掛けに対し、シンキは大きく頷いた。それから「少し待て」と言って自分の机の棚から一枚の金属板を取り出した。
どうやら閻魔城では紙の代わりに金属板が用いられるらしく、その金属板には文字が刻まれている。石板のようなもの、と考えて良いだろう。
「これは…?」
「太古の昔、人類同士の戦争が勃発した。その戦争によって人類の文明は滅びたのだが、滅びるにまで至る原因となった特に凶悪な性能を誇る十四の兵器があったと言う。これはその一覧だ」
古代兵器の一覧と言われた時、最初は信じられなかった。だが、その中に我々が保有している『純潔』とアグナスレリム様が守っている『寛容』の名前がある上にその内容が正しいので、これを無視することは出来ない。まず間違いなくここに記されている情報は正しいのだろう。
ならばここに書いてあることを憶えて帰るべきだ。私達は食い入るように金属板を凝視する。そこには危険な古代兵器の異名とその力について簡潔に記されていた。
『純潔』と『寛容』については既知の情報なので置いておくとして、その他のコードネームは『傲慢』、『強欲』、『色欲』、『憤怒』、『暴食』、『嫉妬』、『怠惰』、『謙遜』、『忍耐』、『節制』、『兄弟愛』、『勤勉』となっている。わかる者にはわかるだろう。これはいわゆる『七大罪』と『七美徳』なのだ。
どれも細かい説明こそないが、どんな代物なのかを想像するに難くない情報が箇条書きにされている。その内容は以下の通り。
――――――――――
・『傲慢』:巨大浮遊戦艦
・『強欲』:魔力収奪装置
・『色欲』:あらゆる種族にとって魅力的に見える魔導人形
・『憤怒』:大陸一つを吹き飛ばす高威力の爆弾
・『暴食』:再生能力の高い生物兵器
・『嫉妬』:能力封印空間発生装置
・『怠惰』:精神干渉音波兵器
・『謙遜』:重力場発生ドローン
・『寛容』:自己増殖する雑食昆虫
・『純潔』:種族強化変異薬
・『忍耐』:大規模防御結界発生装置
・『節制』:植物細胞移植装置
・『兄弟愛』:能力解析・模倣装置
・『勤勉』:副作用の強いステータス上昇薬
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これを読みながら、スクリーンショットで保存した私は二つの感想を抱いていた。一つ目は『七大罪』と『七美徳』の兵器はそれぞれ対抗し合う物があるということ。そして二つ目はこの古代兵器と関連があるモノを、私は二つほど見たことがあるということだ。
例えば『憤怒』と『忍耐』を比べてみる。『忍耐』は広い範囲を敵の攻撃から守る防衛兵器だ。対する『憤怒』はその防衛兵器を力で粉砕する破壊兵器である。ちょうど概念的にもこの二つが対抗し合っているし、これは偶然ではないのだろう。
そして見覚えがある二つと言うのは『傲慢』と『暴食』である。まず確実に関係があると断言出来るのは『暴食』の方だ。これはウスバの持つ剣の名前が『封罪器』となっていたからだ。
そしてそれと酷似した存在を獄獣召喚の穴から飛び出した。つまり『暴食』の居場所はここ、地獄なのではなかろうか。ずっと抱いていた疑問を私はシンキにぶつけてみた。
「ひょっとして、『暴食』は地獄にいるのではないか?」
「ふむ、よく調べているようだが少し異なる。ここに記された古代兵器の内、幾つかは完全に破壊されているか死亡している。『暴食』もそれ自体は死亡し、その死体が地獄へと葬られた。だが、その死骸を吸収した獄獣が『暴食』の特性を引き継いでしまったのだ」
「それは…大丈夫なの?古代兵器が生きてるのと同じことになるんじゃない?」
ママは心配そうに尋ねた。私を含めた全員が同じことに思い至ったのだが、シンキは自信を持って言った。大丈夫だ、と。
「幸いにも『暴食』を吸収したのは植物系の獄獣だ。奴等は常に触手めいた枝を振り回し、そこについた目で獲物を探し、牙で同種すらも食い散らかす。だが植物であるが故に根を張っているから動けない。近付きさえしなければ問題はない」
「ヒヒヒ!植物に目や牙でござんすか!」
「植物ねェ…?」
面白そうに笑うウロコスキーの横で、ジゴロウは私の方をチラリと見る。兄弟の言いたいことはわかる。かつて私が獄獣召喚で召喚し、人面鳥の群れを全滅させたあれは『暴食』だと思っていた。だが、実際は『暴食』の力を受け継いだ獄獣だったようだ。
召喚してから現れるまでタイムラグがあったのは、植物であるが故に穴に飛び込むことが出来なかったからだろう。だが、穴の向こうに餌があると気付いて襲い掛かった。これが正解なのだと思われた。
「よ、良かった。てっきり根っこを足にして歩きだしたりするかと…」
「いや、歩く個体は定期的に現れる。その時は増える前に我々が全兵力をもって絶滅させているだけだ」
「歩く個体もいるんですか…」
サンゴノジョウが嫌な想像をしたのだが、それは実際に起きているらしい。ルリナは呆れたように頭を振っていた。私も同感だが、それ以上に古代兵器の因子を引き継いだ化物を倒せる獄吏達の強さを称賛するべきだ。
「滅多に現れんがな。ちなみに、密集地は『暴食の邪森』と呼ばれる地獄でも屈指の危険地帯だ。その向こうに何があるのかは我々も知らん。近付こうとも思えんよ」
あれが密集する森かぁ…うん、絶対に危ない。全て伐採するくらいの勢いがないと踏破することなど出来ないだろう。う~ん、向こう側を知りたいような、知りたくないような。複雑な気持ちだ。
『暴食』についてはある意味解決した。そしてもう一つの私が見たかもしれない古代兵器とは『傲慢』である。どこで見たのかと言えば、以前のイベントで入手した呪われたアイテム『怨念蠢く太古の骨』。それに触れた時に見た、残留思念の中である。
鯨の視点で見た、巨大な正十二面体。あれが『傲慢』そのものかどうかは定かではない。そのプロトタイプや量産型の可能性もあるだろう。だが、あのサイズで空中に浮かび、空飛ぶ鯨の群れを一瞬で殲滅させる火力を持つ兵器が全くの無関係だとは思えない。何かしら関連するのは間違いないだろう。
「これらの兵器は使い方を誤れば再び地上の文明を滅ぼしかねない。我らの間ではそう伝わっている」
「なら、発掘しようって連中の手には絶対渡しちゃダメなのね」
「ああ。だが、それ以上に最悪なのは争奪戦の煽りを受けて暴走してしまった場合だろう。モノによっては甚大な被害が出るぞ。敵の狙いはどの古代兵器だ?」
「ええと、『寛容』だったわね」
「それは最悪だな。仮に暴走すれば、周辺からは草の一本も残らないと聞くぞ」
そこはフェルフェニール様も言っていたので驚きはない。だが、別の者からも忠告されるとことの深刻さを再認識させられる。その場で暴走させることだけは絶対に阻止しなければ。
「万が一にも古代兵器が暴走してしまったならば、我らを召喚すると良い。全力で力を貸そう」
「助かる。その時は頼らせてもらうよ」
「そりゃ頼もしいってのもんでござんすが、そろそろ帰らにゃならん時間でござんすよ」
予期せずして心強い味方が出来たところで、ウロコスキーは帰還すべき時間が迫っていると告げた。確かに明日のことを考慮すれば、もう帰ってログアウトしなければならないだろう。
我々が帰る時間だと聞いたシンキは、部屋の扉を開けてついてこいと言う。出口まで送ってくれるのだと判断した私達はその背中を追った。
シンキの部屋までもそうだったが、出口までの道のりもまた複雑である。誰かに案内してもらわなければ迷子になるのは疑いようもなかった。
「地獄に出るための昇降機だ。これを使って地獄へ戻ると良い」
私達がやって来たのは、業務用の大型エレベーターがたくさん並んでいる場所だった。飾り気など一切ない鉄の扉が並んでいるだけなのだが、これだけ集まれば十分に壮観と言えた。
その内の一つに我々は乗せられる。そしてシンキは内側の操作盤のボタンを押してから、エレベーターの外に出た。どうやら彼女がついてくるのはここまでのようだ。
「では、武運を祈る。そしてまた気が向いたら来ると良い。それまでには金属像も仕上げておく」
「楽しみにしてるわ。じゃあね!」
ママが別れの言葉をかけたと同時にエレベーターの扉が閉まり、独特な浮遊感が我々を襲う。こうして我々は閻魔城から去るのだった。
次回は8月31日に投稿予定です。




