閻魔の趣味
天守閣の扉が開いた先にあったのは、やはりSF映画を彷彿とさせる光景だった。ここを一言で表現するのなら、まさに指令室というのが相応しいだろう。
壁にはいくつものモニターがあり、地獄の光景や閻魔城の周囲などを映し出している。どうやら外にカメラか何かを設置して、地獄を常に監視しているようだ。
そのモニターの前には何人ものオペレーターがおり、普段は座った状態でモニターをチェックしているのだろう。現在は全員がこちらを向いて直立不動で敬礼している。今日はずっと敬礼されっぱなしだな。
部屋の中央にはぼんやりと光を放っている長机が鎮座している。どうやら天板は仮想ディスプレイを投影する機能があるらしく、今は複数の文字が羅列された半透明な画面が投影されていた。
「良く来たな、地上の客人。歓迎するぞ。私が第八代目閻魔、シンキである」
その長机の前で踵を揃えて直立していたのは、深紅の軍服に身を包んだ背の高い女性の獄吏だった。彼女の軍服に輝く十を超える数の勲章が、多くの戦果を上げて来たことを物語っている。
そして彼女こそ、この閻魔城の頂点に立つ閻魔様だったらしい。彼女が閻魔だと名乗ったことで、少なくとも二つのことがわかった。それは閻魔とは地位か称号であって固有名詞ではないこと、そして当代の閻魔は女性であることだった。
閻魔大王と言えば様々な地獄絵に出てくるので、私もそれなりに知っている。大体の地獄絵では恐ろしい風貌の大男として描かれており、それを想像していた分のギャップに驚かされたぞ。
「迎え入れてくれて感謝するわ。私はアルテミス。一応、このパーティーのリーダーよ」
「レンキ三等獄鬼から話は聞いている。この通り何もない場所だが、ゆっくりして行くが良い」
閻魔のシンキは生真面目そうな表情のまま、我々を歓迎してくれている。そのこと自体はとてもありがたいのだが、今日は長居をする訳にはいかない。それについてはきちんとママが説明し始めた。
「その気持ちはとても嬉しいのだけど、今日は長居出来ないのよ。明日は遠征しないといけないから」
「ぬぅ、それは残念だ。客人など閻魔城始まって以来のこと。盛大に祝いたいと思っていたのだが…」
「二度と来ないって訳じゃないから平気よ。ね、アンタ達?」
ママの確認に我々は同時に頷いた。むしろ地獄の探索における補給基地や休憩所として、是非ともこれから使わせてもらいたい。そのためにももっと彼らと友好関係を深めて行きたいと思っていた。
シンキは納得したのか、「承知した」と言ってから後ろを振り返る。そして未だに敬礼していたオペレーター達へ通常業務に戻るようにと命令した。オペレーターの獄吏達はすぐに着席してから、作業を再開していた。
「さて、あまり時間がないとのことだが…今すぐに帰還せねばならん訳でもないのだろう?着いてくると良い…レンキ三等獄鬼」
「はっ!」
「案内、ご苦労だった。貴様も通常業務に戻るが良い」
「はっ!失礼するであります!」
「案内してくれて助かった。ありがとう」
閻魔のシンキに退室を促されたレンキは、見事な敬礼をしてから去ろうとする。彼にはここまでお世話になったこともあり、私は彼の背中に感謝の言葉を贈った。彼は振り返ると軽い敬礼で応じ、そのまま去っていった。
それから我々はシンキの後ろに続いて天守閣から外に出ると、ここに来るまでに通ってきたのとは異なるルートを通って進んでいく。私一人では決して閻魔城から外に出ることは叶わないだろう。きっと他のメンバー同じだと思う…私だけじゃないよな?
内心で妙な焦りを覚えていると、我々は天守閣の扉に酷似した扉の前にたどり着いた。シンキは有無を言わせずにここまで連れてきたが、ここは一体どこなのだろうか?
「入ると良い」
シンキが扉の横にあるパネルを操作して開けた扉の奥は、誰かの私室になっているようだった。その家具は天守閣へ向かう前に入った待合室と同じく全て金属製である。家具のデザインはどれもシンプルであり、特別なこだわりはないようだ。
しかしながら、驚くべきは部屋中にある無数の銅像だった。カッコいいポーズをとった獄吏の銅像もあれば、様々な獄獣の銅像もある。共通しているのはこの銅像がどれも立派な台座の上に置かれていることと、その出来が驚くほど良いという点だった。
どの銅像も躍動感に溢れており、今にも動き出しそうなほど。アイリスの彫刻も見事なものだが、こちらはそれよりもさらに上だと思われる。生き物をそのまま固めたのだと言われても納得してしまいそうだ。
「この銅像は…?」
「これは私の趣味だ。見ていろ」
そう言うとシンキは一つの台座に近付いていく。そこには長細い金属の塊が乗せられていて、彼女は近くの机の上に置いてあったナイフを使ってその表面を削り始めたではないか。
金属の塊の先端はみるみる内にその形状を変えていき、気が付けばママの頭そっくりになっている。まるでバターのように金属を削るナイフの切れ味も凄まじいが、それ以上にシンキの技術には驚かされた。
「ざっとこんなものか。細かい調整は必要だが…荒くやったにしては上出来だろう」
「凄いわね。地上ならこれだけで食っていけるわよ」
「フフフ、そう言ってもらえると自信がつく」
シンキは本気にしていないようだが、ママの言う通りこの技術があれば十分に稼ぎを出せるはずだ。単なる美術品を求めるプレイヤーは少ないが、NPCにはいくらでもいる。そう言う連中を相手に売り捌けば大きな利益を生み出しそうだ。
ここにコンラートがいれば、間違いなくシンキを説得したに違いない。だが、彼はここにいない。それ故に商売の話にはならなかった。
「金彫りは私の個人的な趣味だが、どうしても外界と隔絶された地獄ではモデルが不足していてな。貴殿らはモデルとしてうってつけなのだ」
「友好的なのは個人的な趣味にも繋がるからでござんすか」
「無論、八代目閻魔としての判断でもある。閻魔城は地獄にあって数少ない安全地帯だが、地獄からすらもほぼ隔絶しているだろう?我々は我々なりに研鑽を怠ってはいないが、停滞気味なのも事実。新たな刺激が欲しいのだ」
どうやらシンキは、と言うよりも獄吏は生真面目な者達の集まりであるらしい。それと同時に強さに対しての貪欲さも持ち合わせているようだ。
彼らは十分に強く、また本人も閻魔城は比較的安全な場所だと言っている。だが、閻魔城は執拗なまでに防衛を敷いているようにも感じた。これだけ防御を固めているから安全なのか、それとも危険だからこれだけ防御を固めなければ安全とは言えないのか。どっちなんだろうな?
「と言うことでインスピレーションを得るためにも一人ずつポーズをとってくれないか?個人的な礼も惜しまんぞ」
「そのくらいならお安いご用よ!何なら私がポーズの監修をしてあげるわ!」
「出ましたね、ママの病気が…」
それからはシンキとママが完全にこの空間を支配することになる。ああでもない、こうでもないと言いながら我々に様々なポーズをとらせ始めたのだ。
最初にポーズを取ることになったのはジゴロウだった。しかも意外なことに自分から最初にやると言い出したのである。私とウロコスキーとサンゴノジョウは驚いていたが、ただルリナだけが出遅れたとばかりに悔しそうな顔になっていた。
そしてジゴロウの判断こそが正しかったことを思い知ることになる。と言うのも、ママは恐ろしいほどに『美』についてのこだわりがあったのだ。
一切の妥協をみせないらしく、腕や顎の角度を一度単位で動かせと言うのだ。そしてより良いモノを追及する姿勢に感動したのか、シンキも彼女と共に最も良いポーズを追及し始めたのである。
真っ先に手を挙げたジゴロウは、それ故に真っ先に解放されたことになる。今ではシンキの部屋にあるソファー上で横になりながら、例の真っ黒な煎餅をボリボリ食べていた。
「もう少し!もう少しだけ口を開けるのよ!」
「ほ、ほうへふは?」
「あぁん!それじゃ開けすぎ!」
そのジゴロウがポーズを取っている間に、我々はポーズを取る順番を決めている。そして今はサンゴノジョウの番であり、その次が最後となる私の番であった。
サンゴノジョウが苦労して色々やってどうにか満足のいくポーズを取った後、ようやく私の番が回ってきた。私もまた、ママとシンキに振り回されることになるのだろうなぁ。
「さあ、最後はイザームちゃんね!色んなポーズを取ってもらうわよ!」
それからは想像通り数多のポーズ取らされた。ウロコスキーやサンゴノジョウのように蛇の身体なら可能なポーズに限りがあるのだが、人型である私だと可能なポーズが多すぎて色々やれと言われてしまうのだ。
杖を掲げたり両手を広げたりと様々なポーズと取らされたが、どれもしっくり来ないようだ。シンキと、と言うよりも閻魔城とは友好関係を結びたいので私はじっと耐えていた。
「うーん…そうだわ!イザームちゃん、ちょっとだけ仮面をずらしちゃって!」
「こうか?」
「良い!良いわ!ねぇ、シンキ…ちゃん?」
私は仮面を外し、それを少し横にずらしてみる。すると、それまでママと一緒に真剣にポーズについて吟味していたシンキが急に黙ってしまった。急にどうしたと言うのだろう?
「まさか…深淵の力を持っているのか?地上の者が?そんなことがありえるのか…」
シンキはブツブツと何かをしばらく呟きながら、私の顔をじっと見詰めている。そして何かを決心したように「よし」言うと、真剣な表情になって私の肩に手を置いた。
「イザームよ、正直に答えろ。お前は深淵の力を持っているな?」
「…誤魔化す訳にはいかなさそうだな。指摘した通り、私は深淵の力を持っている。それがどうした?」
「そうか。ならば我々はお前達と…少なくともお前とは長い付き合いになるだろう。何故なら閻魔城には深淵へ続く道があるのだから」
次回は8月27日に投稿予定です。




