閻魔城
城壁と同じくやはり総金属製の跳ね橋は、ガラガラとけたたましい音を立てながら堀に渡された。堀のこちら側にゆっくりと降ろされた跳ね橋の上部は、金具によって固定される。この一連の動作は中々に迫力のある光景だった。
これを全て内側からの操作で行っているのだから、閻魔城はかなりの技術を持っているらしい。獄吏に強力な武具を提供しているようだし、技術力の高さはわかっていたことではある。ただ、それを再確認させられたのだ。
レンキは走って跳ね橋を渡ろうとする。どうしてそんなに急いでいるのだろうか?ゆっくりと歩いて渡ってはならないのだろうか?その疑問の答えはレンキ本人の口から告げられた。
「急ぐであります!急がなければ堀に住む獄獣が噛み付いて来るでありますよ!」
「言うのが遅ェ…ぞっとォ!」
レンキが警告したかと思えば、グツグツと煮えたぎるマグマの中から角が生えた頭が二つもある魚が飛び出して来たではないか!しかし、ジゴロウがその魚の頭部を回し蹴りで迎撃し、再びマグマへと叩き落とした。
私達はレンキに続いて跳ね橋を走り、閻魔城の敷地内へと飛び込むようにして入った。本当にビックリしたよ。閻魔城に入るだけでも一苦労であるらしい。
「と、とんでもない所ね。絶体に住みたくないわ」
「頼んでも住まわせちゃあくれないんでござんせんか?」
「そんなことより、物凄く居心地が悪いんですけど…」
ママは魚の獄獣に襲われた興奮がまだ冷めていないようだったが、サンゴノジョウは蜷局を巻きつつウロコスキーの陰に隠れようとする。彼が居心地が悪いと感じる原因は、我々の前で整列しながら敬礼している獄吏のせいだった。
獄吏の容姿はレンキや以前に見た者達とは少し異なっている。と言うのも、着ている軍服のデザインが異なるのだ。よく観察するとレンキよりも一回り身体が小さいようにも見える。武器も携帯していないようだし、戦闘要員ではないのかもしれない。
「お疲れ様であります、レンキ三等獄鬼殿!」
「ご苦労、五等獄鬼。討伐任務から帰還した」
我々を相手にしている時とは異なり、レンキの口調は目上の者が目下の者に接する時のものに変わっている。三等獄鬼やら五等獄鬼やらと階級らしき単語が聞こえてくるので、彼らの軍人っぽい服装は見せかけではないようだ。
それからレンキは出迎えた獄吏としばらく会話を交わしてから、黒い巾着を手渡している。巾着の口からはみ出しているモノから察するに、中身はどうやら獄獣の一部らしい。我々と共に討伐した個体から回収したモノも入っているようだ。
「それと、わかっているとは思うがこちらの方々は地上からの客人だ。閻魔様に取り次ぎ、お時間をいただけないか確かめて来て欲しい」
「はっ!」
報告を終えたレンキは我々のことを閻魔様に取り次いでくれるようだ。ただ、レンキの様子から今すぐに会えるかどうかはわからない。無理なら無理で会合の日取りを決めてからもう一度ここを訪れれば良いだけだ。期待せずに待っておこう。
レンキと会話していた獄吏がどこかへ行った後、彼は「こちらであります」と言って城壁の内部にある一室へ連れていく。そこには質素ではあるが机や椅子など、最低限の家具が備え付けてあった。どうやらここは待合室のような場所であるようだ。
「閻魔様は多忙なお方でありますので、お会いになられるかどうかわかるまではここでお待ちになってもらいたいのであります!その間は自分達がおもてなしさせていただくのであります!」
「あら、気が利くじゃない」
レンキがパンパンと手を叩くと、先ほど彼の報告を聞いていた獄吏と同じ格好をした者達が数人入室してお茶とお茶請けを全員の前に並べてくれる。レンキもそうだったが、獄吏は歓迎ムードであるようだ。
ただ、私達の前に差し出されたお茶は紫色で、お茶請けの煎餅は真っ黒だった。美味しそうとはお世辞にも言えない見た目に、出された瞬間に私達は硬直してしまう。私は初めて飲食が不可能なアバターで良かったと思ったよ。
一方でジゴロウとウロコスキーは全く動じていなかった。ジゴロウは椅子にドカッと勢い良く座ると、煎餅を咀嚼する。その際に彼の口からはバキンゴキンととてもではないが食べ物から発してはならない音が響き渡っていた。
その煎餅を表情一つ変えずに嚥下すると、今度は湯飲みに入ったお茶をグイッと一気に飲む。その様子は食べ物から聞こえた音と食べ物の色を考慮しなければ、まるで自宅で寛いでいるかのようだった。
ウロコスキーは面白そうに煎餅とお茶を見てから、まずは大きく口を開けて煎餅を丸呑みにする。その後、細長い舌を湯飲みに入れてから口に戻すのを繰り返してお茶を飲む。おお、ウロコスキー達は水を飲む時はああやるのか。
「スゴいわね、あんた達…」
「その、どうですか?」
「煎餅は味も固さも鉄みてェだなァ」
「お茶はこれまで飲んだどんなお茶よりも渋い味でござんすね」
ジゴロウとウロコスキーの味の感想は決して美味しそうとは思えないものだった。少なくとも人間の味覚にとって好ましいものではないらしい。
ただ不味いと言っているのにもかかわらず、二人は次の煎餅を口に放り込み、お茶を啜っている。おいおい、不味いんだろう?まさか食べきることが礼儀とでも言うつもりか?
「でも癖になる味なんだよなァ」
「旦那のおっしゃる通りでござんすね。不思議と次が欲しくなるんでござんす」
「「「「えぇ…?」」」」
不味いのに次が欲しくなる…?全く理解出来ない感情である。二人はあっという間に完食した後、あろうことかおかわりを要求している。気に入ったのかもしれないが、二人とも図々しくないか!?
図々しい二人の願いを獄吏は断らず、それどころか少し嬉しそうにおかわりを用意している。どことなくレンキも嬉しそうだ。その理由は彼の口から語られた。
「気に入っていただけて嬉しいであります。実は我々と地上の種族では味覚に大きな違いがあるようでして、気に入っていただけるか心配だったのであります」
「正直に言やァ絶品って訳じゃねェんだぜ?でも何故か次に手が伸びちまうんだよなァ」
「いえいえ!閻魔城が建立されて以来、始めての客人をおもてなしさせていただいただけでも嬉しいであります」
おっと、ここで新情報。閻魔城には外部から誰かが来たことすらも始めてであるらしい。まあ普通に考えて地獄へ行くだけでも面倒なのに、その上で獄吏に遭遇する必要があるのだ。
他にも地獄へ行く方法があるとは思うし、実際に地獄へ来ているプレイヤーがいてもおかしくない。しかしながら、この獄吏と遭遇する必要があるという点が難しい。この広い地獄でどこにいるのかわからない獄吏と遭遇する確率は低いのだから。
まあ、閻魔城へ繋がる穴へと飛び込む勇気があれば偶然たどり着けるかもしれない。ただ、その奥に何かあると確信していなければ飛び込むことなどただの自殺行為だ。やはり閻魔城にたどり着くには獄吏と会うことが前提となるだろう。
そう考えると、レンキとの出会いはやはりフェルフェニール様がお膳立てしてくれたのだと思った方がよさそうだ。後で感謝を述べなければなるまい。
「失礼します!レンキ三等獄鬼殿!ならびにご客人の皆様!閻魔様がお会いになられるそうです!天守閣へお越し下さい!」
「おお、それは良かった!それでは皆様、自分についてきて欲しいであります!」
ドアをノックしてから一人の獄吏が入ってくる。彼の報告によれば、閻魔城の主であろう閻魔様が我々と面会してくれるらしい。我々はレンキの後ろに続いて待合室から出ることになった。
待合室のある城壁の外へ出て、城へと向かう道を歩いていく。報告に来た獄吏が言っていたように、我々が目指すのは閻魔城の天守閣だ。そこで閻魔様が待っているのだろう。閻魔様とはどんな御方なのか、今から会うのが楽しみである。
閻魔城に続く道は曲がりくねっており、直線距離に比べてかなり長い。この構造は攻め込まれた時のことを想定しているように思える。堀や跳ね橋の時も思ったが、この閻魔城は何かに攻められることを想定しているのは間違いない。
一体、地獄の地下にあるここを何が攻めるというのか?それについても閻魔様が教えてくれれば良いのだが。
「城内は無数の罠が仕掛けられているであります!自分の歩いた場所以外は決して通らず、壁にも不用意に触れないようお願いするのであります!」
「ヒヒヒ!この巨体にゃ、ちょいと厳しい注文でござんすねぇ」
閻魔城の城内は和風の外観とは違い、随分と近代的な雰囲気だった。床も壁も天井も金属製であり、どこからかゴウンゴウンと何かの装置が動く重い音が響いている。最も近いのはシラツキの内部だろうか。もしかしたら古代の技術で作られているのかもしれない。
レンキは閻魔城の通路を蛇行しながら歩いていく。きっと避けた場所には危険な罠が仕掛けられているのだろう。大蛇であるウロコスキーは本人も言うように辛そうだったが、何とか罠を発動させることなく進むことが出来ていた。
閻魔城の内部はかなり複雑なようで、通路は途中で何度も枝分かれしている。天守閣は最上階なので階段を上らなければならないのだが、時には階段を下る場面もあった。レンキ言うにはこれ以外に天守閣へ向かう方法はないらしい。上を目指すために下に降りる階段を選ぶのは勇気がいる。侵入した者は間違いなく迷うことだろう。
「ここが天守閣であります。皆様、覚悟はよろしいでありますか?」
「何時でもイケるわ。そうよね、皆?」
そうしてようやく我々は天守閣までたどり着いた。階段を上がった先にはやはり金属製の扉があって、レンキは確認するように我々に尋ねる。準備が出来ていない者などいるはずもなく、ママを先頭に我々は頷いた。
レンキも応えるように頷くと、扉の横にあるパネルを操作する。すると、プシューッと圧縮された空気が抜ける音が鳴った後に扉が開くのだった。
次回は8月23日に投稿予定です。




