作戦の前日冒険 その二
地獄で起きている戦闘。その音を頼りに我々は進んでいく。音が近かったこともあって、意外と早く戦場にたどり着くことが出来た。
「キキキキキ!」
「キチチチチ!」
戦っている者達の片方は獄獣だ。見たことのない形状だが、異形であることに代わりはない。目の前の敵は狼のような昆虫の群れだったのだ。
シルエットは完全に狼のような四足獣であり、口には鋭い牙が並んでいるし、足先からは長い爪が伸びている。だが、その全身はカブトムシを彷彿とさせる艶やかな外骨格に包まれていた。
背中は前翅が開き、隠されていた後翅を羽ばたかせて上からも襲い掛かっている。尻尾は節足のない百足を思わせる形状で、狼にしては異常なほどに長い。これを鞭のように使っていた。
「なァ、兄弟。ありゃァ…?」
「ああ。獄吏だ」
「知ってるの?」
「少しだけだがな」
そんな異形の群れと一人で渡り合っているのは、私が【降霊術】で召喚したこともある獄吏だった。軍服に光沢のある赤銅色の肌、金色の眼と特徴は同じである。ただし、以前に召喚したことのある獄吏とは大きく異なる点があった。
「うおおおおっ!さっさと死ぬであります!」
そう、あの獄吏はメチャクチャ喋っているからだ。今まで召喚した獄吏が全て別個体なのか、それとも同一の個体なのかはわからない。何も話してくれないからだ。
しかし、あの獄吏は違う。若い男性の声で叫びつつ刺股を振るい、獄獣を叩き潰しているのだ。色々と話を聞いてみたいし、ここは獄吏を助けたい…のだが、ママの意見を聞くのが先だろう。
「何だかわからないけど、虫っぽくない方を倒すわよ!後衛職はここから攻撃!ルリナ!」
「ええ。行きますよ、二人とも」
「はいよォ」
「行くでござんす」
ママは獄吏の方を援護することにしたらしい。私が少しだけ知っていると言ったからだろう。何にせよ、私としては願ったり叶ったりである。このまま流れに乗るとしよう。
言うが早いかママはその場で大弓を構えると、即座に大矢をつがえて放った。その矢は空中で分解し、小さな矢の雨となって降り注ぐ。威力の高い一撃も面の制圧も自在なのはママの強みであった。
しかし今は一撃の威力を重視すべき時だったらしい。獄獣の外骨格は固く、それだけでは致命傷を負わせるどころか傷すらもほとんど付いていないのだ。
「星魔陣、起動。黒巨槍、五本だ」
「シイィィィィ!!!」
ならば後追いの私とサンゴノジョウは威力を重視した攻撃をするまで。私は【暗黒魔術】と【邪術】、それに【虚無魔術】を組み合わせた魔術を放つ。それと同時にサンゴノジョウも牙から毒液を弾丸のように発射した。
きっと武技を使っているからなのだろうが…牙から飛んでいく毒液がサンゴノジョウ本人の頭部よりも明らかに大きいのはシュールである。何なら今まで放った毒の弾丸の総量はサンゴノジョウの全身の体積を超えているのではなかろうか?
ただし、その威力はとんでもない。毒液が直撃した獄獣はガクガクと痙攣してからその場で崩れ落ちる。流石に即死はしていないが、しばらくは動けなさそうだった。
私の黒巨槍は外骨格を砕いてダメージを与えることに成功しているが、それだけだ。サンゴノジョウの毒液ほどのダメージは出せていなかった。【邪術】の効果で即死させられれば良かったのだが、そう上手くは行かなかったようだ。
「ハッハァ!」
「シャアアアアッ!」
「…魔物が味方の状況にまだ慣れませんね」
そうこうしている内に前衛職であるジゴロウ達が獄獣のもとへたどり着いた。それと同時にジゴロウは握り締めた拳を獄獣に叩き込む。すると外骨格は一撃で砕け、獄獣は体液を撒き散らした。
ウロコスキーも負けてはいない。あの巨体でジゴロウに負けない速度で獄獣ににじり寄り、その身体で巻き付いてから力一杯締め上げていく。獄獣の外骨格はその圧力に良く耐えたが、結局は破壊されて締め殺された。
前衛三人の内、最もスマートな戦い方だったのはルリナだろう。彼女は左手に持った戦鎚で外骨格を砕いてから、その部分に右手で持った槍を突き刺している。様々な武器を使える彼女の強みを最大限に活かしていた。
「だっ、誰でありますか!?不明な点はあれど、敵ではなさそうでありなすな!助太刀に感謝するであります!」
急なことに獄吏は狼狽していたが、彼自身にとって悪い状況ではない。そこで我々と共闘することを選んだようだ。私が弱らせた獄獣に刺股を振り下ろし、頭を砕いてとどめを差している。うむ、攻撃力はこれまで召喚した個体と違いはないようだ。
元々一人だった獄吏だけでも拮抗した戦いになっていたのに、我々が加わったことで勝敗は決した。獄獣達は瞬く間に数を減らしていく。
不利を覚って逃げる…ような知能が獄獣にある訳がない。最後の一匹が力尽きるその瞬間まで、奴等は暴れ続けた。
「こいつで、終わりだァ!」
「ギイィィィ…」
そして最後の一匹の胴体をジゴロウが踵落としで真っ二つに蹴り砕く。獄獣は苦悶に満ちた断末魔の叫びを上げた後、そのままぐったりと倒れるのだった。
決着がついたことを頭の中に響くアナウンスで安全を確認してから、私達もジゴロウ達と合流する。そんな私達を待っていたのは、踵を合わせて背筋を伸ばし、直立不動で敬礼している獄吏だった。
「ご助力していただき、感謝であります!」
「…さっきからこの調子なの?」
「そうなんですよ、ママ」
獄吏は大昔のステレオタイプな軍人を思わせる口調で我々にも感謝していた。軍服を着ているとは思ったが、口調までそっちに引っ張られているとは思わなかったぞ。
感謝してくれるのは良いが、目の前に転がっている獄獣の処理とか配分とかを決めなくてはならない。獄吏が必要だと言うのならその割合も交渉する必要がある。今は実のある話をするべきだ。
「どういたしまして。じゃあこの獄獣…だったわよね?その死体の処理をしたいのだけれど、良いかしら?」
「はっ!それでしたら一つだけお願いしたいことがあります!」
「何かしら?」
「自分は上官殿に駆除を完了した報告をする必要がありまして!そのため、触角を一本ずついただきたいのであります!」
上官殿と来たか。それに駆除の報告…どうやら獄吏は地獄で大きな社会を築いているらしい。それも恐らく、国と言える規模の大きな社会を。
これから地獄で探索するのならば、彼らの力を借りることが出来れば効率的だろう。さて、この出会いは偶然なのだろうか?フェルフェニール様が気を利かせてくれたのかもしれない。いや、フェルフェニール様は深く物事を考えているようで何も考えていないこともあるのだが…これは後で本龍に聞けば良いことだ。
「それ以外は不要なので差し上げるのであります!ご自由にお持ち帰りになれば良いのであります!」
「そうなの。わかったわ。皆、聞いてたかしら?触角は彼に渡して、それ以外は持ち帰っちゃいなさい」
ママは獄吏と友好的に接するつもりのようだ。それからは私も剥ぎ取りに加わり、獄獣から様々なアイテムを入手した。取りあえずアイリスとしいたけに渡しておけば間違いはないだろう。
「それで…貴方は何者なの?そこの骸骨マスクのイザームは少し知ってるって言ってたけど」
「えぇっ!?自分達をご存知なのでありますか!?」
「いや、私もほとんど知らないぞ?知っているのは君達が獄吏という種族であることと、他にも獄吏はいると言うこと。そして何度か顔を合わせたことがあるということだ」
我ながら私のアバターを見て忘れるようなことはないと思う。少なくとも私の杖は豪華な見た目なので記憶に残るのではないか。
それがここまで接近して無反応と言うことは、彼は私が召喚したことのある獄吏とは異なる個体であることはほぼ確定と言えた。私が知っているのは本当にほんの少しだけだったのだが…それだけで獄吏の反応は劇的に変化した。
「会って…?あああああっ!まさか、貴方様は先輩方が会った地上の方々でありますか!?」
「多分そうなんだろう」
「おおおっ!これは凄いことでありますぞ!」
獄吏の若者は…若者だよな?とにかく、彼は大喜びで私を見詰めている。悪い反応ではなさそうだ。
「ところで皆様方、お時間をいただいても良いでありますか?時間が許すのならば、皆様方を是非お連れしたい場所があるのであります!」
「それはどこなの?」
「もちろん、我ら獄吏の長がおわす『閻魔城』であります!」
閻魔城。閻魔大王を彷彿とさせる場所があると聞いて無視することなどプレイヤーに出来る訳がない。我々は全員が揃ってうなずくのだった。
次回は8月15日に投稿予定です。




