渦中の古代兵器
アマハは矢を反射的に放ったのだが、それがフェルフェニール様に当たることはなかった。何故なら、その矢とフェルフェニール様の間にはカルが割り込んだからである。
『おお。身軽で羨ましいね、うん。それに無傷で何よりだよ、うん』
「グオオゥ」
フェルフェニール様に褒められたものの、カルはあまり嬉しくなさそうに鼻を鳴らすだけだった。どうせ効かなかっただろうとでも言いたげである。実際、放たれた矢は武技を使っていなかったので、フェルフェニール様にダメージを与えることは不可能だっただろう。
ただ…カルよ。相変わらずフェルフェニール様に対抗意識を持っているのか?積み重ねた年月と経験の量が違う相手と張り合おうとするのはどうかと思うのだが…まあ、高みを目指しているのなら構わないか。
「カエルは!倒さなきゃん!?」
「落ち着きなさいったら!角が生えたカエルなんているわけないでしょう!?」
「クオオン」
半狂乱になって再び弓に矢をつがえていたアマハだったが、その頭にママがチョップを落として止めた。その時には私や『八岐大蛇』のメンバーはフェルフェニール様を守る位置に移動している。もし放たれていても防いでいたことだろう。
殴られて前のめりに倒れたアマハを見下ろしながら、ママは重いため息を吐く。ヨーキヴァルはフェルフェニール様を横目でチラチラ見つつ、心配するようにアマハに鼻先を寄せていた。
「ごめんなさいね?この娘、普段はクールぶってるけどカエルだけは苦手なのよ」
ああ、そう言うことだったのか。まあ、人間誰しも苦手なものの一つや二つくらいあるものだ。むしろそれを知ったことで親しみが湧くと言うものである。
ただし、本人はそのことを恥ずかしいと思っているのか、立ち上がったアマハは気まずい顔をしている。その間、決してフェルフェニール様を視界に入れないようにしているのは少し面白い。本気でカエルが苦手なのだろう。
「申し訳ありませんでした、フェルフェニール様。なんとお詫びすれば良いか…」
『気にしていないよ、うん。そっちの小さい子が健気に守ろうとしていただろう?同族を大切にしてくれている者なら多少の無礼は水に流すよ、うん』
幸いにもフェルフェニール様は怒っていないようだった。アマハを庇うヨーキヴァルの様子を見て、フェルフェニール様は怒らないでくれたらしい。良かった。もしこれが原因で我々との関係にヒビが入ったらどうしようかと思ったよ。
「…同族?」
「そうだ。こちらにおられる御方こそ、神代闇龍帝、フェルフェニール様だ」
『フェルフェニールだね、うん』
「ど、龍帝?」
「名前的に龍王よりも上じゃない!」
フッフッフ!その驚く顔が見たかったから、連れていく場所を言わなかったのである。アグナスレリム様に驚いたと言っていたのだから、フェルフェニール様ならば良いリアクションを見せてくれると思ったのだ!まあ、それよりも先に攻撃されてこっちが驚かされたのだがね。
さて、悪戯の成功を喜ぶのはここまでにしよう。今日の目的は二つ。一つはアマハの相棒であるヨーキヴァルとフェルフェニール様を紹介すること。いくらフェルフェニール様が寛大であっても、挨拶が一度もなければ不愉快だろう。お節介かもしれないが、面通ししておくことは重要なのだ。
そしてもう一つの理由はコンラートから聞いた、アグナスレリム様に迫る危機についてである。フェルフェニール様から聞けることを聞き、これからの行動指針とするのだ。
『そっちの子は何て名前なのかな?ついでにカエル嫌いの君の名前も教えて欲しいね、うん』
「…………この子はヨーキヴァル。私はアマハよ」
「あんたって子は…全く…」
フェルフェニール様に尋ねられたアマハは簡潔な答えを返した。質問されてから口を開くまでにかなり間があった上に、決してフェルフェニール様の方を向くことはない。断固としてカエルを視界に入れたくないという決意を感じるほどだった。
そんなアマハを見てママは額に手を当てて呆れている。ただ、フェルフェニール様は全く気にしていないようで、何度か頷いてから視線を私に向ける。ひょっとしてまだ言うべきことがあると察しているのだろうか?
『この子達の名前は憶えたよ、うん。他に何か用事はあるのかな?』
「はい。こちらの方が重要だと思われます。実は…」
私は掲示板経由で聞いた情報についてフェルフェニール様に話した。ウロコスキー達は初耳だったのか、慌ててメニュー画面を開いて掲示板をチェックし始める。尻尾の先端を指のようにして仮想ディスプレイを操作している姿は少し面白かった。
私の話を最後まで聞き終えたフェルフェニール様は舌を出して顔を一舐めする。その後、上を向いてから大きく口を開き…そこから真っ黒な『龍息吹』を上空に向かって放ったではないか!
「うおおおおっ!?」
「余波だけで、何て圧力…!」
「これが龍…!憧れるなってのが無理な話でござんすねぇ…!」
私やカルなんかとは比べ物にならない大迫力の『龍息吹』は、ティンブリカ大陸を常に覆う厚い雲を突き破って青空を覗かせた。雲まで届くほど射程距離が長いのか…あれで薙ぎ払えば広範囲の敵をまとめて倒せるだろう。我々の街にまで容易に届きそうだ。やはり龍帝は伊達ではない。
驚愕したり歓喜したりする私達を他所に、フェルフェニール様は気が済んだのか『龍息吹』を中断した。その後、フェルフェニール様には珍しく露骨に苛立った様子でため息を吐いた。
「ど、どうされたんですか?」
『いや、ごめんね?あんなものをわざわざ引っ張り出そうなんて浅はかな連中に心底腹が立ったんだよ、うん。だから…そんなに怯えたり殺気立ったりしないで欲しいね、うん』
「「キュウウゥゥン…」」
「グルルルル!」
自分達とは隔絶した威力の『龍息吹』を見せ付けられたことで、リンとヨーキヴァルは怯えて震え上がり、カルは全身の鱗を逆立てて臨戦態勢に移っている。フェルフェニール様に威圧する意図はなかったようで、困ったように平謝りしていた。まるで親戚の子供に恐ろしい一面を見せてしまった叔父さんのようだった。
私はカルとリンを、そしてアマハはヨーキヴァルを落ち着かせにかかった。フェルフェニール様がもう普段通りということもあって、怯える二頭が落ち着くまではそこまで時間を要しなかった。しかし、一度火が点いたカルを宥める方が難しく、私はそれにかかりきりになってしまった。
「なァ、フェルフェニールの旦那ァ。古代兵器ってなァアンタがそこまでブチギレるくれェヤベェブツで、連中はそんなヤベェブツを引っ張り出そうとしてる、って考えて良いんだよなァ?」
『その通りだね、うん』
「その言い方だとよォ、アンタはそれが何なのか知ってるってことじゃねェかァ?」
私がここを訪れたのは、アグナスレリム様の元へ攻め入ろうとする者達の存在を教えると同時に、彼の足元にある古代兵器について知っていることを聞くためだ。その目的を私の代わりにジゴロウが果たしてくれた。
必ず何か知っているとは思っていたが、ジゴロウの質問への答えから察するにフェルフェニール様は古代兵器の正体をも知っているようだ。ジゴロウもそう思ったのか、そこについて一歩踏み込んだ質問をした。
『知っているよ、うん。どんなモノなのかを教えてあげても良いね、うん』
「やっぱりかァ」
『でも、教えるのには一つだけ条件があるんだね、うん。それを受け入れてくれないなら悪いけど今日は帰ってもらいたいね、うん』
フェルフェニール様が話し掛けているのは私達全員が対象であるらしい。その条件を飲めないのならば、古代兵器について知ることすら許さないと言いたげだった。それほどに危険な兵器なのかもしれない。
私はアグナスレリム様のことがあるので、どんな条件だろうと飲むつもりだ。ジゴロウは面白そうだと聞くつもりでいる。龍の力を得るのが目的である『八岐大蛇』のメンバーに、フェルフェニール様の話を聞かずに帰るという選択肢はないらしい。彼らもまた帰る素振りを見せなかった。
「どうするの、ママ?何か面倒事になりそうだけど?帰る?」
「バカ言ってんじゃないわよ、アマハ。ヤバいことが起きるのに、そこからケツ捲って逃げたら女が廃るっての!」
「はぁ、そう言うと思ったわ」
どうやらママとアマハも残るようだ。アマハだけは明らかに乗り気ではないものの、一人だけで帰ろうとはしない。結局、ここにいる全てのプレイヤーが残ることになった。
全員の意思を確認するようにフェルフェニール様は全体を見回す。その後、彼はゆっくりと頷いてから語った。王国が引っ張り出そうとしている古代兵器、その正体を。
『アグナスレリムが封じ、監視する兵器のコードネームは『寛容』。一匹でも残っていれば無限に増え続け、地上を埋め尽くして全てを食い尽くす雑食昆虫だね、うん』
次回は7月26日に投稿予定です。




