歓迎会 揉め事
喧嘩が起こったと判断した私は、怒鳴り声がした場所へと足早に向かう。そこにいたのは『怒鬼ヶ夢涅夢涅』のチンピラと、我がクランの七甲が睨み合っていたのだ。
チンピラは仲間の一人が、七甲はモッさんが肩を掴んで抑えている。離したら即座に殴り合いを始めそうな勢いだ。おいおい、何があったらこうなるんだ?
「何をやっている?祝いの席で揉め事を起こすのは止めろ」
「オジキ、止めねぇでくだせぇ!白黒ハッキリさせとかにゃならねぇんすよ!」
「せや!幾らボスに言われてもこれだけは譲れへんで!」
二人はとても熱くなっているようで、私の仲裁では止まらないらしい。私はため息を吐きながら、喧嘩している七甲を抑えているモッさんに何が原因なのかを聞いてみることにした。
「モッさん、何で対立しているんだ?余程頭に来ることがあったのだろうが…」
「いいえ、非常に下らない理由ですよ」
「下らなくないで!」
「下らなくねぇ!」
モッさんは呆れ果てたように首を振るが、七甲とチンピラは同時に否定する。おい、お前達!喧嘩しているんじゃなかったのか!?こういう所だけ同調しおってからに…!
ただ、個人的には傍観者として冷静な視点で見られるモッさんの方が正しい気がする。とりあえず二人は無視しつつ、モッさんから事情を聞こう。
「モッさん、話してくれ」
「ええ。この二人が揉めている理由は…唐揚げにレモン汁を掛けるかどうかです」
「……………は?唐揚げ?」
「唐揚げ、です」
く、下らない…!下らないにも程がある…!そんなことで殴り合いに発展するなんて…そんなことのために仲裁せねばならないと思うと一気にやる気を失ってしまった。
だが、このままでは歓迎会の雰囲気が悪くなってしまう。私は下らないという正直な感想をグッと飲み込んで口を開いた。
「どうして喧嘩しているのかはわかった。お互いに譲れないこだわりがあることもな。だが、今は矛を納めろ。歓迎会という祝いの席なのだから。終わった後で存分に討論すれば良いだろう?」
「…はいよ。ボスがそう言うなら、我慢するわ。今はな」
「オジキの顔を立てると思って、今は、黙りますぜ」
七甲もチンピラも『今は』という一言を強調して喧嘩するのを止めてくれた。二人は同時にふんと鼻を鳴らしてから背中を向けて去っていく。私は二人が離れたのを確認してから、これ以上ないほど深いため息を吐いた。
「よォ、兄弟ィ。お疲れさん」
「その様子だと見ていたんだろう?なら私の気持ちもわかるだろう」
「へっへへ!まとめ役ってなァ大変だなァ、おい」
精神的に疲れた私に話し掛けたのはジゴロウだった。私の肩に腕を乗せて体重をかけつつ、闘技大会の賞品として受け取った瓢箪をグビグビと飲んでいる。お前の舎弟も当事者だろうに、見物しながら酒を飲んでいたな?この野郎…!
私の責めるような視線に気が付いたのか、ジゴロウは悪かったと言いながら私にも瓢箪を差し出す。自棄酒したい気分ではあるが、私のアバターでは飲食が不可能だ。私は黙って首を横に振った。
「おォ、兄弟は飲めねェんだったなァ。んで、どうすんだァ?」
「どうするもこうするもない。歓迎会が終わった後は当人達の好きにさせるだけだ」
どうすると聞かれても、モッさんの言う通り揉めている理由はフォローのしようがないほどに幼稚だ。正直に言って、私が仲裁に入るのも馬鹿馬鹿しいほどに。そんなことにこれ以上時間を割くつもりは毛頭なかった。
それに七甲もチンピラも大人なのだから、少し時間が経てば頭が冷えて反省してくれると思う。わざわざもう一度討論することもないのではなかろうか?まあ、下らないことで揉めたという事実から二人の関係がギクシャクするかもしれないが…そこまでは面倒を見きれない。
「なァ、兄弟。俺に良い考えがあるぜェ。後腐れもねェ、本人達が納得する終わらせ方がなァ」
「…聞かせてもらおうか」
「おう。俺の考えってなァよォ…」
戦いたがりのジゴロウの言う良い考えなので若干の不安はあれど、本当に後腐れがなく終えられるとなればこれからのためにも聞かないという選択肢はない。私はジゴロウの提案を聞き、少しだけ考えてから乗ることにするのだった。
◆◇◆◇◆◇
港町での歓迎会はつつがなく終了した。催し物は全て順調に終え、最後は私が当たり障りのないことを言って締めの挨拶とした。その後、水路を使って街の住民達は帰還していった。
「海の上なんて、素敵な拠点だわ!」
「自慢の拠点さ。ま、王様達には色々協力してもらったから自分等の力だけで作ってないけどね」
プレイヤーだけになったところで、当初の予定通りに『蒼鱗海賊団』の拠点で二次会を行うことになった。アン達の拠点は彼女達の従魔、回遊島海獣の殻の上にある。流石にこのような拠点を構えている者は他にないようで、初めて訪れた者達は例外なく驚いていた。
特にママは感動したように目を輝かせている。特にお気に入りだったのは、海賊団の団員によるシャチショーだった。回遊島海獣に接近するべく我々は海賊船に乗っていたのだが、アン達は客を退屈させないように相棒のシャチ達に乗って飛んだり跳ねたりしていたのだ。
アン達は水族館のウォーターショーの映像を見て真似しただけだと謙遜していたが、真似をするだけでも相当な練習を積み重ねたはずだ。それに限られた広さの水槽で行うウォーターショーに比べ、彼女達の舞台は海である。スペースを広々と使えることで、圧倒されるほどにダイナミックであった。
「あそこまで自由自在に泳げるものなんだな?練習は大変だっただろう」
「そうでもないよ。相棒を乗りこなすのは海中での戦いで役立つからね。半分は戦闘訓練で、もう半分は遊びさ…あんな遊びまで思い付く始末だよ」
苦笑するアンの視線の先では、団員達が海の上でシャチに乗って水球のような遊びに興じていた。海の上に網を張ったウキを浮かべてゴールに見立て、バレーボールほどの大きさの玉を投げ合っているのだ。
水球は元々激しいスポーツだが、シャチの上に乗っていることでより迫力のあるものになっていた。直接的な攻撃は禁止なのだが、シャチ同士がその巨体をぶつけ合うことで鈍い音が鳴っている。乗っている者が落ちることなどザラであり、その場合は即座によじ登って復帰していた。
それに、玉をゴールに投げるのは何もプレイヤーだけではない。今も玉を持つ者が味方の頭上にパスすると、シャチが大きくジャンプして尾鰭で玉を叩いてシュートしていたのだ。
プレイヤーよりも筋力が高いからか、玉は弾丸のような速度でゴールへ飛んでいく。しかし、ゴールキーパーもシャチに乗っている。海中から勢い良く飛び出して、鼻先でしっかりと玉を弾いていた。
海面を二度ほどバウンドしてからプカプカ浮かぶ玉へと数人が集まっていく。試合の展開が目まぐるしく変わっていくこともあって、見ていて全く飽きない。同じように感じる者達は多いのか、何かアクションがある度に歓声が上がっていた。
「遊びと言うが、あれは立派なスポーツだと思うぞ?アン達にしか出来ないが、ルールをしっかり決めれば他に広めても良いレベルだろう」
「その通り!いやぁ、お金の臭いがするよね?」
私は純粋にスポーツとしての価値を見出だしたのだが、コンラートは金の臭いを嗅ぎ取ったらしい。確かにお金を払って見る価値があるほどのスポーツだとは思うが…よくもまあすぐ金の話に結び付けられるものだ。
相変わらず商魂逞し過ぎるコンラートに呆れを通り越して感心している間に、どうやら勝負はついたらしい。見応えのある試合を見せてくれて本当にありがとう。
「ふむふむ…我々は自分の芸に自信を持っていますが、スポーツはまた別の魅力がありますね。負けないようにより一層努力しなければ!」
「そっちの芸とスポーツは方向性が違い過ぎて比べられるものではないと思うが…」
私個人としては『モノマネ一座』のショーも『蒼鱗海賊団』の試合も素晴らしいもので、どちらも楽しませてもらっている。比べる必要などないと思うのだが、パントマイムは何故か対抗心を燃やしているようだった。
まあ、やる気が殺がれるのではなく増しているのなら良いのかもしれない。より洗練されたショーを見てみたいという思いもあるので、これ以上私は何を言うつもりもなかった。
「何にせよ、これでウチの用意した見世物は終わりだよ。こっからはダベりながら適当に過ごすって感じかね?」
「いや、実はジゴロウから一つの提案があるんだ」
「おおっ!稼ぐチャンスな気がする!こうしちゃいられないね!」
ジゴロウの提案について私が口にした途端に、コンラートはダッシュでどこかへ走っていった。いや、まあ儲けようと思えば儲けられる提案なのだが、本当に金儲けに対する嗅覚が敏感過ぎるだろう。
嬉々として走り出したコンラートとはうって変わって、アンは胡乱げな視線を私に向けている。ジゴロウが戦闘狂だと知っている彼女からすれば、その提案などろくでもない中身ではないかと疑ってしまうのも無理はなかった。
「ジゴロウの提案ねぇ…何をするってんだい?」
「この拠点には訓練用のスペースがあるだろう?そこを使い、希望者を募って対戦会をやりたいんだそうだ」
これがジゴロウの言っていた良い考えの正体である。ジゴロウの本音で言えば、自分が強い相手と戦いたいという欲求を満たすための提案だったのだろう。
ただ、ここで七甲とチンピラを戦わせて二人の中で決着をつけさせるのに都合が良いと思ったのも事実である。この拠点はアン達のものなので、断られたらこの話は終わりだ。私はアンの返事を待った。
「…いいよ。自由に使いな」
「ありがとう。助かるよ」
こうしてジゴロウの思惑通り、急遽対戦会が開かれることになった。ただし、これで他の者達が険悪になったら目も当てられない。私はどんなルールにするか考えるのだった。




