大陸への帰還
リンの進化を皆で見届けた後、ほとんどの者達が進化したリンを良く見ようと近付いてきた。目の前で進化して姿が変わったのだから、自然な反応と言えるだろう。
「グルルルルル…!」
「クオオオン」
ただ、そんな彼らをカルが威嚇していた。カルは基本的におおらかな性格なのだが、リンに対して少し過保護なところがある。戦友であったとしてもこうも近寄られると警戒せずにはいられないのだろう。
しかしながら、守られているリン本人…いや、本龍か?彼女は泰然として威嚇し続けるカルを窘めていた。進化前だとここまでの注目を集めると怯えていそうなものだが、進化したことで肝が太くなったのかもしれない。
「これが龍の進化でござんすか。やっぱり蛇とは違うのでござんすね」
「俺達だと脱皮した後の脱け殻が残るけど、あっちは鱗そのものが落ちるんだなぁ」
リンの鱗を拾っていると、ウロコスキー達の感心したような呟きが聞こえてくる。へぇ?蛇系の魔物だと進化した時に脱け殻が残るのか。
これは何らかのアイテムに使えそうな気がする。アイリス、と言うよりはしいたけに教えるべき案件だろうか。後でウロコスキーに教えてあげよう…自分達の脱け殻を保存していなかったら意味がないのだが。
「透き通る翼に銀色の鱗…何て言う種族になったのかしら?」
「劣白銀龍というらしい。魔術と癒しの力に特化しているようだ」
「カル君とは逆なんだね。バランスの良いコンビになりそうだ」
邯那の質問に答えると、隣にいた羅雅亜は面白そうにそう言った。私も全く同じことを考えていた。前からカルが前線に出てリンが援護する戦法を取っていたが、その戦法がより強力になったと考えて良さそうだ。
「キキッ!ウキキッ!」
「クオオン」
リンの方を向くと、セイの従魔であるモモが長くなった尻尾をツンツンとつついている。私を含めたプレイヤー達などそっちのけで従魔同士で交流を深めているらしい。仲が良いのならそれで良いのだ。
リンの進化は一時の注目と話題となったものの、それだけでティンブリカ大陸までの数時間を潰すことは出来ない。そこで私は時間潰しもかねて今向かっている大陸についての質疑応答を行うことにした。
「答えられる範囲なら何でも答えるぞ」
「はいはい!質問です!そのティンブリカ大陸ってどんな場所ですか!あっ、ネタバレし過ぎは禁止で!」
最初の質問者は『不死野郎』のサーラだった。初っ端から抽象的かつ注文の多い質問である。何と言えば良いのだろうか?
「ええと、我々もまだ大陸の全てどころか半分も探索するには至っていない。その程度には広いと思ってほしい」
「ほうほう!」
「全体的に過酷な環境の場所が多い。ああ、これは言っておく必要があるか。現状ではここにいる全員で戦っても勝てそうにない存在が少なくとも四体生息している。遭遇すれば一目でわかるから、絶対に手を出すな。何が起こるかわからん」
私はこれまでの探索で訪れた場所を思い出しつつ、ついでに注意喚起をしておいた。勝てそうにない四体とはフェルフェニール様、闇森人の住む『誘惑の闇森』にいた百足、『餓魂の錆砂海』でシルエットだけ見えたヤドカリ、そして『槍岩の福鉱山』で我々を撃墜した飛龍である。
この内、フェルフェニール様とは友好関係にあるので戦うことにはならないだろう。だが、その他は警戒するに越したことはない。特に百足の化物に関しては闇森人に迷惑がかかるので絶対に手を出してはならない。後で徹底しておこう。
「どこか特殊なフィールドってありますか?」
「特殊か。さっきも言った通り、過酷な場所だらけだからどこも特殊と言っても良さそうなのだが…ああ、そうだ。特殊な方法でなければ行けないフィールドが存在する。ネタバレは禁止とのことだからこれ以上は言わないが、方法を知りたかったら後で個別に聞いてくれ」
私が言っているのは地獄のことである。フェルフェニール様の口に入って送り届けられるという、これ以上ないほどに特殊な方法でなければ行けない場所だ。質問の主旨に応えられたことだろう。
それにサーラによってネタバレを禁じられたことで最も驚かされる部分を隠すことにも成功した。フフフ、精々驚くが良い!そして不思議と良い香りのする口の中を味わえ!
「街があるってな話でござんすが、住民とかはおられるんで?それとも、そちらさんだけなんで?」
「いや、住民がいる。数で言えば百は超えているな。本人達曰く『人類モドキ』なんだそうだ。ごく一部だけ普通の人類がいるな」
「そんな方々がいらっしゃるんでござんすねぇ…」
我が街の住民はほんの少しの例外を除いて、『人類モドキ』と自称する疵人達である。彼らとの出会いについて語っても良いのだが、聞かれてもいないことを語るつもりはない。さあ、次の質問はなんだ?
「街は一つだけなんですか?」
「いや、現在二つ目が建設中だ。それともう一つの街は『コントラ商会』のコンラートが作っている。だから恐らくは近い未来には多くの人類が、場合によっては人類プレイヤーすらも訪れることになるだろう」
我々が主導して整備したのは、拠点として使っているあの街だ。だが、コンラートが一から作っている港町は事情が異なる。あくまでも港町の主はコンラートであり、彼の裁量で決められることになるはずだ。
そうなれば人類プレイヤーを連れてきてもおかしくない。奴に限って変な奴を招くことはないと信じているが、猫を被って紛れ込む可能性はある。新参者への警戒を怠ってはならないだろう。
「街にはどんな施設があるんですか?」
「今のところ宮殿と城下町、それに運搬用の水路だ。城下町には幾つか店はあるが、充実しているとは言い難い。それに後々施設を増築していくことになるだろう。その時には力を貸してくれると助かる」
今回の戦いでイーファ様の神殿を建立しようと思ったし、源十郎達のためにも修練場を作ってみるのも悪くない。他にも新たな住民となる彼らの意見を聞き、様々な設備を作るのも良さそうだ。後でアイリスと相談しておこう。
その際、彼らには協力してもらうことになるだろう。無論、強制するつもりはない。ただ、その方が完成するまでに要する時間は短くなるので報酬を払ってでも手伝ってもらうことになりそうだ。
「えっ!増やすならリクエストして良いですか!?オシャレな装備が一杯のショッピングモール的な場所が欲しいです!」
「なら俺は賭場が欲しいっすよ、オジキ!」
「蛇用の装備の専門店とかあると助かるでござんすねぇ」
「だったら闘技場を作ろうぜェ」
「あら?闘技場なら競馬にも使えるんじゃないかしら?」
『研究所!大型の研究所を所望すぐももっ!?』
サーラの一言を切っ掛けに、次々と自分の欲望を丸出しにした要求が飛び交い始めた。その中にはジゴロウに邯那まで交ざっている。挙げ句の果てには艦橋で甲板の様子を窺っていたしいたけが、艦内放送を使ってまで要求してきた。
しいたけの声は途中で途切れたので、きっとアイリスに黙らされたのだと思う。しかし、これでハッキリしたのはクランのメンバーを含めてまだまだ街の現状に満足しているとは言えないということだ。
やはり増築は必要なことらしい。ただ、増築するということは地獄の素材収集作業の時間が再びやって来るということ。ふむ…覚悟を決めておく必要がありそうだ。
それからは自分達の欲望を剥き出しにして何かを言い合う状態になってしまい、質疑応答の時間は有耶無耶の内に終わってしまった。そのまま雑談に興じたり景色を堪能したりしながら空の旅を続けていると、ようやく見慣れた大陸が見えてきた。
「うはぁ、マジで大陸だよ…」
「おいおい、信じてなかったのか?」
「いや、そうじゃねぇ。俺が勝手にもっと小さいと思ってたんだ」
マックの呟きに思わず突っ込みを入れてしまったが、彼の気持ちもわからないでもない。私もティンブリカ大陸を初めて見た時、その大きさと異様な景色に驚かされたのだから。
実際、他の者達も言葉を失った様子でティンブリカ大陸を見つめている。事前に明らかに危険そうな場所が幾つもあると聞いていても、無関心でいるのは難しいのだ。
「ほら、あれが我々の街だ」
「おお!スゲェ!」
「新品、って感じですね」
「穴蔵も悪かぁないでござんすが、やっぱり文明的な場所は良うござんすね」
しばらくすると地平線の先から我々の街が現れた。これから自分達が拠点を置くことになる街を見て、それぞれに感想を抱いているらしい。気に入ってくれると嬉しいのだが。
シラツキの帰還に気が付いたのか、眼下では住民達がこちらに向かって手を振っている。我々はそれに手を振り返すが、下の方では困惑している者がいるようだ。
そりゃあ手の数が明らかに多いから驚くわな。今さらだが、彼らは戦友達を受け入れてもらえるだろうか?いや、受け入れてもらえなければ困る。何かあれば私が仲裁しなければなるまい。
「到着だ。皆、降りてくれ」
何があっても私達でどうにかしてみせる、と覚悟を決めたところでシラツキは専用の格納庫に降り立った。ワイワイ、ガヤガヤと騒ぐ彼らを引き連れて格納庫の外に出る。何だか修学旅行の引率をする先生になった気分だ。
格納庫の外では住民達が出待ちして…はいない。それはそうだ。彼らには出迎えが必要などとは言っていないので、普段通りに生活しているのだから。
「あっ、王様。おかえりなさい」
「後ろの人達は誰ですか?」
ただ、格納庫の前を通り過ぎる住民はいる。たまたまその場にいたのは疵人と四脚人のコンビであり、彼らは私達の後ろにいる戦友達を不思議そうに見ていた。
同時に戦友達も初めてみた種族を興味深そうに見ている。ここは私の出番だろう。早速、私は彼らが何者なのかを目の前の二人に告げた。
「彼らは我々と同じプレ…いや、風来者だ。唐突なのだが、今日から彼らもこの街に住むことになった。そこで…」
「おおっ!住人が増えるのか!」
「こうしちゃいられねぇ!皆に伝えなきゃ!」
「あ、おい!」
私が最後まで言う前に、疵人と四脚人の二人は走ってどこかへ行ってしまった。きっと人が多い場所に行って色々と伝えるつもりなのだろう。どんな伝わり方をするのかわからないが…とにかく、追い掛けるしかない。我々はとりあえず彼らが向かった先へ行くのだった。
次回は5月23日に投稿予定です。




