魔王軍、襲来 その十三
追跡用のアイテムを念入りに除去した我々は、さらに注意深く雲の上を迂回するようにしてアン達が待つ入り江に向かった。あんなアイテムを使うプレイヤーがいるのだから、意味があるかどうかわからずとも用心するに越したことはないだろう。
入り江にある廃墟となった賊のアジトにいるのは、『蒼鱗海賊団』と途中で討ち取られて死に戻りした仲間達だ。早めに倒れた者達は再び戦場に帰還していたのだが、遅めに倒れた者達は帰還が間に合わずに待機していたのである。
アン達はシラツキの存在を知っていたのでそこまで驚かなかったが、そうでない者達は上を見上げて呆然としていた。急に空から浮遊する戦艦が降りてきたら驚くだろう。マック達は気持ちがわかるとでも言いたげな様子で頷いていた。
「お帰り、王様。祭りは楽しんだかい?」
「ああ、十二分にな。それで、こっちに何か異変はあったか?」
「ないね。森の外も警戒させてるけど、誰も来てないよ。街で戦いが起きてるのに、わざわざこっちに来る物好きはいないってことだろうさ」
アンから敵の影すらないと聞いて安心した。ここも戦場となるのは流石に勘弁してもらいたい。今は戦うよりもこの祭りの終わりの挨拶をしなければならないからだ。
「皆、聞いて欲しい。今日は私達に付き合ってくれてありがとう。まずは感謝させてくれ」
「水臭ぇこと言うなって。俺達も美味しい思いをしたんだからよ。なあ、そうだろ?」
「その通りでござんす」
最初に言うべきは私の我が儘に付き合わせたことについての感謝だった。彼らは礼など不要だと言っているが、そんなことはない。何故なら、フォティンという街一つを滅ぼしたことで我々は間違いなく多くの人々に恨まれることになるからだ。
我々を恨むのは干戈を交えたプレイヤーだけではない。むしろ彼らの恨みなどそこまで気にすることではない。我々は彼らと戦ったが、彼らから奪ったモノはほとんどないからだ。単に敗北した悔しさしか残っていないだろう。
「だが、我々は間違いなくこの国を…ルクスレシア大陸最大の国家であるリヒテスブルク王国を敵に回したことになる。街一つを焼き払ったのだからな」
「焼いたのはほぼトロロン達だけどね!」
「ハハッ、それは否定しないさ」
タマが茶々を入れたが、それはスルーしておこう。とにかく、今警戒するべきは相手はプレイヤーではない。真に我々を恨んでいるのはこの国の住民なのだ。
特にこの国は魔物への当たりが非常に強いので、魔物にしてやられたと知れば激怒するのは確実である。下手をすると我々への恨みから、草の根を分けてでも探しだそうとするだろう。
今は賊軍との戦いの直後ということもあって、即座に攻撃してくることはないと思われる。だが、戦いの傷が癒えれば我々への報復に乗り出す可能性が高い。別の大陸に本拠地を置く我々とは異なり、ほぼ確実に彼らは狙われるのだ。
「NPCにビビるようなヤワな奴はいないっすよ、オジキ!なあ、お前ら!?」
「いやぁ、四六時中狙われるのは普通に考えて鬱陶しいよね」
「私達のいる地の底まで来るとは思えないが…プレイヤーを差し向けられたら厄介だ」
チンピラは威勢の良いことを言うが、タマとトロロンは住民に狙われることの危険性を理解しているらしい。マックやウロコスキーも同じなのか、何かを考えているようだった。
自分が少数派だとわかったのか、チンピラはふて腐れたように鼻を鳴らしている。彼の威勢の良さは、戦いの時だと頼もしさに変わる素質だ。そこが彼の良さでもあると私は思っていた。
「そこで提案がある。皆、他の大陸にある私達の拠点に来ないか?」
首謀者である私は安全であるのに、共に戦った彼らだけが報復の可能性に怯えるのは絶対に間違っている。『モノマネ一座』のメンバーは既に来ることになっているのだし、他の者達が増えたところで全く問題はなかった。
それにこの戦いの前から綺麗に整備された街に人が少ないことはずっと寂しいと思っていた。クランメンバーともそれをどうやって解決するかを話し合ったこともある。その時は良い方法を思い付かなかったが、『モノマネ一座』を迎え入れるにあたって他の戦友達も招こうという話になったのだ。
「唐突な話だから、戸惑うこともあるだろう。それに強制するつもりはないし、今日中に結論を出せと言うつもりもない。ただ…」
「アニキ達の街だって!?行くに決まってるじゃないっすか!」
「おうともよ!」
「来るなって言われても押し掛けまさぁ!」
「むしろ連れてってくれって言うつもりだったんですぜ!」
「ヒャッハー!」
私が最後まで言い切る前に『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の五人は着いて来る気満々だった。それどころか、強引にでもついていくつもりだったらしい。お前達、ジゴロウのことが好きすぎだろう。
五人のことはさておき、他の戦友達は突然のことに判断がつかずにいるようだ。ここは背中を押すべくメリットを提示してみるとするか。
「コホン。ええと、どこまで話したか…ああ、そうだ。さっきも言ったが、我々の街は他の大陸にあるから追手が来ることはまずないだろう。それに皆が思っているよりも広いから、全員を受け入れてもまだ余裕がある。どうだ?」
「どうだ、って言われてもな…」
「不満があるのなら正直に言って欲しい」
「いやいや、むしろこっちに好都合過ぎて戸惑ってるっつーか…なぁ?」
「そうそう。イザームさんが騙す訳ないって頭でわかってても、ちょっと怪しいセールストークみたいですから…」
マックとポップがそんなことを言うと、他の戦友達もウンウンと頷いている。私が彼らの立場だったとして、自分達にとってあまりにも都合が良い話を聞いたとしよう。相当に困っていれば即座に食い付くだろうが、そうでなければ疑ってしかるべきだ。
実際、『モノマネ一座』のパントマイム達も最初は疑っていたと聞く。だが、私は嘘を言っていないんだよなぁ…。ううむ、どうしたら良いものか。
「嘘臭かったかもしれないけど、イザームの言ってることは本当だよ」
「うむ。儂らも保証しよう」
そこで助け船を出したのはルビーと源十郎だった。私一人の口からだけでなく、他のクランメンバーからも保証されたことで信じられるようになってきたらしい。そうではないとわかっていても、自分に信用がないようで少し落ち込んでしまった。
街が実在すると受け入れた後、今度はこちらに来るかどうかを決めねばならない。クラン毎に分かれて話し合いを始めたのだが、彼らはすぐに結論を出していった。
「俺たちはこのまま着いていくぜ。拠点にしてる地下墓には、ろくなアイテムも残してねぇからな」
「他の大陸とかすっごく楽しみ!」
最も早くに結論を出したのはマック達『不死野郎』だった。我々との付き合いが最も長い彼らは我々のことを一番よく知っていると言って良い。それ故に結論を出すのも早かったのだろう。
それにマックの言う通り貴重品を持ち歩いていたのも大きな要因である。貴重品を持ち歩いていると討ち取られると失ってしまう可能性はあれど、不在の間に盗まれることはない。確実に家財が盗まれない、安全な拠点を持つのが難しい魔物プレイヤーあるあると言ったところか。
「ウチもついていかせていただくでござんすよ。これからよろしくお願いするでござんす、イザームの旦那」
次に決めたのはウロコスキー達『八岐大蛇』だった。彼らは一刻も早く私から龍に至るための道を聞き出したいのだろう。
それに拠点にしていた穴蔵に未練を一切見せなかったことから、彼らもまたマック達と同じように貴重品は拠点に隠していないらしい。このフットワークの軽さはある意味魔物プレイヤーの利点かもしれないな。
「残念だけど、今すぐは無理っぽい。そうだよね?」
「向こうに残してる諸々を回収させて下さい。タマさん、すぐモノを失くすから…」
「でもそっちには行きたいです!」
一方で『ザ☆動物王国』は一度帰還するらしい。どうもタマがすぐにアイテムを紛失するので、他のメンバーが作った秘密の隠し場所に保存しているようなのだ。彼らも大変だなぁ…。
ただ、我々の街に興味がない訳ではない。それどころか、こちらに来たいようだ。ならば拒絶するつもりはない。後で日程を詰め、お互いにとって都合の良い日に迎えに行けば良いのだ。
「今のところ、私達は行けないよ。残念だけど…本当に、本当に!非常に残念だけども!」
逆に行かない意思を示したのはトロロンだった。彼女達『溶岩遊泳部』は溶岩がない状況では全力を発揮するのが難しい。力を制限され続ける環境に移るというのは避けたいのだろう。
ただし、トロロン個人は非常に悔しげである。彼女達は自分達で火山めいたモノを作ることが出来るようだし、そのための場所を街の近くに作っても良いかもしれない。
都合よく地獄には溶岩があるし、どうにかなるのでは?アイリスと要相談だな、これは。
「皆の意思はわかった。共に来る者達はシラツキに乗ってくれ。トロロン達はアンの船に乗るとして、タマ達とは一時の別れになるか」
「うん。でもちゃちゃっと整理するから、そっちもすぐに迎えに来てよね!」
「ああ、わかっているとも」
シラツキから降りたタマは、肉球の付いた前足を振りながら急かして来る。大きな虎であるのに動きがコミカルなので思わず笑いそうになるのを堪えつつ、私も手を振り返しておいた。
一方でアンの海賊船ではトロロンがギリギリまで源十郎に別れを惜しんでいた。両手を握って何かを熱く語っているのだが…源十郎の外骨格が物理的に熱されて煙が出ている。あれ、絶対にダメージを受けてるよね?源十郎も困っているようだ。
ルビーが間に入るかと思ったのだが、彼女は静観している。また祖父が鼻の下を伸ばしているとでも思っているのかもしれない。結局、アンが間に入るまで源十郎の受難は続くのだった。
締まらない最後だったが、こうして我々のフォティン襲撃は成功した。間違いなく倒されたプレイヤーには敵視されるだろうし、全く関係のない者達にも良い顔はされないだろう。
それがどうしたと言うのだ。我々は今日を楽しんだ。その事実は揺るぎなく、後悔は一切していない。さあ、我々の街へと凱旋だ!
次回は5月15日に投稿予定です。




