魔王軍、襲来 その十二
私の魔力の大半をつぎ込んだ魔術は、阿鼻叫喚の地獄を作り出していた。運悪く即死した者は速やかに退場し、複数の状態異常に苦しむ者も多数である。彼らの悲鳴と苦悶の声で戦場は満たされていた。
何一つ効いていない強運の持ち主もいたのだが、そんな者は数えられる程度でしかない。一気に傾いた戦況を再び引っくり返すには戦力不足としか言えなかった。
「むっ、無理だぁ!退けぇ!」
「逃がさんよ。残りの魔力を全て使って…ガアアアアアアアアアッ!!!」
形勢の逆転は不可能だと察したからか、人類プレイヤーは一度退いて立て直そうとしている。そんなことをさせる訳にはいかない。私は最後に残った全ての魔力を消費し、私の最後の切り札でもある龍息吹を放った。
怨霊の集合体めいた龍息吹を吐きながら、私は頭を左右に動かして薙ぎ払った。状態異常を主目的としたオリジナル魔術の混沌斬界とは異なり、龍息吹は純粋な攻撃専用の能力である。ただでさえ状態異常に苦しめられ、戦線を維持出来なくなった彼らにとってダメ押しの龍息吹は大打撃を与えていた。
これで人類プレイヤー連中が追跡してくる可能性は低くなった。追撃などせず、このまま悠々とフォティンを去るとしよう。
「待たせたな。とっとと逃げるぞ…って、どうした?早くしよう」
「どうしたって、お前…あんなモン見せられて平然としてろって方がムズいだろ」
一刻も早く撤退するべきなのだが、クランメンバーを除いた仲間達は呆然と私を見ている。そんなことをしている場合ではないので急かしたのだが、マックは呆れたようにそう言った。
彼の意見の方が大多数であるようで、多くの者達が一斉に首肯した。人類プレイヤーが去って少しだけ戦場が静かになったことで、大声を出した訳でもないのにマックの呟きは皆の耳に届いていたようだ。
「ヤベェ…イザームのオジキ、パねぇっす…」
「イザームの旦那、アンタ実はプレイヤーじゃない…なんてこたぁないでござんすね?」
「凄い凄い!もう一回やってよ!」
「いやはや、素晴らしい一撃だったよ」
チンピラはキラキラとした眼差しで私を見つめ、ウロコスキーはしれっと失礼なことを言い、タマは私のローブの裾を引っ張りながら無茶な要求をし、トロロンは手放しに称賛していた。いや、だからそんなことをしている場合ではないんだって!
どうやって事態を収集するべきか悩む時間も惜しい。ここは強引に会話を断ち切って逃げ始めるしかないだろう。
「はぁ…後で説明するから、とにかく今は逃げるぞ」「わかってんよォ、兄弟。けどよォ、どっから出るつもりだァ?」
「予定よりも時間が掛かったからな。シラツキを呼ぶ」
「良いの?隠しときたいんじゃない?」
「そもそも私がもたついたのが原因だ。そのせいで皆が得た戦果を無駄にさせたくない。アイリスとしいたけにはもう連絡したから…来るぞ」
脱出の方法は色々と考えていたのだが、予定よりも時間が掛かってしまった。そこで最も避けたいと思っていた方法…すなわち、シラツキによる脱出を行うことにしたのだ。
兎路の言う通り、シラツキは本来ならば隠しておきたいモノだ。この襲撃で使うにしても、上空からの援護砲撃の予定だった。トロロン達のお陰でそれは不要になった訳だが、人類プレイヤーが強くてしつこかった上に私が最後に欲をかいたせいで脱出が遅れてしまった。安全と確実性を考慮すればシラツキを使うのが正解だろう。
上を見上げると雲の向こうからシラツキがこちらに迫ってくる。我々が浮遊戦艦というゲームの世界観とはかけ離れた兵器を有していると思いもよらなかったのか、仲間達は口をあんぐりと開けて上を見ていた。よし、今なら言われるがままに動かせそうだ。
「皆、早く乗り込め。脱出するぞ」
「わ、わかった」
「スゲー!マジでスゲー!」
私が努めて冷静に促すと、マック達はおっかなびっくりといった調子でシラツキに乗り込んでいく。シラツキに全員分の船室はないので、甲板で待機してもらうことになる。吹き曝しになるが、勘弁して貰いたい。
「何だありゃあ!?」
「知るか!墜落させてから調べれば良いだろ!やっちまえ!」
「撃て撃て!撃ち落とせ!」
急いで全員を乗せたところで上昇しようとしたシラツキだったが、それに向かって攻撃が飛んで来た。下手人は無論、人類プレイヤーである。壊滅状態に追い込んでいたはずだが、先ほど戦っていた連中とは別人のようだった。
ひょっとしたらこいつらは援軍なのかもしれない。正確なことはわからないが、物騒なことを言いながらウチの浮遊戦艦を攻撃するんじゃない!本当に破壊されるとは思っていないが、万が一にも修復不能な傷が付いたらどうするんだ!
無視して飛翔すれば良いと思うかもしれないが、重量がギリギリらしく空中に上がるまでに時間がかかるとのこと。誰だ、重たいのは!私ほどとは言わないからもう少し痩せなさい!
冗談はともかく、迎撃するために降りていては埒が明かない。もちろん、こちらも反撃している。だが、シラツキに搭載されている兵器は強力過ぎて低空では使えない。そのせいで実際に攻撃出来ているのは甲板の上に乗っている我々だけだった。
ならば気軽に出入り出来て、且つ強力な一撃を放てる者達に最後の一発をカマしてもらってから逃げるとするか。そんな都合の良い能力を持つ者はプレイヤーにはいない。そう、プレイヤーにはな!
「カル!リン!やってやれ!」
「「ガアアアアアアアアアッ!!!」」
私の合図に応え、カルとリンは切り札として温存していた龍息吹を放った。黒と銀の光が輝き、シラツキを攻撃していた人類プレイヤーに襲い掛かる。攻撃に集中していた連中は慌てて防御しようとしたものの、多くの者が間に合わずに直撃した。
まだ龍として未熟なリンの龍息吹を受けた者達は運が良かったと言って良い。しっかりとした防具に身を固めているプレイヤーならば、相当に体力が低い場合を除いて普通に生き延びられていたからだ。
だが、カルの龍息吹を受けた者達はそうはいかない。カルは成熟した龍であり、高位破滅龍という敵を滅ぼすことに特化した存在だ。その龍息吹は同じレベル帯の龍よりも遥かに強力なのである。
直撃した者達は問答無用で消し飛び、防御が間に合った者達の多くも瀕死となった。回避した者もいたようだが、想定していなかった威力に唖然としている。食らった時のことでも想像しているのかもしれない。
「今だ!」
二頭が作ってくれた脱出の好機を逃す訳にはいかない。そして丁度シラツキ側の準備も終わったらしく、上昇の速度は普段よりもゆっくりだが確実に上昇していく。グングンと地上から離れていき、プレイヤーの攻撃が決して届かない場所にまで上昇することに成功した。
ただし、このままでは目視されて追跡されてしまうだろう。用心に用心を重ねて、我々は雲の上にまで上昇して地上から決して見えないようにしておくのだった。
「これで撒いたか。一安心だな」
「ううん。まだだよ、イザーム。飛べる人達はちょっと付き合って。ボク、ちょっと気になることがあるんだよね」
私はこれで安全だと胸を撫で下ろしたのだが、それをルビーはハッキリと否定した。彼女は自分の意見をちゃんと言える人物だが、こうも強めの語気で誰かの言い分を否定することは珍しい。それだけ注意しなければならない何かがあるようだ。
我々は顔を見合わせてからルビーを信じて行動することにした。空を飛べる七甲達は当然として、装備によって飛べる私も参加する。さらにカルの背中には源十郎が、リンの背中には兎路が乗っていた。こうして考えるとウチのクランは飛べる者がとても多いようだ。
幸いにもポップやタマなど、ウチのクランメンバー以外も手伝ってくれることになった。それにしても、ルビーは何が気になるのだろうか?今は源十郎の肩に乗っている彼女の意図が私にはまだわからなかった。
「ええと、多分…いた!お祖父ちゃん、あそこ!」
「む?そこかの?」
「ぐえぇ!?嘘だろ!?何でバレて…ぎゃあああああぁぁぁ…」
シラツキの船底側を飛んでいた時、ルビーが唐突に短剣の切っ先を何もない場所に向けた。何もないようにしか見えないのだが、孫の言うことを疑わない源十郎は槍でその位置を容赦なく突いた。
すると悲鳴と共に何もなかった場所から一人のプレイヤーが現れたではないか!どうやら姿を消す武技かアイテムを使った状態で船底に張り付いていたらしい。
危なかった!このままだったら待ち合わせに使っていた入り江どころか、我々の本拠地の場所まで割り出されていたかも知れない。ルビーのファインプレーであった。
他にも何かを仕掛けられているかもしれないとルビーが言うので、我々は念入りに船底や舷側を調べていく。すると、妙にしっかりと張り付いている謎の虫を発見した。
あれだけ雨あられと武技やら魔術やらが撃たれていた場所に虫がいること自体が奇妙であろう。しかもそれが一匹ではないとなるとあまりにも怪しい。
「これ、上手く偽装されてるけど金属製だよ。生き物じゃないね」
「気付いたのが今じゃなかったら、ただ単に飛んで来た虫が止まっただけだと思っただろうな。とりあえず【鑑定】してみようか」
怪しい虫のアイテムを指で摘まみながら、私は【鑑定】によってこれが何なのかを調べてみる。すると、このような結果が帰ってきた。
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誘番虫・雌 品質:良 レア度:S
雌雄一対の虫型アイテム。これは雌を模している。
雌は特殊なフェロモンを出しており、どれだけ距離が離れていても雄は感知可能である。
一対のアイテムとして作られており、片方が破壊されるとどれだけ距離が離れていてももう片方も破壊されてしまう。
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やはり追跡用のアイテムだったらしい。私は内容を伝えると同時に、甲板に乗っている仲間達にお互いの身体を調べて虫が着いていないか念入りに調べてもらうことにした。
その結果、エイジのように身体が大きな者達の一部にひっそりとくっついていたらしい。全て破壊するように伝えてから、もう一度隅々までシラツキを調べた後に我々は入り江へと向かうのだった。
次回は5月11日に投稿予定です。




