魔王軍、襲来 その十一
地下室から外に出た我々だったが、早速驚かされることになる。その理由は迷宮となっていた民家、すなわちゴードン君の家が完膚なきまでに破壊されていたからだ。
「これは…?」
「ここが迷宮ではなくなったから、強度の面で他の民家と同じになってしまったんだ。つまり、私のせいだな」
他の民家と違ってトロロン達の攻撃を耐えられたからこそ、我々はここを発見することが出来た。だが、それはここが迷宮だったからだ。それが無効化された今、この建物は空っぽの民家でしかない。攻撃を食らって壊れるのも当然だ。
ただ、これはこっちとしても好都合かもしれない。この家が破壊されてしまったことで、ここに迷宮があったことがわからなくなったからだ。仮に誰かが調べたとしても、妙な地下室があるだけの変な建物だと思うだけだろう。
「何にせよ、撤退だ。照明弾を上げてから、皆と合流してさっさと逃げよう」
私は言うが早いかインベントリから照明弾を取り出した。これは疵人に作ってもらったものだ。私は細長い照明弾のそこから伸びている紐を引っ張ると、ポンという小気味良い音を立てて輝く球体が飛んでいく。それが空中で爆ぜ、フォティンの街を明るく照らした。
あの輝きは街にいる全員の目に映ったことだろう。最も多く仲間達がいる場所へと向かい、そこにいる敵を追い払って帰るのだ!
◆◇◆◇◆◇
打ち上げられた撤退を告げる照明弾は、イザームの予想通りフォティンにいるほぼ全ての者達が目撃していた。魔物プレイヤー達には祭りの終わりを知らせ、その他の者達にはまた何か大きな変化が起きる兆候かと身構えさせた。
「おい、これって…」
「そう言うことでござんしょう。しかし、今背を向けて逃げ出しゃあ、目の前の連中が水を得た魚のように追撃して来るでしょうなぁ」
ただし、すぐに撤退を開始出来るかどうかと問われればそれはまた別の話である。特に激戦区である広場では未だに一進一退が続いており、背を向けて逃げ出そうものなら後背を突かれて甚大な被害が出るに違いない。
それ故に撤退の指示が出たものの、彼らは退こうにも退けずにいたのだ。マック17やウロコスキーのような各クランのリーダーや割りと冷静なプレイヤーは皆同じ思いであった。
「アニキ!」
「わかってらァ!でもよォ…まだ俺ァ暴れ足りねェんだよなァ!」
「流石はアニキだ!野郎共、続けぇ!」
「「「「ヒャッハー!!!」」」」
撤退したいのに出来ないので必死に戦い続けている者達がいる一方で、一部の者達はまだまだ戦い足りないとばかりに暴れていた。彼らは撤退の照明弾がちゃんと見えていたが、それとは関係なく戦い続けているのだ。
戦うことそのものを楽しむ彼らは、今の時間が少しでも長く続くことを望んでいる。ジゴロウや『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の五人など、個人の戦闘力が高い者ほどその傾向が強かった。
「グオオオオオオオオッ!!!」
「うはっ!やっべ!カッコいいね、マジで!」
「ええい、畜生!龍ってこんなに強いのかよ!」
「ぐああっ!?他の奴が飼ってたのはここまでの化物じゃなかったぞ!」
そして極一部の者達は照明弾が見えていなかった。イザームの従魔であるカルナグトゥールのように最初から撤退の合図など知らない者や、細かいことを気にしないタマのような者達だ。
照明弾に気を配らなければならないプレイヤーにとって、全く動じずに暴れ続ける彼らはある意味で最も厄介と言える。照明弾が気になるのだが、彼らを見ていると本当は何でもなかったのではないかと錯覚させられるからだ。
「なっ、何だ!?」
「凄い音が…あぁっ!?」
そんな最中、フォティンの街中に響き渡るような爆発音が轟いた。余りにも大きな音だったので、誰も彼もが音のした方を向いてしまう。そんな彼らの瞳に映ったのは、これまでで最も激しく爆発する火山塔だった。
これまで不定期に噴火していた火山塔だったが、これまでで最も大きな噴火によって大量の火山弾が街中に撒き散らされる。それと同時に火山塔そのものもヒビが入って崩れてしまったのだ。
火山塔の存在はこの広場で戦っている者達にとってそこまで影響を与えるものではない。味方への誤射を恐れたのか、この広場に火山弾は飛んで来なかったからだ。
しかし、最後の爆発によって街にもたらされた被害は甚大である。ただでさえそこかしこで火災が発生していたのに、それに加えてその被害は一気に拡大したのだ。最も敵を倒したのは誰かわからないが、フォティンという街を最も破壊したのは間違いなくトロロン達『溶岩遊泳部』であろう。
「きっと、あっちに行った連中がやったんだ!ざまあみろ!」
「押せ押せ!ここで倒しきれ!」
あそこで何があったのか、正確な事情を知る者はいない。人類プレイヤーには事情を知る術はないし、仮にあの場所にいた源十郎やトロロンからメッセージを受け取っていても戦闘している最中だ。悠長に読む余裕などないだろう。
だが、だからこそ自分達に都合良く解釈する者達がいた。彼らはあの爆発は火山塔の制圧に向かったプレイヤーの手柄だと判断したのである。
それが事実かどうかわからないからこそ、言った者勝ちとでも言うべき状況になってしまう。人類プレイヤー側の士気は明らかに向上し、逆に魔物プレイヤー側は動揺せずにはいられなかった。
「ハッ!そこらの雑魚が束になったところで、あのジジイが殺られる訳ねェだろォ!」
「そうよねぇ。私達も何度か模擬戦をしたけど…」
「未だに一回も勝ててないからね」
ただし『夜行衆』のメンバーは誰一人として動揺していなかった。源十郎ならば多少人数が多かったとしても、敗北しないように立ち回ることだろうと絶対的な信頼を寄せているのだ。
それに彼の側にはルビーがいた。彼女は抜け目がないし、しいたけ製の強力な毒薬を塗った短剣を使いこなしている。トロロン達の火山塔を守り切れなかった可能性は否めないが、祖父と孫娘のコンビが討ち取られたとは誰も考えなかったのだ。
「ブオオオオオオオオッ!!!」
「ぐえぇっ!?」
「新手だと!?まだいたのか!」
そのタイミングで広場に突っ込んでくる者がいた。前面に無数の鋭い棘を持つ巨大な盾を構えた状態で敢行された突進は、数人の人類プレイヤーごと壁に激突した。
壁と大盾に挟まれ、しかも棘によって串刺しにされたプレイヤー達は、これまでの戦闘でダメージを負っていたこともあってそこで退場することになる。彼らの仲間は慌てて背後を振り向いたが、その時には既に煌めく白い刃と鋭く黒い節足が彼らを斬り裂いていた。
「ぐああっ!?」
「やっぱり奇襲って有効よね」
「ほんとにね!」
「皆ー、来たよー。メェー、メェー」
エイジによる突撃に続いて戦いに乱入したのは兎路と紫舟、それにウールだった。女性二人は混乱する敵の集団に素早く斬り込み、ウールは鳴き声によって全体を強化していく。エイジも壁から離れると、大斧を構えて再び突撃していった。
急な乱入のせいで混乱させられた人類プレイヤーだったが、たった四人増えただけだとわかると即座に態勢を整えている。賊軍との戦いに加わることが可能な彼らは、十分に手練れだと言っても良い実力者なのだ。
そんな彼らも気付いていないことがあった。それは魔物プレイヤー側の増援は、空中にもう一人いたということ。そして…最後の一人こそ、最も危険かつ全ての元凶たる人物であるということだった。
「…大魔法陣の待機時間は終わりか。さあ、魔力を使いきる勢いで行くぞ!混沌斬界!」
空中に浮かぶ最後の一人、イザームはエイジ達が注意を集めている間に必殺の魔術の準備を整えていた。それは彼の作っていたオリジナル魔術である。現時点で彼が使える全ての【呪術】を付与した【邪術】の死鎌を大量に作り出すもの。深淵系魔術の凶悪さを詰め込んだかのような魔術だった。
彼は魔王の一種となったことで、あらゆるステータスが上昇して魔術も強化されている。さらにウールの全体強化、己が使える【付与術】による自己強化、呪文調整と発動までの時間が長くなる代わりにより威力が増加する大魔法陣による強化を行っていた。
可能な限りの強化を行った上に、彼は高所にいることで【死と混沌の魔眼】で全体を範囲に入れている。距離が離れているので効果は薄くなっているのだが、即死を始めとする状態異常の成功率は確実に上昇していた。
「うわっ!?今度は何なんだ!?」
「魔術か?だけど、威力はそこまで…え?」
「ヤバい!これ、ヤバいぞ!」
百を超える鎌が戦場を飛び交い、敵のプレイヤーを撫で斬りにしていく。黒い魔術の鎌は単純な威力は低いので、最初こそ見かけ倒しかと思われた。
だが、すぐに彼らはそれは大間違いだと言うことを思い知ることとなった。高速で回転しながら不規則な軌道で動き回る鎌は、防ぐことが難しい。ダメージが低いということもあって彼らは必死に防ごうとしなかったのだが、それが仇となった。
鎌を食らったプレイヤーは様々な状態異常に蝕まれることとなったのだ。動きが鈍くなる者、視界がおかしくなる者、継続的にダメージを受ける者、感覚の一部が制限される者など症状が一定ではないからこそ混乱は大きなものとなった。
特に即死を受けてしまった者は驚いたことだろう。何の前触れもなく、急に体力が消し飛んだのだから。その仲間達も唐突に仲間が死亡したことに驚くことしか出来なかった。
「ウハハハハァ!兄弟がやりやがったァ!」
「ふむ、儂の見せ場はなさそうじゃな」
イザームの魔術によって生じた混乱に乗じて、ジゴロウ達は勢いを盛り返した。それに加えて源十郎達も戦場に合流したことで戦いの趨勢は決してしまうのだった。
次回は5月7日に投稿予定です。




