魔王軍、襲来 その十
「いや、させませんけども」
「ごがぁっ!?」
突進してきたゴードン君だったが、彼の前に立ちはだかったのはエイジだった。彼はゴードン君のシールドバッシュを大盾で軽々と受け止めると、無造作に腕を動かしてゴードン君を吹き飛ばした。
ゴードン君は壁へと真っ直ぐに飛んでいき、激しい音を立てて背中から激突した。即座に起き上がろうとしたものの、そこへ紫舟と兎路が襲い掛かる。あっという間に滅多斬りにされたゴードン君の体力は恐ろしい速度で減っていった。
「ぐうう…おおおっ…おぉ?」
「メェー、眠れー、メェー」
ゴードン君は雄叫びを上げて気合いを入れたようだが、そこでウールが睡眠を誘う鳴き声を出し始める。レベルの差はあれど流石にボスと言うこともあって眠ることはなかった。
だが、一瞬ではあれど膝が崩れて動きが完全に止まってしまう。その一瞬は致命的にも程がある一瞬であった。
「悪いな、ゴードン君」
「げぇっ…!?」
私はそれまでは隠していた腕で大鎌を振りかぶると、斬首の武技を用いてこれを振り下ろした。ボスと言えども即死するときは即死するもので、ゴードン君の頭部は胴体と泣き別れすることとなるのだった。
兜を装着したままの頭部がゴロンと転がり、頭部を失った胴体が膝から崩れ落ちる。そしてそのまま動かなくなった。まあ、人間なのに頭部を失って動けるはずがないので当然なのだが。
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戦闘に勝利しました。
ダンジョンボス、ゴードン・ラルセスクを撃破しました。
報酬と2SPが贈られます。
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ああ、やはり勝っていたか。悪いが、これもレベルの差という奴だと諦めてくれ。
「おお?あれって…」
「宝箱だ!」
正直に言って外にいる衛兵に毛が生えた程度の実力しかないゴードン君を倒したことで感慨を抱くようなことはない。それよりも、彼を倒したことで部屋の中央に現れた宝箱に我々の意識は完全に持っていかれていた。
宝箱は木製で金属の枠によって補強されている。絵本や映画などでよく見る、ステレオタイプな宝箱の外見だった。開ければお宝が手に入るのが定番なのだが…罠の可能性も考慮すべきだろう。
罠を開けても死ぬことはないだろうし、何よりそろそろ撤退しなければならない時間だ。さっさと開けて中身を回収し、ここから去りたいのだが…あっ、そうだ。一つ試してみたいことがあったんだった。
「イザームさん?」
「モノは試しだ」
私は頭部を失って転がっているゴードン君の前に立つと、杖の先を彼に向けて魔術を使う。使うのは【死霊魔術】による不死創造だ。そう、私が試そうとしていたのはボスを不死とすることなのだ。
自分と同等以上の強さであれば最初から無理だと諦めたかもしれない。だが、ゴードン君はかなりの格下である。私は成功する目算の方が高いと見た。
ギギギ…
そして私の予想は的中し、ゴードン君の死体は鎧を軋ませながら立ち上がった。その時、私は呪文調整を用いて多めに魔力を注いで見る。するとゴードン君はビクビクと痙攣し、転がっていた彼の頭部が元の位置に戻りつつ彼の鎧は真っ黒に染まり始めた。
しかも鎧は色だけでなく意匠も少し禍々しくなった気がする。明らかになかった棘などが増えているのだ。おお、こんなことになるのか。まさか首がくっつくことも鎧にも影響が出ることも想定外だが…カッコいいから問題ないな!
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ダンジョンボスの従属化に成功しました。
当該ダンジョンは無力化されます。
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ゴードン君を支配したところで、私には通知が届いた。なるほど、ボスを従属化すると迷宮が無効化されるようだ。主のなどただの迷路でしかないし、無効化された方が後の人々のためにも良いだろう。
「何今の…って!立ち上がってる!?まさか復活したの!?」
「使役しただけでしょ。ボスでもレベルが低いとどうにかなるみたいね」
「ああ。それを試したかったんだ」
驚いて節足を構える紫舟だったが、冷静な兎路によって落ち着きを取り戻した。さて、今の内に手早く性能をチェックしておくか。
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名前:ゴードン・ラルセスク
種族:不死邪騎士 Lv40
職業:邪騎士 Lv0
能力:【騎士剣術】
【騎士盾術】
【体力超強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【体力回復速度上昇】
【精神強化】
【考古学】
【言語学】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
【斬撃脆弱】
【光属性脆弱】
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ほう?こうなるのか。種族のレベルは40と一段階退化した形になる。しかしながら、能力の方に変化はほとんどない。一応、不死特有の弱点が追加されているが、それだけである。
上手く行ったのは僥倖であろう。では手始めに最初の命令を下そうではないか。私は杖の先を宝箱に向けながら徐に口を開いた。
「宝箱を開けろ」
「ボスを手下にして最初にやらせることがそれ?ちょっとみみっちくない?」
やかましい!安全を考慮すればこれがベストな選択だろうが!…と反論したいのは山々だが、みみっちいと自分でも思わないでもないのでグッと言葉を飲み込んだ。
ゴードン君は命令に従って黙々と宝箱を開ける。その中には二つのアイテムがあった。一つは古ぼけたメモのようなもの。そしてもう一つは一本の金槌であった。
メモの方は後で目を通すとして、問題はこの金槌であろう。金槌の頭部は銀色で、光を反射して角度によっては緑色や紫色に見える。柄の部分は黄金に輝いており、美しい装飾が施されていた。
その装飾の一部に見覚えがあった私は期待を籠めながらこれを【鑑定】してみる。その結果は以下の通りであった。
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迷宮創造工具 品質:神 レア度:G
人の手で迷宮を作製可能になる道具。
『生産と技術の女神』ピーシャと『魔術と研究の女神』カミラの合作。
迷宮の作製には大量の資材と煩雑な操作が必要となるが、上手く調整すれば多大な利益を得られるだろう。
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おおおおお!やった!ドンピシャだ!欲しかったアイテムをきっちり回収することに成功したぞ!これでアイリスにも良い報告が出来る!見覚えがある装飾とは、『生産と技術の女神』ピーシャの聖印だったのだ。
私はインベントリにしまうと、もう片方のアイテムであるメモを開いてみる。その内容は…ゴードン君による後悔と絶望に彩られた遺書であった。
「なるほど…迷宮を作る時には細心の注意を払う必要がありそうだな」
ゴードン君を最初に【鑑定】した時に見えたが、彼は遠征騎士という職業に就いていた。これは辺境の遺跡や人跡未踏の地域を調査して、そこにある様々なアイテムを回収する騎士であるらしい。
要はプレイヤーがやっていることを国の専属としやっていたようだ。そんな時、ゴードン君と彼の仲間達はこの迷宮創造工具をとある遺跡の最深部で発見した。
女神が作り出したアイテムを発見したと言うこともあり、これを持ち帰った彼らは国王から直々に称賛される…はずだった。それが実現しなかったのは、ゴードン君が好奇心に駆られて迷宮創造工具をこの民家、と言うよりゴードン君の住居で使ってしまったからだ。
迷宮創造工具は使用者の資産を消費して建造ポイントとし、迷宮を作るもの。建造ポイントというワードには見覚えがあった。それは勿論、公式イベントで無作為迷宮を作った時に何度も見たのである。
やはりプレイヤーによる迷宮作製は最初からシステムとして用意されていたらしい。あの時もやけに作りやすいと思ったのだ。
閑話休題。これを起動した時点で迷宮の作製は始まったのだが、これが最大の罠であった。起動と同時に彼の家が迷宮になってしまったのである。
迷宮の作製において必ず設定しなければならないモノが四つある。それは入り口、ボス部屋、迷宮のボス、そしてクリア報酬である。これらを用意していなければ迷宮にはエラーが出てしまうのだ。
ゴードン君は最初、製作を途中で止めれば良いだろうと高を括っていたらしい。実際、最後まで操作を行わなければ問題はないはずだったのだ。
そこで気楽な気持ちで彼はまず入り口の位置と見た目を弄ってみた。その結果、入り口の位置が妙な場所に移り、壁にしか見えずに外からわからないようになったのだ。
気を良くした彼は他にも地下室を作ってそこをボス部屋とした。本当はもっと広くしたかったようだが、自宅の中にある資産を全て建造ポイントに代えても短い廊下と地下室一つを用意するのでやっとだったらしい。この家の中が空っぽで、かつ地下も狭かったのはこれが理由だ。
この設定が一段落したところで、設定をキャンセルした後に時間も遅かったと言うこともあって彼は一度寝たという。翌朝、目が覚めた時に彼は気付いた。キャンセルしたはずの設定が再度設定されており、自宅が迷宮へと変貌しつつあることに。
彼は困惑した。何故なら自宅の中にある家具などの資産を全て建造ポイントに代えたとしても、自分で弄った設定では迷宮のボスと必要最低限の報酬を作り出せなかったからだ。つまり、仮に彼が操作ミスをしていたとしても本来ならばエラーが出て作製出来ないはずだったのである。
しかし、現に自宅は徐々に迷宮となりつつある。どうやって足りない建造ポイントは賄われたのか?それこそが彼の悲劇…すなわち、彼自身がボスとして迷宮のシステムに組み込まれてしまったのだ。
それを理解した彼は恐怖した。自分が迷宮の一部になると言うことは、遠征騎士としての自分は消滅してしまうことを意味するからだ。
彼は急いでキャンセルするべく、迷宮創造工具を探した。だが、それは無駄に終わることになる。何故なら迷宮創造工具は既にクリア報酬として迷宮の一部となっていたからだ。
絶望した彼はせめて自分に起きた悲劇をクリアした者に伝えるべく、まだ建造ポイントになっていなかった紙切れに自分の身に起きたことをなるべく詳細に書き記した。そして叶うことなら自分がこんな目に遭った原因を突き止めて欲しい、と締め括られている。
あの、ごめんなさい。事情も知らずに容赦なく倒した上に不死にしちゃったよ…。せめて原因究明は余裕があればやってあげよう。せめてもの供養である。
メモのせいで少しだけ気分が落ち込んだものの、これで襲撃を行った目的は全て果たしたと言っても良い。後は撤退するだけだ。私達はそそくさと地下室から出るのだった。
次回は5月3日に投稿予定です。




