魔王軍、襲来 その九
「ここだな」
私は自動的に魔術の防壁が作動した建物の前にまでやって来た。見た目は本当に極普通の民家なのだが、周囲の建物が燃えたり崩れたりしている中で唯一無傷なのはかなり異様である。
無理だろうなと思いながらも民家の扉を開けようとドアノブに手を触れる。案の定扉は全く開く気配を見せなかった。鍵が掛かっていたというよりも、壁と一体化しているかのような手応えだった。
「アイリスさんの目的って例のアレですよね?」
「ああ。迷宮創造工具…この街にあるとコンラートは確信していた」
アイリスの欲するアイテム。それは迷宮創造工具という特殊な道具だった。読んで字のごとく、人為的に迷宮を作るための道具だ。そう、彼女は迷宮を作ろうとしているのである。
ただし、これを所有するプレイヤーは今のところ存在していないらしい。とても希少なアイテムであり、所在もほとんどわからないからだ。
しかしながら、コンラートはその情報網によってフォティンに迷宮創造工具があるという情報を得た。何度も裏を取った結果、彼は確信するに至ったのだ。
「正確な場所はわからないのに確信ってどうなのよ」
「コンラート曰く、迷宮創造工具についての記述がある公文書を見付けたようだ。虫食いだらけの古いモノで、街の名前しかわからなかったようだがね」
「公文書…どうやって読んだのかしら」
「さあな。そこを聞くのは止めておいた方が良さそうだ」
コンラートのことだから、悪辣な手段を使っていたとしても私は驚いたりはしない。どうやらコンラートも迷宮創造工具を求めているらしいからだ。
彼は入手することが出来れば、アイリスが一度使ったら貸して欲しいと要請している。何のために使いたいのかは知らないが、その時には私達は快く貸すつもりだ。
そもそもコンラートの情報があってこそなので、使い終わったら寄越せと言われるかと思ったくらいだ。まあまだ入手するどころか目に入れることすらしていないので、皮算用にも程があるのだが。
「開かないねー?」
「フン!うーん、窓も壊れませんね。木の板とは思えない強度です」
ウールもドアノブに噛み付いて開けようとするがびくともせず、エイジは窓に向かっていつの間にか持ち変えていた大斧を振り下ろすが刃が食い込むことすらない。窓に嵌まっているのはガラスではなく古風な木の板なのだが、どちらにせよ巨漢であるエイジの一撃を受けて傷一つないのは異様の一言に尽きた。
「裏口とかはあるのか?」
「待ってて!さっと探して来…えぇ!?」
「「「「はぁ!?」」」」
紫舟は元気よく返事をすると、裏へ回ろうと民家の壁を走り始めた。だが、その直後に彼女の姿は壁の中へスルリと入ってしまったではないか!何が起きているんだ?
呆然としていた私達だったが、壁の中から紫舟が現れたことでほっと胸を撫で下ろした。紫舟は壁を走ってこちらへ戻ってくると、興奮気味に言った。入り口はあそこだ、と。
「壁みたいに見えるけど、あそこが入り口になってるんだよ!内側からは外が普通に見えてたし!」
「まさか入り口を偽装しているとはな…」
「お手柄ね、紫舟」
「フフン!偶然だけどね!」
紫舟は褒められて満更ではないのか、誇らしげに節足を上げている。偶然だろうが何だろうが、見付けたのだからお手柄であることに変わりはない。それでは入り口から中に入るとしよう。
紫舟が入った壁から我々は民家の中に入る。本当に壁の見た目…テクスチャと言うのだったか?それは周囲と違和感がない状態なのに、一部だけ、それも地面から少し上の場所が入り口になっていた。これをノーヒントで見つけろと言うのは少し酷なのではないか?
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イザーム達は隠しダンジョン『―――』を発見しました。
発見報酬として5SPが授与されます。
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やはりここは迷宮という認識で良かったらしい。最初に訪れた紫舟にはもう少し多めにSPが与えられていることだろう。
それにしても迷宮の名前はどうなっているんだ?シンプルなネーミングどころか、名前が付いてすらいないではないか。入り口もそうだが、名前すらも奇怪であった。
「…何もないわよ?」
「何だか気味が悪い空間ですね」
名前に困惑させられた我々だったが、何もない民家の中を見て更に困惑は深まっていく。本当に何もないのだ。家具どころか柱や壁すらもない。ただ石の床に同じく石の壁があるだけなのだ。
外からは壁にしか見えなかった入り口がある場所からは外が見えており、扉があった場所の裏側は石の壁となっている。外側と内側が一致していないことがこんなにも気持ち悪いとは思わなかった。
ただ、こんな奇妙な場所が一部屋だけで終わる訳がない。必ずどこかに道があるはずだ。私達は慎重に部屋の中を捜索する。すると床の一つの隅に見えない入り口を発見した。これも完全なノーヒントだったが、あると思って探していたこともあって意外と簡単に見付けることが出来た。
時間も押しているということもあり、我々は早速その入り口へと足を踏み入れる。見えない入り口の下は階段になっていて、降りた場所には…真っ直ぐに延びる短い廊下があるだけだった。
「廊下があって、奥には大きな両開きの扉ですか。まるでボス戦でも始まりそうな雰囲気ですよね、これ」
エイジの感想に我々は黙って首肯した。私を含めた全員が同じ感想を抱いていたに違いない。我々はそのまま直進し、万が一の時のことを考慮してエイジに扉を開けてもらった。
金属製だったのか、扉は重々しい音を立てて開いていく。その奥に広がっていたのは直径二十メートルほどの円形の部屋であった。最初は真っ暗だったのだが、全員が室内に入ると壁に設置されていた燭台がひとりでに燃え上がって室内を明るく照らす。
我々は別に光がなくても大丈夫なのだが、【暗視】の能力を持っていない者に対する配慮なのかもしれない。それよりも問題は室内が照らされると同時に背後の扉が勢い良く閉じられたことだろう。一度入った者は逃がさないつもりか。
「それで、あれがボスか」
「騎士みたいだねー」
「何て言うか、普通だね?」
円形の部屋の中央にはボスらしき騎士が立っていた。全身に頑丈そうな甲冑を纏い、楕円形の盾と立派な長剣を持っている。盾は背中に背負い、剣は杖のように地面に突き立てて仁王立ちしていた。
紫舟の言う通り、外見は奇を衒わないオーソドックスな騎士の姿である。しかし、見た目と能力が一致しないことなど日常茶飯事だ。どんな相手なのか知るために、私は取りあえず【鑑定】を行って敵の手の内を探ろうとする。するとその結果はある意味で意外な結果であった。
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名前:ゴードン・ラルセスク
種族:人間 Lv57
職業:遠征騎士 Lv7
能力:【騎士剣術】
【騎士盾術】
【体力超強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【体力回復速度上昇】
【精神強化】
【考古学】
【言語学】
【隠密】
【忍び足】
【奇襲】
【暗殺術】
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能力などは見た目通りだったのだが、種族はまさかの人間だったのだ。迷宮のボスと言えば魔物という先入観があったので、人型だったこともあり、恐らくは私の同類である不死だと思っていた。しかしながら、その実態は普通の人間と予想を覆す結果となったのだ。
更に驚いたのはそのレベルである。今の我々に比べて余りにも低いのだ。いや、街中にある誰でも入ることが可能な隠し迷宮のボスならばこんなものか?ううむ、基準がわからん。
「相手は人間らしいぞ」
「なら遠慮はいらないわね」
「さっきまで散々倒して来たもんね!」
紫舟の言う通り、今日の私達は無数の人類のNPCを倒して来た。ボスが人間であることに驚きこそすれ、それで切っ先が鈍ることは絶対になかった。
我々が戦闘態勢に移行するのに合わせ、ボスのゴードン君も剣を引き抜きつつ盾を構える。盾を前に出して防御を重視するスタイルであるようだ。エイジと似た戦い方なのかもしれない。
「……て…た…す」
「何かー、喋ってるー?」
さあ戦おうというタイミングでウールはゴードン君が何かを話していると言い出した。何かのヒントになるかも知れないと思い、我々は即座に襲い掛からずに耳をすました。
「助けて…倒せ…助けて…倒せ…倒せぇぇぇぇっ!」
「うっ!?来るぞ!」
ゴードン君はブツブツと『助けて』と『倒せ』という言葉を繰り返していたのだ。抑揚のない口調も相まって非常に不気味であった。
そしてスイッチが切り替わるように大声になると、盾を前に押し出すようにして突撃した。最後の最後でちょっとホラーっぽくなるのは勘弁してくれ!
次回は4月29日に投稿予定です。




