魔王軍、襲来 その五
背の高い塔の頂上から発射された溶岩の正体。それは言うまでもなく『溶岩遊泳部』によるものだった。
トロロン達の種族である溶岩魔人は、溶岩に満たされた地域でなければ弱体化する。それを防ぐ手立てがあるのは彼女達と合流した時に見た通りだ。
しかし、彼女達には弱体化に対してもう一つ対処法があったらしい。それは自分達に都合の良い環境を作り出すことだった。
準備に時間がかかる上に、一人辺りに限界があるものの閉所を火山に近い環境へと変貌させることが出来るらしい。それを彼女ら全員で行うことで、街で最も高い塔を小さな火山に変えたのだ。
「…だそうだ。宿屋などを上からの溶岩弾で爆撃するようだから、プレイヤーの数は確実に減っていくぞ」
「ちっちゃい火山を作るなんて、凄いね!」
「その代わり、その場所から動けなくなるんでしょ?遠くから狙われたら厳しいのは間違いなく欠点よ」
「一長一短だねー」
紫舟は手放しに羨ましがっているが、兎路はその欠点を指摘する。彼女の言う通り、あの火山状態をキープするためにはトロロン達はあの位置から動くことが出来なくなるのだ。
そうなれば遠くから攻撃する手段を持つ者が相手にいると狙い打ちされてしまう。高威力の魔術や強力な飛び道具を持っていたら、彼女達は避けられない。それらを無数に浴びせられれば、間違いなく火山状態の塔は破壊されるだろう。
しかしながら、それは彼女らの弱点を知っていればこその発想だ。少なくともあの塔を破壊するまでは、トロロン達は一方的に街を爆撃することが可能になる。源十郎とルビーもいるので、そう易々と破壊されることもないだろうが。
「おっと、ウロコスキーから連絡が来たぞ」
「良い報せですよね?」
「当然だ。パントマイム達はキッチリと役割を果たしてくれたな」
私はウロコスキーからのメッセージを読んでニヤリと笑った。これは今ここにいない『モノマネ一座』の仕込みによって、計画通りにことが運んでいる。これで笑うなと言う方が難しいだろう。
ただし、調子に乗りすぎてはならない。撤退のタイミングを見誤って全滅したら目も当てられないのだ。上空で俯瞰しているアイリス達からの警告がいつ来ても良いように注意しながら、フォティンの街を闊歩するのだった。
◆◇◆◇◆◇
「いやはや、『モノマネ一座』のお歴々にゃあ頭が上がらない思いでござんすねぇ」
フォティンの街、その下水道でウロコスキーはしみじみと呟いていた。イザーム達と別れた後、『八岐大蛇』のメンバーは街から少し離れた場所に向かっていた。
彼らが目指したのはフォティンの街の下水道の排水溝である。本来ならば魔物などが迷いこまないように鉄格子がいくつも嵌められているのだが、今はその鉄格子が破壊されていた。
これこそ『モノマネ一座』が行ったもう一つの仕込みである。彼らはネズミなどの小動物に変身して鉄格子を潜り抜けると、しいたけ製の薬品を用いて鉄格子を全て溶かしていたのだ。
こうして城門以外にも出入口を作ることこそ、『モノマネ一座』の仕込みの目的だった。万が一にも城門の破壊に失敗していてもそちらから侵入するつもりだったのだ。
「城門が破壊されてりゃあ、そっちに目が向かう。そうなりゃあこっちが手薄になる…いやはや、魔王様は悪辣な手を考えるお人でござんすねぇ」
「全くですね、ウロコスキーさん」
心から楽しそうに笑うウロコスキーにクランメンバー達は同意する。こうして雑談を交えながら、彼らは思っていたよりも広い下水道を音もなく這いずっていた。
そうこうしている内に、彼らは地上に繋がる管を発見する。それはどれも垂直に延びる細い管ばかりなのだが、蛇系の魔物で統一されている彼らには全く問題ない。自分達の身体が潜り抜けられる直径の穴から彼らは逐次地上へ出ていった。
その際、同じくらいの太さの者達でパーティーを組むことも忘れてはいない。彼らは自分の実力に自信はあれど、油断はしていなかった。
「さてさて、そんじゃあデカい蛇の皆々様。そろそろ派手に登場するとしやしょうかね。スネオン?」
「はいよ、リーダー。シャアッ!」
ウロコスキーに呼ばれたのは、彼に勝るとも劣らない大きさの蛇であった。その蛇は口を大きく開けると、その牙から黄色い液体を発射する。その液体は下水道の天井に付着すると、ジュウジュウと音を立てて溶かし始めた。
スネオンというプレイヤーの牙からは強酸性の毒を出すことが出来るらしい。そうやって強度が下がった天井を見上げながら、ウロコスキーは蜷局を巻いていく。そして力を溜めると、上へ向かって一気に身体を伸ばした。
「うわああっ!?」
「何事…って、蛇!?デカいぞ!?」
ウロコスキーはその巨体に見合った筋力と強固な鱗に物を言わせた肉弾戦を得意としている。その力を十全に発揮して、酸によって溶けた天井を突き破ったのだ。
彼らが出現した場所は崩れた城壁から街の中央を挟んだ向こう側にある衛兵の詰所であった。襲撃されて右往左往していた衛兵達は、床が抜けたかと思えばいきなり現れた巨大な蛇が現れたのだ。咄嗟に動けなくなるのも無理もないことだろう。
「ありゃありゃ、兵隊さんが雁首揃えてボーッとしてちゃあいかんでしょう。そんな体たらくじゃあ…悪い蛇に丸呑みにされちまっても、文句は言えませんわなぁ!」
「ぎゃああああっ!?」
「くっ…苦し…がはっ…」
呆然としている衛兵に対してウロコスキーは容赦しなかった。彼は最も近くにいる衛兵の胴体に噛み付きつつ、その隣にいた衛兵をその太い胴体で巻き付いた。
ウロコスキーは頭を大きく振ってから咥えていた衛兵を詰所の天井へ放り投げる。そして天井に激突してから落下する衛兵を今度は口を最大限に開いて丸呑みにしてしまう。それと同時に巻き付いていた衛兵を絞め殺した。
ボキボキと全身の骨が折れる生々しい音を聞いて、衛兵達は自分達が命の危険にさらされていることを理解したらしい。彼らは慌てて武器を抜き、その切っ先をウロコスキーに向けた。
「遅い。遅すぎでござんすよ、衛兵の旦那方。それだけ時間をくれりゃあ、ウチのモンの仕込みもとっくに終わるってなもんでござんす」
「何を…!?」
ウロコスキーが何を言おうとしていたのか、その部屋にいた衛兵が理解することはなかった。何故なら彼らが何かを考える暇もなく、詰所がグラグラと揺れてから唐突に崩れてしまったからである。
崩壊する詰所に残っていた衛兵達はの瓦礫に押し潰されて全滅してしまった。ウロコスキーもまた瓦礫の下敷きとなって死なずとも大ダメージを負っている…ことはなかった。
「良い仕事っぷりでござんすよ、スネオン」
「へへっ、お安い御用ってな!」
ウロコスキーは平然と瓦礫の隙間から現れた。崩れる直前、彼は自分が通ってきた穴の下へと戻っていたのである。そこでは他の仲間が魔術によって防御を固めており、瓦礫から身を守ったのだ。
そしてこれはスネオンの仕業であった。彼は詰所の下を通る下水道の天井へと片っ端から酸を掛けまくり、詰所の下を脆くしたのである。基礎が緩くなった詰所は、周囲の建物を巻き込んで下へ沈むように崩れたのだ。
ウロコスキー達は蛇の身体を活かして瓦礫の隙間から地上へと出る。ただ、ウロコスキー達は巨大な蛇なので、都合よく通ることが可能な隙間は少ない。瓦礫の山をさらに崩しながら、彼らは再び地上へと現れた。
「ふぅ。全く、身体がデカいってのも良いことばっかりじゃござんせんねぇ。戦いにゃあうってつけなんでござんすが…」
「そりゃあどうだろうなぁ!」
地上に現れたウロコスキーが面倒そうにぼやいた時、彼の頭上から威勢の良い声と共に降りて来る者がいた。真上という完全な死角だったのだが、ウロコスキーはまるでわかっていたように頭をひょいと下げて回避した。
『八岐大蛇』のメンバーは蛇系の魔物で統一されているのだが、この種族の特徴として温度の感知というものがある。それによって頭上にいる敵のことなど最初からお見通しだったのだ。
「チッ!運の良い奴だ!」
「馬鹿じゃないの?奇襲を仕掛けるのに声を出すとか、避けろって言ったようなもんじゃん!」
ウロコスキーを仕留め損なった男性プレイヤーは悔しそうに睨むが、その隣にいた女性プレイヤーは当たり前だと叱責した。仮に黙っていたとしても通用しなかったのだが、ウロコスキーはわざわざ自分の手の内を明かす必要はないのであえて口に出すことはなかった。
「いやはや、間抜けな味方を持つと大変そうでござんすねぇ。そこの姉さんには同情で涙がチョチョ切れる思いでござんす」
「んだとぉ!?」
「アンタはちょっと黙ってて!」
「クソッ…」
ウロコスキーは軽いジャブ程度の気持ちで挑発したのだが、奇襲に失敗した男性プレイヤーは声を荒げて彼を睨む。即座に再び襲い掛かろうとその手に持っていた斧を振りかざした。
そんな男性プレイヤーを女性プレイヤーは一喝して止めさせる。彼は明らかに渋々と言った雰囲気を隠すことなく一歩だけ後ろに下がった。ウロコスキーは他にも隠れている者達がいることを察知しつつ、舌をチロチロと出し入れして相手の出方を窺った。
「アンタ達、プレイヤーよね?空き巣みたいなことをして、恥ずかしくないのかしら?」
「全然?誇らしくはありやせんが、これっぽっちも恥ずかしくないでござんす」
「ふぅん。随分と面の皮が厚いのね」
「ヒヒヒ!あんたがそれを言うんでござんすか!?」
「…どういう意味よ」
「大事になったプレイヤー同士のいざこざに乗っかった戦争にかこつけて、日銭を稼ごうってのは面の皮が厚いお人の行いじゃあござんせんか。そんなお人が講釈垂れるなんざ、ちゃんちゃらおかしいってもんでござんしょう?ヒヒヒヒヒ!」
これはウロコスキーの本心であった。プレイヤー同士で揉め事が起きるのは理解出来る。それが大事になることもあるだろう。それが原因となって戦争にまで発展するのはレアケースとはいえ、実際にそうなったのだからそんなこともあるのかと受け入れられた。
だが、自分の利益になるという理由で揉め事とは無関係であるのに戦場へ出向く者達の間に差などないとも思っていた。官軍だろうが賊軍だろうが、利益のために戦争に荷担する者達は同じ穴の狢である、と。だからこそ、厚顔無恥と言われてもお前が言うなとしか思えず、大笑いしてしまったのだ。
「こいつ…!皆、やっちゃえ!」
「その言葉を待ってたぜ!」
「ヒヒヒ…笑ってる場合じゃござんせんね。さぁて、楽しい戦いの時間でござんすよ!」
「「「はいよ!」」」
ただし、彼の挑発的な言い方は女性プレイヤーの怒りを買ったらしい。彼女が号令を下すと同時に、十人以上のプレイヤーが現れてウロコスキー達を襲う。それを知っていた彼らは臆することなく迎え撃つことを選ぶのだった。
次回は4月13日に投稿予定です。




