隠れて勧誘 その三
「フフフ、勧誘は一先ず成功と言ったところか」
作業をしている最中、ジゴロウと源十郎からほぼ同時に最初の戦力としての勧誘は成功したとメッセージが届いた。幸先の良いスタートである。メッセージの続きは彼らが勧誘に成功したクランについての情報が記載されていた。
ジゴロウが紹介された『八岐大蛇』は蛇系の魔物で統一されたクランである。構成人数は三十人と我々よりも多く、レベルもほとんどが90を超えているらしい。
どうやら拠点にしている彼らしか入れない穴蔵が巨大な地下空間に通じており、そこの魔物と戦って経験を積んだようだ。特にクランのリーダーであるウロコスキーはかなりの猛者だったらしく、あのジゴロウが本気で相手をして危うい場面が何度もあったとか。
穴蔵から出ることなく地の底で戦いに明け暮れていた彼らは武闘派のクランらしく、ジゴロウの強さを実際に見て従うことを約束した。ジゴロウも絶対に役立つと太鼓判を押しているし、想像の数倍頼りになりそうだ。
一方で源十郎達が紹介された『モノマネ一座』というクランは武闘派とは言えない集団だ。彼らはあくまでも芸人であり、『八岐大蛇』のように自ら戦いに出向くようなことはしていない。レベルもまだ60前後となっていた。
しかし、彼らには彼らにしか出来ないことがある。それは投影魔獣としての優れた変身能力を利用すること。その方法は既に彼らの経験によって可能だと保証されている。ある意味、作戦を決行する時には最も重要な役割を果たすことになるかもしれない。
「それに、住民達に娯楽を提供出来るようになるのは嬉しい。彼らも芸を披露する場が得られるし、まさにWin-Winといったところか」
交渉の際、源十郎は彼らを私達の街へと迎え入れることを提案した。当然、色々と誤魔化して話したようだが…彼らの心を動かすには十分だったらしい。荒事に手を貸すと承知の上で我々に与することを約束した。
本来はエンターテイナーである彼らはあまり争いを好まないようだが、エンターテイナーだからこそ自由に表現出来る場を渇望していた。こちらとしても我々も楽しませてもらえるだろうし、同時に住民達にも新たな娯楽を提供出来る。素晴らしい取引と言えた。
「だが、次の交渉はハードなものになりそうなのか…まあ、想定の範囲内だ。何もかも順調に進む訳がない。他者が関わっているのなら当然だな」
ただし、源十郎側はともかくジゴロウ側は次に勧誘の交渉をするべく向かう先の者達は良い返事をもらえるかどうか微妙なラインであるらしい。それには理由があった。
ジゴロウが向かうのは『怒鬼ヶ夢涅夢涅』…闘技大会でジゴロウと戦った、世紀末チンピラ風パンクファッションな鬼達のパーティーだ。大舞台で自分達を敗北せしめたジゴロウは、彼らにとって因縁の相手と言っても良いだろう。
そんな相手のもとへジゴロウを連れていくのはどうかと思うのだが、ポップとサーラはあの五人のノリが鬱陶しいようで露骨に避けているらしい。なので割りと仲が良いマックが連れていくことになったのだ。
闘技大会で勝ち残る腕前を持つ者達ならば是非とも戦力として迎え入れたいのだが、断られることを前提にしても良いか。彼ら以外にもマック達の知り合いはまだまだいるのだから。
では源十郎側は簡単なのかと問われればそうでもない。それは交渉の難易度ではなく、次に向かう先のクランが拠点にしている場所が今いる場所よりもさらにアクセスの悪い秘境であるかららしい。
何でも源十郎達は街から遠い真っ暗な洞窟にいるのだが、次に行く先は頻繁に噴火する小さな火山島だという。そんな場所にどんな魔物プレイヤーが潜んでいるのだろうか?非常に気になるところだ。作業を続けながら続報を待つとしようか。
◆◇◆◇◆◇
『八岐大蛇』の皆に見送られながら、ジゴロウ達はマック17達と共に移動を開始した。彼らが目指すのはジゴロウと戦ったこともある『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の五人組が拠点としている廃砦だった。
その廃砦は『毒蟲の楽園』という不人気な毒沼地帯の片隅にある。毒沼というだけでも不人気になって然るべきであるのに、その廃砦はボスエリアとは遠い場所にあった。しかも廃砦に近付かなければ得られないアイテムもないので誰も近付いてこない。魔物プレイヤーが拠点とするには十分な条件だった。
「臭ェなァ…あいつら、こんな場所にいんのかァ?」
「そう言うなって。アンタと戦ったあの闘技大会で妙に有名になっちまってよ、こんな場所を寝床にしないと変な奴らに絡まれちまうんだ」
「有名税、っちゅうには高すぎるわな」
「自分達がどれだけ恵まれているのかがわかりますね」
毒沼の臭いに顔を顰めるジゴロウだったが、マック17に諭されて口を閉じる。七甲は同情し、モツ有るよは周囲と隔絶された場所を拠点としている自分達の環境の良さをしみじみと感じていた。
ただし、ジゴロウが文句を言いたくなるのも仕方がないことだった。七甲とモツ有るよは空を飛べるので毒沼の影響は受けないし、マック17達は不死であるが故に毒は効かない。泥のせいで歩き難いと思うだけである。ジゴロウただ一人が毒沼の影響をダイレクトに受けていた。
毒沼は酷く臭い上に、歩くだけでも弱い毒の状態異常となってジワジワと体力が削られてしまう。毒自体はそこまで強力ではなく、ジゴロウの自然回復系の能力のレベルは高いのでほとんど相殺している。また、しいたけ謹製のポーションもあるので体力が尽きそうになることはなかった。
「チッ!また来やがったなァ、この野郎ォ…!」
だが、それよりもジゴロウが鬱陶しいと感じていたのはフィールド名にもなっている毒蟲だった。毒蟲は大別して二種類いる。一つ目は毒が滴る顎で噛み付くトンボや、吸血しつつ毒を流し込もうとするカなどの空を飛ぶ羽虫だ。こちらは全員で対処するのだが…問題はもう一つの毒沼に潜む毒蟲である。
毒沼の中に潜んでいる毒蟲は、そこを歩く者の足に噛み付くヒルやボウフラだ。見た目が気色悪い上に、噛み付いた後で吸血しているのか持続ダメージを食らってしまうのだ。
噛み付きによる持続ダメージはそこまで大きくないのだが、毒ダメージと合わされば自然回復を超過する上に、毒蟲が肌に噛み付いている感覚は非常に不愉快だった。噛み付きによるダメージは不死であるマック17達も食らうのだが、彼らには血液が流れていない。そのお陰で毒蟲はすぐに口を放し、結果としてジゴロウに集中していたのだ。
またもや噛み付かれたジゴロウは、苛立たしげに全身から一瞬だけ放電して毒蟲を感電させる。すると実に二十を超える様々な種類の毒蟲が毒沼の上に浮かんできた。フィールドに現れる魔物のレベルは低いので、ジゴロウの電撃ならば一撃で倒せている。それだけが彼にとって唯一の救いであった。
「いやぁ、ジゴロウはんのお陰でアイテム収集が捗りますわ」
「全然嬉しくねェよ…」
「おっ、卵が出ましたよ。レアアイテムですね」
ジゴロウの電撃で倒した毒蟲を七甲とモツ有るよが回収していく。まるで自分が撒き餌になったかのような状況に、彼は苦々しい顔付きでため息を吐いた。
そんなこんなで毒沼地帯を抜けた一行は、ようやく廃砦へとたどり着いた。廃砦はかなり古いものらしく、城を守っていたであろう城壁はほぼ全てが崩れ、残った部分にも毒々しい紫色の苔に覆われている。城壁の内側は毒沼が浸食していて、廃砦もその中に沈んでいた。
唯一の救いと言えるのは砦の建物そのものは一部を除いて原型を保っていることだろうか。傾いているし壁の一部が崩れていても、雨風を凌ぐには十分であろう…この臭いと隙間から入ってくるだろう羽虫に注意すればの話だが。
「来たのは良いけど、アイツら居るかな?おーい!チンピラさーん!」
「えぇ…?自分、何急に悪口言うてるん?ちょっと引くわ…」
「あっ、いや、悪口じゃないんだ。だって…」
「「「「「ヒャッハー!!!」」」」」
困惑する七甲に何か言おうとしたマック17だったが、彼が何かを言う前に廃砦の屋上から飛び降りてくる影があった。毒沼の上に勢い良く着地したことで、沼の泥が派手に飛び散る。ジゴロウだけでなく、全員が顔を顰めた。
そんな彼らの反応を楽しむように、降りてきた者達はゲラゲラと下品に笑っている。彼らこそ、ジゴロウと戦った『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の五人組だった。
「おいおい。随分なご挨拶だな、チンピラさん。俺達は毒にはならねぇけど、今日は他にもいるんだぞ?」
「ヒャハハァ!これが俺達なりの歓迎ってヤツだぜ、マックちゃんよ!」
「はいはい、そうですか。気を取り直して…この人達が『怒鬼ヶ夢涅夢涅』のメンバー。こっちがリーダーのチンピラさんだ」
「チンピラってプレイヤーネームやったんかい…」
マックは呆れながらも中央にいたモヒカンをバッチリと決めたプレイヤーを紹介した。このモヒカンの彼が『怒鬼ヶ夢涅夢涅』のリーダー、チンピラであった。七甲が罵倒だと思ったのは、彼の名前だったのだ。
ちなみに残りの四人の名前も56ツキ、楢酢門、DQN、ハナツマミンと似たようなものである。順々に紹介された三人が微妙な顔付きになったのも仕方がないだろう。
「それで、話は聞いてくれるんだろうな?話だけは聞いてやるって言ってたのに、今さら門前払いとかだったら流石に怒るぞ」
「そうカリカリすんなって、マックちゃんよ。こっちにも段取りってモンがあるんだ」
そう言うと『怒鬼ヶ夢涅夢涅』は五人全員でジゴロウの前にまでやって来る。ガラの悪い見た目の五人組に迫られたジゴロウだったが、彼は微動だにしなかった。それどころか、戦いになるのならここまでの憂さ晴らしになると喜んでいるくらいだった。
一触即発の空気に七甲とモツ有るよだけでなく、マック17達も思わず身構える。特にマック17は連れてきたことを少しだけ後悔し始めていた。
「久し振りだなぁ、ジゴロウさんよぉ」
「そうだなァ。リベンジマッチがお望みなら、話をした後に相手になってやらァ」
「いやいや、そうじゃねぇのさ…テメェら!」
「「「「おう!」」」」
チンピラが合図すると、他の四人が同時に返事をする。そして襲い掛かる…かと思われた時、彼らはその場で両膝を着いて頭を勢い良く下げて毒沼に突っ込んだ。
「…何の真似だァ?」
「ジゴロウさん!いや、ジゴロウの兄貴!俺達を舎弟にして下せぇ!」
「「「「お願いしやす!」」」」
「はァ!?」
舎弟にしてくれと言われたジゴロウは、自分の声が裏返ったことにも気付かないほどに困惑していた。それは他の者達も同じこと。どうしていいのかわからず、廃砦は不意に静寂に包まれるのだった。
次回は2月28日に投稿予定です。




