進化と転職(九回目)
こちらをじっと見ている毛むくじゃらの何か。全身を包み込む白に近い灰色の体毛のせいで分かりにくいが、どんな体格なのかはわかる。頭は小さく、胴体は丸々としていて手足は短いようだ。そのせいで毛玉から手足が生えているようにも見える。デフォルメすればマスコットに使えそうですらあるな。
全身に体毛があるからか服の類いは身に付けておらず、同時に武器を持っているようにも見えない。また、体毛のせいで性別もわからない。謎だらけの存在であった。
騎乗しているのもまた毛むくじゃらの生物である。恐らくは魔物なのだろうが、体毛は黒に近い灰色で脚は四本。豊かな体毛の隙間からは少しだけ角が伸びている。恐らくは山羊なのだと思う。
体毛の陰から見える金色の光はきっと瞳なのだろう。彼らは四つの瞳でこちらをじっと観察している。その存在について、私はアイリス達から話を聞いていた。前に探索へ向かった時もこちらの様子を窺っていたのだ、と。
「聞いていた通り、本当に何もせずにこっちを見ているだけなんだな」
「監視してる、って感じだね」
羅雅亜の言う通り、監視しているだけで敵意や害意があるとは思えない。もしそうなら姿を隠して奇襲の機会を窺うだろうし、一騎ではなく多数で囲むことだろう。
ただし、友好的な相手かどうかはわからない。彼、または彼女の態度は積極的に友好関係を深めようとしている者のそれではないからだ。我々との間にある距離がそれを物語っていた。
「どうすんだァ?喧嘩売ってもいいぜェ」
「あら、それはジゴロウが戦いたいだけでしょう?」
「敵ではないのなら、こちらから敵対する行為は控えよう。可能なら接触して交流したいものだが…」
「急に近寄ったら逃げられそうですよね」
ジゴロウの好戦的な意見は当然却下するとして、交流しようにもアイリスの言うように離れてしまいそうだ。ううむ、このままではどうしようもない。
「実害はないし、放置するしかないだろう。向こうから何らかのアクションがあればその時に対応するしかない」
「消極的だけど、仕方がないわねぇ」
取りあえず、彼か彼女の視線を浴びながら採取を続けることにした。蟻塚を無心で掘り続けている間、あの毛玉は飽きることなくこっちを監視し続けている。我々から目を離すつもりはないようだ。
付近にある蟻塚を掘り尽くしたところで、我々はそろそろ引き上げることにした。ログアウトするべき時間も迫っているし…何よりもずっと見られているせいで落ち着かないのだ。
「ここに来る度にああやって見られるとやりにくいぞ。何か対策はないだろうか?」
「ぶっ倒す以外なら、俺ァ思い付かねぇなァ」
『槍岩の福鉱山』からの帰りの道中で、リンの背中に乗った私は悩んでいた。敵かどうかわからない相手にこちらから喧嘩を売るのは好みではない。こちらから喧嘩を売るとすれば、それはいけ好かない集団かプレイヤーの集団だ。完全に敵対しない限り、彼らと事を構えるつもりはなかった。
可能なら友好関係を結び、最低でも不干渉に持ち込みたいものだ。そのためにどうするべきか。私は頭を悩ませていた…当然、カルの背中の上で好戦的なことを言うジゴロウの発言はスルーである。
「何かプレゼントを贈るのはどうかしら?」
「それは素敵な考えだけど、受け渡す方法がないのが問題だね」
空中を駆けることが可能になった羅雅亜と、その背中に乗る邯那も意見を出してくれている。プレゼント作戦は悪くはないのだが、羅雅亜の言ったように渡す方法がない。それが問題なのだ。
それに贈り物をするとしても、何が良いのかわからない。何か別の策を考えなければ…
「あっ!いいですね!何か作りましょう!」
ポン、と触手を打ち合わせたのはカルに抱えられたアイリスだった。モノ作りと言えばアイリスではあるが、彼女でも『謎の存在を喜ばせるモノ』を作るのは難しいだろう。少なくとも私には思い付くものはなかった。
しかし、アイリスは随分と自信ありげなので彼女に任せるとしよう。何か手伝うことがあれば何時でも力を貸せば良い。そんなことを考えながら、我々は街へと帰還するのだった。
◆◇◆◇◆◇
「それはそうと、私の進化と転職が残っているじゃないか」
自室に戻った後、ログアウトする前に私は自分の進化と転職の処理を行うことにした。蟻塚の採取や謎の毛玉との邂逅など色々あったせいで忘れかけていたのだ。
魔物プレイヤーにとって、進化は最も楽しみな時間と言っても良い。それを忘れかけるほど、あの謎の毛玉について頭を悩ませていたのである。
「さてさて、どんな進化先があるのか。まあ、大体の予想はついているのだが」
前回の進化の時のことを思い出しつつ、私は進化先のメニューを開く。そこには予想していたものに近く、しかし少しだけ予想とは異なるものだった。
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混沌深淵龍骨不死魔帝
深淵系魔術を全て使え、身体に龍の一部が含まれ、更に【錬金術】によって様々な部位が追加された、複数の種族とその土地を支配下におく不死帝の新種にして上位種。
通常の不死帝とは比較にならない強さを誇ると予想されるが、新種故に正確な戦闘力の測定は不可能。
混沌深淵龍骨不死災魔王
深淵系魔術を全て使え、身体に龍の一部が含まれ、更に【錬金術】によって様々な部位が追加された、不死以外の種族をも率いる不死王の新種にして新たな魔王がより強大な力を得た上位種。
通常の不死王とは比較にならない強さを誇ると予想されるが、新種故に正確な戦闘力の測定は不可能。
魔王と名乗るに相応しい力を持つが、まだ成長の最中にある。
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選択肢は二つある。前回選ばなかった不死帝系の上位種か、前回選んだ不死魔王系の上位種である。この感じだと、前回の選択がどちらだったとしても同じだったのでは…?
いや、違うはずだ。前回魔王を選んでいるからこそ、今回の進化では魔王と名乗れる力を得たと説明文に書かれているのである。そう信じたい。そうだよね?
若干不安に思いながら、私はどちらを選ぶべきか考慮する。しかし、この二つを見た時から結論はもう出ていた。私が選んだのは…こっちだ!
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混沌深淵龍骨不死災魔王が選択されました。
混沌深淵龍骨不死災魔王に進化します。
進化により【不死の叡智】レベルが上昇しました。
進化により【深淵の住人】レベルが上昇しました。
進化により【深淵のオーラ】レベルが上昇しました。
進化により【浮遊する頭骨】が【浮遊する双頭骨】に進化しました。
進化により【不死魔王の大号令】が【不死災魔王の大号令】に進化しました。
進化に伴い、蓬莱の杖、髑髏の仮面、月の羽衣が一段階成長しました。
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「おごっ!?おごごごごごご!?」
進化先を決定した途端、私の身体が光ったかと思えば急に頭が勝手に動き始めた。視界が小刻みにガクガクと揺れるのは気持ち悪い。リンの飛行の次は謎の震え。今日は視界がグチャグチャになる日だとでも言うのか!?
手で押さえようとしたのだが、何故か腕が上がらなくなっている。何がどうなっているのかわからないでいると、頭が前に向かって伸びるような奇妙な感覚がする。こっ、これは…そうか!
「【浮遊する双頭骨】…既にある方が二つになるのなら、既に浮かんでいる方から分かれて欲しかった」
頭に起こった異変は【浮遊する頭骨】が【浮遊する双頭骨】になったことが原因だった。この能力は【浮遊する頭骨】が二つになると言うもの。ただし、【生への執着】によって復活するのは一回のまま。流石に二度も復活することは許されないようだ。
それでも移動する浮遊砲台が二つに増えたのは嬉しい…のか?一つでもまだ使いこなせているとは言えないのに、二つになったら制御出来る気が全くしない。相当に練習しなければなるまい。
「むしろ、こっちの方が収穫かもしれんな」
私は呟きながら新しく分離した頭骨に張り付いている髑髏の仮面を取り外す。私の頭から前に伸びたので、分離した方の頭骨に装備していた仮面が持っていかれていた。その際、仮面はずり落ちることなく張り付いたままだった。
つまり、【浮遊する双頭骨】にも仮面を…頭用の装備を装備可能なのである。頭の装備は自分の頭に一つしか装備出来ないと思い込んで…いや、決めつけていた。今度、アイリスに何か作ってもらおうかな。
進化によって追加された能力はないものの、既存の能力の性能が上昇している。フワフワと浮かぶ頭骨を肘掛けのようにしながら、私は仮想ウィンドウを開いて転職の操作を始める。選べる職業は…一つだけ。ならば選ぶしかあるまいよ。
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『災魔王』が選択されました。
称号、『死の厄災』を獲得しました。
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おお、前回と同じく転職と同時に称号が増えたぞ。何かしらの効果がありそうだ。早速チェックしておこう。
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『死の厄災』
死を振り撒く存在である証。
あらゆる即死攻撃の成功確率が大幅に上昇する。ただし、完全に無効化されている場合は成功しない。
不死系魔物の作製が容易になり、性能も上昇する。
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これは…!【邪術】をもっと使えと言われている気がする。ガッツリ対策をされて即死を無効化されていたら無意味だが、そんな対策を練っている者はプレイヤーくらいのものだ。普段のフィールドにおける狩りでは役に立つことだろう。
それよりも不死系魔物の作製が簡単になったことの方が嬉しい。獄獣との戦い以降は時間がなくて全くやっていなかったが、これを機に本格的な不死の兵団編成を目指しても良いかもしれない。私は今回の進化と転職にも満足しながらログアウトするのだった。
次回は12月22日に投稿予定です。




