蟻塚掘り その二
蟻塚を一つ完全に崩した我々は、探索と採集を続けていた。擬態している魔物は発見次第にジゴロウ、カル、そして邯那と羅雅亜のコンビによって撃滅されている。私とアイリスとリンはほぼ何もすることなく、楽をさせてもらっていた。
「戦う必要がないのは楽で良いが、リンの訓練にはならんな。強敵と戦う経験をもっと積ませておきたいのだが…」
「ジゴロウ達がいる今は危ない場面になっても救助出来ますもんね。安全に強敵との経験を積むにはちょうど良い環境です」
「クルル…クルゥ?クルルルル!」
どうしたものかと悩みながらアイリスと共にリンを撫でていると、気持ち良さそうに喉を鳴らしていたリンが急に首を上げた。そして近くにある尖った岩の先端を睨んでいる。どうしたのかと私が尋ねる前に、リンは【魔法陣】を発動して魔術を放った。
何もない場所に飛んで行くかに見えた魔術は、予想に反して空中で何かに着弾する。そして虚空がユラリと歪むと、細長い鼻面の頭部と大きな尻尾が特徴的な灰色の毛並みの魔物が落ちて来たではないか!
「あっ!あれが隠密食蟻獣です!」
「何?私の魔力探知には引っ掛からなかったぞ?」
地面の上で起き上がろうとモゾモゾ動いている隠密食蟻獣に私は全く気付いていなかった。隠密食蟻獣は決して強くない魔物だったから良かったものの、もしもこれが非常に強い魔物ならば奇襲されて誰かが即死していたかもしれない。
そう考えるととても危ないところだった。ルビーは存在を感知可能だったようだし、斥候職の重要性が余計に浮き彫りになった形である。やはり、何か方法を考えなければなるまい。
「クルルッ!」
私が危機感を抱いている内に、リンは隠密食蟻獣に近付くとその首を踏み折った。そして首を咥えると、我々の近くに持ってくる。何と言うか、あれだな。捕まえた虫を持ってくる猫のようだ。
取りあえず隠密食蟻獣を受け取ると、私はアイリスに剥ぎ取りを任せる。咥えていた獲物を離したリンは、褒めてと言わんばかりに鼻先を私に押し付けた。
「おお、よしよし。良く見付け…って、本当に何で見付けられたんだ?何もいなかったのに…」
「クルル?」
私はリンを撫でながらふと疑問に思った。リンが隠密食蟻獣に魔術を当てたのは偶然ではない。明らかに目で見て、狙いを定めて打っていたのだ。
それはリンには隠密食蟻獣が肉眼で見えていたと言うことを意味する。透明化して姿を消している相手をどうやって…いや、一つだけ心当たりがあるぞ。
「ひょっとして【龍眼】の力なのか?」
リンが得た新たな能力である【龍眼】。何らかの視力に関する能力だとは思っていたが、まさか透明化している敵を見付けることが可能だとは思いもよらなかった。
ただ、確かにすごいのだが…私には【龍眼】が透明化を見破るだけの能力だとは思えない。他にも色々な力を内包しているのではないか?龍のことを過大評価しているような気もするのだが、どうしても期待してしまう自分がいた。
「お前の眼には何が見えているんだろうな?」
「グルル…」
「おお、カルもよく頑張っているな」
リンが撫でられているのが羨ましくなったのか、カルも甘えるようにして頭を私に押し付ける。私は片手でリンを、もう片方の手でカルを撫でてやった。
しかし、いつまでもこうして撫でている訳にもいかない。まだログアウトするまでには時間があるので、ギリギリまで採集をしておきたい。蟻塚から取れる砂は幾らあっても足りないほど必要になるからだ。
「よォ兄弟、遊んでねェで行こうぜェ」
「ああ、わかっている。進むぞ、二人とも」
「グオォ」
「クルゥ」
ジゴロウに急かされるようにして私達は探索を再開した。その時も私は小まめに魔力探知を使い、ほぼ全ての魔物を発見している。だが、やはり隠密食蟻獣だけは発見出来なかった。魔力探知から逃れる力の持ち主なのは確定と言っても良さそうだ。
しかし、そんな隠密食蟻獣もリンの目は誤魔化せない。リンは【龍眼】によってその悉くを発見していた。
「【龍眼】の効果は大体理解したと言っても良いか」
「そう思います。想像以上に凄い能力でした」
魔物を倒して安全を確保してから空の蟻塚を掘るのだが、その作業をしながらアイリスの手を借りて私はリンの【龍眼】について検証を行った。それによると【龍眼】の効果は大きく分けて三つもあることが判明した。
一つ目は千里眼、すなわち非常に優れた視力である。探索の最中にリンは幾度か首を上げ、唸りながら上空をじっと睨んで警戒する場面が何度かあった。
その方向に何かあるのか、我々の視力では全くわからなかった。だが、こんなこともあろうかとアイリスが用意していた双眼鏡を借りて空を見る。そこには一頭の飛龍が飛んでいた。
見えている飛龍は双眼鏡を使っている状態でも辛うじてシルエットが見えるだけであり、距離がありすぎて大まかな大きさすらわからない。それが肉眼で見えていて、警戒しなければならない相手だと見分けがつくのだからリンの視力の良さが際立つと言うものだろう。
二つ目は魔力視、と我々が呼ぶようにした視力だった。これこそリンが隠密食蟻獣の存在を見破った力である。
どうやらリンには魔力の動きが常に見えているらしい。やっていることは魔力探知とほぼ同じなのだが、探知の精度が私の魔術とは段違いなのだ。隠密食蟻獣の擬態を見破れなかった私の未熟を恥じるべきか、それとも簡単に見破ってみせたリンの凄さを讃えるべきか悩ましいところである。
しかも先述の通り常に見えている状態であり、試しに槍岩の裏側に飛ばした私の【浮遊する頭骨】で魔術を使おうとするときっちり見えていて反応していた。確かに魔力探知でも障害物の向こうを探知することは可能だが、それが常時となると話は別だ。リンに生半可な奇襲は通用しないと思った方が良いだろう。
三つ目は未来視である。これはこれから先に何が起きるのか予知するものではなく、見えている敵がこのまま動くと次にどこに行くのかが見えるようだ。要はロボット系のSF映画などで出てくる火器管制システムが目に備わっているのである。
魔術は【魔力制御】という能力によって強さを調節したり敵に当たるように誘導したりすることが出来る。リンはその能力を持っていないのだが、これがあれば問題はない。リンには敵がどう動くのかが見えているので、その地点に向かって魔術を放てば良いのだ。
遅い弾速の魔術なら、当たる前に急停止すれば回避は可能だ。しかし、リンには【光魔術】がある。今のままでは防御よりの呪文が多いものの、【神聖魔術】にまでなれば聖光などのレーザーのような攻撃が追加されるのだ。
近い将来には動きを予測し、予測地点に回避がほぼ不可能な魔術を叩き込むようになるのかもしれない。空中での機動力もあるし、それこそSF映画で出てくるレーザーを撃つ戦闘機のような戦いをすることになるだろう。
「カルもリンもそれぞれ強力な能力を覚えたものだ。きっと他の龍も同じく強力な能力の使い手になるのだろうな」
「その情報が拡散したら、どんな手段を使ってでも龍を仲間にしようとするプレイヤーが出てくるだろうね」
「浮遊島が荒らされたりしないでしょうか?」
カルとリンは私や仲間達にとっては特別な存在だが、他の龍よりも遥かに優れた素質を持っているとは思っていない。それは競龍の時の疾駆封龍のステータスを見れば明らかだ。
それ故に他の龍達も同じように強力な個体へと育つことだろう。羅雅亜の言う通り、その情報を聞けばどんな手段を用いてでも龍を掌中に収めようとするプレイヤーは必ず出てくる。そのことに関して、海上での戦いも踏まえて私は確信していた。
同じようにアイリスもその可能性が高いと予想しているのか、彼女は不安げに触手を揺らす。本気で多くのプレイヤーが調べあげれば、ヴェトゥス浮遊島に多くの龍がいると言う情報はいつか知られてしまう。その時、強引な手段に出たプレイヤーにあの場所が荒らされることを心配しているのだ。
ただし、私はそのことを全く心配していない。それは楽観的に物事を考えているからではない。きちんとした理由があった。
「心配ねェだろ。彼処にゃァ龍の神サンがいるんだからなァ」
そう、浮遊島には龍神であるアルマーデルクス様がいらっしゃるのだ。それに守護者としてラングホート様もいる。現時点だとプレイヤーが全員で攻め寄せたとしても撃退されるんじゃないだろうか?
更に場合によってはアルマーデルクス様の細君であらせられる『闇と快楽の女神』マリア様も動くだろう。プレイヤー如きが何か出来るとは到底思えなかった。
「それなら安全です…あれ?どうしたの、リンちゃん?」
「クルル…」
アイリスは安堵のため息を吐いたが、彼女が撫でていたリンがまたどこか一点を見つめていた。そのことに気付いた我々は、自然とその方向に視線を向ける。そこにはこちらをじっと見ている毛むくじゃらの四足獣に乗った、毛むくじゃらの人型の何かがいるのだった。
次回は12月18日に投稿予定です。




