蟻塚掘り その一
レベル90になって進化したジゴロウ。その種族は金色夜叉と言うらしい。後光らしきエフェクトは夜叉が持つ能力なのだろう。
色が金色なのはジゴロウの種族と関係があるのは明白だ。今は光っているだけだが、それだけではあるまい。どんな力を持つのか、今から楽しみである。今日の戦闘で披露して欲しいものだ。
『戦女神の寵鬼』と言う称号についてだ。これはきっと『戦争と勝利の女神』グルナレの寵愛を受けた鬼系魔物と言う意味に違いない。加護とは別に称号までいただけるとは、相当に気に入られているらしいな。
「グルルル…」
「そう焦んじゃねェよ、カル坊ォ。探索が終わりゃァ一発戦ろうぜェ」
「グオオン!」
ジゴロウをじっと見ていたカルだったが、模擬戦の約束をして貰えたのが嬉しいようだ。ジゴロウとの模擬戦はカルにとっても学ぶところが多いのだろう。熱くなりすぎて大怪我をしないように注意しろよ?
そこでふと気になったことがある。私よりも積極的に戦っているジゴロウが先に進化するのは当たり前と言っても良い。だが、それと同じくらいに戦っている者達がここにいるではないか。
「ひょっとして二人も?」
「あらあら、気づかれちゃったわ」
「その通り。僕たちも進化しているよ」
やはりそうだったか。これは源十郎やルビーも進化していると考えた方が良さそうだ。二人がどんな種族になったのか、非常に気になるところだが…初期メンバー全員がレベル90になっているとするなら、アイリスも同じなのではなかろうか?
「あっ、私はまだなんです。結構色々モノ作りしてるんですけど、どうしても戦うよりも経験値が少なくなるっぽいんですよ」
私の視線に気付いたのか、アイリスはブンブンと触手を振って否定する。彼女は種族も職業も生産に特化したものになっており、生産活動でも経験値を得られるようになって久しい。
そんな彼女は我々だけでなく街の住民達の武器なども作っている。それでもまだ経験値が足りていないようだ。それでもレベルが我々と大きく離れている訳ではないと思うので、じきに進化することだろう。
「そうなのか…ちなみに、二人の種族は?」
「僕は麒麟だね。狙い通りになったよ」
「私も久々に種族が変わったのよ。英傑僵尸って言うの」
二人とも進化によって種族が変化したようだ。羅雅亜の麒麟は有名だろう。角が生えていて全身に鱗を持つ、様々な作品に出てくる幻獣である。
見た目は少し馬体が大きくなって鬣の艶が増しているものの、ジゴロウのように後光が差すなどの嫌でも引き付けられてしまう変化はない。と言うかそもそも元々の姿が麒麟そのものだったので、進化したと言われても納得してしまうだけだった。
それにしても、最初から麒麟を狙っていたとは恐れ入る。そんな選択肢があるかどうかもわからないだろうに…ひょっとして羅雅亜ってそう言うことか?
一方で邯那に至っては変化が全くわからない。彼女は闘技大会の報酬の甲冑を着ていて全身が隠れているので、何か変化が起きたのかわからないのだ。しかし、彼女が嘘を吐いているとは思わない。間違いなく進化しているのだろう。英雄から英傑か。きっと闘技大会を再び優勝したからだろうなぁ。
「何か変わったことはあったのか?」
「それなんだけど、僕は【翔駆】って能力が増えたんだよ。簡単に言うと空中を走ることが出来るようになったんだ」
「うふふ、貴方が空まで走るようになるなんて思わなかったわ」
邯那はとても嬉しそうに羅雅亜の鬣を撫でている。彼女は馬に乗って思い切り駆けることが目的でゲームを始めたと言っていた。それが大地だけでなく、空まで駆けることが出来るようになったのだ。これを喜ばない訳がなかった。
それを献身的に支える羅雅亜は本当に優しい夫だと思う。私は結婚など考えていないが、仮に誰かと夫婦になったとしても同じことは出来ない。それだけは断言するぞ。
「そう言う兄弟はどうなんだァ?そろそろ進化するんじゃねェかァ?」
「それがな、ついさっきレベルが90に到達したんだ。今日の採集が終わったら進化するつもりさ」
「そうだったんですか。じゃあ手早く終わらせましょう」
立ち話を切り上げた我々は、早速採集を行うことにした。お目当てのアイテムは蟻塚から得られるセメントの素である。これは『餓魂の錆砂海』の砂よりも大量に必要となるので、意識して集める必要があった。
既にアイリス達から話を聞いているとは言え、私は『槍岩の福鉱山』の地表部分を探索するのは初めてである。楽しみながら探索するとしようか。
「とりあえず魔力探知…おっ、早速何かいるぞ」
このパーティーは戦闘力こそ高いものの、斥候職が一人もいない。と言うか、我々のクランには斥候職を専門にしているのはルビーしかいないのが現状だ。これは割りと本気で由々しき問題なので、どうにかしなければなるまい。
とにかく、今はその役割をこなせるのは私しかいないので早速周辺を探知してみる。すると近くに反応が二つもあるではないか。私がその方向を向くと魔物の姿は見当たらず、代わりに何の変哲もない岩があるだけだった。
「あの岩は魔物らしいぞ?」
「あっ、それは多分岩羽陸駝鳥ですね。前に遭遇したんですが、岩に擬態している鳥の魔物で防御力が…」
「シャアアッ!」
「グオオオン!」
「「ゴゲェェェェ!?」」
「…高いんですが、ジゴロウとカル君には関係ありませんでしたね」
アイリスが魔物について解説し終わる前にジゴロウとカルは突撃していた。ジゴロウの貫手が突き刺さり、カルの剣のような尻尾が深々とめり込む。二人の攻撃は致命傷となったらしく、哀れな岩羽陸駝鳥は何か行動を起こすことすら許されずに即死していた。
ジゴロウは腕を引き抜いて肩を回しながらニヤリと笑い、カルは尻尾を持ち上げてから勢い良く振っている。二人とも自分の身体がどのくらい動くのかを確かめているようだった。お前達…誰も獲物を奪いはしないのだから、そこまで前のめりになることもあるまいに。
「あらあら、先を越されちゃったわね」
「次は僕達に譲って欲しいかな?」
あっ、こっちの夫婦も意外と好戦的だった。いや、考えても見れば戦いが得意で好きでなければレベルをガンガン上げることもないだろうし、何よりも対人戦のイベントに出場することもないか。
彼らほど戦いが大好きではない私とアイリスは思わず苦笑し、リンは我関せずとばかりに大欠伸をしていた。ここは武闘派が揃っているのだから危険な場面が訪れることはない、と前向きに考えようじゃないか。
こうして我々は山登りを開始した。その最中、我々の前に立ちはだかる魔物は全て素材となっている。このフィールドにいる魔物は防御力に特化している個体が多いものの、レベル90に至ったプレイヤーの前では物足りないのだ。
「これが蟻塚か」
「はい。もう蟻は住んでいないみたいですから、好きに採取しても大丈夫です」
私は目の前に鎮座する蟻塚をじっくりと眺めてみる。周囲にある先端が尖った槍のような岩に溶け込む形状の蟻塚は、住人である築城蟻がいなくなっているので好きに崩して回収することが可能だった。
採取ポイントのように時間が経過すればまた掘り返せるものではなく、アイテムとして回収したらもう二度と元には戻らないらしい。では枯渇してしまうのではないか、と思ったのだがそんなことはない。何故なら、この山には私の想像以上に多くの蟻塚があって築城蟻もまた無数に生息しているからだ。
「うおっ、あの黒いのは…まさか全部築城蟻なのか?」
私達が蟻塚を掘っていると、頭上を黒い雲のようなものが飛んでいるのに気が付いた。それらに目を凝らすと雲ではなく小さな虫の…いや、虫としてはかなり大きなサイズなのだが、その集合体であるのがわかった。
正直に言って結構気持ち悪いのだが、その中に特に大きな蟻が一匹だけいる。きっとあれが女王蟻なのだろう。あの集団が新たな蟻塚を作るに違いない。ああやって新しく蟻塚が出来て、新たな女王が育って旅立ち蟻塚は増えていくのだ。
「立派な蟻塚を作って下さいね~」
「その前に食われるかも知れねェけどなァ」
「確かアリクイの魔物がいるんだよね?透明化出来るって聞いてるけど、装備には使えないのかい?」
「あー…隠密食蟻獣ですか。一応毛皮でマントを作ってみたんですけど、岩場にしか溶け込めない上に動いたら透明化が解除されてしまうんです」
築城蟻には隠密食蟻獣と言う天敵がいることはアイリス達の調査で判明している。透明化して岩場に溶け込み、発見されずして築城蟻を捕食するのだ。
しかし、その毛皮から作られる装備はアイリスの基準では決して強力とは言えなかったらしい。岩場でしか透明化出来ないと言う場面が限定されてしまうのも厳しいが、装備したまま移動出来ず、汎用性がないのも減点ポイントのようだ。
「あらあら、確かにそれは使い難いわねぇ」
「いや、十分に強力だろう。シオなら使えそうじゃないか?岩場の高所で透明化して、狙撃で一方的に射撃されると相性次第だと詰むぞ」
「兄弟の言う通り、待ち伏せなら普通に使えるなァ。PK連中になら高値で売れるんじゃねェか?」
「…よくもまあ悪用する方法をポンポン思い付くものだよ」
しかし、私とジゴロウの評価は真逆だった。限定的な状況であっても高い確率で奇襲を成功させられるのは十分に強力だと思う。汎用性も良いが、その装備を活かす方向で頭を使うことも必要だ。
羅雅亜は呆れたようにため息を吐く。そんな雑談を交えながら、我々は蟻塚を一つ完全に崩して回収するのだった。
次回は12月14日に投稿予定です。




