カルとリンの試運転
急降下する二頭の視線の先にいるのは、岩場で休んでいる羽海猫の群れだった。またもやリンの力を試す試金石として利用されるとは憐れだが、止めるように言うつもりは全くない。むしろ素材として回収させて欲しいくらいだった。
「好きなように戦え。ただし、お互いの足を引っ張るようなことはするなよ?」
「グルル…グオオオオオオオオオオッ!!!」
「「「ギニャァァァ!?」」」
私はカルとリンの戦いぶりを眺めるため、カルの背中から降りて空中に浮かぶ。私が離れたことが戦いの始まりを告げる合図だとばかりに、カルは急停止してから咆哮した。
カルは【咆哮】の能力を使ったのだろうが、咆哮した瞬間にカルの身体から見覚えのない漆黒のオーラのようなものが放たれている。そのオーラは咆哮した声にも乗っているのか、カルの口から黒い突風となって羽海猫の群れに直撃してから周辺の海にも伝播して海面を大きく揺らした。
あのオーラは新たな能力である【破滅の龍威】だと思われる。オーラが乗った咆哮を浴びた羽海猫達のほとんどは金縛りに会ったように動かなくなり、数匹に至ってはそれだけで即死していた。
【咆哮】と【威圧】には元から敵をスタン状態にする効果があったのだが、どうやら【破滅の龍威】には即死させる効果もあるようだ。【咆哮】は海の中にまで届いていたようで、岩場の周囲に無数の魚が浮かんでくる。即死攻撃に巻き込まれてしまったに違いない。もったいないので後で回収しておこう。
スタン状態から解放された羽海猫達は、生き残ったものの半狂乱になって飛び回っている。アイコンを見れば恐怖の状態異常になっているので、これもまた【破滅の龍威】の影響だろう。
広範囲に渡るお手軽な殲滅攻撃。こう言う能力は得てして自分と同格以上の相手には通用しないものだ。影響が全くないと言うことはないだろうが、ここまで劇的な効果はないと思う。
これに関してはもっと強い敵がいるフィールドに行って試してみないことにはわからない。取りあえず今日確認するのは無理だ。今度しっかりと確かめるとしよう。
ドドドドドドッ!
カルの咆哮の効果を考察していると、海中から銀色の光る何かが弾丸のような勢いで飛び出してきた。今のが何だったのか、私の動体視力では全く見切ることが出来なかったそれらはカルの翼に突き刺さって…いない。【龍翼】のお陰で強靭になっているのか、比較的柔らかいはずの翼膜すら貫くことが出来なかった。
「あれは…ダツとか言う魚だったか?」
カルに突っ込み、今は翼膜に必死に噛みついているのは、私の記憶が正しければダツと言う魚だと思う。青魚特有の青黒い背中に銀色の腹部、そして異様に長く先端が鋭い口が特徴だ。
私がどうしてダツを知っているのか言えば、スキューバダイビングが趣味の同僚から話を聞いたことがあるからだ。海中を凄まじい速度で泳ぎ、鋭く尖った口が人体に刺さって場合によっては死亡する事故が発生することがあるらしい。あれはそんな危険な魚の魔物なのだ。
ゲームの中だと水中から飛び出して空中の敵にも噛み付く狂暴な魔物になっているらしい。しかし、そんなダツもカルの翼には通用しない。きっとレベルに大きな差があるのだろう。
「グルルルル!」
ダメージこそないものの、ずっと噛み付かれていては鬱陶しかったらしい。カルは苛立ちも露に翼を勢い良く羽ばたかせると、数十匹いたダツはボトボトと落ちていった。
落ちていく無数のダツはキラキラと輝いており、その様子は美しく…はない。いや、雪や水滴ならともかく落ちているのは魚だ。美しいとかそう言う感想よりも先に生臭そうでしかなかった。
「クルルルル!」
ここで活躍したのがリンだった。彼女はカルの翼から落ちていく魚を持ち前の飛行速度と機動力を活かして空中で次々に仕留めていく。直接的な格闘能力はカルに大きく劣るものの、あの程度の敵ならば爪でも牙でも一撃で倒せるようだ。
可能な限り魚を倒したリンは、次に未だに恐怖から狂乱している羽海猫達に襲い掛かった。進化する以前から羽海猫相手であれば一方的に戦えていたリンであるが、進化したことで力の差はより大きく開いている。前は一撃で倒すことが出来なかった羽海猫が、軽く尻尾を振るうだけで即死していた。
「ニ゛ャニ゛ャァッ!」
「ニ゛ャゴォォォッ!」
羽海猫の生き残りが半分を切ったタイミングで、海中にいた大羽海猫が二匹も飛び出して来た。上位種である二匹が濁声で鳴くことで、ようやく羽海猫のパニックは収まっていく。【指揮】の能力の効果だ。
以前は羽海猫を指揮して様子を見ようとしていた大羽海猫だが、今のリンは自分達よりも遥かに大きい。侮ることはなく、羽海猫を率いて一斉に襲い掛かった。
「クルルゥ!」
ただし、油断せずに全力で襲ったからと言って勝てるとは限らない。リンは羽海猫達に比べるとかなり大柄だが、それでいて空中での速度と小回りの両方でリンの方が上である。羽海猫の包囲網から容易く抜け出したリンは、軽やかに反転すると攻撃へと転じた。
「クルァァ!」
「……え?マジか」
信じられないことに、リンは同時に三つ魔法陣を展開して魔術を放った。そう、三つである。【魔法陣】の能力を習得したのはついさっきだと言うのに、巴魔陣が使えるのだ!
あれは結構レベルを上げなければ使えないはずなのに…これは、あれか。習得に必要なSPが膨大だった【邪術】をカルがあっさり覚えたように、【魔法陣】を覚えただけで色々すっ飛ばしてある程度使いこなせると?龍はプレイヤーよりもずっとハイスペックのようだ。
強い種族ってズルいと思うと同時に、誇らしい気持ちになってくる。同じ気持ちを競龍の本戦を駆け抜けた者達も味わうことになるのだろう。その情報が出回れば、何が何でも龍を仲間にしたがる者達が現れそうだ。
それだけならまだ良いが、そんな従魔がいることが気に食わない者に襲われる可能性もある。他のプレイヤーからほぼ隔離されている私は良いが、他の完走者達は苦労するかもしれないな。
「ニ゛ャニ゛ャァァッ」
「クルッ!?」
私が関係ないことを考えている間も羽海猫の群れを一方的に蹂躙していたリンだったが、海中からいきなり一匹の大羽海猫が飛び出した。狙っていたのかは定かではないが、最高のタイミングの奇襲である。リンは反応が遅れ、動きを止めてしまっていた。
「グオオオオッ!」
「ニ゛ャァァッ!?」
リンを救ったのはカルが口から放った炎だった。あれは龍息吹ではなく、【火炎魔術】による魔術である。その威力は流石に魔術師である私の魔術には及ばないものの、大羽海猫を葬るのには十分であった。
大羽海猫は一撃で火達磨になって海へと沈んでいく。あ、回収出来なくなったか…もったいない。低レベルの魔物の素材といえども、一応は溜め込んでおきたいと思ってしまう私はきっと貧乏性なのだろう。
しかし、今の出来事で一つわかったことがある。それはリンの経験不足だ。もしも奇襲されたのがカルだったなら、即座に尻尾を振って迎撃したに違いない。少なくとも奇襲されたくらいのことで動きを止めることはないと断言できた。
その冷静さは間違いなく幾度となく繰り返された戦闘の経験によって培われたものだ。生まれてから日が浅い内から強い敵と戦い続け、ジゴロウや源十郎から英才教育を受けているカルの経験は膨大と言っても良い。要はカルのAIは度重なる戦闘を経て、奇襲への対処法などを身に付けているのである。
だが、リンは『餓魂の錆砂海』において自分よりも強い敵と戦って得た大量の経験値によって進化するまでレベルを上げている。そのせいで戦闘そのものの回数が乏しく、突発的な事態に対処出来るほどに戦闘に関してAIが育っていないのだ。
「リンは魔術によって遠距離攻撃を得意とし、機動力に優れているから大抵の攻撃は回避可能だろう。だが、突発的な事態に弱いと言うのはな…『餓魂の錆砂海』に連れていって一気にレベルを上げさせたのは間違いだったか?」
戦闘の経験が浅いままに進化させてしまったのは間違いだったかもしれない。完全に私の判断ミスである。これを解消するにはなるべく色々なタイプの敵と戦わせて経験を積ませるしかあるまい。
空中から地上を打ち下ろすだけならこのままでも良い。しかし、空中戦では今のようにカルにフォローしてもらうことになるだろう。リンのためにも、素材集めと平行して彼女の強化も行うか。
そんなことを考えている間にカルとリンは敵を殲滅してしまった。では、次の狩場に移るとするか。
次回は12月6日に投稿予定です。




