砂集めと遭遇戦 その一
移動には用心に用心を重ねていたこともあり、空中で魔物に襲われることはなかった。徹底的に不安要素を排除した甲斐があったと言うものだ。
「こうして空中から眺めるとさ、この『餓魂の錆砂海』って結構広いよねぇ~」
「そうですけど、それよりもうっすら見えるここを越えた先のフィールドも危険そうな雰囲気です」
『誘惑の闇森』と『餓魂の錆砂海』の境界線の真上にシラツキを静止させつつ、我々はこの大陸の景色を眺めてみる。その様子はいつ見てもやはり異様の一言に尽きた。いや、こうして大陸の内陸部に入ったことで詳細に見えるようになった分、その異様さはより強いものになっていた。
紫色や黒色の錆の粒で満たされた『餓魂の錆砂海』。外縁部はともかく中心付近になればなるほど多くの砂嵐が渦巻いているので、フィールドの中で何がいるのかは分かりにくい。以前に訪れた時は運良く砂嵐が弱まっていたらしい。今回は例の超弩級のヤドカリを観察することは難しそうだ。
ただ、砂嵐は内側を隠すカーテンと化しているものの、隣接しているフィールドを覆い隠すほどではない。砂嵐の余波と距離のせいで詳細はわからないものの、どんな場所なのかは見えている。その向こう側は三つのフィールドに分かれているようだ。
一つ目は毒々しい濁った緑色の沼地である。これは前にも見たが、近付いたことで生えている植物…なのか?それが目視出来るようになった。沼地からはウネウネとした触手めいた何かが伸びていて、気味が悪い場所だと言う印象は強まった。
沼の表面は常に不自然に動いており、その中に何らかの魔物が蠢いているのは明白である。沼の中へと引きずり込む魔物が生息しているのかもしれない。明らかに危険物である沼は浸かるだけでも危なそうだ。
二つ目は燃え盛る炎の枝葉を持つ樹木が生い茂る森である。遠目に見た時には気が付かなかったが、この樹木はかなりデカい。いや、目がおかしくなったんじゃないかと思うほどにデカいのだ。多分だが五階建てのビルくらいあるんじゃないか?
そんな高さの樹木が生い茂っているので、どんな魔物がいるのかは全く見えなかった。同じくビルほどの大きさの魔物が生息している可能性は大いにある。いつか探索したいが、炎対策をしなければ火達磨になるだろう。
三つ目は極寒の氷原だった。強く吹雪いているのでその内側は相変わらず見づらいものの、かろうじて氷原の地形はわかるようになっている。思っていた以上に氷原は起伏に富んだ複雑な地形をしているようだ。
大地が凍り付いている上に坂道も多いので、彼処を探索するのならば滑落に注意せねばなるまい。寒さへの対策とスパイク付きの靴は必須だろう。浮ける私には関係ないがね。
「どのフィールドも危険そうだが、だからこそ好奇心を刺激される。いつか探索することになりそうだが、それは今じゃない。今はすぐに着陸…したらどうなるかわからんから、このままシラツキは浮かばせておいて降下しよう。それで良いな?」
「はい。それが良いです」
『餓魂の錆砂海』に満ちる砂は、厳密に言うと砂ではなく『命鋼の極小粒』という金属の粒である。便宜上砂と呼ぶことにするこの粒は、無機物の癖に一丁前に命を持っている上に、触れたものから魔力を吸収する性質があった。
我々はこの性質を利用しようとしている訳だが、魔力で動いているシラツキを砂海にそのまま着陸させるとどうなるのかわからない。最悪の場合、魔力を吸い尽くされてシラツキが廃船になる可能性もある。故にここに待機させておくべきだとアイリスが忠告してくれた。用心するに越したことはないので、シラツキはここに待機である。
方針が決まったところで、私は艦内放送を使って艦内にいる仲間達へとここから降下するから甲板に集まるように告げた。言うが早いか私達三人も甲板への移動を開始する。艦橋から甲板までは意外と遠い。言っては悪いがアイリスが鈍足なので、さっさと移動しないと皆を長く待たせることになるのだ。
「よし、全員集まっているな」
私達が甲板に出ると、砂の採取に同行した仲間達がもう集まっていた。来てくれたのはジゴロウ、ルビー、源十郎、シオ、七甲、エイジ、兎路、ミケロ、ネナーシの九人。我々三人とカルにリンを含めた十四人であった。
私、しいたけ、エイジ、そして兎路を除いた全員が『餓魂の錆砂海』に来るのは初めてである。私達がここに来るまでの間、外の景色を見て時間を潰していたようだ。
我々は全員がいることを確認すると、シラツキからの降下を開始する。自力で飛べる者は飛べない者を背中に乗せたり肩を貸したりして降下していった。
「ひゃ~、聞いてはいたけどとんでもない場所だね」
「全くっす。風が強いから近距離はともかく、中距離でも矢が流されそうっすねぇ…それに砂嵐のせいで遠距離狙撃は無理っす。自分には辛いフィールドって感じっす」
「そこまで時間が空いた訳でもないのに、凄く久しぶりな気がします」
着地した皆は物珍しそうに『餓魂の錆砂海』を楽しんでいる。ジゴロウは砂を蹴って感触を確かめているし、源十郎は四つの手で砂を掬い上げて観察していた。
しかしながら、我々はここに遊びに来た訳ではない。私は空の巨大な樽を、アイリスは砂を掬うために作った大型のシャベルを取り出した。それを各人に一本ずつ配ると、早速砂を掘っては樽に放り込む作業を開始した。
「ふぃぃ…ふぃぃ…し、しんどいぃ…」
「全く…アバターなんですから、疲れるわけがないでしょう?」
作業を初めて一分と経たない内に、しいたけが音を上げ始めた。アイリスが突っ込んでいる通り、我々の身体はアバターなので疲労で腕が動かなくなることはない。同じ作業を続けることへの倦怠感のような精神的ダメージを除き、筋肉痛や関節痛を始めとする肉体労働に伴った体調不良とは無縁なのだ。
一応、『飢餓』という状態異常は存在する。しかしこちらは問答無用で身体が動かなくなり、そのまま死に至るというもの。疲れて動けなくなると言うわけではない。さあ、文句を言わずにキリキリ働け。ここの砂を使うというのはアイリスとしいたけが決めたことなのだから、責任を持って砂を集めるのだ!
「こほん、よろしいかしら?このワタクシのような高貴で知的なレディは、肉体労働なんて向いていませんことよ!」
「何故にお嬢様口調…?それに、その言い方って正しいんですかね?」
「さあな。本物のお嬢様と言える人物に会ったことがないからわからん」
「ワイの実家の近くにお嬢様学校があったんやけど、まあお上品な雰囲気やったわ。あれに比べたらしいたけのは…あれやな。パチモンの臭いがプンプン漂っとるで」
「コリャー!パチモンとは何だー!」
一度咳払いをして喉の調子を整えてまでお嬢様っぽい口調で抗議したしいたけだったが、七甲は一切の容赦をせずにこき下ろす。そのことに激昂したのか、しいたけはシャベルを振り回して彼に襲い掛かった。
対する七甲は振り向きもせずに背中の翼を羽ばたかせてヒラリと避けた。空振ったしいたけはバランスを崩してそのまま転けてしまう。何をやっているんだ、お前らは。いい大人だろうに…小学生かよ。
呆れてしまうやりとりもあったものの、砂集めはゆっくりと、しかし順調に進んでいく。重機型の戦術殼に搭乗するのを好む鉱人に同行を依頼すれば良かったのかもしれないが、運悪く手が空いている者がいなかったので断念した。
「あァ?何だァ、こりゃァ…?」
そうしてえっちらおっちらと砂を掬い上げては樽に放り込む作業を続けていると、何かを見付けたジゴロウが困惑気味に声を上げる。口調は荒々しいし行動も粗野に見えることも多い兄弟だが、彼は勤勉な部分がある。これまで黙々と作業していたのはその証拠と言えよう。
そんな兄弟が思わず作業を中断して声をあげてしまう何かがあったのは確実だ。私も作業を中断してジゴロウの方を振り向く。すると、彼の手には砂海には相応しからぬモノが握られていた。
「え?何それ?」
「ロボット、いや金属の魚…っすか?」
「これはカワハギじゃな。煮付けも良いが、刺身を肝醤油でいただくのは最高じゃぞ」
近くで作業をしていたルビー達はジゴロウの側に近寄って、彼が握っているモノを興味深そうに眺めている。それはシオと源十郎の言った言葉を足した存在、すなわち全身が金属で出来たカワハギだった。
カワハギの食べ方や味はともかく、あれが何なのか事前に調査を行った私達は知っている。あれは砂粒と呼んでいる『命鋼の極小粒』が魔力を吸収して発生したモノだ。前に目撃したのは仙人掌型だったが、まさか魚型がいるとは思わなかった。いやいや、砂『海』だから魚がいてもおかしくない…のか?
シャベルで砂を掘った時に偶然掘り起こしてしまったのだろう。尾鰭の根本を鷲掴みにされながら、どうにか逃げようと全身をくねらせていた。そのビチビチと動く姿は釣り上げられた魚そのもののであり、とてもコミカルだ。ただし、それを見ていられる時間は長くなかった。
「っ!?避けて、ジゴロウ!」
「おォ!?」
源十郎の肩の上に乗っていたルビーは、身体を硬直させながら唐突にジゴロウに向かって叫んだ。兄弟は反射的に後ろへと飛び退き、その直後に砂の下から何かが勢い良く飛び出して来た。
それは先端が尖っており、ジゴロウどころかエイジすら丸呑みに出来そうなほど大きな口には鋭利な牙がズラリと並んでいる。砂から飛び出すと同時に閉じられたその口からは、トラバサミが閉じられた時の如くガチンという金属音が響いていた。
「砂の中から鮫?どうなってんのよ、ここは」
「カワハギがおったんや。鮫くらいおってもおかしないんちゃうか?いや、やっぱりおかしいわ」
「ありゃりゃ、食われちまったぜェ」
「気を付けて!一頭じゃない!囲まれてる!」
砂の下から飛び出したのは、全身が金属で出来た鮫であった。大きさは三メートルほどあるだろうか?外見のモデルはB級鮫映画で頻繁に登場するホオジロザメだと思われる。
下からの奇襲をジゴロウは回避したものの、持っていたカワハギ君はそうは行かなかったらしい。憐れなことにジゴロウが持っていた尾鰭だけを残して食い千切られてしまった。
ルビーが警告した通り、我々の周囲を囲むように四つの特徴的な背鰭が回っている。その包囲は徐々に狭まっているようだ。背鰭が砂を掻き分けて進むザリザリという音が少しずつ近付いている。戦いは避けられんだろう。我々は慌てずに武器を構えるのだった。
次回は11月12日に投稿予定です。




