いざ、砂海へ
ログインしました。私はまだ寝ているリンを抱き上げてから、彼女を頭に乗せた状態で賢樹に水やりをしに行く。噴水から掬った血を吸って嬉しそうに揺らす枝は心なしか長くなっている気がする。この調子でグングン育ってくれたまえ。
私はそのまま宮殿から街へと繰り出す。そして街の中央にある広場へやってくると、そこではいつものように広場に出ずにフワリと空中へと浮かび上がると一度街の全体像を眺めることにした。
「ふむ、こうしてみると城壁の内側はかなり整備が進んでいるようだな」
上空から現在の街を見下ろすと、街の現状が良くわかる。ハリボテだった城壁の内側にあった建物は、その多くが綺麗な石造りの建物になっていた。そして街の内側の作業はまだまだ続いている。今も私の眼下で安全第一の黄色いヘルメットを被った者達が工事に従事していた。
鉱人が重機型の戦術殻で建物を崩し、その端材や建材を四脚人が運び、闇森人が柱などに用いる木材を加工し、疵人が完成した建物の表面に装飾と強度の補強を兼ねた美しい紋様を刻む。適材適所で作業を分担して行っていた。
その中にはコンラートが連れてきた少数の人類の住人も交ざっている。大工や石工、建築家などがプロの視点から積極的に指揮していた。特に熱心なのがアラン君である。初対面の時にアイリスとしいたけを見て硬直していた彼も、もう立派な街の住民であった。
「やはり何事もプロがいると効率が全然違う。だが、水路を通す予定になっている東側は手付かずか。あれは運河ありきだし、まだ工事の計画すら完成していないはず。急ぐ必要はないか」
コンラートが品評会に来たとき、我々が最初にシラツキを着水させた『地を巡る大脈河』から水路を通そうと提案して来た。貿易に使う港町を建設し、そこから水路を使ってこの街に入ることが出来るようにしたいのだと言う。その水路を通す予定地が街の東側なのだ。
例のアラン君も運河のような大工事のためにはしっかりとした計画が必要とのことで、まだ工事の目処は立っていない。だからしばらくはこちらも手付かずのままになることだろう。安心して街に集中出来ると言うものだ。
「何はともあれ、イベントも終わったことだしモッさん達の件のことも含めてコンラートに一度連絡を取っておく方が良いだろう。ええと…これで良し、と」
「キュゥ?」
私がコンラートにメッセージを送っていると、リンがようやく目を覚ました。外に、しかも空中にいることに困惑しているようだったが、一度欠伸をしてから翼を広げると私の頭の上から飛んで私の周囲を回り始めた。
うん、やはりリンの方が幼い頃のカルよりも飛行が上手である。ここ数日間、リンは空中での戦いに明け暮れていた。それもあって飛行の技術が磨かれているのである。彼女は泳ぐように空を飛び回っていた。
「気にするな。それよりも、今日は離れた場所に向かうから気を付けろ。絶対にカルから離れるなよ」
「キュッ!」
リンは私の指示に元気良く応えた。今日、我々は全員で行こうとしている場所がある。そこは『蝕魂の錆砂海』。以前に一度だけ向かって入り口部分を調査した、闇森人の里がある『誘惑の闇森』の向こう側にある砂漠のような場所である。
以前に訪れた時はどんな場所なのか軽く調査しただけだった。そして今回の目的はその本格的な探索…ではない。キリルズも言っていたが、実際に行った感想として『蝕魂の錆砂海』は危険地帯である。しかも地平線の向こうまで広がる広大なフィールドだ。本格的な調査を行うのなら、入念な準備が必要になることだろう。
では何のために行くのか。それは『蝕魂の錆砂海』に有り余っている砂だった。以前に採取し、【鑑定】もしている『命鋼の極小粒』。あの魔力を吸収して成長する金属を、城壁や宮殿のセメントに混ぜるために集めるのだ。
どのくらいの量が必要になるのかはわからないので、砂を入れる容器は大量に用意してある。具体的には我々の身体がスッポリと入るほど大きな樽が百五十個だ。この数になったのはこれで十分だと思っているからではなく、用意出来た樽の数がこれだけだったからだ。
これから集めるのはただの砂ではなく、極小の金属の粒だ。砂が漏れないようにするのは当然だが、同時にその重量に耐えられる容器が必要になる。それだけの頑丈さを求めると樽の素材からこだわらなければならないのだ。
アイリスは以前から闇森人に相談して頑丈な樽に相応しい木材を準備して樽を作成していた。だが、その素材そのものが少ない上に加工まで難しかった。むしろ今日までに百五十個も完成させたアイリスの器用さを褒めるべきだろう。
「よし。じゃあカルを連れてシラツキに行くか」
「キュウ!」
私は上空から地上に降りてカルに接近する。珍しいことに今日はカルの周囲に子供達はいなかった。今は家の手伝いなどの時間なのかもしれない。私にとっては都合が良いので寝ているカルに接近すると、その鼻先を撫でてやった。
私に触れられて目を覚ましたカルは甘えるように頭を寄せる。両腕を広げて抱きかかえるようにしてカルを撫でてから、近くを飛んでいたリンを託す。カルは任せろと言わんばかりに短く吼えると、リンをその頭に乗せた。
そんなカルの背中にヒラリと乗った私は、カルに指示してシラツキの格納庫へと飛翔する。街の整備を始めた直後に、アイリスは吹きさらしだったシラツキのための格納庫を作っていた。
格納庫はしいたけが開通させた鉱人の住む『メペの街』に繋がる地下通路の出口の隣にあり、開通の際に吹き飛ばした瓦礫と木材を使って建てられた。それ故に外見だけは黒い大型の倉庫のように見えるが、その内部は全く異なっていた。
「昨日も来たが、随分と近代的な場所になったものだ」
「グオン」
「キュー」
アイリスは戦術殻に乗るよりもモノ作りを好む鉱人と協力して、格納庫の内側にシラツキが鎮座されていた船渠のような大型の機械を設置したのである。本格的な作業のためには鉱人の協力が必要になるものの、完全に破壊さえされなければここで完全な修理が可能なほどの設備となっていた。
シラツキのAIも十分な設備だと判断しているようで、これを機に戦艦として武装や装甲の追加や推進機能の強化案などを提示してくる。それは漠然とした案ではなく、具体的な設計図なども提示されていた。
「古代の資料がないから設計図をくれるのはありがたいのは確かなんだが、持っていない素材を要求されても困るんだよなぁ」
ただし、シラツキの設計図に記載された素材はどれも持っていないものばかりだった。いや、一つだけ持っている素材がある。それは人工神鉄だった。
前のイベントの時にマック達と共に倒した大骨戦砦からドロップした、見た目よりも遥かに重い謎の金属。あのアイテムが山のように必要なのだ。
古代人による人工物なのだから、プレイヤーの手で精製することも可能なのだろう。しかしながら、その精製方法は不明であり、シラツキのAIも必要なアイテムはわかっていてもその方法までは知らなかった。
精製方法がわからなければ作りようがない。そしてそれ以外のアイテムも精製方法が不明だ。アイリスは一応掲示板を見たようだが、情報がまるで載っていなかったらしい。まあ、そんな稀少な技術が誰でも閲覧可能な掲示板に載っていたらほぼ確実に嘘だからどうでも良いが。
結論として、今の我々ではシラツキの強化は不可能である。いつか全てのアイテムが揃えられる時が来たならば、その時に改めて改造するとしよう。
そんなことを考えながらカルとリンを甲板に乗せ、私は船内に入っていく。そして艦橋に上がると、そこには既にアイリスとしいたけが着席していた。
「遅いよ、王様~?」
「そうですよ、イザーム。女の子を待たせるなんて」
「おお、それは申し訳ない」
約束の時間までには猶予を持たせていたので、遅刻はしていないはずだった。二人にからかわれているのは明白であったので、私は芝居がかった仕草で頭を下げる。すると二人はクスクスと笑っていた。どうやらスベった訳ではなさそうだ。
気を取り直して、私は艦橋のモニターをチェックする。それによると『蝕魂の錆砂海』へと向かう仲間達は全員が乗船済みのようだ。そう言うことなら予定の時間を前倒しして進めれば良いだろう。
「えー、みんな聞こえているな?全員が揃ったようなので、予定の時間よりも早いが出発しようと思う。移動中は極力戦闘を避けるが、万が一にも接敵した時はまた放送で指示を送るからそのつもりでいて欲しい。放送終了」
私は艦内放送で出発することと移動中に戦闘が発生した際の対応について連絡しておく。高高度を飛行しつつシラツキのレーダーで常時索敵を行う予定なので、移動中に戦闘が起きる可能性は低い。だが、注意喚起は行っておいて損はないだろう。
艦内放送を切った所で、アイリスとしいたけは出航の準備を進める。二人が目の前のパネルを操作すると、シラツキが本格的に起動すると同時に格納庫の天井が左右に開いていく。艦内からでも操作可能になっているらしい。
天井が完全に開いた所で、シラツキはゆっくりと上昇していく。艦内にいる我々に浮遊感を感じさせずに天井から船体が完全に出ると、天井は速やかに閉まっていく。それを見届けてから、シラツキは加速しながら上昇するのだった。
次回は11月4日に投稿予定です。




