三人の事情
ログインしました。仕事が長引いて帰るのが遅くなったので、何時もよりも遅い時間帯だ。おっと、クランチャットにメッセージが届いている。確認すると、私とアイリスの街の整備の続きを行いたいという意見に対する返事であった。
概ね賛成意見で占められていたが、三人ほど手伝えないかもしれないと言っている者達がいた。それは紫舟、ウール、そしてモッさんである。事情は話すという前置きをしていたので、三人に共通する理由だと思われる。三人の共通点。それに私は心当たりがあった。
「悪いな、遅くなった」
「いえ、全く待っていませんよ」
日課の水やりを終わらせ、リンをカルに預けた私がやって来たのは我らが浮遊戦艦シラツキだった。そして待ち合わせをしていたのは他でもないモッさんである。これは私とモッさんの密談…ではない。単純に遅い時間に私とモッさんが同じ時間帯にログインしたというだけの話だった。
他の数人の仲間達は既に紫舟とウールが説明している。その説明を私にもしてくれるそうだ。是非とも聞かせて欲しいと思ったので、なるべく詳しく聞かせてもらうことにしたのだ。
「早速ですが、街の整備をあまり手伝えないかもしれない理由についてお話しておこうかと思います。とは言え、大体察しはついているのでしょう?」
「悪魔関連だと思っている。モッさんは紫舟とウールの二人と特別に仲が良い訳ではないだろう?そんな三人の共通点が悪魔関連だからな」
「ご明察の通りです」
シラツキのラウンジでソファーに座るモッさんは、ニコニコと微笑みながら頷いている。蝙蝠の顔をしている悪魔であるのに柔和な雰囲気を醸し出せるモッさんは、何となくだが途轍もなく悪い奴のように見えてしまった。
「以前、悪魔の宮殿に招かれたことがあったでしょう?あの後、時々供物を捧げるという体でクエストを受けることがあったんです」
「そうなのか。初耳だ」
「供物と言っても何か特別なアイテムを献上しろ、というタイプのクエストではありませんでした。魔物の命を捧げろという形式で、一定数以上の魔物を倒すというもの。しかも倒す魔物の種類にも指定はなく、とにかく殺せとのことでした。それでわざわざ報告する必要もないかな、と」
「我々はクランの仲間だが、全員に関係すること以外に報告する義務なんてない。三人の判断は正しいさ」
クランとしての目的や利害はなるべく優先してもらうが、それと対立するのでなければ自由に活動するのが我々の方針である。だから三人が悪魔からクエストを受けていたことを語っていなかったとしても全く問題はなかった。
そんなことよりも、生命を捧げろとはいかにも悪魔らしい要求の方が気になる。その対象が魔物というのは少し意外だったが。むしろ悪魔ならば人類を殺せと言い出しそうではないか?
私が興味深いと思いながら何度も頷いていると、モッさんはこれまで微笑んでいた顔を急に曇らせてしまう。今回の供物…クエストは毛色が異なるということだろうか?
「しかし、我々もレベルが85を超えたところで新たな供物を…生贄か信者を要求してきました。生贄を捧げなければ、我々は今の種族から進化することは出来ないそうです」
「…進化の条件がクエストクリアなのか」
魔物の種族を進化させるためには様々な条件があり、保有する能力や経験した職業に左右される。それは知っていたがクエストが必要になる事例と遭遇したのは初めてだ。今後の参考になるかもしれないな。
「それで、今度は何を生贄に捧げれば良いんだ?」
「人類です。具体的に言うと人間、森人、山人、そして獣人の何れかを合計十人殺害するか悪魔崇拝者とすることが私達の目標になります」
合計で三十人ですね、とモッさんは苦笑しながら言った。うおぉ、魔物で慣れたら今度は人類を殺せと来たか。流石は悪魔、やはり人類に仇なす存在は容赦がない。と言うか悪魔崇拝者にするってなんだよ。どうやれば良いんだ?
悪魔崇拝云々はよくわからないが、その人類とは風来者でも住人でも良いのだろうか?個人的にはそれは重要なことだと思っている。何故なら、標的によって取るべき選ぶべき条件が変わってくるからだ。
プレイヤーは殺害するとPKとして多くのプレイヤーに敵視される可能性が高まる上に、そもそも殺害することそのものが難しい。ほぼ確実に武装しているからだ。だが、悪魔崇拝者になって欲しいと掲示板で呼び掛けると面白がってホイホイ来る者もいる気がする。好奇心に抗えない者は一定数存在するからだ。
逆にNPCだと殺害すると手配されるかもしれないが殺すのは楽だろう。小さな村などを焼き討ちすれば十人なんて一発だ。しかし、悪魔崇拝者に変えるのは至難の業と言える。宗教のチラシを作って配れば良いわけでもあるまいし、説法して宗旨替えさせるのはもっとハードルが高い。NPC相手に布教活動は止めておいた方が良さそうだ。
「気になったのだが、その要求だと悪魔崇拝者と生贄は同じ価値のように思える。曲がりなりにも自分たちを崇める存在が、ただの生贄を同列になるとは思えないのだが…」
「ああ、悪魔にとって悪魔崇拝者と生贄の間に価値の違いはほとんどないそうですよ」
「…え?」
「要求を伝えに来た悪魔曰く、悪魔崇拝者は彼らにとってちょっと便利な玩具だそうです。放っておいても供物を捧げてくれるし、わざと無茶なことを要求して四苦八苦するのを見て楽しむのだとか。その要求を果たせれば良し、結果として命を落としても玩具が壊れただけ。次を探せば良いそうです」
「それはそれは…まさに悪魔だな」
悪魔にとっては、自分たちを崇める者達であっても弄ぶ対象でしかないのか。あまりにも外道かつ邪悪であるが、悪魔なのだから仕方がない。むしろ悪魔が慈悲深かったら意外過ぎるだろう?
「それで、そのクエストは受けるのか?進化せずともレベルアップ自体は可能らしいが…」
「無論、やりますとも。やらなければずっと中級の悪魔のままですからね。それは紫舟とウールも同じですよ」
やっぱり三人ともやる気だったのか。建設作業を手伝えないかもしれないと言っていたから受けるのだろうなと思っていた。次に問題となるのは殺害か布教かだが、これは間違いなく殺害一択だろう。
では、どこで誰を狙うのか。この大陸に通常のNPCの人類はほぼ住んでいないので、NPCを狙うのならば別の大陸に行かねばならない。一応プレイヤーならアン達もいるのだが…彼女達を殺し合うことになるのは避けたい。もちろん、モッさんがそんな後先考えない計画を立てるとは思わない。どうするのだろう?
「じゃあどこに向かう?その条件をこの大陸で果たすのは難しそうだが…」
「テラストール大陸に向かう予定です。あそこは森人や獣人が年中戦争を行っていると聞きます。それに便乗しようと思いまして」
「別の大陸か。そのためにはシラツキを使うか、コンラートの協力が必要になりそうだ。シラツキを使って他のプレイヤーも多くいる大陸に行くのは勘弁して欲しい」
「ええ、それは理解していますよ」
「悪いな。それで、コンラートに連絡はしたのか?」
「はい。ただ、どこで誰と戦うのかは『コントラ商会』の指示に従って欲しいとのこと。詳細は教えてくれませんでしたが、どうやら儲け話に繋げようとしているようですね」
「何でも儲け話に繋げられるんだな…流石はやり手の商人だ」
他の大陸に向かうにはコンラートの力を借りる必要があり、それをコンラートが無料で請け負うとは思っていなかった。だが、現金やアイテムではなく儲け話に繋げるとは。意外ではない。ただ『そこまでするのか』と驚きつつ関心していた。
「その際、一緒に来てくれる人がいたら同行して欲しいですね。数が増えれば増えるほど戦いは楽になるでしょうから」
「それは個々人の意思を尊重しよう。当然だろうが私は行けないぞ」
「それはそうでしょうね。イザームさんを誘うつもりはありません。あるのは…」
「武闘派連中だろう?」
モッさんはニヤリと笑いながら頷いた。武闘派、すなわちジゴロウや源十郎は話に乗るかもしれない。その時は好きに暴れて目的を果たし、余裕があればお土産を楽しみに待つとするか。
それから私はモッさんとしばらく世間話をしてから彼と別れた。何でも明日は早起きしなければならないらしく、そろそろログアウトすると言うのだ。その後、昨日と同じくカルとリンを連れてリンの経験値稼ぎを行ってからログアウトするのだった。
次回は10月27日に投稿予定です。




