素晴らしき秋の一面・動 その三十五
エキシビジョンイベントに殴り込む前に、私には気になることが一つあった。イベントに参加するべくこの観覧席を出たら、二度とここに戻って来られないのかもしれないと思ったのである。
もしもイベントの挑戦に向かった瞬間に戻ってくる権利を失うのなら、ちょっとだけもったいないような気がするのだ。自分でもケチ臭いと思うのだが、こんな豪華な部屋を自由に使える機会は中々ないだろう。ケチ臭くなるのも許してもらいたい。
「おおっ!この部屋なら他のプレイヤーの挑戦する様子を見られるようですぞ!無論、放送の許可を出しているプレイヤーだけござるが!」
挑戦するパーティーが決まった後もこの部屋の端末を弄っていたネナーシが、急に大きな声でそんなことを言い出した。ふむ、他のプレイヤーの挑戦か。これからどんな戦いが待っているのかも気になるし、参考にさせてもらおうか。
「おいおい、そいつァ野暮ってモンじゃねェか。こう言うのはぶっつけ本番で挑むから緊張感ってのがあるんだろォ?」
「じゃあジゴロウが目を閉じて耳も塞いどけばいいでしょ?見たい人だけ見ればいいんだから」
「それもそうっすね」
「むむぅ…」
ジゴロウは難色を示したものの、ルビーは兄弟の意見を一蹴する。確かにジゴロウが見なければ良いだけの話なので、珍しいことに反論出来なかったらしい。兄弟はソファーに座ったまま素直に耳を塞ぎ、目を閉じていた。
ジゴロウと同じように見ることを拒否した者いなかった。本音で言えばきっと源十郎も同じことを考えていそうだ。しかし、共に挑戦するルビーが知っているのだから情報を絶っても無駄だと気付いたのだろう。腕を組んだ状態でネナーシが操作し終わるのを待っていた。
「えっと…これで行ける!それでは映しますぞ!」
そう言ってネナーシが端末を操作すると、仮想ディスプレイが現れるのではなくガラス窓の向こう側が闘技場から見たことのない草原に変わった。そこでは六人のパーティーと二人の戦士が戦っているではないか。
六人の方はプレイヤーのパーティーだろう。そしてうっすらと光っている二人が英霊と言うことになる。私は勝手に現れる英霊は一体だと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。本当に意外だった。
『ヌルい!ヌルい!ヌルいぃぃぃぃぃっ!そんなものでは!『金城鉄壁』と謳われし我が守りは抜けんぞぉぉぉぉぉっ!』
『相変わらず騒がしい…叫ぶ労力は無駄であろうに。ふむ、今のは悪くない太刀筋であるな』
二人の英霊は随分と雰囲気の異なる出で立ちをしていた。片方は身長が二メートルを超えているエイジを思わせる重装備の戦士である。身長と大差ないほど大きな円盾と武骨な戦鎚を担いでおり、現在は防御に徹しているようだった。
顔の上半分を被う兜のせいで顔付きはわからないが、隙間から伸びる真っ白な長い髭と声色から相当な年齢と思われる。しかし、重厚な鎧が内側から弾け飛びそうなほど筋骨隆々とした肉体とその的確な盾の扱いは、同じタイプであるエイジをして舌を巻いていた。『金城鉄壁』と二つ名で呼ばれていたのにも頷けるというものだ。
もう片方は正反対の戦士だった。兜も鎧も、防具の類いは何一つ身に付けていない。裾と袖がボロボロになった黒い着物に草履だけで佇む禿頭の老人で、仕込み杖から抜いた刀を逆手に持っているのが印象的である。
驚くべきことに、その老人は目の部分に布を何重にも巻いたまま戦っている。座頭市よろしく盲目の剣豪という奴なのかもしれない。そんな老人は自分に向かって振り下ろされる刃を必要最小限の動きで避けていた。
先の老人が豪傑ならば、こちらは達人という風情である。二人は余裕があるものの、何故か反撃しようとはしていない。その理由はガラス窓の端に明記されていた。
「『クリア条件:攻撃を当てろ!』か。どんな攻撃も受け止めそうな防御を誇る英霊と、どんな攻撃も見切って回避しそうな英霊にどんな攻撃でも良いから一発当てればクリア出来るようだな」
「戦って勝つのよりは楽なんでしょうけど…あれ、当たるんでしょうか?」
「アイリスに全面的に同意だよ。ボクも当たるとは思えないし」
二人の発言に私も頷いた。目を使っていない剣豪はわからないが、もう片方の豪傑は明らかに防御に特化した職業と能力を持っているに違いない。そんな相手が防御に徹しているのだ。本当に攻撃を当てられるとは全く思えなかった。
「いえ、そうでもなさそうですよ」
「当てるだけでいいのなら、二人か三人で連係すればどうにかなりそうね。今挑戦してるパーティーの連係が甘いだけ」
エイジはその意見を否定し、兎路は挑戦しているパーティーの腕が悪いからだと言い放った。ここが観覧席で身内しかいないから良いけど、あまりにも容赦がなさすぎる意見に私は苦笑いすることしか出来なかった。
ただし、源十郎も同意見らしく黙ったまま大きく頷いている。どうやら本当に当てるだけならどうにかなるようだ。
「もうそろそろ、別の挑戦に変えさせてもらうでござるよ」
しばらく彼らの奮闘ぶりを観戦させてもらっていたのだが、ネナーシは再び端末を操作して別のパーティーの挑戦風景に切り替えた。すると、そこは鬱蒼とした樹海の中をゆっくりと進む五人の男女が映っていた。
彼らは一様に緊張した面持ちであり、何かに怯えているようですらあった。それが何故なのか、その答えを私達はすぐに知ることになる。
『うわあああああっ!?』
バチンと何かの金具が動くような音がしたかと思えば、五人の最後尾を歩いていた男性プレイヤーが悲鳴を上げながら急に上へと引っ張り上げられた。そして大木の上で逆吊りにされたのだ。
彼の足首には蛇が噛みついていた。その蛇は胴体は縄のように細いのだが、頭だけは恐ろしく大きい異形であった。蛇から逃れようともがくプレイヤーだったが、鋭い刃がその急所を貫いたことで討伐されてしまった。
『…二人目』
プレイヤーを突き刺したのは、彼が逆吊りにされた大木の幹に立つ獣人の英霊だった。枝ではなく、幹に対して垂直になるように立っているのだ。どうやら足の爪を引っ掛けているらしく、プレイヤーにトドメを差したのはその爪だったようだ。
見た目からして恐らくは豹の獣人であろう英霊はほぼ裸であり、腰布と首飾りくらいしか身に付けていない。しかし、だからこそ無駄な筋肉など一切ない引き締まった肉体の持ち主であることがよくわかった。
仲間が不意打ちされたパーティーは口々に『降りてこい』だとか『卑怯者』だとか罵っている。英霊はそんな声を完全に無視しつつ、プレイヤーに噛みついていた蛇の頭を撫でた。すると蛇は彼の腕にスルスルと巻き付いていく。それは締め付けるためではなく、定位置に戻ったかのようだった。
「あの蛇、従魔だ」
セイが小さく呟いたように、あの蛇は英霊に従属しているのだろう。従魔と共に戦う英霊ということらしい。そしてガラス窓の端には現在、『クリア条件:森から脱出しろ!』との文字列が表示されていた。
ネナーシが画面を切り替えたことで、わかったことが三つもある。それは戦場も、迎え撃つ英霊も、そしてエキシビジョンイベントのクリア条件も一つではないと言うことだ。つまり…ここで他のプレイヤーの挑戦を見たとしてもそこまで参考にならないのである。
そんなことを考えている間に蛇が巻き付いたことを確認した英霊は、怒れるプレイヤーからの攻撃が届く前に大木を蹴って姿を消した。蹴った瞬間に音は鳴らず、足場にしていた大木は全く揺れず、木の葉一枚すら落ちることはなかった。
「獣人で従魔士の暗殺者ってこと?そんな英霊もいるんだね」
「そうだねー。魔物の英霊もー、いるのかなー?」
紫舟とウールは感心したようにそんなことを話し合っている。確かに、魔物の英霊が存在してもおかしくないだろう。もしかしたら魔物プレイヤーの相手を努めるのかもしれない。私達の相手はそんな英霊になるのだろうか?
ネナーシはそれからもしばらく他のプレイヤーの挑戦風景を映してから場面を切り替えるのを繰り返す。するとどの挑戦でも相手をしている英霊は異なっていた。うむ、やはり見物しても英霊は尋常ではなく強い以外に参考になることは一つを除いてなさそうだ。
その一つとはクリア条件に関してである。これだけは被っていることがあったのだ。『攻撃を当てろ!』や『一定時間生き延びろ!』というクリア条件を課されている個人やプレイヤーは多くいる。英霊は戦闘力で選ばれるとのことだし、条件が被るのは仕方がないことなのだろう。
そして確定ではないものの、戦わねばならない英霊の数は一体か二体らしい。場合によっては三人以上と戦うことになるかも知れないから、思い込んではならないがね。
「なァ、そろそろ行こうぜェ。ここでボーッと見てても意味ねェしよォ」
「むっ、そうだな。では、そろそろ挑戦するとしよう」
おっと、もうジゴロウは我慢の限界であるらしい。戻って来られるかはわからないが、そろそろ向かわないと機嫌が悪くなりそうだ。名残惜しいが、この観覧席ともお別れと行こう。
我々はパーティーを組んでイベントメニューからエキシビジョンイベントに挑戦することを選択する。パーティーのリーダーである私が決定すると、他の四人に移動するかどうかの是非を問う仮想ディスプレイが現れた。そこをタッチすると、我々は一瞬にして別の場所へと転移させられた。
「…真っ暗ですね」
「ああ。それに何も見当たらんな」
「水浸しだなァ。浅いけどよォ」
私達の挑戦の舞台となったのは、見渡す限り何もない真っ暗な空間だった。コンクリートのように固い地面は浅い水で覆われている。魔物であるが故に夜目が利くしから暗闇は全く苦にならないし、水も足の裏を濡らす程度なので動きを阻害するほどではなかった。
しかし、随分と不気味な雰囲気なのは間違いない。何と言うか、背筋が凍る系のホラーに近い雰囲気なのである。私は自分の外見のことを棚に上げつつ、何が起きても良いように警戒していた。
「ゴポゴポゴポ…歓迎するぞ、加護を持つ挑戦者達よ」
我々が周囲を警戒していると、少し離れた泡立ち始めた水面から声が聞こえてくる。思わず身構えていると、水面が持ち上がってその下からピンク色の粘体らしき何かが現れた。
粘体だと断言出来ないのには理由がある。それはゼリー状のピンク色の身体の内側に大脳など人間の内臓が浮いていたからだ。特に心臓は何故か三つあり、どれもが力強く鼓動していた。
かなり悍ましい外見であるが…獄獣との戦いを経験した我々からすれば大したことはなかった。誰一人として恐怖を態度に滲ませなかったことに、その魔物はプルプルと震えている。ルビーを見慣れている我々は、その雰囲気から怒っているのではなく歓喜しているとわかっていた。
「ゴポゴポ…我が姿を見て動じぬとは、素晴らしい!それでこそ我らの試練を受けるに相応しい!さぁ、我が友よ!共に試練を与えようぞ!」
「はいよ」
「ああっ、狭いっ!それに臭いわっ!」
その粘体らしき存在がピンク色の身体を広げると、その中から二つの心臓が飛び出した。外に出た瞬間、心臓が膨張してから二体の魔物と化したではないか。
どうやらこれがエキシビジョンイベントで戦う相手らしい。どんなクリア条件が課せられるのか、幾つも推測しながら私は杖を構えるのだった。
次回は9月25日に投稿予定です。




