素晴らしき秋の一面・動 その三十二
『ゴアアアアアアアアアアッ!!!』
ルーク君の攻撃によって巻き上がった砂埃を晴らしたのは、彼の攻撃を回避していたらしいジゴロウの【咆哮】だった。物理的な圧力を伴う彼の雄叫びは、砂埃を吹き飛ばすと同時に闘技場全体の空気をビリビリと揺らしていた。
剣を振り下ろした状態で硬直していたルーク君は、ジゴロウの【咆哮】の直撃を受けていた。ステータスがプレイヤーとは思えない程に上昇している彼は、ジゴロウの【咆哮】を受けても動けなくなるのはほんの一瞬しかない。だが、その一瞬があればジゴロウにとっては十分であった。
『シッ!シッ!シャラァッ』
『くっ!』
一瞬で接近した黄金に輝くジゴロウは、息もつかせぬコンビネーションによって一気に攻め立てる。高速のジャブとストレートが叩き込まれ、ルーク君はグラリとよろめく。さらに膝を狙ったローキックの後、もう一度ローキックと見せ掛けて軌道が跳ね上がったハイキックが首元にめり込んだ。
ルーク君はジゴロウの打撃を防ごうとしていたが、ジゴロウは虚実を織り混ぜる上に反撃しても軽く弾かれつつカウンターを叩き込まれていく。拳や蹴りだけでなく肘打ちや膝蹴りのような凶悪な攻撃もコンビネーションに取り入れており、ジゴロウの猛攻は激しくなるばかりであった。
『この…舐めるなぁっ!』
『うおっ!?危ねェなァ!』
しかし、ここでルーク君が考え方を変えた。彼は防御をかなぐり捨てて、足を止めて上昇したステータスにモノを言わせて全力で攻撃に注力し始めたのである。きっとジゴロウと自分では技量の差がありすぎると思い知った彼は、ゴリ押しすることを選んだらしかった。
技術では負けていると言っても、ルーク君本人の力量は第一回の闘技大会で優勝するほどに優れているのだ。今、この観覧席にいる者の中で彼に一対一で勝てると私が断言出来るのは源十郎ぐらいだろう。こっちはこっちでジゴロウと肩を並べる化物だからな。
閑話休題。ルーク君は上昇した防御力でジゴロウの打撃をまともに受けながら、同じく上昇した筋力や器用に任せて輝く剣を振り回す。彼の動きは速すぎるので私には光が乱舞しているようにしか見えなかった。
それでもジゴロウは一太刀として受けることなく弾きつつ殴るのを止めることはなかった。襲い来るルーク君の剣から逃げることなく、真っ向から殴り合っていたのだ。
「うひゃっ!危ない!」
「どうしてー、距離を取らないのー?」
「距離を取ればまた剣からビームっぽい攻撃が放たれるでしょう。それを繰り返されれば厄介でしょうし…何より、悠長にやっていてはジゴロウさんの『奥義』が切れてしまいます」
ウールの疑問に答えたのはモッさんだった。彼の言うように、理屈の上でも距離を取るのは愚策と言える。特に『奥義』の効果時間が切れてしまうのは致命的だ。今も剣は当たっていないのに謎のダメージを受けている。実は勝負を急いでいるのはジゴロウの方と言っても良いのかもしれない。
ただ、私の意見は少し異なっている。ジゴロウが足を止めて危険なルーク君の間合いから決して逃げないのは、ただ単にこの戦いのスリルを楽しんでいるからだと思う。我が兄弟分の戦闘狂ぶりを舐めてもらっては困る…いや、本当に困っているんだ。
『ウハハッ!ハハッハハハハァ!』
『がっ!?ぐっ!?うおおおっ!』
ルーク君の周囲を漂う光の粒が触れる度にジゴロウの体力が少しずつ削れていく。ジゴロウの打撃を受ける度にルーク君の体力が少しだけ削れてしまう。どちらの体力が削れるのが先かわからない。私は固唾を飲みつつ、ジゴロウの勝利を願って見守ることしか出来なかった。
圧倒的なステータスによる力押しを行う人類と、達人のような技量でその差を埋める魔物。物語ならば立場が逆だろうと思ってしまう戦いは、どうやらルーク君の方が優勢であるようだった。
ルーク君の剣は未だに当たらず、ジゴロウは確実にダメージを与えている。しかし、そうやって与えているダメージよりも、ルーク君に近付くだけでジゴロウが受けるダメージの方が大きいのだ。このままならば確実にジゴロウが敗北してしまう。この状況を打破する策はないのか…!?
『ガアッ…アッハハハァ!』
『ぐうっ!そろそろ、限界みたいだな!』
ただでさえ追い詰められているこの状況で、ルーク君の剣がついにジゴロウを捉えた。当たったと言ってもそれはジゴロウの薄皮一枚を掠めただけであって、ダメージは決して大きくない。それでも、私の目にはギリギリで保たれていた天秤が片方に大きく傾いたような気がした。
それからジゴロウの身体をルーク君の剣が掠めることが増えて来た。当然ながら体力が減るペースは早くなり、敗北が徐々に近付いて…いない?ルーク君のダメージも増えている?このままのペースなら、十分に逆転可能なんじゃないか!?
「あれ?斬られてるのにダメージレースで巻き返してるんじゃない?お祖父ちゃん、どうなってるの?」
「肉を斬らせて骨を断つ、ということよ」
「えっと…つまりジゴロウさんは刃が掠めるギリギリにまで防御を絞って攻撃に注力してる、ってことですか?」
「正解じゃよ」
源十郎はエイジの解釈は正解だとばかりに頷いている。受けるダメージを増やしてでも、与えるダメージをより増やしたということだろう。ルーク君と同じように、防御よりも攻撃を優先するようにしたということらしい。実にジゴロウらしい作戦と言えた。
最初こそ自分が優勢になりつつあると思っていたルーク君だったが、ジゴロウの狙いに気付いたのか彼の顔には余裕どころか先ほどよりも強い焦りが浮かんでいる。こんな顔になっている者が次に取るのは…一か八かの大技、つまりは『奥義』だ!
『ぐっ…はあああああっ!』
裂帛の気合いと共にルーク君の剣が眩い光を放ち始める。やはり、『奥義』で一気にケリを着けるつもりなのだ!ジゴロウも当然気付いているだろうが…どう返すのだろうか?
大技の予兆を理解したのか、ジゴロウの攻めはより苛烈になった。どうやら『奥義』の溜め時間には攻撃が出来ないらしい。ルーク君は剣を輝かせつつ、ジゴロウの拳や蹴りを防ごうと必死になっていた。
『食らええぇぇぇっ!』
ボコボコにされていたルーク君だったが、ついに溜め時間が終わったらしい。彼は身体を捩るようにした後、橫薙ぎに剣を振るったのである。その瞬間、剣から放たれた光の斬撃が放たれ…闘技場全体に広がって壁を一周するように大きく傷付けた。
ぜ、全方位への攻撃だと!?ジゴロウは!ジゴロウはどうなった!?またもや砂埃のせいでどうなっているのか全くわからない。ええい、邪魔な砂埃だな!私がいれば魔術で即座に晴らすと言うのに!
『ハァ…ハァ…うわっ!?』
私が苛立っていると、剣を振り抜いた姿勢のまま肩で息をしていたルーク君に向かって砂埃の向こう側から金色の何かが飛んできた。彼は慌てながらもそれを剣で弾く。それはまだ残っていたジゴロウのもう一本の角であった。
投げた場所にジゴロウはいるに違いない。そう思ったのであろうルーク君は、飛んできた方向へと返す刀で飛斬系の武技を放つ。彼の極限にまで高められたステータスと高いレベルの戦士職として得られる強力な武技は、地面を斬りながら飛んでいく。
武技が通り過ぎた場所の砂埃は晴れたのだが、その先にジゴロウの姿はない。ルーク君が驚愕に目を見開いた瞬間、彼の後ろにも広がる砂埃の向こうから両方の角が折れたジゴロウが飛び出した。
『シィッ!』
『おわっ!?』
どうにかして角一本で被害を抑えつつ『奥義』を回避したジゴロウは、角を投擲してから即座に砂埃の中を移動したらしい。そして背後に回り込むと、ルーク君の膝の裏を素早く踏むようにして蹴って彼を転がした。
膝カックンを食らった形になるルーク君はバランスを崩し、そこへ追い討ちを掛けるようにジゴロウは彼へと飛び掛かる。右腕をルーク君の顎の下に差し入れて裸絞めにしつつ、両足で彼の胴体と両腕を挟み込んだ。バランスを崩していたこともあり、ジゴロウを背負う形になったルーク君は仰向けに倒れてしまった。
『あんまり気乗りはしねェんだがよォ…このまま絞め上げさせてもらうぜェ』
『あがっ…ぐぅっ…!』
二人で地面に転がった後、ジゴロウはルーク君を全身で絞め上げながら身体を捩っていく。背骨と首を捩り切る勢いであった。
ルーク君も抵抗していない訳ではない。必死にジゴロウの拘束から逃れようと身体を動かしている。しかしながら、両腕を脚に挟まれているので剣を使って反撃することは出来なかった。
そこで圧倒的なステータスで力任せに暴れているのだが、身体を動かす度にジゴロウの絞め技はより強く極っているようだ。寝技や絞め技は対処方法を知らない者には極めて有効…ついさっき源十郎が言っていた通りである。
苦しそうなルーク君も、会心の笑みを浮かべているジゴロウも体力はゴリゴリとこれまでとは比較にならないペースで削れていく。ルーク君は寝技によって、ジゴロウはルーク君の纏う光の粒子でダメージを受けているのだ。
『ウハハッ!ギリギリの勝負だなァ、オイ!絵面は地味だけどよォ!』
『ぐぐぐ…!』
ジゴロウは抵抗するルーク君をギリギリと絞め付けながらそんなことを言う。確かにパーティーの部の決勝戦なのに、闘技場の中央で美男子が厳つい鬼に寝技を掛けられているのだ。地味と言うか…少しだけアブナイ香りがするのは気のせいだろうか?いや、気のせいだな!
私が下らないことを考えている間に二人の体力は風前の灯となっている。お互いに負けたくないからか、ルーク君はかなり激しく暴れ始め、ジゴロウは普段以上に狂暴な笑みを浮かべていた。
そして終に決着の時が来た。体力が尽きて光の粒となって消えていったのは…
次回は9月13日に投稿予定です。




