素晴らしき秋の一面・動 その三十一
角を切断されたジゴロウだったが、彼はむしろ笑みを更に深くしていた。そして動揺する素振りすら見せずに切断された角を拾うと、即座に投擲したのである。
『あうっ!?』
『ローズ!?』
ジゴロウの投げた角は軽戦士のプレイヤーの肩に突き刺さった。ジゴロウの角は下手な刃物よりも余程固く、先端も鋭く尖っている。投げれば刺さるのも道理であろう。
しかし、ジゴロウは投げる時にも一工夫していたのを私は見逃さなかった。彼は弾丸のように角を回転させて、貫通力を上げていたのである。しかも絶妙なコントロールで鎧の隙間を狙う徹底ぶり…やはり私の兄弟は手加減というものとは無縁の男のようだ。頼もしい限りである。
『オラオラオラァ!』
ジゴロウはそれまで立っていた魔術盾とその下にある聖域を拳だけで突破する。そして大地砦の内側に侵入した。
まるで獲物を見付けた猛獣のような笑みを浮かべるジゴロウを前にして、魔術師と神官は明らかに怯えた表情になっている。そんな二人の表情を見ても、ジゴロウは一切の躊躇をしなかった。神官の首を掴むと、力任せに地面へと叩き付ける。さらにその頭を何度も何度も踏みつけた。
『こっ、この…』
『遅ぇんだよなァ!』
怯えながら魔術を放とうとする魔術師だったが、ジゴロウの方が動き出すのが早かった。彼は舌を炎と雷の塊に変えて、魔術師の身体を貫いたのである。後衛である魔術師は体力も防御力も低いので、そのままジゴロウの舌に焼き尽くされてしまった。
『よォ、色男ォ!もう後ァ二人だぜェ?』
『調子に、乗るなよっ!』
『女の子を殴るなんて、恥ずかしくないの!?』
『へッ!殴られたくねェならリングに上がる権利はねェだ…ろっとォ!ハッハァ!』
大地砦の上に立って挑発するジゴロウに向かってルーク君は突撃した…のだと思う。推測になってしまうのは、私が彼の動きを全く見切れなかったからだ。
私には全く見えなかったが、気が付いたらジゴロウの目の前にいて剣を振り抜いたルーク君がいたからそう言うことだろう。その斬撃をジゴロウは、怒れる軽戦士の罵倒に尤もな返事をしながら見事に回避している。剣の間合いを完全に見切っていたのか、半歩という最低限の距離だけ動いて回避してみせたのだ。
「ふふ、ふはははははは!流石じゃのぅ!」
「お、お祖父ちゃん!?」
仲間が討ち取られたことでステータスが更に上昇したルーク君の動きに対応するジゴロウを見て、源十郎は心底楽しそうに哄笑する。私も驚いたが、それと同じくらいにルビーも驚いているようだった。
最愛の孫に若干引かれているのも気付かないほど楽しそうな源十郎からは、並々ならぬ覇気を放っていた。ジゴロウの戦いを見て血が滾っているのかもしれない。ただ、ここでその覇気を放つのは勘弁してくれ。アバター越しなのに普通に怖いから。
『やあっ!』
『不意討ちなら黙ってやりなァ!』
私が視線を闘技場に戻すと、ルーク君の剣を捌いているジゴロウの背後から軽戦士が襲い掛かったところだった。ジゴロウは最初から気付いていたのか、急所を狙った突きをギリギリで回避してみせた。
しかし、槍を回避したジゴロウの首にはルーク君の剣が迫っている。斬られてしまう。私がそう思った瞬間、ジゴロウの髪がブワッと一気に伸びたではないか!何だ、あれは!?
『うぐっ!?』
『最近使えるようになった能力だぜェ。クランのメンバーにも見せたことねェんだから、光栄に思えよなァ?』
ジゴロウの伸びた髪は炎と雷を纏っており、ボウボウ、バチバチと音を鳴らしている。その髪の毛は八つに分かれて二人の四肢を拘束した。
ステータスが尋常ではなく上昇しているルーク君は力任せに髪の毛を引きちぎって即座に拘束から逃れてみせた。だが、唯一残った仲間の軽戦士はそう上手くは行かない。ジゴロウは頭を大きく振って彼女を引き寄せると、その胸に貫手を突き刺した。
『あぐっ!?』
『灰になりなァ!』
突き刺したジゴロウの腕から、炎と雷が天に届くほどの勢いで噴き上がる。身体の内側から焼き尽くされた軽戦士は、悲鳴を上げる時間すらなく光の粒子になって消えていった。
ルーク君はこれまでと同じように怒りのままに突撃するのだと思っていた。ジゴロウもそれに備えていたようだが、意外なことに彼が動くことはなかった。
「…何だ?」
その代わりに俯いたまま止まっている彼の身体から、正確に言えば彼の鎧から純白の粒のようなものが浮かび上がったのだ。その粒はとても小さく、ダイアモンドダストを彷彿とさせる。キラキラと輝いていてとても美しい光景であった。
光の粒はルーク君を中心とした半径二メートルほどの空間に漂いながら、その半分ほどが彼の剣にまとわりつく。するとその剣から目を焼くほど強く輝き始めたのだ。
『よくも仲間達を…許さない!』
『へェ、そうかい。ならどうするってんだァ?』
『お前は必ず倒す!』
キッとジゴロウを睨んだルーク君は、これまでとは比較にならない速度で突っ込んだ。当然のように私の動体視力では彼の姿を捉えることは出来ない。私の認識ではルーク君が立っていた場所が急に爆発したかと思えば、光の粒が帯を引いて移動し、腕を交差させたジゴロウが砲弾のような速度で飛んでいって壁にめり込んだのである。
状況から見てルーク君が振り抜いた剣を回避は出来なかったものの、ジゴロウは何とか防ぐことには成功したらしい。しかし、あまりの威力に踏ん張ることが出来ずに吹き飛ばされたのだろう。だ、大丈夫なのか!?
『あらよっとォ!速ェな、オイ!それに…何だァ?身体がちょいと焦げちまったぞォ』
壁にめり込んでいたジゴロウだったが、ピンピンしているようだった。ただし、無傷ではない。炎が効かないはずのジゴロウの身体が、何故か一部炭化して煙を上げているのである。
これは間違いなくルーク君の仕業だろう。どうやったらあんなことになるのかはわからないが、問題はここに来て初めてジゴロウが大きなダメージを受けたことである。どうすればこれを防げるのかがわからない限り、ジゴロウの体力は削り切られてしまう。どうするんだ?
『手品のタネはその光かァ?何でも良いけどよォ…このままじゃァちとヤバいわなァ。ならよォ、俺も全力を出すかねェ!』
ジゴロウは両足を肩幅に開き、両腕を大きく開いて天を仰ぐ。するとその全身から金色のオーラがユラユラと立ち上ぼり、それと同時にその肌が金属のように艶のある黄金に輝き始めたではないか。
ルーク君に続いてジゴロウが変貌したことに観客席は大いに盛り上がっている。否が応でも戦いが最終局面に向かっていることを意識させられたからだ。
ルーク君の変貌がどんなものなのか、私は知らない。だが、ジゴロウが何をしているのかは知っている。何だかんだで私はジゴロウと最も仲が良いので、お互いの使える『奥義』と『秘術』は知っているのだ。
ジゴロウが使ったのは『金色剛体法』という金色羅刹であるジゴロウにしか使えない『奥義』である。一定時間の間、筋力と防御力が上昇させつつ、あらゆるダメージを半分にする効果がある。見た目は派手だが、防御寄りの地味な『奥義』だと本人が言っていた。
だが、今の状況にはピッタリの奥義だった。ルーク君のステータスは常軌を逸した値にまで上昇しているのだが、この『奥義』によってその差を埋めることが出来る。しかもルーク君は謎のダメージをジゴロウに与えていた。そのダメージを軽減出来るのだから、これ以外に選択肢はなかったのだろう。
『強化系の『奥義』…?どんなものだとしても、絶対に負けない!』
『かかって来いやァ、色男ォ!』
再び超高速でルーク君が迫る。先程のように光の粒が流星のように尾を引きつつジゴロウのいた場所に突っ込んで…突如としてその軌道が大きく反れた。そして光の粒は闘技場の壁に激突する。
またジゴロウが吹き飛ばされたのかと思ったが、私の予想とは裏腹にジゴロウは立っていた場所から一歩も動いていない。まさかと思って目を凝らすと、壁にめり込んでいたのはルーク君であった。
『うぐ…!』
『オイオイ。いくら速ェっつってもよォ…同じように突っ込んで、同じように剣を振るだけじゃァ芸がねェってなもんだぜェ?』
金色に輝くジゴロウは肩を竦めながら呆れたように首を振る。私には彼に追随する光の粒が描く軌跡しか見えないルーク君が、信じられないことに我が兄弟分にはハッキリと見えているらしい。
チラリと源十郎の方を盗み見ると、彼もウンウンと頷いていた。こっちもどうやら見えているらしい。視線が偶然に交差したアイリスは、無理だと言いたげに触手を揺らしていた。
「いや、まず上から振り下ろしてるのか横から振り抜いてるのかすら見えないんだけど?」
兎路の呟きに他の仲間達も大きく頷く。そうだよな、見えないよな。私とアイリスだけが鈍い訳じゃないと知って、ちょっとだけ安心した。
壁から飛び降りたルーク君は剣を上段に構えてから再び接近する。今度はこれまでのように一直線に突っ込むのではなく、ジグザグに移動していた。光の帯のお陰でそれだけはわかった。
『ぐはっ!?』
『だァかァらァ…速ェだけなんだっつってんだろォ?』
目にも止まらぬ速さジゴロウの横に接近したルーク君だったが、ジゴロウは振り下ろされた剣を回避しつつ地面に投げ落としたようだ。うつ伏せに転がったルーク君の頭を踏み潰そうとジゴロウが足で踏みつける。それを避けるべく、彼は慌てて地面を転がった。
ルーク君の頭があった場所にジゴロウの足がめり込んでいる。もしも回避が遅れていれば、ステータスが上昇していても即死していたかもしれない。
『ふぅ…ふぅ…速いだけじゃ通用しない…だって?だったら!』
立ち上がったルーク君は、その場で剣を大きく振り上げた。すると彼の周囲を飛び回っている光の粒が剣に吸収され…振り下ろすと同時に巨大なビームとなってジゴロウへと放たれたではないか!
闘技場では大爆発が起こり、巻き上がった土煙によって何も見えなくなってしまうのだった。
次回は9月9日に投稿予定です。




