素晴らしき秋の一面・動 その二十八
ジゴロウの第一試合は呆気なく彼の勝利に終わった。と言うのも対戦相手は明らかに相性が悪かったのである。彼らは『魔術研究会』と名乗る人類のパーティーで、全員が魔術師という異色のパーティーだったのだ。
全員で遠距離から魔術をぶっ放して一気に片を付ける戦法だったのだが…幾度となくジゴロウとスパーリングを行った私は知っている。兄弟は速度重視の魔術だろうと、当てるように工夫しなければ反応して回避してしまうのだ。
そんな相手に対して、適当な魔術を連発するだけで勝てると思うか?私は思わない。そして想像通りに彼らは暴力によって叩きのめされていた。最後の一人が浮かべていた絶望の表情は、同じ魔術師プレイヤーとして同情を禁じ得なかった。
第二回戦も順調に進んでいる。七甲達を倒したルーク君一行は危なげなく勝利した。ダメージは負っていたものの、誰一人として欠けることはなかった。二回戦の相手は七甲達よりも弱かったようだ。
「次は世紀末チンピラ集団とジゴロウの戦いか……種族だけだと親戚なんだよなぁ」
「闘技場にいるのが鬼系の魔物だけになりますもんね」
そして二回戦の最終試合にまでやって来た。戦うのはジゴロウと『怒鬼ヶ夢涅夢涅』。恐らくは彼らもまた、ジゴロウと同じく小鬼から進化を続けたプレイヤーだろう。つまり、始まった種族は同じなのだ。そう考えると進化の先は沢山あることを実感する。
そんなことを考えている内に闘技場にチンピラ集団とジゴロウが現れた。お互いに闘技場の中央に歩いていく。戦う前にどんなやり取りをすることになるのだろうか?私は興味津々でガラスの向こう側を眺めるのだった。
◆◇◆◇◆◇
闘技大会が行われている闘技場の中央では、二つのパーティー…正確には一つのパーティーと一人のプレイヤーが睨み合っていた。パーティーの方は『怒鬼ヶ夢涅夢涅』。荒廃した世界の住人を思わせるパンクファッションで統一された鬼系魔物のパーティーである。
一人の方はジゴロウ。たった一人でパーティーの部を勝ち残って来た、全プレイヤーでも五指に入るだろう実力者である。
両者は闘技場の中央で対峙した。『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の方は相変わらず下品な笑みを浮かべながら、同じく下品な声で笑っている。気が弱い者ならこれだけでも萎縮してしまうだろう。
しかし、その恐ろしげな笑みをジゴロウは正面から見据えている。それどころか、両腕を組んで不敵に笑っていた。さらに彼はジロリと真ん中に立っているリーダーらしき魔術師の目を見ながら口を開いた。
「よォ、お前ら。面白ェ格好してんなァ。自分で作ったのかァ?裁縫針でチクチクってな感じでよォ…ククッ!」
「…んだとぉ!?」
「ナメてんのか、アァ!?」
モヒカンやスキンヘッドの鬼系魔物達が自分で服を繕っている姿を想像したからか、ジゴロウは思わず笑ってしまった。彼の言葉が聞こえていた者達は、同じように小さく笑っていた。
安っぽい挑発だったのだが、隠そうともしない侮蔑の一言に『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の者達は表情を一変させる。全員の瞳に怒気が宿り、強い敵意がジゴロウに向けられた。
しかしながら、ジゴロウは彼らの敵意を受けても揺らがない。それどころか不敵な笑みを更に深くするだけだった。むしろ『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の者達の方がその反応に気圧されてしまう。
睨み合いを終わらせたのは、彼らの頭の中に響いたアナウンスだった。試合が始まるから所定の位置へ行くように指示されたのである。ジゴロウはクルリと踵を返して後ろへ下がる。『怒鬼ヶ夢涅夢涅』者達は燻る怒りからか後ろをチラチラと睨んでいた。
一定の距離を取った直後、闘技場全体に開戦のゴングが高らかに鳴り響く。それを待っていた『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の者達は、一回戦の時のように全員で雄叫びを上げた。
「「「「「「ヒャッハ…」」」」」」
「ゴアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
六人分の【咆哮】がジゴロウに叩き付けられるかに思われた時、声による圧力はジゴロウの【咆哮】によって相殺された。否、それどころか『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の者達の方が【咆哮】の効果で動けなくなっていた。
動けなかったのは一秒にも満たないほんの一瞬のことで、彼らはすぐに調子を取り戻している。だが、まさか自分達全員の【咆哮】がたった一人に、それも同じ【咆哮】に敗北するなどと誰が想像出来るだろうか?彼らはロールプレイも忘れて呆然としていた。
「ガアァ…あァ、思いっきり叫ぶってなァ気持ち良いもんだなァ。挨拶はここまでってことでよォ…ほんじゃァ、おっ始めようぜェ?」
ジゴロウは両腕を左右に広げた状態で首をゴキゴキと鳴らしつつ、スタスタと前進し始める。そこでようやく自失状態から回復した『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の者達は戦闘するための思考に切り替えた。
ジゴロウは悠長なことだ、と思いつつもゆっくり歩くのを止めるつもりはなかった。そもそも、勝利するだけで良いなら呆然としている時に襲い掛かれば良かったのだ。それをしなかったのは、純粋に彼が戦いを楽しみたかったからである。
(色んな奴と思い切り戦えるせっかくの機会なんだぜェ?簡単に終わらせるなァもったいねェ。一回戦の相手が兄弟みてェに色々工夫してくれりゃァ面白かったのになァ…期待外れだった分、今回は楽しみてェからなァ)
彼は歩きながら一回戦で戦った『魔術研究会』のことを思い出す。魔術は遠距離攻撃の手段としては優れていると彼は思っている。しかしながら、人数に任せて火力をぶつけるだけと言うのはいただけない。ジゴロウにとっては面白味のない相手だったのだ。
しかし、目の前にいる『怒鬼ヶ夢涅夢涅』は違う。使っている武器で珍しいと言えるのは大型の鎖分銅だけだが、重要なのは武技やら何やらで見たことのない攻撃をしてくれそうなことだった。
(知らねェ技を、その種族しか習得出来ねェ能力を、自分で編み出した工夫を、存分にぶつけて来なァ。それを体験して、俺ァまた強くなれる。万が一にも俺を殺せるなら…それもまた一興ってなモンよォ!)
彼らによる最初の攻撃は飛ぶ斬撃や飛ぶ打撃などの遠距離攻撃系の武技と魔術だった。ジゴロウはそのほとんどを回避し、回避が不可能なものを籠手で弾きつつ歩き続ける。
「食らえやぁっ!」
そんな彼に向かって、ある意味待ちに待った攻撃がやって来た。ブンブンと大きく回していた棘付きの鉄球が放たれたのだ。
思っていたよりも速かったものの、武技などは使っていない牽制の攻撃であるらしい。ジゴロウはニヤリと口の端を持ち上げると、鉄球を思い切り蹴り返す。投げた時以上の速度で戻っていった鉄球は、それを使っていたスキンヘッドの鉄球使いの顔面に直撃した。
「ぎゃああああっ!?」
「そんなモンかァ!?本気で掛かって来やがれ、三下共ォ!」
「調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「囲め!囲んでド突き回せ!」
顔を押さえて俯く鉄球使いを尻目に、残りの者達が駆け出した。その動きに淀みはなく、大雑把な指示でも自分達に適した行動が取れている。決勝トーナメントにまで勝ち残った実力は伊達ではないのだ。
しかし、ジゴロウは彼らの連係の上を行く。彼は前傾姿勢になって猛スピードで駆け出すと、その速度を乗せた前蹴りをモヒカンの鉈使いの腹部に叩き込んだ。踵をめり込ませるような一撃によって鉈使いは悲鳴を上げることすら出来ずに吹き飛び、鉄球使いと激突して絡み合うようにして倒れた。
前蹴りを放って足を突き出した状態のジゴロウに向かって、左右から挟撃した斧使いと釘バット使いが各々の武器を振り下ろす。それに対してジゴロウは前蹴りに使った足を跳ね上げて釘バット使いの手の甲を蹴りつつ、頭の角を器用に使って斧を弾いて見せた。
「おっ、汚物は消毒だァー!」
信じられないとでも言いたげな魔術師だったが、驚愕を理性でねじ伏せて魔術を放つ。魔術の発動と共に挟んでいた二人は巻き込まれないように後ろに跳び、杖から放たれた炎がジゴロウに直撃して包み込んだ。
「ハハハハハァ!良い感じに暖まって来たぜェ!」
しかし、ジゴロウは何の痛痒も受けていないように炎の中から現れた。本気になれば炎と雷を纏って戦うジゴロウに対して、炎で攻撃することは愚策としか言い様がない。【火炎魔術】を最も得意とする魔術師にとって、ジゴロウは最悪の天敵なのだ。
炎の中でユラリと身体を揺らしたジゴロウは、釘バット使いに向かって一歩で踏み込む。釘バット使いは驚きつつもしっかり反応し、ジゴロウの頭を狙って上段から釘バットを振り下ろす。それを見ていたジゴロウはニヤリと笑っていた。
「よォ、これだけで死ぬんじゃねェぞォ?」
ジゴロウは釘バットの柄を柔らかく手を添えて捻り上げつつ、釘バット使いの腹に踏み込みの速度を乗せた正拳突きを叩き込む。打撃によって怯んだ釘バット使いだったが、ジゴロウの攻撃はこれだけで終わらない。彼は釘バットを更に捻りあげながら持ち主を地面に投げ落とすと、その頭部を思い切り踏み付けた。
もう一度踏もうとしたジゴロウだったが、横振りに迫る戦斧から逃れるべく半歩だけ後ろに下がる。彼は間合いを完璧に見切っていたので、戦斧は紙一重で当たらずに空を切った。
そんなジゴロウの後ろから飛んで来たのは棘付きの鉄球だった。このままだと彼の後頭部に直撃するだろう。しかし、気付いているのだから対処は容易だ。今度は拳で打ち返してやろうと裏拳を振り抜いた。
「あガッ!?」
その瞬間、鉄球の軌道がグニャリと曲がったことでジゴロウの拳は空振ってしまった。ジゴロウが驚きに目を見開いた時、鉄球は彼の顔面に向かうように軌道修正される。今度こそ回避出来ず、鉄球はジゴロウの顔面に直撃した。
「ヒャッハー!お返しだぁ!」
「ナメてるからそうなるんだぜぇ?おい、早く起きろ!」
「あ、あぁ。油断しちまった…」
鉄球使いは意趣返しに成功して快哉を上げ、斧使いは釘バット使いを引っ張り起こし、起こされた釘バット使いは首を押さえながら頭を振った。最初に前蹴りを受けた鉈使いも戦線に復帰しており、体勢を立て直すことに成功している。
最初にペースを崩されたものの、ここからは自分達の優位に戦いが進むに違いない。『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の全員がそう思ったことだろう。
「あ…?」
「どうした?」
「い、いや、鉄球が…」
異変を最初に感じたのは鉄球使いだった。彼はジゴロウに当たった鉄球を回収するべく繋がっている鎖を引っ張る。しかし、何度引っ張っても鉄球は戻ってこない。鎖はピンと張ったまま、ジャラジャラと音を鳴らすばかりだった。
バキッ!
その時、固いモノが碎ける音が闘技場全体に響き渡る。するとそれまで張っていた鎖が地面に落ちてしまう。その先端にあるべき鉄球は存在しなかった。
「ハッハァ!面白ェ!」
心の底から楽しそうに笑うジゴロウの足元に落ちる鉄屑と、彼の口から覗く棘を見た誰もが理解した。彼は鉄球を噛み砕いたのだ、と。
ジゴロウは口に残った針をプッと地面に吐き出すと、これまで以上に獰猛な笑みを浮かべる。その笑みは無邪気であり、それと同時に背筋が凍るほど恐ろしい。『怒鬼ヶ夢涅夢涅』の者達はロールプレイをする余裕を失い、真剣な表情で身構える。
「そろそろ本気で行くぞォ?死に物狂いで戦えやァ!」
言うが早いかジゴロウは再び突撃していく。鬼同士の凄惨な戦いは、ここからが本番であった。
次回は8月28日に投稿予定です。




