素晴らしき秋の一面・動 その二十二
ジゴロウと源十郎のお陰で観覧席に入ることが許された私達は、取りあえず源十郎の試合が始まるまでは観覧席という空間を満喫することにした。レベル別に階級が設けられているので、彼の試合はまだまだ先なのである。
机の横に備え付けてある冷蔵庫からは様々な種類の飲み物が無限に取り出すことが可能で、部屋を照らすシャンデリアの明るさは壁にあるつまみで自由に調整出来る。壁の近くには小さい人形の音楽隊がいて、指揮者の人形の背中から生えるゼンマイを巻くとゆったりとした曲を奏で始める。オーケストラによる生演奏に近い演出だ。アイリスは観察しながら自分も作れるかどうか考えていた。
「う~ん、どのアイテムもパクれないねぇ?」
「アンタ、ホテルのアメニティとか持って帰るタイプでしょ」
「え?そうだよ?もったいないじゃん」
「ケチ臭いわね……」
しいたけは部屋を歩きながら手当たり次第に調度品のアイテムを回収しようとしていたが、それは流石に不可能になっているようだ。そんな彼女を見て兎路はため息混じりにそう言ったものの、本人は全く気にしていない。無敵かよ。
しいたけは置いておくとして、他の仲間達は思い思いの飲み物を用意している。アイリスはリンゴの果実酒、エイジはビール、兎路は赤ワイン、ミケロは蜂蜜酒、そしてネナーシは焼酎を選んだ。見事に好みが分かれたものだ。
未成年であるルビー達はコーラやオレンジジュース、レモンスカッシュなどのソフトドリンクを選んでいる。ここはゲームなのだから気にしなくても良いのにと言ったのだが、酒の味なんて知らないからいらないと返されてしまった。おじさん、少し悲しいよ。
私はこの中では唯一何も食べられないのだが、雰囲気を味わうためにグラスにウイスキーを注いでいる。うん、香りは良いな。高級品であるので、彼らが飲んでいる酒類もしっかり味がするらしい。私も飲みたかったなぁ。
「おや?この出っ張りは何でしょう?」
「引っ張ってみればわかるでござるよ!」
皆で机を囲みつつソファーでくつろいでいると、ミケロが机の裏に妙な出っ張りを発見した。面白がったネナーシがそれを引っ張ると、一枚の木の板らしきものがスポッと抜けると同時に机の上に大きな仮想ディスプレイが現れた。
そこには闘技大会の出場選手についての情報が記されている。ただし、細かい情報は載っていない。プレイヤー名とアバター全体の3Dモデル、そして予選の戦闘映像だ。種族や職業、能力を明かされたら堪ったものではない。予選の映像が見られるだけで十分だろう。
ネナーシが発見したのは、ただの板ではなくこの仮想ディスプレイを操作するための端末だったらしい。表面はタッチパネルになっていて、ネナーシはヒョイヒョイと蔓を動かして遊んでいる。直立不動で無表情のジゴロウの3Dモデルが、上下左右にグルグルと回されていた…本人が見たら爆笑しそうだな。
「こらこら、そんな風に遊ばないで下さいね。それよりも、出場する皆さんの対戦相手の情報を見ませんか?」
「いいね、それ!ネナーシ、お願い!」
「お任せあれ!」
ネナーシが操作すると、最初に行われる個人の部のトーナメント表を開く。そこで源十郎が最初に当たるのは、ノブツナという和風の格好をした剣士だった。腰には大小二本の刀を差し、着流しの上に花柄の着物を羽織った金髪碧眼の伊達男のアバターだった。言い方は悪いが『チャラい剣士』という雰囲気である。
ネナーシは3Dモデルの横に予選の映像を映し出す。そこには不敵な笑みを浮かべながら刀一本で敵を斬り伏せるノブツナの姿があった。ほう、何と言うか華のある戦い方じゃないか。
ただ、自分が目立つためにトドメを差せるタイミングでわざと引いているように見える。私の見立てが正しいとすれば、かなり性格が悪いのかもしれない。
「いきなりコイツですか」
「知っているのか、エイジ?」
「ええ。予選でぼくが負けた相手です。負けた後に調べたんですが、PK関連の掲示板では有名なプレイヤーだそうですよ。『剣聖会』とかってPKクランのリーダーで、高値の賞金首として手配されているんです」
エイジは渋面になりながら、仇を取って下さいと言っている。ふむ、PKか。なるほど、対人戦のプロならばここまで上がってくるのも頷ける。それも賞金首と言うことは指名手配されているほどの強さであるらしい。不敵な笑みは自信の表れ、と言ったところか。
彼は源十郎と戦う訳だが、刀を使う者同士の戦いとなるだろう。まるで時代劇である。あれは殺陣だが、こちらはゲームであるからこそ本気の戦いだ。きっと見応えのあるものになるに違いない。
「それにしてもノブツナとは……随分と大きく出ましたな」
「どういう意味よ、それ?」
私が今から楽しみにしていると、ネナーシがボソリと呟いた。兎路は怪訝な顔になって、その真意を問う。彼女だけでなく私を含めた全員が疑問に思ったようで、幾つもの視線が彼に集中した。
ネナーシはまさか全員が食い付いてくるとは思わなかったのか、動揺したように蔓を硬直させる。そして間違っているかもしれないが、と前置きした上で語り始めた。
「ノブツナで『剣聖会』と来れば、上泉信綱が元ネタにござろう。そのことに驚いたのでござるよ」
「誰それ?」
「聞いたことがあるような……?」
「安土桃山時代にいた兵法家でござるよ。新陰流の開祖にして剣聖と呼ばれた剣豪で、門下生には柳生新陰流の柳生石舟斎やタイ捨流の丸目長恵、宝蔵院流槍術の宝蔵院胤栄など名だたる方々がおりますぞ。それを名乗るとなれば、相当な自信家だと思った次第にござる」
私は剣術やら何やらにはあまり詳しくないのだが、流石に柳生新陰流は聞いたことがある。その開祖の師匠だった人、と考えて良いんだよな?確かに知っている者からすれば自信家に見えるかもしれない。個人的には単にあやかっただけの気もするがね。
どちらにせよ、我々は源十郎の戦いを応援するだけである。私は琥珀色の液体に満たされたグラスを顔の近くで回して香りを楽しみながら、彼らの試合が始めるのを待つのだった。
◆◇◆◇◆◇
闘技大会、個人の部。その決勝トーナメントの三回戦は、闘技大会の観客にとっては注目の一戦であった。その理由は出場者の二人にあった。
片方は有名なPKクランである『剣聖会』のリーダーにして高額の賞金首であるノブツナ。プレイヤーでは最強と目される刀の使い手である。ただし、一般的なプレイヤーには非常に嫌われていた。ただでさえ嫌われるPKである上に、倒したプレイヤーをいたぶったり煽ったりするからだ。嫌われるのも当然であろう。
もう片方は全く無名の魔物プレイヤー、源十郎。蟲人系というプレイヤーでも珍しい人型の虫という種族で、ノブツナと同じ刀の使い手であった。彼は対戦相手が誰であろうと対戦前に一礼し、そして至極アッサリと勝ってみせる。そして勝利した後も一礼をして去っていくのだ。
同系統の武器の使い手であり、どちらも腕前は優れている。しかし、その立ち振舞いと精神性は真逆。そんな二人が激突するのだから、多くのプレイヤーの注目を集めるのは当然と言えるだろう。
「よう、あんたが対戦相手?」
「いかにも」
二人は闘技場で向かい合う。ノブツナは既に抜いている真っ赤な刀身の刀を肩に担ぎ、一方で源十郎は鞘に収めたままの大太刀を左手の一つで握っていた。
観客席からはノブツナに対する罵声と、源十郎への応援の声が飛び交っている。どちらの方が人気であるかは一目瞭然と言えよう。しかし、完全なアウェーにありながらもノブツナは不敵な笑みを崩すどころかより深くした。
「観客席に座ってる雑魚共ってのは無様だよなぁ?この舞台に立てず、ピーチクパーチクと喚くことしか出来ないんだからよ」
「ふむ…」
「自分が敗者だって事実をハッキリ言う俺が気に食わないから、その代わりにあんたを応援してんのさ。ククッ!情けねぇよな、全く!」
「情けないとは思わんよ。それにお主の試合は観させてもらったが、あれでは嫌われて当然であろう」
ニヤニヤと笑っているノブツナに対して、源十郎は突き放すような冷たい声で応えている。普段は優しいが戦いになると好戦的になる、と言うのがクランメンバーから見た源十郎だ。だからこそ、これほど冷たい彼を見て困惑さえしていた。
ただし、ルビーだけはそんな祖父の姿を一度だけ見たことがあった。あれは心の底から相手を軽蔑しているときの態度である。対戦相手はきっと心を折られるような敗北をするだろうな、と彼女は確信していた。
ルビー以外の仲間達が驚いていることなど知らない源十郎は、ノブツナに対して何の感情も持っていないかのような冷たい眼差しを向ける。そんな源十郎の態度が気に入らなかったのか、ノブツナは不愉快そうに顔を歪めると舌打ちをした。
「チッ!何だかムカつくな、ジジイ。じっくりいたぶってから殺してやるよ」
「そうか。ならば儂は一太刀でその首を斬り落としてくれよう」
二人はそこで会話を止めると、所定の位置についてから試合開始のゴングを待つ。それが鳴ったと同時に源十郎はいつものように一礼するが、ノブツナは問答無用とばかりに一瞬で彼我の距離を詰めてみせる。彼が使ったのは刀を使う職業に就いた者が習得可能な縮地という武技だった。
彼の職業は『血塗之辻斬』。刀のみを使って一定数以上のプレイヤーを撃破したPK専用の職業であり、現在判明している中ではPKとしては最上位の職業である。それ故に当然のように縮地も使えるのだ。
(スカしたジジイめ。じっくりいたぶって、俺にナメた口を利いたことを後悔させてやる)
ノブツナの口元には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。彼は自分が敗北する可能性など微塵も考えていない。今の彼の頭にあったのは、どうやれば源十郎に最大の屈辱を味わわせることが出来るのかだった。
そして彼は決めた。今まさに上げつつある源十郎の頭、その額から伸びる立派なカブトムシを思わせる角。これを斬り飛ばしてやれば、きっと自分を挑発したことを後悔するだろう、と。
ノブツナは肩に担いでいた刀を袈裟懸けに振り下ろそうとする。しかし、彼が刀を振り下ろすことは出来なかった。何故なら、その前に彼の首は源十郎によって斬り落とされていたからだ。
「心を磨け、痴れ者が」
源十郎は一礼して頭を上げてから、閃光のごとき速さで刀を抜き放ちつつ、ノブツナの首を正確に両断したのである。即死判定を食らったノブツナは、自分が斬られたこと、そして敗北したことにすら気付くことなく光の粒子となって消えていった。
完全に光の粒子が消えるまで刀を正眼に構えていた源十郎だったが、自分の勝利が確定してから刀を鞘に納める。そして消えたノブツナにもう一度礼をしてから闘技場を去るのだった。
次回は7月27日に投稿予定です。




