素晴らしき秋の一面・動 その十八
アマハの相棒である疾駆封龍の尻尾を注視しながら坂道を駆ける。二位の位置から追い掛ける今の状況は案外悪くない。と言うのもこの坂道は全域が砂利道なのだが、所々に少し荒れが酷い場所があるからだ。
無論、何度も走っているから大体どの辺りに避けるべき荒れた道があるのかは把握している。しかし、流石にその全てを暗記してはいない。何故なら見てから進路を調整する時間が十分にあったからだ。
そこで役立つのが前を走るアマハである。彼女達の動きで気を付けるべき箇所が何処なのかを事前に知ることが出来る。まあ、完全に信じるつもりはないが。
「確かこの辺に…やっぱりな!」
私の目の前でアマハ達は大きく跳躍する。彼女達の前には大きな石がゴロゴロと転がっていて、そこをジャンプすることで回避したのだ。
私はあそこが悪路になっていると把握していたので、きっちりと迂回して追い掛ける。私が回避したのを見て、後ろを向いていたアマハはペロリと舌を出している。悪戯に失敗したとでも言いたげだった。
アマハの相棒が『跳躍力』に優れた疾駆封龍であるからこそ、今のように飛び越えることが出来る。ギリギリまで跳ばないことで、私の判断を遅らせようと画策しているのだ。それに引っ掛からなかったからこそ、先程のアマハの行動だった。
「本当に油断ならない相手だ。なあ、相棒?」
「クルルルゥ!」
だからどうした、と言わんばかりに私の相棒が鳴き声を上げる。全く、頼りになりすぎる相棒だ。私にはもったいないくらいの…と思われないような活躍をして見せなければ!
私は両脚にしっかりと力を入れ、手綱を握り直して前へと進む。そして前を見据え、アマハ達に追走し続ける。彼女の仕掛ける悪戯には引っ掛からず、着実に彼我の距離は縮まっていった。
「っと!やっぱり射ってくるか!」
「当然よ!お互いの声が聞こえるくらいに近付かれたからね!」
距離が半分以下になった頃、アマハは急に振り向いて矢を射って来た。いつか来るとは思っていたので、備えていた私は杖を振るって矢を弾いてみせた。
余裕をもって弾いたように見せたが、内心ではビクビクしていた。何故なら後ろから飛んできた時よりも、飛んで来た矢が途轍もなく速く見えたからだ。
「ぬおお!自分から矢に突っ込んでいくようなものだものなぁ!?」
「そう言うことよ!」
その理由は単純明快。走る私を追い掛けてくる矢よりも、前方から放たれる矢へと自ら進む方が体感速度が増すからだ。
あくまでも主観だが、その速度は倍近い気がする。杖で払うことが出来たのは奇跡に近い。滅茶苦茶に怖かった。
「ふん!」
「あら?」
しかし、アマハが矢を放つ度に私はどうにか弾くことに成功していた。それは私の動体視力が突如として超人の域に達したから…などと言う少年漫画めいた展開ではない。私が使っているのは魔術であった。
使える魔術に制限があるのは確かだが、私には高いレベルの【魔力精密制御】という能力がある。これを利用すれば【杖】の能力である纏魔撃を模倣した状態を作り出せるのである。
私は風球の威力を強化しつつ、形状を変えて杖の周囲で渦を巻くようにしている。そうすることで杖の周囲に小さな竜巻を作り出した。この竜巻によって、杖に触れずとも矢の軌道を反らすことが可能になったのだ。
ただし、この状態を保つのは精神的に辛い。常に【魔力精密制御】を使い続けなければならないからだ。魔術に集中しつつ、前から飛来する矢を警戒しつつ、相棒に気を使いつつ、コースのことも考えなければならない。ふはは!こんなにも早く活躍の場がやって来てくれるとはな!
「クルル…!」
「まだ耐えろ。今日は何ヵ所かで遠回りをしている。ラストスパートはまだ先だ」
疾駆封龍は速度を上げようとしているものの、私は首を撫でてその猛りを抑える。なるべく予選通りの走りをしようとここまで頑張ってきたが、どうしても相棒の疲労は普段以上に溜まっているからだ。
その理由は二つ。一つは最も短い吊り橋ではなく普通の吊り橋を渡ったことのように、我々にとっての最短ルートを走れていないこと。そしてもう一つはこれまでのコースで私が戦ったことで、どうしても負担をかけていることだ。
「お前と同じくらいに、私も優勝を狙っている。そのために今は我慢の…ぬおっ!?まだ話をしているだろうが!空気を読め!」
「おほほほ!ごめん遊ばせ?」
くっ、アマハめ!好き放題やりおってからに…とにかく、今は勝つために我慢する時である。挑発で熱くなるのは愚の骨頂よ。ゴールと同時にスタミナが尽きるような、絶妙なタイミングを計って仕掛けるのだ。
アマハの矢を払いつつ、時折魔術で反撃を試みるがジャンプされて軽く回避される。左右に避けるのではなく前に跳ぶので遠回りさせることはできない。それどころかジャンプした方が速いまである。妨害によって距離を縮めることはほとんど出来なかった。
ただ、ジャンプさせることでスタミナを消耗させていると思う。魔術を回避する度、アマハは矢を連続で放っているからだ。振り向いた時に見える顔に焦りは浮かんでいないが、少しだけ険しくなっているのが見えている。ジワジワと効いているようだ。
「そろそろか…仕掛けるぞ!ここからは全力でひた走れ!」
「クルルルルルルゥ!」
しばらくそうして走った後、遂にラストスパートを掛ける時がやって来た。普段はここよりも手前から全力疾走を開始していたのだが、今日はスタミナのことを考えて温存していた。そのために我慢をさせていたのだが、ようやく力を解き放たせたのだ。
疾駆封龍は甲高い鳴き声を上げると、加速して速度を上げていく。我々とアマハの距離はグングンと縮まり、この調子ならゴールまでには確実にアマハ達を追い抜くことが出来るだろう。
「やっぱり温存してたのね。それでこそ、数時間だけでも私達に勝ったコンビだわ」
私達がラストスパートを掛け始めた時、アマハは後ろを振り向きながら嬉しそうに笑みを浮かべながらそう言った。これまで使っていた弓は下ろしていて、戦う意思がないような雰囲気である。どういうつもりなのだろうか?
アマハは前を向きなおすと、彼女の相棒に何かを呟いた。すると疾駆封龍は力強くジャンプして、着地すると同時にまたジャンプする。まるでカンガルーのような走り方をし始めたのだ。
その速度は我々の速度に匹敵する。流石にこちらの方が速いが、勝負を仕掛けた時ほどのペースで距離を縮めることは出来なかった。想定の範囲内ではあるが、彼女達もスタミナを温存していたようだ。
「やはり、そっちも温存していたか!」
「当たり前でしょ?ここからは互いに妨害なしのガチンコ勝負と行きましょうか!」
「良いだろう。その勝負、乗ってやる」
私はアマハの提案に乗り、走ることだけに集中することにした。ピョンピョンと小刻みにジャンプしながら前進するアマハ達を追って、私達は坂道を進む。ジリジリと、ほんの少しずつではあるが距離は詰まっていった。
しかしながら、ゴールまでに抜かせるかと言うとギリギリで抜かせるかどうかという接戦である。ここで私にもう一つでも良いから隠し球があれば良かったのだが、そんなものはもうなかった。
それはアマハ達も同じであるようで、何かアクションを起こすことはない。妨害合戦を止めた時点で、どちらも全力で走るしかない状態になっていたのだ。
「クルゥ…クルゥ…」
「頑張れ!あともう少しだ!」
「キュゥ…キュゥ…」
「ゴールはすぐそこよ!」
私達は揃って相棒を激励する。アマハの言う通り、遂にゴールが見えて来た。まだアマハ達の方が先行しているものの、その差は既に頭一つ分すらない。このままなら最後の坂道で追い付き、ゴール直前に抜かせるかもしれない。勝利する可能性が見えた私は、より集中して手綱を握った。
私に追い付かれる可能性が高いと察しているのか、アマハの表情は険しくなっている。そんな顔をされても、私も優勝を狙っているのだから譲るつもりはないぞ。
「やるわね…あまり気は進まないのだけれど、最後の切り札を使わせてもらうわ」
「何だと?」
まだ何かあると言うのか!?しかし、こちらにはもう切れる札は一つも残っていない。自分達の走りを信じて、ひたすら前に進むのみだ。
ゴールまであと十メートルくらいにまで迫った時、私達の方が前に出た。あと数歩遅ければ負けていた。この速度を維持したまま、ゴールまで突っ込むのだ!
「やるわよ!」
「キュウウウウウウッ!!!」
その時、アマハ達は急に大きくジャンプする。それから着地と同時に大きくしゃがみこむと、前方へと恐ろしいほどの速度で跳躍した!速い!まるで巨大な矢のようだ!
あと一歩でゴールだと言うのに、時間が引き延ばされているような感覚がする。背後からアマハ達がゆっくりと迫って来て、どちらが先にゴールするのかわからない。うおおおおっ!間に合え!
「負けるかぁ!」
「追い抜けぇ!」
私とアマハは同時に叫びながらゴールに突っ込む。予選では張られていなかったゴールテープに先に触れてみせたのは…アマハの相棒であった。
次回は7月7日に投稿予定です。




