素晴らしき秋の一面・動 その十七
私は真っ直ぐに突っ込んでくる彼に向かって水球を放つ。バスケットボール大の水で出来た球体が飛んでいくが、沼地に足を突っ込んでいるとは到底思えない機敏さでそれを避ける。どうやら『悪路走破力』に優れた、と言うよりも特化した疾駆封龍のようだ。
「ぐえぇ!?」
「うわっぷ!?」
「グルルルル!」
「うわああああ!?」
彼には回避された水球だったが、そのせいで他のプレイヤーに多大な影響を与えていた。水球が直撃したプレイヤーもいれば、着弾した時に飛び散った沼の水の飛沫を顔に浴びて慌てる者もいる。中には偶然にも飛沫が目に入って暴れる疾駆封龍を御すことが出来ず沼の中へと落龍する者もいた。
こうなるとわかっていたから沼地エリアでの妨害は水球で行うと決めていた。しかし、ここまで機動力が高いとなると話は別だ。そもそも当たらないのだから、妨害も何もない。さて、どうやってやり過ごすべきか…?
「あの、すいません」
「うぐっ!?」
彼は連発される魔術を掻い潜りながら接近し、私に向かって鋭い突きを放った。口で謝罪の言葉を言い、顔でも申し訳なさそうな雰囲気を漂わせているにしては容赦のない一撃だ。
源十郎に稽古をつけてもらった経験がなければ、これだけで落龍していたかもしれない。態度は控え目であるが、実は片手剣の男よりもずっと強いような気がする。実に厄介だな!
「すいません、すいません」
「ぬおっ!謝る、くらいなら、攻撃を、止めろ!」
すいませんと言う声と共に向かってくる槍の穂先を何とか捌きながら、私は心の底からそう叫んだ。すると彼はピタリと突くのを止め、顎に手を当てて何かを考え始めた。
今の一言で止まってくれたのはありがたい。私はその隙に攻撃するのではなく、更に言葉を重ねることにした。攻撃をしてまた攻撃が再開されてはかなわないからな。
「ふぅ…ふぅ…君の連れはもう脱落しているぞ。それでもまだ、自分の勝利ではなく私の妨害に固執するのか?」
「脱落…?本当ですか?」
「そうだ。彼は私の目の前で落龍している。既に脱落してしまった者に義理立てするよりも、己の順位を上げることを目指した方が建設的なのではないか?」
「えっと…はい、そうですね。すみませんでした」
ペコリと頭を下げてから、彼は沼地の深い部分へと戻ってスイスイと泳いで行った。私への妨害にこだわるのではなく、理性的に判断を下せる相手で良かった。
その彼を落龍させたのは他でもない私なのだが…それはあえて言わなかった。私は嘘を言っていない。ただ伝える情報を絞っただけだ。そのことで後から文句を言われるかもしれないが、その時はその時である。
私は沼地の少し深い部分へと進路を修正すると、再び杖で沼地の底を突く作業に戻る。漠然と突くのではなく、疾駆封龍が歩を進めるタイミングに合わせてやると効果が上がる気がする。私は急ぎ過ぎず、さりとてゆっくりし過ぎずに沼地の底を突いて行った。
後続のプレイヤーで長い武器を持つ者達はこの手法を真似している。こちらはカーブと違って簡単なので、真似されることは想定済みだ。後続に技術を盗まれることになるが、それよりも予選通りの走りをする方が重要であろう。
より深い場所を進める数人の後続に抜かされるが、私は気にせず前へと進んだ。ここで抜かされることもまた想定済み。慌てる必要は全くないのだ。
「抜けた!ここからはまた坂道だぞ!」
「クルッ!」
沼地エリアを抜けた先は、緩やかなカーブを描く坂道だ。私よりも直線での速度が勝っている疾駆封龍がもういない以上、ここで自然と追い上げることになる。これが慌てる理由がない根拠だった。
ただし、強引に抜かすつもりはない。あくまでも予選通りの速度を保ちつつ、少しずつ追い付くつもりであった。
「グオオッ!」
「グルルッ!」
ただ、先行している者達で争っているので割りと早く追い付いてしまった。積極的に戦闘しても得られるものはないと言うのに…おや?あれは例の配信者ではないか?
ひょっとしてアンチか愉快犯に絡まれているのかもしれない。ただ、これはレースである上に全く知らない配信者の世話を焼く義理はない。私は間に入ることもアンチを攻撃することもせず、ただ距離を開けて戦いの横を抜けて坂道を登って行った。
緩やかな坂道にテクニックは必要なく、戦いを避けつつ可能ならばなるべくカーブの内側を曲がる。時折妨害してこようとする者もいるが、私は戦いにこだわらない上にこちらの方が速い。適当にいなしてやれば逃げることは容易かった。
序盤の争いが激しすぎたからか、予想とは違って苦労せずに私達はこのエリアを登り切った。その先に待っているのは最後の関門とも言うべき吊り橋エリアである。既に渡り始めているのは六組。先頭は普通の吊り橋を走る槍使いの彼だった。
沼地を最も早く駆け抜けたのだろう彼は、坂道で勝負を掛けたらしい。自分が優勝するために頑張っているようだ。ただし、このまま優勝させるつもりはない。必ず追い抜いてみせよう。
途中でアマハは抜かされていて、四番目の順位になっている。そんな彼女が選んだのは、最も危険な穴だらけの吊り橋だった。急勾配をジャンプしながら登ったことからも察してはいたが、彼女の疾駆封龍は跳躍力に優れた個体らしい。穴だらけの吊り橋を本番で走り抜けるつもりのようだ。
「フフッ!吊り橋を選ぶなんてバカですねぇ?」
私の一つ前の順位にいる魔術師らしきプレイヤーはそんなことを呟きながら、最も安定している石橋に向かって走り出した。私は嫌な予感を覚えた私は、ここで勝負に出ずに普通の吊り橋を渡ることにした。そしてその判断は正しかった。
石橋を渡り始めた魔術師は、しばらく他のプレイヤーが吊り橋にいるのを確認してから魔術を乱射し始めたのである。どうあっても吊り橋を破壊することが出来ないのは調査済みだが、同時に攻撃された吊り橋が揺れることも調査済みである。アマハのいる穴だらけの吊り橋も、私のいる普通の吊り橋も、魔術を受けて大きく揺らされた。
「うっ、うわああぁぁぁ…」
「こんなところでえぇぇ…」
揺れることを知っていた上に不穏な雰囲気を感じていた私達は、立ち止まって揺れを堪えたので問題はない。しかし、間に合わなかったプレイヤーは悲惨であった。吊り橋の上で転ぶだけならばまだしも、数人は谷底へ真っ逆さまに落ちていく。幸い…なのかはわからないが、落ちた中にアマハはいなかった。
ただ、槍使いの彼は落ちてしまった。私の前方にはもう誰もいない。私達は揺れに注意しながら、速度を出すことなく吊り橋を攻略していった。
「落ちろ落ちろ!ハハハハハ!」
魔術師は高笑いをしながら魔術を放ち続ける。後続の誰もが揺れる吊り橋に足を踏み入れるほどのリスクを取らず、全員が石橋を渡っている。吊り橋にいる我々が全員落ちるのを待ってから仕掛けるのかもしれない。絶対に落ちてやるものか!
私はジリジリと前進しつつ、アマハの様子を窺う。彼女は穴と穴の間にある橋板で完全に停止しながら、真剣な表情で弓を引き絞る。狙いは私ではなく、遠くから嫌がらせを続ける魔術師であった。
「ハハハハハ!さっさと落ちるんだよ、間抜けどごげっ!?」
じっくりと狙ったのであろうアマハの矢は銀色の軌跡を描いて飛んで行き、見事に走り続けている魔術師の喉に突き刺さった。揺れる足場の上から移動する標的に当てるとは…システムのアシストもあるのだろうが、船の上の扇を射貫いた那須与一もビックリの技量だった。
魔術師が倒れたことで揺れが収まったことで、アマハは橋板から橋板へ跳躍し始める。私もまた吊り橋の上を駆け始めた。石橋を走っている者達は慌てて吊り橋を攻撃しようとするが、その前に石橋でも戦闘が起きたのでこちらに飛び火することはなかった。
吊り橋にいるのはアマハと私だけ、石橋は迂回路であって長い距離を走らねばならない。そして吊り橋を妨害する余裕がないとなると…実質的に石橋にいる者達が追い付けるとが思えない。一位争いはアマハと私の一騎討ちとなりそうだ。
「吊り橋は終わり。ここからはラストスパートだ。気合いを入れつつも熱くなりすぎるなよ」
「クルッ!」
吊り橋を渡った次にあるのは螺旋状に続く一本道である。アマハは既に橋を渡り終えていて、中々遠い場所にいる。抜かせるかどうかは正直に言って微妙な距離だが、純粋な足の速さは私達の方が上だ。じっくりと追い掛け、好機を逃さずに一気に追い抜くのだ!
次回は7月7日に投稿予定です。




