素晴らしき秋の一面・動 その五
アマハにコースの説明をした後、私は疾駆封龍と共に再度コースに戻ることにした。今度は散歩するように進むのではなく、本気で走ってみるのだ。
「最初の直線、全力で行くぞ!」
「クルッ!」
私の指示に従ってくれた疾駆封龍は、一鳴きしてから勢いよく駆け出した。最初からかなり速いのだが、一歩出す毎にグングンと加速していく。これで『加速力』が4.3って本当かよ!
これがトップスピードになると物凄く速かった。周囲の景色が濁流となって流れて行き、ローブの裾が風に煽られてバタバタと踊っている。あくまでも私の体感だが、時速百キロメートルは出ているんじゃないか?
しかし、私の相棒の『最高速』は8.1である。つまりこれよりも速い個体も存在しているということ。ここでどれだけ頑張っても真っ先に山までたどり着くことは出来ないだろう。本戦に出られたら、直線が得意だとしても無理をせず上位陣に着いていくくらいの気持ちでいた方が良いか。
この速度で攻撃を食らったら、確実に転んでしまう気がする。攻撃によって妨害することよりも、攻撃から身を守ることを優先した方が良さそうだ。魔術師の私は貧弱なのである。
私は振り落とされないようにしっかりと手綱を握り、鐙に乗せた両脚を締めながら前を見る。直線の次に待っている坂道がどんどん近付いていた。
「そろそろ坂道だ。ゆっくり速度を落として登ろう」
「クルルゥ」
疾駆封龍はゆっくりと減速していき、坂道に到達した頃には最高速の半分くらいになっていた。『登坂力』が3.0と低めの数値なので、このくらい減速してしまうのだ。
逆に言えば苦手な坂道でも時速五十キロメートル、つまり乗用車で公道を走った時くらいの測度は出せるということ。このタイミングなら妨害に力を入れても良いかもしれない。
「次の急勾配は無理だろう。速度を落としてつづら折りの方を登るぞ。スタミナを温存したいから絶対に無理はするな」
「クルルッ」
私達は無理せずにつづら折りエリアを駆け上がる。その際、少し速度を落とすように指示するのを忘れない。コースの全体はかなり長いので、この時点でバテバテになられては困るのだ。
体力のことを考えて減速させたのだが、この判断は正しかった。と言うのも、つづら折りの道はその形状故に曲がる部分が百八十度近い急カーブになってしまう。速度を落としておかないと結局は曲がりきれないのだ。
カーブを曲がりきれるギリギリの速度は大体時速三十キロメートルほどだろうか?それでも十分に速いが私はギリギリの速度で走らせつつ、可能な限り道の内側を走るように手綱で導いていた。
初めての時から攻めた走りをするのはどんなものか、と自分で思わないでもないがこれも練習だ。何回でも走ることが出来るのだから、ガンガン攻めれば良い。いや、あまり転げ過ぎると疾駆封龍に嫌われそうなので、ほどほどにした方が良いのか?悩ましいところだ。
「もう少し…今だ!」
「クルッ!」
カーブを曲がる時、私と疾駆封龍はタイミングを合わせて同時に身体を傾ける。するとほとんど減速することなく曲がることが出来るのだ。ネットで見たことがあるバイクレースの動きを参考にしたのだが、思っていたよりも効果的である。
お互いに力を合わせることで、こんなにスムーズにカーブを曲がることが出来るとは思わなかった。予選の期間は何度も走ることになるだろうが、カーブの練習は意志疎通の練習にもなる。重点的に練習するようにしたい。
つづら折りエリアを抜けたら次は沼地エリアに突入する。『悪路走破力』は低いので、遠回りになるが外周付近を走った方が速い。それでも速度が落ちないギリギリの深さを探りつつ、沼地をバシャバシャと駆け抜けた。
「橋か…危険だが、ここも攻めるぞ」
「クルルルルッ!」
沼地の次は三本の橋が掛かった渓谷エリアだ。三本の橋の内、選ぶのは壊れかけの橋一択である。タイムアタック上位に食い込まないことには本戦に出られない。何度も挑める予選において、渡ることが可能なのだから他を選ぶ理由がなかった。
疾駆封龍は落ちることを恐れず、果敢にジャンプを繰り返す。うおお、やっぱり跳躍と着地の瞬間は吊り橋が大きく揺れる!正直に言うとかなり怖いが、ここで強張ると疾駆封龍の動きを阻害してしまう。恐れるな!落ちてもスタート地点に戻るだけさ!
「うはっ!うははははっ!怖さが一周して楽しくなってきたなぁ!?」
「クルルルルゥ!」
最終的に私が妙なテンションになるというアクシデントはあったものの、私達は減速せずに橋を渡りきった。初めてだったが、理想に近い動きが出来たのではないだろうか?
恐れずに疾駆封龍の邪魔をしないことを心掛ければ同じことが出来そうだ。場合によって主導権を明け渡すことも、このレースでは重要なのかもしれない。
渓谷を越えた我々は、いよいよ最後の難関である長い坂道エリアに突入する。我が相棒の『登坂力』と『悪路走破力』では最高速を出すことは出来ないようだが、それでも最高速の七割から八割は出せていた。
ただ、問題は『持久力』である。数値は6.6と優れている方ではあるが、坂道はとても長い。ここまでのコースで既に消耗しているので可能な限り最大の速度を出していては、とてもではないがバテてしまうだろう。全力を出せる距離を知っておく必要があるか。
「これは最初の走りだから、全力でどこまで走れるのかを試しておきたい。やってくれるか?」
「クルル!」
疾駆封龍は鋭い鳴き声で応えると全力で駆け出した。力強く地面を蹴り、徐々に速度を上げながら坂道を走り続ける。この調子でどこまで行けるのか…しっかり見極めなければなるまい。
疾駆封龍は上がりきった速度を保ったまま、坂道を四割くらいまで登ってみせた。しかし、ここが『持久力』の限界だったのだろう。少しずつ、だが確実に速度が落ち始めていた。
「クルッ…クルルッ…!」
「無理はするな。転げては元も子もないし、ゆっくりと速度を落とせば良い」
「クゥゥ…」
疾駆封龍は悔しそうに唸りながらも速度を落としていく。クールな性格だと思っていたが、意外と負けず嫌いであるらしい。クールに振る舞っているけど内面は熱い女なのか。そう言うのは好きだぞ、相棒。
それでも意地があるのか、可能な限り速度を落とそうとしない。ゴールした時の速度は最高速の半分くらいにまだ維持していた。凄いガッツである。筋金入りの負けず嫌いのようだ。
「良い走り…どわぁ!?」
「クキュゥゥゥ…」
ゴールした後、私が誉めようとしたのだが疾駆封龍は前のめりに倒れてしまった。意地を張った反動か、立つのも厳しいほど疲れきっていたようだ。
しかし、まだ背中に乗っていた私からするとたまったものではない。予想だにしなかった事態故に手綱も強く握っていなかったし、腿も締めていなかったのも不運だった。私は背中から放り出されて落龍し、山頂をゴロゴロと転がった。
「うぐぐ…まあ、生きてるから良いか。よく頑張ったな。偉いぞ」
「クゥゥ…クゥゥ…」
私は地面に横たわった状態で荒い息を吐く疾駆封龍を労った。カルにやるように頭や喉元を優しく撫でてやると、相棒の息遣いは少しだけ穏やかになってきた気がする。そうしてしばらく休憩していると、最低限の元気を取り戻したのかゆっくりと立ち上がった。
私は感謝しつつ、手綱を引いてフラフラと覚束ない相棒と共に帰還用の門へと入った。靄の中でついさっき見た仮想ディスプレイが表示され、そこにはコースに掛かったタイムが書かれている。当たり前だが散歩だった下見よりも遥かに速いタイムであり、その隣には『新記録!』と『現在の順位は二位です』とあった。
むむ。まだ研究が進んでいない最初の走りにしては好タイムを出せたと思ったのだが、二位だったとは思わなかった。かなり悔しいな、これ。一位が誰かとかわかるのだろうか?
タイムと現在の順位はわかった。次に決めるべきはもう一回走るか、それとも龍舎に戻るかだ。少しだけ悩んだものの、私は今回も龍舎に戻ることにした。
スタート地点に戻れば相棒の体力は回復するが、ついさっき倒れるまで走らせたのだ。もう一度同じことをやれ、と言うのは酷過ぎる。私自身も気疲れしているから失敗を仕出かしそうな気がする。ここは様々な面から帰還するべきなのだ。
「また戻って来ましたよ、と」
「クウゥゥ…」
疾駆封龍は弱々しく喉を鳴らす。体力は回復しているはずだが、この様子だともう一回走らなかったのは正解だったらしい。
疾駆封龍を自分の龍房へと連れていく。入るや否や、床に敷き詰められた藁の上で横になって眠り始める。それだけ疲れたということだろう。よく頑張ってくれたな。ありがとう。
「ふむ、ログアウトするにはまだ早いか。ならばどうするか…おや?」
私が迷っていると、クランチャットに書き込みがあった。書き込んだのはエイジで、ゲームセンター的なエリアで遊んでいるから一緒に回らないかというお誘いだった。色々な遊びがあって、競技とは関係なく楽しいんだとか。
良いじゃないか。最後に勝敗など考えずに遊んで寝るとしよう。私は返信してからイベント用ロビーに戻ってり、エイジが遊んでいる場所へ向かうのだった。
次回は5月20日に投稿予定です。




