素晴らしき秋の一面・動 その四
「これでゴール、と。いやはや、思っていたよりも長いコースだったな」
「クルルゥ」
私はゆっくりと確認するようにしてコースを一周してみた。その感想は『長い』の一言に尽きる。何と言ってもゆっくり走ったことを鑑みても、ゴールするまでに二時間以上掛かったからだ。しっかりと戦略を練ってから走ったとしても、私の予想では一時間を切るのは難しいだろう。
それにコースは長いだけでなくて複雑でもある。スタート地点から伸びる直線の一本道の先は、予想通り最初から見えていた山に繋がっていた。最初は緩やかな坂道だったので、我が相棒でも平気で走り続けることが出来た。
だが途中から勾配が急になっていき、三合目ほどで分かれ道になった。片方はこのまま真っ直ぐに急勾配を登るルートで、もう片方はつづら折りと呼ばれるジグザグ道のルートだ。
前者は『登坂力』が高くなければ登れないが短く、後者は『登坂力』が低くても登れる代わりに距離が長くなってしまう。私達の場合はジグザグ道ルート一択なので迷う必要はなかった。
六号目ほどまで登った地点で二つの道は合流し、その次は大きな沼地が広がっている。中央部に行けば行くほど深いので、『悪路走破力』が高くなければ突っ切ることは出来ない。これが低いと足を取られて進めなくなるので、沼地の外縁を迂回しなければならないのだ。
当然だが沼地を突っ切った方が短いし、迂回すれば距離が長くなってしまう。『悪路走破力』と相談しつつ、限界の深さを攻めつつ走り抜ける必要がある。その見極めはこの下見できちんと行っていた。
沼地を抜けると八号目ほどまでジグザグの中途半端な傾斜の坂道が続く。一人で走る予選では関係ないが、ここはプレイヤー同士の戦いが激しくなりそうだ。体力をなるべく消耗せず、脱落もせずに突破する立ち回りが必須になると思う。
坂道の先は再び分かれ道だ。深い渓谷の間に個性的な橋が三本架かっていた。一つ目の橋は最も安全な石橋だった。最も長い代わりに、舗装路と同じ感覚で走ることが出来る。ここでもプレイヤー同士で戦うことになりかねないが、安定した走りを見せることが出来そうだ。
二つ目の橋は縄で吊るされた木製の吊り橋だった。橋板は思ったよりも頑丈で、上を走ったところで軋む音すら立たない。石橋よりも短いのだが、石橋に比べれば細いしメチャクチャ揺れるので高所が苦手な人にとっては拷問に近いだろう。
そして三つ目の橋だが、こちらも吊り橋だった。ただし、こちらは幅は二つ目と同じくらいだが更に短い代わりに橋板が幾つか欠けていた。揺れる穴だらけの橋を橋板へと飛び移りながら進まねばならない。穴から落ちてしまうと一発で失格だ。『跳躍力』が低い疾駆封龍だと穴から落ちてしまうだろう。
我が相棒の『跳躍力』は5.5で、平均値よりもギリギリで上だ。無理だったら引き返すつもりで三つ目の橋を試してみたところ、どうにかこうにか渡り切ることに成功した。予選を突破するにはタイムアタックで上位に入る必要がある。何度でも走り直すことが可能なので、予選では攻めることにしていた。
しかし可能というだけで実際に渡るのは簡単ではない。特に最も隙間が開いていた場所は跳躍可能なギリギリの距離だったので、本戦で無茶をすると完走すら危ういだろう。一か八かの勝負に出なければならない場合を除いて、普通の吊り橋を走るつもりだった。
橋を越えると今度は頂上まで螺旋を描くように登っていく一本道が続き、これを登りきって山頂に到着したところでゴールだ。傾斜は緩やかだが道は小石がゴロゴロ転がっていて少し荒れている。『悪路走破力』がなければならないほどではないし、避けたいのなら大丈夫そうな方向へ跳べば良いだろう。
グルグルと回りながら進む関係で、頂上までの距離は思っていたよりも長い。『持久力』が低いと途中で歩いてスタミナの回復を待つ必要が出てくる。私達はゆっくり歩いて来たから問題なかったが、ここまで全速力で飛ばしていたら登りきる前に疲れきってしまうだろう。
総評として漫然と走るのは絶対にダメだ。相棒の特性とコースの環境を考慮しつつ戦略を練らなければ好タイムを出すことは出来ない。予選はそれで良いものの、本戦に出られたならば他のプレイヤーの攻撃や妨害に対して臨機応変に立ち回ることを強いられる。この『競龍』という競技、思っていたよりも難しいようだ。
「どうだ?走ってみた感想は?」
「クルルゥ」
白銀の疾駆封龍に尋ねてみると、涼しい顔付きで喉を鳴らした。楽勝だと言いたいのだろう。『持久力』が少し高いだけあって、歩きでコースを進むだけなら息切れすることはないようだ。
山頂にはゴールテープが張ってあり、それに触れると地面から迫り上がるようにしてスタート地点に来た時に通った門が現れた。こっちもやはり白い靄が掛かっている。ここに入って帰れ、ということだろうか。私と疾駆封龍は歩いて靄の中に入った。
「おや?これは…なるほど」
靄に入った私の前には、完走に掛かったタイムが記された仮想ディスプレイが現れた。その下には『もう一度走る』と『龍舎に戻る』と書かれている。ここにタッチしろと言うことだろう。
私は少し迷ってから『龍舎に戻る』を選んだ。疾駆封龍は余裕そうにしているし、『もう一度走る』を選択すると走る前と同じ状態に戻るので疲労を考慮する必要はない。だが、認められたからといって今日初めて会った相棒に無茶をさせたくなかったのだ。
選択するとまたもやピカッと視界が光り、気が付けばコースに向かう門の前に戻っていた。疾駆封龍が装備していた手綱と鞍は勝手に外れていて、私もいつの間にか背中から降りて床に立っている。ふむふむ、こうなるんだな。
「クルルルル…」
「うおっ、どうした?ひょっとして走り足りなかったのか?」
「クルルッ!」
疾駆封龍は尻尾で私の腰をペシペシと叩きながら抗議してくる。無茶をさせたくなかったから遠慮したのだが、本龍は不満であるらしい。性格はクールだが、身体を動かすことは好きなのか。うーむ、じゃあコースに戻って走ろうかな?
「おや?」
「あっ」
「チッ!」
私が引き返すべきかと本気で悩み始めた時、門の前にやって来る二人の人影がいた。それは私が説得した疾駆封龍を狙っていた片手剣の男と槍使いの男だった。
二人とも相棒を決めたようで、一頭ずつ疾駆封龍を引き連れていた。槍使いの男の相棒は若草色の鱗でのんびりとした顔付きをした大人しそうな個体で、片手剣の男の相棒は真紅の鱗で目付きが鋭い狂暴そうな雰囲気の個体である。本人に雰囲気が似ている…なんて言ったらまた突っ掛かって来そうだ。
「やあ、また会ったな。今から試走かな?」
「だったら何だよ」
「いや、ただ聞いただけなんだが…」
片手剣の男は喧嘩腰でぶっきらぼうに返事をする。相棒が決まったのにまだ怒っているのだろうか?彼の相棒たる真紅の疾駆封龍も先ほどから私達を威嚇している。二人揃って攻撃的だなぁ。
それに対して我が相棒たる白銀の疾駆封龍は完全に無視して私の頭を鼻先で突いている。相変わらず槍使いはアワアワするばかりで役に立たず、その相棒の若草色の疾駆封龍は大欠伸をしていた。中々にカオスな状況だ。
「おい、こんな奴放っといてさっさと行くぞ」
「まっ、待ってよぉ…」
片手剣の男は不機嫌そうに言い捨てて門の奥に進んで行った。それを槍使いの男が追いかけていく。その声は思っていたよりも高い。ひょっとしたら子供なのかもしれない。
今すぐにコースに戻ると、走り終えたくらいのタイミングでまた鉢合わせしてしまいそうだ。少し時間を潰してから戻るとするか。
「厄介なのに絡まれてたわね」
門を眺めながらどうやって時間を潰すか考えていると、最初にアドバイスをしてくれたアマハが群青色の疾駆封龍と共にいた。どうやらさっきの言い争い、という程でもないやり取りを見ていたらしい。少し恥ずかしいな。
アマハの相棒はずっと周囲をキョロキョロと見回している。甘えん坊だとは思っていたが、落ち着きがない性格でもあるのか。子供っぽい、と言っては失礼だろうか。
「アマハか。まあ、気にするほどじゃないさ。その言い方だと知っている相手なのか?」
「直接の知り合いじゃないわ。名前も知らないし。けどあの盾には見覚えがあるの。フレンドとトラブルになってたからね」
トラブルを別の場所でも起こしているのか。とんだトラブルメーカーじゃないか!なるべく関わらないようにするべき人物なのは間違いあるまい。
余計にもう一度顔を合わせるという事態になりたくなくなった。ここは一つ、アマハに付き合ってもらおう。何、彼女にとっても益のある話だから問題はないさ。
「そうなのか…それより、そっちも今から試走か?」
「ええ、そうよ。ずっと触れ合うのも良いけれど、やっぱり走らないとね」
「実は私は下見に一度走ってみたんだ。さっきの礼も兼ねてコースのことを教えようか?どうせ同じコースを走る訳だし」
「あら、気が利くじゃない。是非ともお願いするわ」
思った通り、アマハはコースの情報について食い付いた。彼女が教えてくれた情報への礼と時間潰しになりつつ、彼女にとってもコースを把握する手間を省くことにもなる。一石三鳥という訳だ。
私はコースについてなるべく詳しくアマハに解説した。彼女は話を聞きながら指を顎に当てて何かを考えている。きっと相棒のスペックを考慮してどこで力を出すべきか戦略を練っているのだろう。優勝を狙っているというのは嘘ではないようだ。
龍に乗り慣れているから軽く優勝を狙えると思っていたのだが、コースは複雑だし強力なライバルもいるしで一筋縄では行かないようだ。柄にもなく燃えてきたぞ!
次回は5月16日に投稿予定です。




