素晴らしき秋の一面・動 その三
龍房に入ったは良いものの、やはり白銀の疾駆封龍は私に対してほとんど反応を示さなかった。しかし、ほんの少しだけ目蓋を開けているのはわかる。完全に無関心という訳ではなさそうだ。
話を聞いてくれるということは交渉の余地はあると考えて良い。ただ、ここで声を荒げて強引なことをしようとするとその時点でアウトなのは先人がその身をもって証明している。慎重に、かつフレンドリーに声を掛けてみるか。
「やあ。私はイザームだ。仲良くしてくれると嬉しいな」
私はそう言って手を伸ばそうとしたが、その瞬間に白銀の疾駆封龍が細く開けた目をさらに細めて身体に力を入れたのを見逃さなかったのは幸運と言える。
恐らくだが無遠慮に触れられることを嫌ったのだろう。あのまま触れようとしていたら噛み付かれるか尻尾で殴られるかしていたかもしれない。危ない危ない。
どうやらカルと違ってスキンシップをあまり好まない気質であるようだ。顔付きに違わずクールな性分らしい。私が苦笑しつつ手を引っ込めると、疾駆封龍も力を抜いてくれた。怒らせずにすんだようで何よりだ。
「しかし、どうするかね…触れてはならないのなら言葉で説得するしかないが…うーむ」
「だから言っただろ?止めとけってさ」
何だ、まだいたのか。助言はありがたく受け取ったが、それなら自分の相棒を探しに行けば良いだろうに。私が説得するところを眺めていても面白いことなどないぞ?
ははぁ、さては憎まれ口を叩きながらもこの疾駆封龍を狙っているんだな?白銀の鱗は美しいし、賢そうな顔付きはとても格好いいから気持ちはわかる。だからこそ私も相棒にしたいと思ったのだから。
「もう少し粘ってみるよ。ここで諦めるには勿体ないからね」
「ふん」
粘ると言ったは良いがどうすれば反応してくれるだろう?いや、その前にやることがあるだろう。私はこっちを見るプレイヤーから背を向けてから、仮面を外して素顔をさらした。
それを見た疾駆封龍は驚いたのか、細めていた目を開いて首を上げる。驚きはあっても敵意は感じない。不死を無闇に忌避する訳ではないようだ。
「ふっふっふ、驚いたか?後は…そうだな。これも驚いてくれるんじゃないかな?」
私は常に首から提げている『真鱗の首飾り』を近付ける。最初こそ疾駆封龍は私の真意がわからなかったようだが、それが何で出来ているのかを察したのか今度こそ目を大きく見開いた。
『真鱗の首飾り』はカルが初めて進化した時に落とした鱗で作ってもらった装備である。ここで重要なのは、これが幼龍の素材が使われていることだ。
「これは私の相棒が幼かった頃の鱗でね。今じゃ立派な大人になっているが…懐かしいものだ」
カルと出会ってからのことを思い出しながら私は感慨に浸る。カルはクランの貴重な戦力であり、街の人々の癒しであり、そして何よりも大切な私の相棒だ。思い出せる記憶はいくらでもあった。
おっと、いかん。今はカルのことを考えるよりも目の前の疾駆封龍の勧誘が先だろう。そう思っていると疾駆封龍は鼻先を『真鱗の首飾り』に寄せて匂いを嗅ぎ始めた。
「クルルルル」
「うお?どうした?」
疾駆封龍は高い鳴き声を出しながら私の脚を尻尾でペチペチと叩く。すると私の視界に『この疾駆封龍と共に競技に参加しますか?Yes/No』という文字が現れた。
私は龍の相棒と上手くやっているのだから安心して背中を預けて欲しい、と言って説得するつもりだった。だが、それを言う前に私を認めてくれたらしい。間違いなくカルのお陰だ。私は迷うことなく『Yes』の部分をタッチした。
「これからよろしく頼む」
「クオォォン」
私がそう言うと疾駆封龍は話は終わりとばかりに一度欠伸をしてから再び眠り始めた。クールな性格だからカルやアマハの相棒のように甘えてくれないのは少し悲しい。まあこれも個性か。
相棒が決まったところで、レーダーチャートをチェックしよう。私はアマハから教わった通りに操作をすると、彼女が言っていたような六角形の表が現れた。
『最高速』が8.1、『加速力』が4.3、『持久力』が6.6、『跳躍力』が5.5、『登坂力』が3.0、そして『悪路走破力』が2.5だった。持久力がそれなりにあるスピード型、と言ったところだろうか。直線には強いが坂道と悪路には弱いからそこには注意をしておかなければなるまい。スリムな見た目通りのステータスと言えるだろう。
カルだったら真逆になりそうだ。カルは空を飛ぶのが得意であるし、空中での速度と機動力は高い。しかし、基本的に前線で牙や爪を振るう方が得意なパワーファイターだ。もしも『競龍』のレーダーチャートをカルを当てはめるなら、恐らくは『登坂力』と『悪路走破力』に優れる個体になるような気がする。直線に弱い代わりに坂道や悪路に強いのだ。
私の妄想は放っておくとして、それよりも注目するべきことがあった。レーダーチャートには性格や鱗の色などの詳細情報も記載されている。性格は『冷静沈着』で鱗の色は『白銀』とここまでは知っていた。
「お前、雌だったのか」
私が驚いたのは疾駆封龍の性別についてであった。細面のイケメンだと思っていたら、クールビューティーだったらしい。そうか、雌だったか…そうだ、カルのお嫁さんになってはくれまいか?
冗談はさておき、相棒が定まったところで早速レースで使われるコースの下見と相棒の走りを確かめに向かおうか。そう思って仮面を被り直した私が立ち上がって振り向くと、そこにはニヤリと不敵に笑う片手剣の男が残っていた。
えぇ…まだ居るんかい。私が説得を諦めるまで待つとは、この子に対する執着はかなり強かったようだ。しかし、だとしたら悪いことをしたな。もう私の相棒になっている。疾駆封龍の方が私を選んだのだから、縁がなかったと諦めてくれ。
「やっと諦めたか、待たせやがって。じゃあ次はまた俺が…」
「いや、彼女はもう私の相棒だ。今から試走に向かうところでな…悪いが、別の疾駆封龍を選んでくれ」
私が心苦しさを覚えながら事実を告げると、彼の表情は不敵な笑みを引き攣らせたまま固まってしまう。その数秒後、彼は顔を真っ赤にして般若な表情に変わっていった。
「おまっ、お前!そいつは俺のモノにするつもりだったんだぞ!」
「そう言われても…君は勧誘に失敗して、私は成功した。だから私の相棒になったんだ。怒られる謂れはないだろう?」
「うるさい!そもそも、そいつは俺が何を言っても無反応だったんだぞ!それを動かすなんて…どんなチートを使いやがった!?」
「チートなんて使っていないよ。使うつもりはないし、使う必要もないし、使い方も知らない」
「そんな自己申告で納得出来るかよ!」
「えぇ…?気になるのなら天使にGMコールで聞いてみればいい」
半ば以上に呆れながらも、私は片手剣の男を説得してみる。彼は私を睨み付けながら、本当にGMコールをして私が不正をしたかどうか確かめた。すると望んだ答えが返ってこなかったからか、顔を歪めて舌打ちをした。
私がイベントで絡まれるのは二度目である。正直に言って鬱陶しいが、前のように問題を起こしたくないので堪えて道理を説いた。それで納得してくれたら良かったのだが、目の前の彼に道理は通用しないようだった。
「お前、絶対に許さないぞ…!覚えてろ!」
親の仇でも見るかのように憎しみが宿った視線を私に向けてから、彼は肩を怒らせながら踵を返して大股で去っていった。その背中をこれまで完全に空気だった槍使いが慌てて追い掛ける。仲間ならお前が宥めろよと言いたい。
何だか不毛なやり取りのせいで疲れてしまったが、気を取り直して試走に向かおう。私は龍房の柵を上げながら、未だに寝そべっている疾駆封龍に声を掛けた。
「早速だが、一走りしよう。コースの構成とお前の走りがどれ程のものか見せて貰いたいからな」
「クルルル」
しょうがないな、とでも言いたげな疾駆封龍はゆっくりと立ち上がる。彼女の均整が取れた立ち姿はとても美しかった。その背中に乗るのは厳つい仮面に怪しいフードの魔術師…絵面だけで考えるなら、片手剣の男の方が似合うだろうなぁ。
そんなことを考えながら私達は龍舎にあるコースへの入場口に向かう。そこにはイベントエリアのロビーにあったような靄がかかった門があった。私達が靄の中に足を踏み入れた瞬間、目の前がピカッと光った。
「っと、ここがコースか。まるっきり外だな」
気が付くと私達は別の場所に立っていた。周囲は私の腰辺りまで伸びた草が繁茂する草原なのだが、今いるのは草が綺麗に刈られた広い空き地である。そこには場違いなほど立派な石造りの門が立っていて、その向こうには道が続いていた。道の先には大きな山が見えるので、ひょっとしたら彼処もコースの一部なのかもしれない。
とにかく、転移してきた以上はここがスタート地点であるのは間違いない。スタート地点から伸びる道の端にはガードレールを彷彿とさせる低い柵が張ってあることから、ここから出たらコースアウトなのだろう。
道幅は広く、目安であるが十頭ほどなら疾駆封龍が横並びに走ることも可能だった。ただし、本戦だと騎乗しながら妨害しても良いというルール上、並走しながら乱戦になる可能性は高い。そう考えると案外狭いのかもしれないな。
さて、肝心の道の状態だが整備されていると言っていいだろう。流石に石畳は敷かれていないが、凹凸はほとんど見当たらない。スタート直後はスピード型、即ち我が相棒などにとって有利な地形と言える。
「ここから先は実際に走ってみないことにはわからんか。さて、じゃあ飛行で乗ろ…おお!?」
試走するべく疾駆封龍に乗ろうと振り向いた時、私はとても驚くことになる。何故なら、転移する前は何も装備していなかった疾駆封龍が立派な手綱と鞍を装着していたからだ。
どうやら転移する時に自動的に装着されるようだ。それなら飛ぶ必要はないか。私は鐙に足を乗せ、手綱を握りしめてからヒラリと鞍に跨がる。やり方を邯那と羅雅亜に教わっていたのが思いがけず役に立った。
「それじゃあ、ゆるりと行こうか」
「クルルルル」
先ずは下見なので気合いを入れる必要はない。私の意図を汲んだ疾駆封龍はトコトコと早歩き程度の速さで走り出す。では見せてもらおうか、『競龍』のコースとやらを!
次回は5月12日に投稿予定です。
新作の方もよろしくお願いします。




