ちょっとだけ調査 その二
私の前に広がる『餓魂の錆砂海』は、地獄と肩をならべるほどに異様な場所と言って差し支えないだろう。錆びた金属の赤茶けた粉が地平線の向こう側まで地面を覆っていて、遠くで砂嵐が幾つも発生しているのが見えているのだから。
ティンブリカ大陸を常に覆っている分厚い黒雲が陽光を遮っていることもあって、この場にいるだけで滅入ってしまいそうな雰囲気が漂っていた。空も地上も暗い色なのは思っていたよりも視覚的にキツいものがあるなぁ。
「私たちはここでお待ちしております」
「あんまり遠くに行かないでよ~?」
エファとトゥエルの二人は砂海には入らず、喰鋼樹の枝の上で待機するらしい。最初からそう言う条件だったので文句はない。むしろ待たせてしまうことに罪悪感を覚えるほどだった。
何はともあれ目的地にやって来たのだから、早く調査を始めるべきだろう。私はまず始めに最大の目的でもある足元の錆びた金属の粉に手を突っ込んでみる。すると籠手越しに触っただけであるのに、ごく僅かではあるが魔力が減少してしまった。おいおい、この砂は何で出来ているんだ?
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命鋼の極小粒 品質:屑 レア度:C
古代文明が作り出した、命を持った金属の細かい粒。
本能によってあらゆる自身に触れた対象から魔力を吸収し、体積を増やして成長しようとする性質を持つ。
粉末状かつ錆びているので、エネルギーの吸収効率は最低限である。
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命鋼…?命を持つ金属だって?【鑑定】の結果によると私が魔力を失ったのはこの金属の仕業のようだ。魔力を捕食して成長していく原始的な無機生命体、と考えても良いのだろうか?
無機生命体という点で鉱人に似ているが、食性が大きく異なっている。彼らが金属や土石を食べるのに対して、こちらは魔力を吸い取るのだ。遠過ぎる親戚ではなく、全く異なる成り立ちで出来た物質だと私は思う。と言うよりこの砂が人類の成れの果てだと思いたくないよ、マジで。
それにしても、【鑑定】の結果からしてこの砂状の金属は全て古代文明の遺産なのか。素晴らしい発見である。砂海を形成するほど量があるからかレア度が最低の『C』なので有り難みが薄いが、今は量が必要なので何の問題もない。じゃんじゃん集めよう!
私はインベントリに入れておいた大きな樽を取り出すと、砂を中に詰めてから蓋をして再びインベントリに放り込む。サンプルとして持って帰り、本当にセメント作りに使えるかどうか確かめるためである。金属の砂粒にスコップを差す度にガリガリという不快な音が砂海に響いた。
私だけではなく、しいたけをはじめとした調査チームの全員で砂を掬ってから樽に詰める作業をしばらく続ける。もしもセメントに使えるのならば、これからも足しげく通って大量に持って帰ることになるだろう。労力に見合う立派で頑丈な城壁に仕上がってくれると良いなぁ。その間、カルは魔力を吸われるのを嫌がって低空飛行をしていた。
「ふんふんふ~ん!素材~素材~って、何じゃありゃ?おーい、皆こっち来て~!」
鼻歌を鳴らしながら砂を集めていたしいたけだったが、何かを見付けたらしく大声で私達を呼んでいる。一人で行動するのは危ないし、彼女の発見が気になったので私達は彼女と合流した。
しいたけが指差していたのは、一本のサボテンだった。喰鋼樹と同じく表面が金属めいた質感で背が高くて太く、左右から枝分かれしていた。サボテンの代名詞とも言うべき棘は短いものの頂点から根本までびっしりと生えている。
「サボテンですか。金属っぽいのは変わってますけど、如何にも砂漠と言えばって感じの植物ではありますよね」
「ああ。それにしても、物凄い量の棘だな。こんなに生えているものなのか?」
「品種によるんじゃない?ウチある小さいサボテンは棘がもっと長いけど数は少ないわよ」
「そうなの…ん?」
観葉植物のサボテンが家にあるらしい兎路の解説を聞いていると、私はサボテンに違和感を感じた。先程までとは何かが変わっているような…?
待てよ、わかったぞ。棘の角度がおかしいんだ。さっきまでは放射状に広がっていた棘が、全てこちらを向いているのである。これは…ヤバいのでは?
「うおおおっ!?」
「痛ぁ!?何事ぉ!?」
「後ろに下がって!」
「グオオッ!」
悪い予感と言うものは当たるらしい。我々の方に向いていたサボテンの棘が、まるでマシンガンのように射出されたのである。即座に反応したエイジとカルが庇ってくれたものの、私は十本ほど棘を受けてしまった。
私はそこまで重傷ではないが、しいたけは背中を針だらけにされながら顔から地面に倒れた。本人の傘の部分にある針と相まって、まるでハリネズミのようになっていた。痛々しい光景だが、私も他人事ではない。急いで棘を骨から引き抜いた。
「むぅ…この針、刺さっている間はずっとダメージを受け続けるようだ。厄介な性質を持っているな」
「ひいぃ!体力がっ!魔力もっ!?洒落になってないって!」
しいたけは必死に背中の針を抜こうとしているが、短い腕のせいで手が届いていない。私は無言でスポスポと丁寧に針を抜いてやり、ミケロは即座に体力を回復させていた。
私達がしいたけの治療をしている間に、気付けば棘の雨は止んでいた。それはエイジと兎路、そしてカルの手柄であった。カルの翼とエイジの盾で防御を固めて棘を防ぎながら距離を詰め、兎路が燃え盛る曲剣によって根本から溶断して無力化したのである。どうやら助かったようだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな。三人とも助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして。はい、これ」
素っ気ない返事をしながら兎路がインベントリから出したのは、根本から切断されたサボテンだった。私の前に出すということは【鑑定】しろという意味だろう。私は頷いてからサボテンを【鑑定】してみた。
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命鋼仙人掌の硬幹 品質:良 レア度:R
仙人掌を模して成長した命鋼、その太い幹。
植物の構造を模倣しているが、全て命鋼で出来ている。
純度の高い大量の水分を蓄えている。
命鋼仙人掌の針葉 品質:良 レア度:R
仙人掌を模して成長した命鋼、その鋭い葉。
接近する動くもの全てに射出され、仕留めた獲物の魔力を吸収してから本体に戻る。
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幹と棘、ではなく葉が別のアイテムとしてドロップしていた。どちらも命鋼で出来ているらしい。金属っぽい植物である喰鋼樹とは違って、こちらは植物っぽい金属であることがわかる。少しだけややこしい。
「命鋼仙人掌…命鋼がサボテンっぽく成長したモノらしいぞ」
「ってことはこれも昔は一粒の命鋼だったの?」
「そうらしい。ということは、我々が踏んでいる砂は全てこんな凶悪な物体に成長する可能性があるということになるのか…」
「成長した姿がサボテン型だけとも限りませんよ、イザーム様」
ああ、そうか。ミケロの言う通りだ。命鋼が必ずサボテン型になるとは限らない。他の形状を模倣して成長することもあるのだろう。仮に大量の魔力が『餓魂の錆砂海』に撒き散らされれば、ここは成長した命鋼で埋め尽くされるのかもしれない。想像するだけでも恐ろしい光景だ。
嫌な想像を頭から振り払いつつ、私は命鋼仙人掌を兎路に返却する。命鋼の粉とは違って、これはそれが成長した後の姿だ。貴重なサンプルである。アイリスや鉱人に提供すれば、きっと便利なアイテムや強力な武具にしてくれるだろう。
「よし、もう十分だろう。マップにここまでのルートが記されたから我々だけでも行けるし、目的の砂…いや金属粉か?とにかくそれとサボテンというアイテムまで得られたんだ。これ以上深入りする必要はない」
「そうね。今から闇森人の里に戻って、それからイザームの魔術で街に帰れば時間的にもちょうどいいでしょ」
「ちぇっ!まあ約束だし、ここは妥協するかぁ」
目的を全て達したのでそろそろ切り上げようと提案すると、しいたけ以外は渋ることなく頷いた。渋っていたしいたけも約束を反故にするつもりはないようで、砂を集める手を止めて帰り支度を整えた。
喰鋼樹の森からそう遠く離れた場所に行った訳ではないので、少し歩けば樹上で待つエファとトゥエルの姿が見えてきた。我々は二人に向かって手を振るが、何故か二人は反応してくれない。一体どうしたのだろう?
「あー、二人とも。待たせてしまって申し訳ない。調査は終わったから帰ろうと思うのだが…」
「そんなこと言ってないで、上がってきて!とんでもないモンが見られるから!」
樹上の二人に声を掛けるとトゥエルは視線を前方から反らすことなく、興奮気味に手招きする。闇森人達には何が見えているのだろうか。我々は顔を見合わせてから飛行したりカルに乗ったり木登りしたりして二人と同じ高さに行ってみた。
「あっ、あれは…ヤドカリか?」
「でも背負っているのは街…ですよね」
ここから遠い『餓魂の錆砂海』のど真ん中を闊歩していたのは尋常ではない大きさのヤドカリだった。遠すぎて足音や地面の揺れは感じないが、代わりに全身が見えるのでその巨大さは良くわかる。何せ背負っているのは我々の拠点をも凌ぐ街だったからだ。
しかもその街は石造りではなく、金属の摩天楼が建ち並んでいたのである。ひょっとしてあれも命鋼が成長した姿だとでも言うつもりか?サボテンも十分に危険だったが、あの怪物に比べれば可愛いものだ。
超巨大なヤドカリはゆっくりと歩き続けて砂海の奥で吹き荒れる砂嵐の向こう側へと歩を進めていく。『餓魂の錆砂海』の探索を進めていけば、いずれあのヤドカリと遭遇することもあるだろう。その時は戦うことになるのだろうか?勝つビジョンが全く浮かばないので勘弁して欲しいものだ。そんなことを考えながら私は去っていくヤドカリを見送るのだった。
次回は4月30日に投稿予定です。




