ちょっとだけ調査 その一
賢樹を植えた後、アイリスと分かれた私は中庭から街に出る。街には祭りの雰囲気はもう残っていないが、日常の活気で溢れていることがとても嬉しい。陰鬱な空気に満ちていた最初の状態とは大違いだ。
取りあえずカルと共に経験値稼ぎにでも行くか、と適当に今日の計画を立ててみる。合流するべくカルの定位置となっている広場へと向かうと、そこには意外な人物が仁王立ちしていた。
「しいたけ?珍しいな、お前が工房の外にいるなんて」
それは他でもない、フィールドどころか街に出掛けることすら少ないことで有名なしいたけであった。工房に引き込もっているせいで街中にいることすら珍しい彼女だが、何か興味を引かれることがあれば一直線に突っ込んでいくことがある。きっとカルの協力を得てやりたいことか行きたい場所があるんだろう。
「待ってたぜぇ、イザームさんよぉ」
「何故にチンピラ風…?それでどうした?」
「祭りは終わったんだぜぇ~?そろそろ砂漠の調査を始めなきゃならんだろうがよぉ~」
「それならもう予定を組んだじゃないか」
アイリスに請われてポーズをとっていた時、『蝕魂の錆砂海』の探索についての話が出た。城壁に使うセメントに混ぜるためにその砂を集めたいと言うのだ。城壁を堅牢なものに仕上げるために素材を集めることには誰もが賛成だったので、全員が集まって長時間のプレイが可能な日を決めて予定を組んでいた。
「そうだけどさぁ~!早く行きたいんだよぉ~!」
しいたけは行きたい行きたいと広場の地面に横になって短い手足をバタバタさせる。ええい、幼児のように駄々をこねよってからに!お前は私とそう変わらない年齢だろうが!そんな動きをやっていいのは幼稚園児までだぞ!
私は呆れ果てながらも『蝕魂の錆砂海』について思いを巡らせる。探索は『素晴らしき秋一面・食』の後と決めており、全員の事情を考慮して予定日は再来週にしていた。『素晴らしき秋の一面・動』という新たなイベントの告知があったが、予定日はその後なので日程が被ることはなかった。
だが、実は行こうと思えば何時でも行けるのも事実である。というのも、現地まで案内してくれる者は何人もいるからだ。
『蝕魂の錆砂海』は闇森人にとって危険であるが、キリルズのように好奇心に駆られて若い頃に見える場所にまで行ってみた闇森人は沢山いるらしい。里に行けば近くまで案内してくれる者がきっといるから、そこで交渉すれば良いと助言を受け取っている。闇森人は陽気な者が多いので簡単に引き受けてくれるだろうとも。
『蝕魂の錆砂海』に行くことを心待ちにしていたしいたけにとって、来週まで待つのは苦痛なのかもしれない。いや、興味があることには一直線で向かう彼女からすれば限界まで我慢したのかもしれない。はぁ~、仕方がないか。
「わかったから寝転がるのを止めろ。私を含めて、今ログインしていて着いてきてくれるメンバーを募って様子を見に行くぞ」
「おお!さっすが魔王様!話がわかるぅ!」
「ただし!あくまでも事前調査であって、詳細な探索はやらないし、魔物との戦闘も極力控えること。ボス戦などもっての他だ。この条件が飲めないのなら…」
「それでいいです!サー!」
キリルズの話によれば『蝕魂の錆砂海』は非常に危険な場所であるらしい。だからこそ全員で安全を確保しながら行動しようとしているのだ。
しかし『黒死の氷森』を攻略する前の調査と同じく、深く入り込み過ぎずに入り口付近を調査するだけならば少人数でも構わないだろう。問題は一緒に来てくれる者がいるかどうかだが…きっと誰かしら来てくれる優しい仲間はいると思う。
そうと決まれば即座に行動を起こすべきだ。クランチャットにしいたけが『蝕魂の錆砂海』の事前調査を行うからパーティーを募集すると書き込むと、少し時間を置いてから兎路、エイジ、そしてミケロが参加を表明してくれた。
広場で合流した三人と共を加えて、我々は移動を開始する。カルが前足でしいたけを掴み、その背中に兎路とエイジを乗せ、ミケロが尻尾に触手を結び付けて空を飛んでいた。カルがいなかったら全て陸路での移動だったことを考えると、カルには本当に助けられていることを実感するよ。
「で?急に事前調査なんて言い出した理由は?どうせしいたけが原因でしょうけど」
「察しが良いな」
カルの背中に乗っている兎路は風に吹かれる長い髪を軽く押さえながら当然のようにしいたけが原因だろうと断言した。いや全くその通りである。しいたけのことを皆は良く理解しているようだ。
まあ、彼女は自由奔放な性格に困らされることはあれど、悪気がある訳じゃない。普段はもう少し…ほんの少しだけ落ち着きがある。それにポーションや各種便利アイテムの作成などでクラン全員がお世話になっている。だからこのくらいは笑って許してみせるのだ。
「アタシ達は闇森人の…『誘惑の闇森』だっけ?そこに入ったことはないけど、ヤバい魔物がいるのよね?」
「ああ。名前は確か被験体だったか実験体だったか…正確なところは忘れてしまったが、とにかく古い文明が造り出した魔物らしい。今の我々ではどう足掻いても倒せないし、刺激するだけでも何が起きるかわからない。見付けたとしても絶対に手を出さないでくれよ」
「はいはい」
「了解です」
飛行しながらそんな会話をしている間に、我々は『誘惑の闇森』にたどり着いた。ここからは徒歩で森を抜けて闇森人の里を目指す。私は実際に訪れたことがあるし、パーティーの全員にマップ情報は共有しているので迷うことはなかった。
数回の戦闘を経て、無事に里までたどり着いた。途中でカルが芳しい果物の香りに誘惑されかけたものの、前回の失敗を反省していたのか我慢することに成功していた。偉いぞ!
我々はキリルズの祖父でもある長老のラデム殿に話を通し、『蝕魂の錆砂海』へ行きたいこととその途中まで案内してくれる人物の紹介を頼んだ。ラデム殿はわざわざ危険な場所に向かうと聞いて驚いたものの、二つの条件を出しつつ案内人を連れていくことを許可してくれた。
その条件とは案内人が同行するのは『蝕魂の錆砂海』に行くまでで、その中にまで付き合わせないこと。そして…街で栽培を開始したばかりの『幻桃』が育った時には幾つか融通することだった。
どうやら審査員として参加した闇森人が里に戻ってから自慢したらしいのだ。それを聞いた里の闇森人達はとても羨ましがっており、自分達も食べたいと言い出したのである。…意外と食い意地が張っているんだな、闇森人って。
まだ栽培を始めたばかりだが上手く育てば種でも苗木でも渡すと約束したところ、ラデム殿はホッと胸を撫で下ろした。彼も苦労しているのだろう。『幻桃』の対価として選ばれたのは、二人の女性の闇森人だった。
「エファです。よろしくお願いします」
「トゥエルよ。勇気があるのね、貴方達って」
二人は闇森人の中でも斥候として指折りの実力者らしい。森のことを熟知していて、当然だが『蝕魂の錆砂海』までの最も安全な道程も把握している。今の私達が一番求めている人材だ。とても有り難い。
里で少しだけ休憩を取った後、我々は二人に先導してもらいつつ出発した。二人の斥候としての腕前は相当のもので、進行ルート上にいる魔物をいち早く察知して迂回したり奇襲を成功させたりしている。
おそらく、斥候としての腕前はルビーと同等なのだろう。しかし、ここは彼女達闇森人の庭に等しい。この森の中ではルビーよりも二人の方が優れているに違いない。
「むむ?森の雰囲気が変わったような…」
「よくお気付きですね。この辺りからは喰鋼樹が増えますから。ほら、彼処にも生えていますよ」
しいたけの疑問に答えたのはエファだった。彼女が指差した先にあったのはメタリックな樹皮の針葉樹である。喰鋼樹はキリルズから聞いた『蝕魂の錆砂海』と『誘惑の闇森』の境目に生えている、金属を糧に育つ樹木だ。
喰鋼樹は砂海を徐々に侵食し、闇森人の武器としても使われていると聞く。これが生えているということは、そろそろ『蝕魂の錆砂海』が近くなっていることを意味している。目的地はすぐそこだ。
「私達はこの辺りで喰鋼樹の枝葉を拾うから、ここから先には詳しくないわ。これまでみたいに楽々進めるとは思わないでね?」
「わかった。注意しておこう」
「それよりさ、この喰鋼樹って伐ってもいいの?」
トゥエルの忠告を聞いていると、しいたけはペチペチと喰鋼樹の幹を叩きながら質問する。それを聞いたエファとトゥエルは顔を見合わせてから同時に首を傾げた。
「伐る…ですか?ええっと、どうなんでしょう?」
「そもそも伐れるものなの?枝も葉っぱも金属みたいに固いのよ?武器にするくらいなんだから」
「ものは試し!頑張れ、エイジくん!」
二人が困惑したのは伐採することそのものが可能かどうかわからなかったからだ。闇森人は筋力に優れる種族ではないので、金属の塊のような喰鋼樹を伐採しようという発想がなく、前例がないのである。だから可能かどうかすらわからないのだ。
しかし、ここには我々のクランでも純粋な筋力が高いエイジがいる。彼の斧ならば喰鋼樹も伐採出来るかもしれない。しいたけはそう考えたのだ。
「えぇ?ここでぼくに振るんですか?まあ、やってみますけど…ぬぅぅん!」
エイジは身の丈ほどもある巨大な両刃の斧を構えると、両手でしっかりと握り締めつつ限界まで腰を捻ってから野球のバッターのように振り抜いた。耳をつんざく凄まじい音が森全体に鳴り響き、森の枝に留まっていたらしい鳥がバサバサと飛び去っていく。思わず耳を塞いでしまった私が見たのは、エイジの斧が喰鋼樹の半ばにまでめり込んでいる光景であった。
「うはっ!やるねぇ、エイジくんよぉ!」
「いえ、凄いのは喰鋼樹ですよ。普通の木なら三本くらい纏めて薙ぎ倒す武技を使ったんですけど…まさか魔物でもない木が耐えきるとは思いませんでした」
いやいや、樹木を纏めて薙ぎ倒すって時点で十分におかしいだろ。まあゲームだしそんなものか?私の感想はともかく、喰鋼樹はエイジほどの筋力があれば伐採可能だということが証明された。
エイジが樵の真似事をしている間、私達は周辺の監視を行うことにした。一振り毎に凄まじい音が響くので、魔物が寄ってくるかもしれないと予想されたからだ。
「ぬああっ!倒れますよ!気を付けて!」
しかし予想に反して魔物が寄ってくることはなく、エイジが喰鋼樹を伐採するまで平和な時間が続くことになる。聞き覚えのない音を恐れたのだろう、とエファは推測していた。
しいたけが倒れた喰鋼樹をアイテムとして回収した後、我々は『蝕魂の錆砂海』を目指して再び進み始める。森における喰鋼樹の割合が徐々に増していき、遂に喰鋼樹しか生えていない森を抜けて、我々はようやく『蝕魂の錆砂海』にたどり着くのだった。
次回は4月26日に投稿予定です。




