イベント終了と復活の芽吹き
ログインしました。私が休日出勤している間に、『素晴らしき秋の一面・食』というイベントは無事に終了したらしい。時間になった瞬間に女神から支給された鉢植えは空中に浮かび上がり、眩い光となって砕け散った。その光が収まった後に残されたのはプレイヤーが端正込めて育てた作物の種だけだったと言う。その瞬間に立ち会えなかったことは実に残念だった。
面白いのは残された種の数である。穀物や豆は百個以上残り、トマトやイモは二十前後、そして私が育てた賢樹を含めた樹木は一個しか残らなかったのだ。それは掲示板でも同様の報告が寄せられており、そこでは得られる作物の実の大きさに比例すると考察されていた。
ドングリは小さいではないか、と思ったのだが樹木の場合は例外である。何故なら多くの野菜は収穫したら枯れてしまうが、樹木は何度でも収穫出来るからだ。もう一度種から育て始める必要がある野菜同じ扱いは出来ないということだろう。
ちなみにイベント中に収穫した作物は種として使うことが出来ず、食糧として消費するしかないらしい。イベント中に種として溜め込んでおいて、終了後に大量生産するというある種のズルは許されないようだ。イベントの主目的が『食』なのだからちゃんと食べろと女神は仰せのようだった。
閑話休題。品評会で優勝した『幻桃』も当然一つしか種は残っていなかったようだが、モモと闇森人達が丹精込めて育てることと聞いている。他にも好評だった作物は望んだ者達に配られ、街の周囲に幾つか出来つつある畑で栽培されることとなった。この街の特産品としてコンラートが輸出するようになる日も近いかもしれない。
一方で不人気だった植物だが、自分で育てることを決意していたシオを除いてしいたけが引き取った。絶対に有効活用する方法を見付けてみせると意気込んでいたらしい。どうやら酷評されたモノの中に自分の育てた作物があったようだ。見返してやるという気概は嫌いじゃないぞ。頑張ってくれ!
「それにしても賢樹の種は美しいな。枝が付いていなければ採掘ポイントから出たアイテムだと言われても納得してしまうぞ」
「ええ。品評会で見たどの実とも違ってビックリしました」
アイリスから受け取ったのは拳大のドングリだった。殻を持たない固い実は黒く、水晶のように透き通っている。その中央には真っ赤に輝く小さな何かがあり、そこからドングリ全体に赤い線が複雑に拡がっていた。
ただし、顔を近付けてよく見れば輝いているのは脳のような形状をしていること、そして赤い線の正体は血管であることに気付くだろう。そう言われると不気味にも思えるが、離して見るとやはり美しい。奇妙な感覚である。ちなみに【鑑定】した結果がこれだった。
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紅珠龍鱗賢樹の擬脳果 品質:優 レア度:L
確固たる意思を持つ紅珠龍鱗賢樹の特別な果実。
意思を持つために必要な擬脳という器官が移し換えられている。
この果実さえ残すことが出来れば賢樹は死ぬことはない。
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擬脳という器官を聞いたことはないが、説明文からもわかるように賢樹にとっての脳なのだろう。ハッキリとした自我を持つのに必要な器官であり、これこそが賢樹の賢樹たる理由なのだ。
つまり賢樹は枯れる前に自分の脳ミソを引っこ抜いて果実に仕込み、地面に落ちて芽吹くことで復活するのである。これって自我を果実に保存しておき、枯れた後でも自力で転生するということでは?再び芽吹いた時、私のことを覚えていてくれたら嬉しいなぁ。
「さて、このドングリをどこに植えるかだが…中庭にしたい。いいかな?」
「大丈夫ですよ。まだ噴水しかありませんし、噴水と賢樹を中心に中庭の景観を整えて行けばいいですから。ただ、植える場所は少しだけこだわりたいです」
中庭には『怨嗟の灼獄血』が溜まった噴水があり、そこに植えればいつでも望んだ量を掛けてやれる。故に中庭が良かったのだが、私の感性では中庭に植えて良いものかわからなかった。アイリスも許可してくれたので問題はあるまい。
思い立ったら即実行、ということで私とアイリスは中庭に向かった。そして賢樹が成長することも考慮して池から少し離れた場所の地面を掘り、肥料となるカルの糞を全て放り込んでから混ぜておく。擬脳果を植えてから『怨嗟の灼獄血』をたっぷりと掛けてやる。更に【樹木魔術】の成育で成長を促進してみた。
強引に成長を促すこの魔術なのであえて呪文調整によって意図的に弱めて使ったのだが、それでも効果は絶大であった。魔術を使った直後に掘り返したばかりで柔らかくなった土を掻き分けて可愛らしい双葉が顔を覗かせたのである。
賢樹は双葉を揺らして土を払う。そして私とアイリスに気が付くと、嬉しそうに双葉をピョコピョコと揺らした。おお、私達のことを覚えていてくれたのか!何だか凄く嬉しいぞ!
「久し振り…言うのもおかしいか?とにかく、無事に芽を出してくれて何よりだ。何か欲しいものはあるか?」
私が尋ねると双葉を噴水の方に向けて指し示している。もっと血を欲しているらしい。再び『怨嗟の灼獄血』を掛けてみるが、全然足りないのかねだるように双葉を揺らし続けた。
結局、双葉の出ている場所の地面が泥濘になるまで血を垂らすことになった。そのせいで中庭の一角がまるでスプラッタ映画並みの血の海になっている。こ、これは酷い絵面だ。血が拡がらないようになるべく早く花壇的な囲いを作らなければ。アイリスに頼むことになるだろう。仕事を増やしてしまって申し訳ない。
「とっても元気ですね!ついさっきまで種だったとは思えませんよ」
「元気過ぎるくらいだ。大飯食らいぶりは相変わらずか、全く…」
鉢植えに植わっていた時からそうだったが、賢樹は大量の『怨嗟の灼獄血』を必要とする。双葉の状態でこれほどの血を必要とするのなら、成長して大きな樹木となった後にはどうなるのだろうか?維持コストのことを考えると今から頭痛がしてくる思いだった。
しかしながら、そんなことよりも賢樹が再び芽吹いてくれたことがとても嬉しい。今度は植木鉢という制約のない状態で天を衝くほどの大きさに育って欲しいものだ。
「毎日様子を見る必要がありそうだが、賢樹は一先ずこれで良いだろう。ただ住民達と接するのは難しくなったか」
「『怨嗟の灼獄血』が危険だから、ですね」
『怨嗟の灼獄血』とその大元である『怨嗟宿りし大心臓』は説明文にもあったようにとびきりの危険物であることを忘れてはならない。浴びるだけで乗っ取られる可能性があるからだ。カルの水やりでガラス瓶を子供に持たせていたが、今更ながら非常に危ないことをさせていた。反省しなければなるまい。
まだ検証していないので、どれ程のレベルがあれば浴びても大丈夫なのかはわからない。それ故に検証が終わるまでは住民は立ち入り禁止としておくことになっている。
だが、そうなると賢樹には孤独な状態を強いることになってしまう。水やりをする私だけでなく、クランメンバーにもなるべく声を掛けるように頼んでおくか。後でメッセージを送っておこう。
「そう言えば賢樹って幾つか実を付けていたじゃないですか。赤い実だけ育てたいとか、黒い実だけ育てたいって言っている闇森人が何人かいるんです。どうにかなりませんかね?」
「うーん、可能なのかすらわからないな」
アイリスの質問に私は答えを返すことが出来なかった。賢樹は四種類のドングリを付けたが、それを地面に植えることなど考えてすらいなかった。でも、そもそもドングリというのは果実である。植物の果実には種が含まれていて、地面に植えれば基本的には芽が出るもの。そうやって植物は自らの子孫を増やすのである。
しかし、賢樹には擬脳果という特殊な果実が存在した。鉢植えがなくなった時に賢樹が成した果実であり、そうなると芽が出る果実は擬脳果だけという可能性もある。どちらが正解であるにしろ、賢樹が成長してドングリを落としてくれるようになるまでは実験すら出来ない。気長に待ってもらおう。
「優勝した『幻桃』の栽培はどうだ?メッセージで闇森人が育てると言うのは聞いたが…上手くいきそうか?」
「闇森人達が張り切ってましたから大丈夫だと思いますよ。命に代えても絶対に成功させるって言ってましたから」
「そこまで気負わなくても…」
「それを言ったのは品評会で食べた人ですね。あの味が忘れられないって目を血走らせて…」
「食い意地が張っているだけかい」
私は想像していたのよりも俗っぽい理由にガクッと転びそうになった。いや、人のやる気をかき立てるものとは案外そんなものなのかもしれない。
「シオはどうしている?自分が育てると言い張ったようだが」
「ええ。闇森人の森の一角を借りてブドウの種を植えていましたよ」
「ブドウ…?ああ!あの金属っぽい奴か!鉱人が不味いってこき下ろしてた!」
「それですね。ブドウが出来た暁にはあれを弾丸にする銃の開発を頼まれました。どうやら最初から弾丸にするつもりで育てていたっぽいです」
金属質のブドウの実を弾丸にする。それが本当のブドウ弾ってか?毒草にしようとするならまだしも、まさか物理攻撃に使う武器を作り出そうとする仲間がいるとは思っていなかった。凄い発想である。
自分だったらそんな発想は思い付かないだろう。やはり仲間がいることそのものが良い刺激になる。私はしみじみとそう思うのだった。
次回は4月22日に投稿予定です。




