迷宮イベント その一
さあやって参りました、第二回イベント当日。私の迷宮は問題なく受理され、今日のイベントで使われるそうだ。まだイベントが始まってすらいないのに、もうワクワクしてきたな!
イベントは現実時間の9時、ゲーム内の正午から説明が始まり、現実時間の23時に終了予定だ。このために私は日曜日だというのに朝6時に起きて家事を終わらせておいた。万全の状態だ。
「な、何だか緊張しますね!」
「そうだね!勝てるかな?」
イベント開始までゲーム内であと5分になった頃、アイリスとルビーがそんなことを言い出した。私にも当然、不安はある。しかし、それは勝てるかどうかではなくて私の思った通りにプレイヤーが罠や魔物の不意討ちに引っ掛かってくれるかどうかに関するものだ。楽しめば良いのさ。
「俺ァ強ぇ奴と戦れりゃそれでいいがな。」
「儂もそうじゃなあ。」
「ブレないな、アンタらは。」
戦闘狂コンビめ。この二人がどんな迷宮を作ったのか、若干不安になってきたぞ?っと、もう始まるな!
「3…2…1…!」
時計を見ながらイベント開始の秒読みを行い、時間が0になったタイミングで、私達のアバターは光に包まれた。
◆◇◆◇◆◇
第二回公式イベント。これは前回の闘技大会&品評会とは違って事前情報は一切無かった。プレイヤー達は不安と同等の期待に胸を膨らませながらイベントの開始を待機位置である街の噴水前で待っていた。
ゴーン、ゴーン…
正午を告げる鐘が街に響き渡ると同時に、待っていたプレイヤー達のアバターが光に包まれる。次の瞬間、プレイヤーは全員が真っ白な場所に飛ばされていた。
「プレイヤーの皆様、始めまして。私は『時間と空間の女神』カルフィ様の下僕である天使でございます。」
『時間と空間の女神』カルフィ。情報を集めているプレイヤーなら知っていることだが、この世界にいる女神の一柱だ。その部下である天使は、GMコールをすると出てくる存在としてプレイヤーの間では女神よりも有名である。
プレイヤーに声を掛けた天使の姿は見えない。中性的な声だけがこの奇妙な空間に響いていた。
「本日のイベントについて説明させていただきます。」
それから明かされた情報は、プレイヤーをどよめかせるに十分なものだった。フィールド上で無作為に出現する無作為迷宮の実装。それだけでも驚きに値するのに、今日のイベントはそれに何度でも挑戦出来ると来たのだから当然だろう。
今日だけは攻略の可否に拘わらず、迷宮の外に出た時点で武具の耐久値と消耗品が回復し、デスペナルティも付かない。入手したアイテムは持ち帰る事も可能。実質何のコストも無く時間の許す限り挑戦出来るということだ。
更に攻略した迷宮の数、踏破率、死亡回数などのランキングがあり、上位者には報酬まで与えられる。プレイヤーのテンションは否応なしに上がって行った。つまり、どんどん挑戦してガンガン稼ごう、という訳だ。
「これにて説明を終わらせていただきます。それでは皆様、存分に迷宮をお楽しみ下さいませ。」
天使の声が終わりを告げた瞬間、真っ白な空間に無数の浮遊する黒い穴が空いた。この中に入ることで、無作為迷宮に転移するということだろう。
穴の上には推奨レベルの表記だけがあり、ここがどんな迷宮なのかは全くわからない。それでもプレイヤーは我先にと迷宮へと身を投じる。こうして第二回公式イベントは始まった。
◆◇◆◇◆◇
光が収まると、私は見覚えのある場所で座っていた。いや、ここがどこなのかを私は知っている。
「『呪いの墓塔』の最上階か。」
ここは私が造った迷宮の最上階、即ちボス部屋だ。私は今日一日をここでボスとして過ごすのである。
「さてさて、挑戦者はいるかな…っと。」
ボスの特権として、私は今日に限って迷宮の内部を自由に観察出来るのだ。しかし、どうやら最初に我が迷宮を選んだプレイヤーはいないらしい。誰も来ていないな。
「皆はどうしてるかな?」
誰も来ていない迷宮を見ていてもしょうがない。なので私は他のメンバーの迷宮の様子を見させて貰う事にした。アイリスは…来てない。ジゴロウは…いるな。早速見せて貰おう。
「ってオイ!それは反則だろ!」
ジゴロウの迷宮、その名は『修羅の草原』という。推奨レベル25以上の現状最高難易度のフィールド型迷宮だ。円形のフィールドの中央に小高い丘がある以外は辺り一面が草原というシンプルな形状である。
その草原には大型の魔物が多数徘徊しており、これらは全て倒すと宝箱をドロップするエリートモンスターだった。あの野郎、広さを最低にして水増ししたポイントを全部突っ込んでエリートモンスターと変えてやがる。
罠やギミックの類は一切無い。居るのはやたら強いエリートモンスターとボスだけだ。極端なんてレベルじゃねぇぞ!?
「…うん、倒せそうだな。」
プレイヤーパーティーは、彼らに気付いたエリートモンスターと戦闘になった。推奨レベル25以上に挑戦するだけあって、中々に堅実な戦いっぷりだな。確実に攻略組だろう。
牛型のエリートモンスターはかなりタフだったものの、五分も経たない内に瀕死状態だ。彼らならきっと倒しきるだろう。
「あ、倒したか。で、こっからどうするかなんだよな。」
最後まで優勢なまま、プレイヤー達はエリートモンスターを討伐した。彼らは宝箱を入手して中身を確認して大喜びだ。彼らの実力なら当然なのだが、ここからどうするかで迷宮を攻略出来るかが決まるだろう。さて、どうなる?
「あーあ、欲かいたな。」
彼らは中央の丘を目指すこと無く、他のエリートモンスターを狩る事にしたらしい。これは終わったな。
宝箱がもっと欲しい気持ちはわかる。だが、ここの主はジゴロウがインストールされたモンスターだぞ?万全の状態でも厳しいだろうに、わざわざ自分からエリートモンスターと戦って消耗していくとはな。正に自殺行為だ。
因みにジゴロウが演じるボスはレベル30の大鬼だ。二メートル半はある筋骨粒々の肉体とジゴロウの戦闘センス…絶対に戦うのはゴメンだな。
結果は見えているし、他の所へ移ろう。源十郎は…いるな!見せて貰おう。まず、迷宮の名前は『虫の楽園』か。推奨レベルは同じく25以上。ジゴロウと同じフィールド型だが、こちらは鬱蒼と木々の生えた森だな。形は正方形で、ボスエリアはプレイヤーの初期位置から最も離れた端か。ジゴロウと違ってフィールドを探索させる気満々だな。
出現する魔物は虫系統で統一されているな。源十郎と同じ虫人系もいれば、状態異常を引き起こす蝶や糸で罠を張る大きな蜘蛛など見たことの無い魔物も多い。罠も落とし穴や魔物を呼び寄せる香りを付ける植物など多岐に渡る。私並みに殺意の高い迷宮に仕上がっているな。
源十郎演じるボスはレベル30の戦甲虫人のクワガタタイプだ。武器はいつもの刀とは違って曲剣の四刀流である。本気っちゃあ本気だが、普段の姿のままではないのは用心のためなんだろう。
挑戦しているのは…なんだか見覚えがあるな。あれって、ジゴロウを討伐しようとした攻略組の一つか。名前は知らないが、実力はあるのだろう。頑張ってくれたまえ。
ここはボスにたどり着くまで時間が掛かりそうだな。じゃあ次はルビーの番…
「うわぁ…」
彼女の迷宮を見た私の第一声はそれであった。迷宮の名前は『水の回廊』で、推奨レベルは20で私達より少し低めだ。回廊の名前の通り、狭い通路を進むタイプである。
これだけなら私が引くことは無いだろう。しかしルビーはある意味ジゴロウと同じレベルで迷宮を魔改造していた。彼女の迷宮は、人の膝上辺りまで常に水没しているのだ。迷宮の広さや出現する魔物のレベルを下げてまで迷宮全域を水浸しにしたのである。
これは歩きにくいだけが目的ではない。どうやら注水口が天井に、排水口が床に有るらしく、常に水が落ちるバシャバシャという音が響き続ける。これだけでも軽い拷問だと思うのだが、更に床がデコボコしていてバランスを崩し易い。その上、蛇でいっぱいの落とし穴や天井から降ってくる粘体、果ては足元に噛み付いてくる魚の魔物など悪辣な罠までてんこ盛りだ。
そして気力と体力を消耗してたどり着いたボス部屋で待つのは巨大粘体のレベル25。極めてタフかつ身体から無数の分身を生み出す魔物だ。当然のようにここも水浸しで、水中を自由に泳げる粘体にとっては最高の場所にちがいない。
これ、推奨レベルを10は上げた方がいいんじゃない?あ、落とし穴に嵌まったプレイヤーが溺れ死んだ。水没してるから何の変哲もない罠が即死コースなんだよなぁ。まだ四分の一も進んで無いんだけど、これは全滅コース確定かな?
「お、来たようだな。」
三人の迷宮の様子を伺っていると、私の元にも侵入者が来たという通知が入った。さあ、プレイヤーの諸君。楽しんでいってくれ。
◆◇◆◇◆◇
プレイヤーパーティー、『剛院具枚植威』はトッププレイヤーと呼ばれる集団の一つである。リアルの友人六人で構成されており、勇者ことルーク達のような派手さはないが確かな実力と堅実なプレイング、そして何よりもメンバーの人柄の良さで知られたパーティーだった。
そんな彼らはまず推奨レベルに余裕のある迷宮を攻略してから高難易度の迷宮に挑むことにした。そして推奨レベル20の迷宮を見事攻略し、消耗品を補充してから腕試しとばかりに推奨レベル25の迷宮に挑戦したのだ。
「ここが推奨レベル25以上、『呪いの墓塔』か。」
「結構雰囲気あるなぁ。」
無作為迷宮の入り口である黒い穴を潜った先に待っていたのは、墓地に佇む外壁が剥がれ掛けた塔であった。墓地は広く無いが、彼らの周囲以外は濃霧が発生していて先が見えない。空は昼間であるのに薄暗く、暗雲が立ち込めている。かなりホラーチックだ。
「迷宮の名前が墓塔なんだし、ここに入ればいいんだよな?」
「そうだろうけど、周辺の探索はどうする?」
「隠し宝箱とかありそうだよな。」
「けどあんまり時間を掛けると色んな迷宮を巡れないぞ?俺たちは攻略数で勝負するって決めただろ?」
「どうする、リーダー?」
『剛院具枚植威』のリーダー、剛鬼は少し悩んだ末に首を振った。
「攻略数で勝負する方針だし、寄り道は最低限にしよう。」
「わかった。なら、早速入ろうぜ。」
そう言って斥候職のプレイヤーが塔の入り口を調べて罠が無い事を確かめてから扉を開ける。扉は重厚で立派だが錆び付いているおり、嫌な音を立てながら開く。六人は意を決して中に足を踏み入れた。
『呪いの墓塔』の内部は真っ暗で、ほとんど前が見えない状態であった。パーティーの魔術師は【探索魔術】を使えるし、魔力切れに備えて腰に吊るすランタンも持っている。全く問題は無かった。
「右も左も骸骨だらけだな…。」
墓塔の内部は地下墓地に着想を得たイザームがデザインしているので、通路の壁はみっちりと骸骨が詰まっている。普段から彼と彼の下僕を見慣れている『夜行』の面々ならともかく、そうでない者にとってはかなり恐ろしい空間だ。『剛院具枚植威』はおっかなびっくりと言った様子で進むのだった。
そうして探索していると、先頭の斥候職が何かに気付いた。そちらを窺うと、通路の先に魔物が居るのが見える。記念すべき、かどうかはわからないが『呪いの墓塔』での初戦闘だ。
「【鑑定】の結果は三匹とも高位屍体!レベルは21が二匹で残りが22だ!」
「了解!」
【鑑定】の結果がイザームのものよりも大雑把なのには理由がある。これは誰も、それこそイザームすら知らない事だが、魔物の保有する能力を読み取るには【鑑定】だけでなく【言語学】が必要だ。これは【言語学】によって魔物の認識をプレイヤー用に置き換えている、と言う隠し仕様があるからだ。
また、プレイヤーを【鑑定】しても能力の情報は出ないようにされている。なので、【言語学】を取った状態で【鑑定】すれば一発で相手がただの魔物か魔物系プレイヤーなのかは判別可能なのだ。
この仕組みに誰かが気づけば自然と【言語学】所有者が増え、それに伴って魔物プレイヤーとコミュニケーションが可能な者が出てくるはず。そうなれば人間系と魔物系のプレイヤー同士がパーティーを組むのも夢ではないのだが…現状は無理である。
「ゾンビって言えば弱点は火だって相場は決まってんだ!火槍!」
魔術師の放つ火の槍が高位屍体を燃やす。予想を外れず火属性に弱い高位屍体は、まるで松明のように燃え上がった。
「このまま…がっ!?」
この調子で行けば余裕だ。パーティー全員がそう思った時、彼らの左右から、即ち壁から突然に槍が何本も飛び出して来たではないか!
しかも槍を食らったのは、火力要員である魔術師だった。皆に守られていて注意が油断していたのだろうが、それを考慮しても想定外の奇襲である。一体、何が起こったのか?
「壁だ!壁が魔物なんだ!骸骨壁のレベル22だ!」
骸骨壁とは、イザームが地下墓地で遭遇した骨壁の進化した魔物だ。骨壁のような単なる壁ではなく、武器系や魔術系の能力を保有する攻勢防壁(魔物)なのである。
骸骨壁はプレイヤーが戦闘する突入するまで息を潜めていた。そして油断したころに壁の一部に擬態させていた、骨を組み合わせて作った槍で攻撃した、と言うカラクリである。
「「カタカタカタ!」」
「「オオォオ!」」
「に、逃げろ!」
前方と左右を囲まれた『剛院具枚植威』は、何とか離脱に成功する。しかし、初戦で大失敗したのは精神的な痛手だった。特に見抜けなかった斥候職とダメージを食らった魔術師のプレイヤーはとても悔しそうだ。
「この迷宮を造った奴、絶対に性格が悪い…、」
魔術師を担いで逃げていた剛鬼は、逃げきった後に憔悴した顔でそう呟いたという。彼らの『呪いの墓塔』の踏破率は未だ10%未満。ボスまでの道程は、まだまだ長い。
田舎のヤンキーめいたネーミングのパーティーですが、中身は至ってまともな人たちです。




