お祭り騒ぎ その二
品評会は順調に進んでいる。正統派の美味しい野菜や素晴らしい効能はあれど不味い薬草なんかは大人しい方で、ケタケタと笑う果物や死ぬほど臭くて苦いピーマンなどどうやったらそんなものが作れるのかわからない謎の作物がいくつもあった。
多種多様な作物が代わる代わる饗されては悲鳴を上げたり感動したりとリアクションを取る審査員達と、その様子を屋台の料理を片手に見て爆笑したり羨ましがったりする観客達。やはり大人数で集まるイベントとは良いものだ。
「もぐもぐ…いやぁ、笑いが止まらないよ!屋台を用意しておいて大正解だった!」
その様子を世間話をしながら眺めていた私とウスバの背後から声を掛けたのはコンラートだった。彼は両手に自分の商会員が出した屋台の料理を抱えつつ上機嫌になっていた。それもそのはず、彼はこれから莫大な財を築くことが出来ると確信しているからだ。
この街は物々交換が基本であるとコンラートに伝えていたのだが、彼は物々交換にも応じると言いつつゼルでの支払いを推奨したのである。鉱人は独自の通貨を持っているし、四つの種族に貨幣がどんなものかは既に知っているので物珍しそうにしながらも受け入れていた。
物々交換しかやったことのない者の方が多い彼らがあっさりと貨幣を受け入れるのには理由がある。物々交換でも適切な取引を心掛けているが、ゼルを使うのならば割り引くことにしたからだ。割引…その甘美な響きには誰も抗うことは出来ない。彼らは挙ってゼルを得るべく様々なアイテムを『コントラ商会』に売り込んだ。
彼らは普段から家に物々交換に使うためのアイテムを蓄えあるのだが、それを大放出して現金にしてから屋台の料理を勝って楽しんでいる。『コントラ商会』は割引することで損をしたのではないかとも思えるが、実は彼らこそ一番得をしたと言っても過言ではない。それには三つの理由があった。
一つ目の理由はアイテムを大量に買い取れたからだ。ティンブリカ大陸にしかいない魔物の素材を他の大陸に持ち込めば間違いなく売れる。ただでさえ珍しい品というだけで金持ちが自慢するために買いたがるものだからだ。
特に獣系の魔物の毛皮や魔魚系の魔物の鱗は加工するともっと美しくなる。加工に必要な費用を鑑みても、きっと『コントラ商会』は大儲けするに違いない。
二つ目の理由はこの街にゼルという世界中で使われている通貨を導入することに成功したからだ。実は貨幣経済の便利さを知っている私達もゼルを導入したいと思っていたのだが、それは無理だった。理由は明白で住民に行き渡るほどの現金を我々が持っていなかったからである。
その点、プレイヤーでもトップクラスの資産を持つ『コントラ商会』は唸るほど金を持っている。それこそ純朴な住民が持ってきたアイテムを買い叩く必要すらないくらいに。ただ、住民を食い物にしなかったのは我々との関係を考慮したのに加えて理由があった。
それこそ第三の理由であるこの街に拠点を置いた時に受け入れられるようにするためだ。この街で我々や住民からティンブリカ大陸産のアイテムを買い取り、逆に他の大陸から輸入したアイテムを売る。つまり『コントラ商会』が独占状態の大陸間貿易が成り立つということだ。
『コントラ商会』が店舗を構えたなら、住民の中でも商売に興味を持つ者が出てくるはず。互いにしのぎを削り合いながら商人として成長し、ゆくゆくは大通りが活気に溢れる商店街となってくれると嬉しい。
我々にとっても利益のある話なのだが、経済の面から街を支配されてしまうのではないかという懸念もある。それについてはコンラートも承知しているようで、街での商売が軌道に乗った時点で信頼出来る他の商人にもこの航路を教えるのだと言う。そうなれば我々のことも表に出る訳だが…出ても大丈夫なくらいに力を溜めておく必要があるな。
「もぐもぐ…それで例の件、考えてくれたかい?」
「新しい港町とそれを繋ぐ運河の建設…大事業になるぞ」
そして今日、『コントラ商会』として我々『夜行衆』に提案したのが港町と運河の建設という壮大な事業計画だった。港町は小舟を浮かべるのではなく、外洋へ出られる大型船をいくつも停泊させられる規模のもの。運河は我々が最初にシラツキを着水させた場所でもある『地を巡る大脈河』からこの街を通って建設予定の港町まで繋げるのだとか。
その計画が実現すればきっと便利になるだろう。運河を管理しておけばフィールドを歩くよりもずっと速く、安全に港町まで移動出来るのだから。
しかし、大規模な建設には大量の資材と大量の労働力が必要となる。大規模な建設事業は国を傾けるほどにコストが必要だ。秦の始皇帝が築いた万里の長城や隋の煬帝が築いた大運河など、無理をして造ろうとすればとんでもないことになるのだ。
幸いにもしいたけとアイリスの合作である重機型魔導人形が完成しつつあるから労働力はかなり削減出来る。それに必要とあらば鉱人の戦術殻使いを助っ人として雇えば良い。こちらはどうにかなるだろう。
労働力はどうにかなるとしても、資材の問題が残っている。石材と木材だけでもこの街の修繕に使った分の数倍必要だ。根気よく集めなければなるまい。そして最後にして最大の問題は…既に工事の予定が複数あることだった。
「悪いが街の城壁の再建とフェルフェニール様の巣の整備を優先したい。それが終わるまでは港と運河など考えられんよ」
「むしろ好都合だね。ウチの従業員にそっちも手伝わせれば能力経験値が積めるからさ」
「…その従業員がまさか住民ばかりとは思わなかった。その方がこちらにとっても都合が良いのも確かだが」
コンラートがこの大陸に連れてきた商会員は、彼の護衛兼秘書兼執事であるセバスチャン以外は全員が住民である。『コントラ商会』にはプレイヤーの仲間もいるが、それ以上に住民と呼ばれるNPCを雇っているのだ。
その理由は二つ。一つ目は情報の漏洩を防ぐため。どれだけ言い聞かせたとしても、関わるプレイヤーが増えるとどこかで情報が漏れる可能性が高まる。コンラートとしても今はまだティンブリカ大陸と我々の存在を隠しておきたいので、それを避けるためにプレイヤーの同行は最小限にしたのだ。
しかし、二つ目の理由の方が重要だろう。『コントラ商会』が目指すのはただの貿易商ではなく、幅広い業種を傘下に置く複合企業だからだ。そのためにはプレイヤーよりも住民の方が統制が取りやすい。その結果、今のところプレイヤーの商会で最も多くの住民を雇っているのが『コントラ商会』だった。
『コントラ商会』は複合企業を目指しているので、様々な職人を雇っている。その多くは様々な理由から腕は良いものの仕事がなくて生活に窮していた者達だ。コンラートにとっては実に都合の良い人材であり、彼らを他のプレイヤーに先んじて破格の条件で雇い入れたのである。
せっかく身に付けた技術を活かせず、腐っていく彼らからすればコンラートは救世主にも等しい人物だ。恩義に報いるため、彼らは精力的に働いている。そんな職人の中でも優秀で、かつ異種族に偏見を持たない人材を我々の街で働かせるべく連れてきた。それが今も屋台で食べ物を売っている者達なのだ。
その職人の中には建築家や大工、石工なども含まれていて、彼らには都市の港町の予定地の調査やその設計、建設時の協力など重大な役割が与えられている。その道のプロが設計するのならば完成度は高くなるのだろうが…だからこそ必要な物資の量も正確なので気が遠くなるな。
「城壁を見たときのアラン君の顔を見せてあげたかった!『こんなものは城壁じゃない!ただの積み石だ!』ってキレてたからねぇ…街の中を見た途端に機嫌を治したけど」
「アラン君と言うと…確か開口一番に『街の再建を指揮した者と話がしたい』って言った男か」
「ああ、あれは傑作でした。自分が呼び出したアイリスさんとしいたけさんの姿を見て硬直した時の顔は」
コンラートはケラケラと明るく、ウスバはフフフと静かに思い出し笑いをしている。彼らが思い出しているのは品評会が始まる前、コンラートが連れてきた者達と打ち合わせを行った時のこと。屋台を出す位置を決めて話し合いが終わるが早いか、瓶底眼鏡を掛けた痩せ型の男性が私に詰め寄ってそう言った。
興奮する彼をどうにか宥めすかしてから二人の女性陣を紹介したのだが、流石に触手が生えた岩と棘だらけで手足の生えたキノコが現れるとは思っていなかったらしい。眼鏡をずらしつつ顔を引き攣らせていたよ。
私だって何も知らなかったら似たような反応をするだろうから、二人のように笑うことは出来ない。むしろ初見で動じなかったらその人はよほど剛胆な人物だと思う。
「とにかく、城壁とフェルフェニール様の巣を優先すること条件を飲んでくれるなら私としてはインフラ整備には賛成だ。便利になるし、何よりも面白い。皆にも意見を聞くが…反対する者はいないだろう」
「決まりだ!これから忙しくなるぞぉ~!」
「お、そろそろ私の番が回って来そうですね。行ってきますよ」
商談が成立して固い握手を交わす私とコンラートを尻目に、ウスバはジゴロウ達との手合わせのために街の外に向かった。普段は何を考えているのかわからないように振る舞っているように見えるウスバだが、さっきの口調にはほんの少しだけだけども高揚しているように思える。それだけ手合わせを楽しみにしていたのだろう。
それからはコンラートと品評会を眺めながら雑談を楽しむことにする。今は審査員が食べた見た目は何の変哲もないトマトを食べた瞬間、全員が口から火を吹き始めた。味は甘いとコメントしているが、話す度にバーナーのように火を吐くので非常に危ない。誰が何を使ったらこんなことになるんだ、と半ば感心しながら祭りの雰囲気を楽しむのだった。
次回は4月10日に投稿予定です。




