再会と約束
私とカルが飛んでいることにアン達も気付いたようで、こちらに向かって手を振っている。我々は海上すれすれを飛行して会話が出来るくらいの距離にまで近付いた。
「よう、王様。カルの坊やも元気そうだね」
「そちらこそ壮健で何よりだ、『青鱗海賊団』の諸君。それでどうした?品評会には来ると言っていたが、あまりにも早すぎると思うのだが…」
「いや、品評会には行かせてもらうよ?それとは別にこの大陸を拠点に探し物をしようと思っていてね。それで寄らせてもらったのさ」
ふむ、アン達にも事情があったようだ。それにしても探し物ねぇ…我々が協力するのも吝かではないが、わざわざ『探し物』と言って簿かしたのが気になる。何を探しているのかは秘密にしておきたいのかも知れない。一応聞いておこうか。
「探し物に必要なら手を貸すぞ?イベントは植木鉢の世話をするだけだから、街の再建が終わり次第暇になるんだ」
「いや、良いよ。気持ちだけ受け取っとく。あたし達だけで十分さね」
予想通りやんわりと断られたか。無理に聞き出そうとすると気分を悪くするだろうし、この話題はここまでにしておこう。むしろこちらから一つ情報を渡してみるか。これに関しては互いに情報を共有しておいた方が良いのだから。
「そうか。なら頑張ってくれ。ポーションの補充や武具の修理なんかが必要だったらアイリスとしいたけに頼むと良い。海中でしか得られないアイテムと交換になると思うが」
「そいつは有りがたいね。世話になるよ」
「それと前に獄獣の大群と戦った場所があっただろう?彼処が面白いことになっているぞ」
「へぇ?岸に着くまでの間に聞かせてもらおうじゃないか」
私達は移動を開始した。その間にフェルフェニール様のことを話してみる。かの龍帝が丘を崩して地獄穴の上に巣を作ったことと、頼めば気楽に地獄へと連れていってくれることだ。
アン達の反応は上々だった。彼女と仲間達は地獄がどんな場所だったのか、そしてどんな敵と遭遇したのかを積極的に聞いてくる。完全なる未知のフィールドに興味を持つなと言う方が難しいだろうよ。私は獄獣とは一度しか戦っていないし探索を始めたばかりだと前置きしつつ、地獄の環境について詳細に語った。
その時、フェルフェニール様がどうやって地獄へ連れていくのかはわざと教えなかった。妙に良い香りのする舌に包まれる経験は、誰かから聞いていてはその衝撃は随分と少なくなってしまうからだ。
彼女達には是非とも私達と同じ気持ちを味わって欲しい。そして感想を聞かせてもらおう…きっと、私に顔があればとても悪い顔をしていたことだろう。
「面白そうだね。海から離れるのはあんまり好きじゃないけど、アタシ等もちょいと行ってみるとしようか」
「見つけたアイテムで必要ないモノがあれば買取か物々交換に応じるぞ。ああ、それはそうとアン達は植木鉢に何を植えたんだ?良ければ教えてくれ」
「良いよ?ほら」
軽い調子で了承したアンは彼女が跨がっている鯱の鞍から海に垂れている紐を引っ張り上げる。するとその先には紐で結ばれた植木鉢があった。植木鉢の中に満たされているのは大量の砂と貝殻、そして海藻とその中心から生える薄紫色の花を咲かせた苗だった。
これは…あれか。水中、というか海中で育てているのか。アン達は海で活動するから、海水で育つ植物を作り出しているのだろう。後ろを振り向くと『青鱗海賊団』の団員は全員が同じ方法で別々の作物を育てていた。
「さしずめ海中栽培と言ったところか…ちなみにアンのは何の野菜だ?」
「これはナスだね。団員はそれぞれ自分が好きな野菜や果物を育ててるよ」
「上手く行けば海中での活動に有利な効果を持つ作物に育ちそうだな…しいたけ辺りが種になったら買い取りたいと言い出しそうだ」
「値段によるねぇ、それは。種じゃなくて素材として売ることはあるかもしれないよ?ま、完成する前にする話じゃないことは確かだね」
アンと皮算用をしている間に我々は大陸の岸にたどり着いた。そこで別れて私は今日の成果を確認しつつ、宮殿へと帰還する。そしてそのままログアウトした。いやあ、思ったよりも充実した一日だった。
◆◇◆◇◆◇
ログインしました。植木鉢の様子は…うおぉ、もっと伸びている上にまた形状に変化しているじゃないか。樹皮はよりゴツゴツして龍の鱗らしさが高まっているが、表面には幾つか瘤が出来ている。その瘤はどうやら樹液の塊らしく、真っ赤な水晶のように輝いていた。
瘤の中には白い球体が浮かんでいて、そのせいで瘤が眼球のように見えてしまう。おお、良い感じに不気味で私の好みだ。高さは一メートルほどにまで成長しており、私が動き出したからか盛んに枝を揺らしている。やはり何らかの手段によって外の情報を入手しているようだ。
私はインベントリから『怨嗟の灼獄血』入りガラス瓶を取り出して植木鉢にゆっくりと回しかける。すると若木は嬉しそうに枝を揺らした。これが嬉しそうだと判断出来るのは、偏にアイリスの触手で慣れているからだと思う。人生、何が役に立つかわからんものだな。
「これで良し…うおおっ!?何をする!?」
ガラス瓶一本分を水やりしたのだが、若木は枝によって私をベシベシ叩いてくる。まさか、これでは足りないと不満を訴えているとでも?昨日はこれで十分だったのに…大きくなったから仕方がないか。
私は急いで中庭に向かうと、嵩が少しだけ増えた血の噴水から手持ちのガラス瓶が全て満タンになるまで汲んでから部屋に戻って水やりを再開する。そして若木は四本目、すなわち最初の一本も合わせて五本分の血で満足した。ううむ、急に大飯食らいになったらしい。明日以降に備えてガラス瓶を多めに確保しておくか。
「枝振りも良くなったな…少し繁り過ぎかもしれん。剪定は…えっと、不要な枝を切り取ることなんだが…嫌か」
背が高くなったと同時に枝も伸び、葉も増えたので剪定が必要かもしれないと思ったので若木に直接聞いてみた。すると言い終わる前に樹皮を逆立てて反抗する。言葉を理解してくれると楽だなぁ。
しかし、剪定という行為は確かに枝を切り取るので樹木にとっては怖いかもしれない。だが、単に樹木を傷付けるだけではない。外見を整え、風通しを良くして成長を促すものなのだ。私は素人だが、若木は言葉を理解しているので本人が邪魔だと思う枝を切ることが出来るはず。もう少し説得してみよう。
「自分の身体だからわかっているとは思うが、例えばこの二本の枝が引っ掛かっているだろう?これがそのまま伸びたら両方の枝にとって良くない。伸びが悪くなったり病気になりやすくなったりするらしい。それでも良いのか?」
私が昨日ネットで調べておいた剪定の効果について語ってみると、若木は悩むように枝を揺らす。おお、悩んでいると言うことは説得の効果が出ていることを意味している。あと少しで受け入れてくれそうだ。
「私は素人だから、お前にとって不要な枝だけを切るつもりだ。伸び過ぎて鬱陶しい枝を教えてくれれば良い。それでもまだ嫌なのか?」
ここまで言ってもダメなら説得は無理だろう。そう思っていると若木は観念したように枝を垂らしつつ、何本かの枝だけをピンと張っていた。どうやらこれを切ってくれと言いたいのだろう。よし、説得に成功したぞ!
私はインベントリにしまっていた大鎌を取り出して装備する。私が持つ数少ない刃物がこの大鎌だ。これの扱いならもう熟練の域に達しつつある。寸分違わず枝を切り取る自信はあるのだが…若木は怯えからか樹皮を逆立てながら枝を震わせている。
…少しは信用してくれよ。私はお前を育てているのであって、雑草扱いしている訳ではないのだぞ?悲しいことだ。
「動くなよ?動いたら余計な枝まで切れるからな…よっと」
私が軽く大鎌を振るうと、若木は大きく仰け反るようにして回避してしまう。おい!避けたら意味がないだろうが!私は再び大鎌を振り上げて…気がついた。私の大鎌はかなり危ない効果を持っていることに。
【吸魂】と【穢血】はそれぞれ魔力吸収と状態異常付与の効果がある。若木の剪定に使うにはあまりにも物騒過ぎた。女神謹製の鉢植えに植わっているので枯れることはないと思うが、これは私の判断ミスであろう。私が鎌をインベントリにしまうと、若木は安心したように枝を垂らした。
「悪かった。普通の…いや、切れ味の良い刃物を持ってくる。待っていてくれ」
私はその足でアイリスの工房に向かう。街の再建に伴って、宮殿の奥まった場所にアイリスの工房を建造している。そこは広くて専用の道具を数多く揃えてあった。ここで彼女は毎日のように様々な武器や防具を製造しているのだ。
彼女のアシスタントとしてトワもここにいる。前はしいたけの助手も務めていたのだが、新薬の実験で起こった事故に巻き込んで彼女を破壊しかけたことがあるらしい。二度とそんなことをさせないためにもアイリスは人手が必要な時には自分が手伝うからと言ってトワを取り上げた。きっとアイリスは良い母親になるだろうよ。
「あれ?イザーム。どうしたんですか?」
「少し頼みたいことがあってな。その…剪定鋏が欲しいんだ。なるべく速く」
「イベントのためですね?そんなこともあろうかと…じゃじゃーん!」
自分で効果音を付けながらアイリスが取り出したのは、一挺の鋏であった。その形状は変わっていて、交差する二枚の刃は両方とも湾曲している。大昔に祖母が生け花で使っていた花鋏ではなく、近所のお爺さんが盆栽に使っていた剪定鋏そのものであった。
握りの部分にはバネが仕込まれていて、握ることで枝葉を切った後に力を抜くだけで元通りになる機能が備わっている。本当にアイリスは器用だな…ただ、その握りの部分は妙に大きいのが気になる。ここにもまだ秘密がありそうだ。
「こちら、ただの剪定鋏じゃありませんよ?ここにこの専用アタッチメントを装着すればあら不思議!高枝切り鋏に大変身するんです!」
「…通販番組かな?」
「えへへ…ちょっとやってみたかったんです。はい、どうぞ」
私のツッコミに対してアイリスは照れながらそう返した。何はともあれ、これで剪定鋏は手に入った。ありがたく使わせてもらおう。しかし、何の見返りもなくもらうのは気が引ける。手伝えることがあるか聞いてみよう。
「ありがとう。代わりに何かして欲しいことはあるか?」
「うーん、そうですねぇ…あ!じゃあ明日は空いてますか?ちょっと頼みたいことがあるんです」
「うーん、残業にならなければ大丈夫だ。で、その内容は?」
「内緒です」
手伝いの内容は秘密なのか。少しだけ不安ではあるが、剪定鋏の礼を提案したのは私自身だ。それに他ならぬアイリスの頼みとあらば断れない。滅茶苦茶なことをさせられることも彼女に限ってはないだろう。私は彼女の頼みに同意し、自室へと戻るのだった。
次回は3月29日に投稿予定です。




