地獄の血の池
大地砦に向かって灼血獄獣は血液の噴射を続けている。だが、強力な防御魔術が作り出した堅牢な土壁は灼熱の血液を完全に防いでいた。
だが、それも無限に続く訳がない。現に血液が当たる度に土が抉れていて、壁は少しずつではあるが薄くなっているのだ。可能な限り素早くこの気味が悪い獄獣を倒してしまおう。
「穿矢乱雨っす!」
「うおおっ!食らえぇ!」
「…素直に武技を使いましょうね」
シオは矢の雨を降らせる武技を用いて土壁の内側から攻撃を開始した。一度に消費する矢の数は多いが、広範囲を攻撃可能な武技である。アイリスとしいたけも金属球を投擲し始めた。砲丸投げの球ほどもある金属球は『槍岩の福鉱山』で得た金属の余りを全て混ぜて作った使い捨ての粗悪品である。物理ダメージしか与えられないが、今はそれで十分だ。
だが、何故か武技を使っていなかったしいたけは大暴投をして明後日の方向へとアイテムを飛ばしていた。アイリスは触手で投擲を続けながら、落ち込むしいたけを諭しているのは少し面白い。
「チマチマ戦うのは嫌いなんだがよォ…」
「文句言わんとってくださいや、ジゴロウはん」
「グオオッ!」
ジゴロウと七甲、そしてカルも攻撃に加わっている。ジゴロウは爪を振るって起こした飛ぶ斬撃を、七甲は召喚したカラス達を、そしてカルは【闇魔術】を灼血獄獣達に食らわせた。
灼血獄獣は触手を振り回してこれらを弾こうとしたが、全てを防ぐことは出来なかった。ほぼ全ての個体が触手にダメージを受け、その中の二体は頭部の一部を破壊されていた。
大量の血液を持っているからか、傷口からは勢いよく血液を噴き出している。特に頭部を貫かれた二体の出血はかなり酷い。それは血の池に血の雨を降らせるほどであり、しばらくするとガクガクと痙攣しながら触手を振り回し始めた。
その際、触手から血を噴射し続けていたから周囲の灼血獄獣にも被害が出ている。おっ、同士討ちとはありがたい。そんなことを考えていると他の個体が触手を心臓のような頭部に伸ばし、先端にある口で生きたまま食べ始めたではないか!
「足を引っ張られるくらいなら共食いも躊躇わないということか…恐ろしい連中だ」
「それだけじゃァなさそうだぜェ、兄弟。見ろ、傷が治ってやがる」
灼血獄獣は共食いによって傷を癒すことが出来るらしい。恐らくは【鑑定】で読み取れなかった能力の効果だろう。死にかけの味方を食べれば回復するということは、全滅するまで戦えるということになる。泥沼の戦いになる前に、一体ずつ確実に仕留めた方が良さそうだ。
「近い個体から確実に数を減らすぞ。どれを狙うのかはシオが決めてくれ」
「了解っす!じゃあ…あぐっ!?」
弓を引き絞っていたシオだったが、急に俯いて苦しみ始める。彼女の頭の上に浮かぶマーカーに何らかのマークが出ていることから、どうやら状態異常にされているらしい。間違いない。これは【呪術】による攻撃だ。
私は急いで【呪術】の効果を消すべく、同じく【呪術】の解呪を使った。その効果によって彼女の状態異常は無事に解除されたようで、マーカーにあったマークは綺麗サッパリ消えていた。
「きゅ、急に視界がグワングワンしたっす…」
「【呪術】の効果だろう。【呪術】は敵を視界に納めていないと不発になるのだが…どうやってこっちを認識しているのかすらわからん。本当に面倒な奴らだな」
【呪術】を自分が使う時には便利なのだが、敵に使われた時の厄介さと言ったら!【呪術】には敵を視界に納めていなければ不発になるという明確な欠点があるのだが、奴等には目が付いていない。そのせいでどこを見ているのかわからないのだ。
一応、大地砦の内側にいれば【呪術】から身を守れているので、遮蔽物に隠れるのが効果的なようだ。しかし迂闊に頭を出せば即座に呪われてしまうだろう。
「どうすんだァ、兄弟?ゴリ押しするかァ?」
「いや、ここは七甲に頑張ってもらおうか」
「ワイでっか?」
急に話を振られたことで、七甲は驚いている。しかし、ここは七甲の得意分野が活躍する場面なのだ。七甲なら直ぐに気付くだろう。自分の強味を一番よく知っているのは他ならぬ彼なのだから。
「何でワイが…ああ、わかったで。こう言うことやろ、ボス?」
七甲は大量のカラスを召喚すると、その群れをけしかけて灼血獄獣に向かって突撃させた。灼血獄獣は囲むように襲い掛かるカラス達へと血液を噴射し、直撃した個体は火達磨になりながら即座に消滅していく。
しかし七甲は強さよりも数に重きを置いて召喚したこともあり、数はほとんど減っていなかった。また、カラスの中には血を浴びていないのに墜落する個体もいた。あれは【呪術】を食らったのだろうが、それこそが私達の狙いだった。
「確かに【呪術】は強力やけど、視覚に頼るせいで視界を埋め尽くせば届かなくなるっちゅうこっちゃな」
「その通りだ。私も気を付けておかねばなるまい」
遮蔽物に隠れることが【呪術】の対策であり、ほとんどの遮蔽物の欠点は動かせないことだ。ならば動く遮蔽物を、すなわち肉壁を用意すれば良いのだ。肉壁を用意することに関して、【召喚術】の右に出る能力はないだろう。
灼血獄獣は視界を埋め尽くすカラスに夢中で触手を振り回し、血液を噴射し、【呪術】を乱発している。意識は召喚獣に向いていて我々のことを忘れつつあるらしい。今が攻勢に出るチャンスだ!
「今だ!一斉攻撃!心臓部分を狙え!」
七甲のお陰で我々の一斉攻撃は最高の結果をもたらした。シオの矢が何体もの心臓のど真ん中を貫き、アイリスとしいたけの投げた金属球が心臓に穴を空け、ジゴロウの飛ぶ爪撃が心臓を輪切りにし、私とカルの魔術が心臓を砕いたのである。
生き残った数体の灼血獄獣はこちらに注意が向いたが、そこに七甲のカラスが殺到した。灼血獄獣は防具を着けておらず、また【防御力強化】のような防御力を上昇させる能力もない。高いレベル故にカラスの嘴や爪では微々たるダメージしか与えられないが、裏を返せばダメージが通ってしまうのだ。
血管を鞭のように振り回してカラスを処理した時、灼血獄獣は既にボロボロであった。そこへ再び我々の集中攻撃が飛んでくる。奴等は最期の抵抗すら敵わずに急所を貫かれた。
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戦闘に勝利しました。
種族レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
職業レベルが上昇しました。1SP獲得をしました。
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よし、勝った!おや?灼血獄獣の死体が残っているぞ?地上で戦った時は全て塵になってしまって何も残らなかったのに。ひょっとして灼血獄獣に限らず獄獣は地獄で倒さないと素材が残らないのか?その可能性はあると思う。
大地砦の内側から出た我々は慎重に血の池へ近付く。そして再び紐付きのガラス瓶を放り投げた。今回は迎撃されることなく着水し、池の中に沈んでいった。私は内心でホッとしながら、しいたけが紐を引っ張って液体が手元に来るのを待っていた。
「おぉ~、ドロドロで見事に血糊っぽ…ってアババババ!?」
「よっとォ。ほれ、兄弟」
しいたけが手を滑らせたところをジゴロウが落ちる前にキャッチして私に手渡した。そこはしいたけに返してやれよと思いつつも、私は何も言わずに受け取った。受け取った瞬間、手から微少なダメージを受けていることに驚く。どうやらこの血液は高温らしく、火属性のダメージを負っているようだ。【鑑定】を使ってみよう。
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怨嗟の灼獄血 品質:優 レア度:T
太古の昔に滅び、名すら忘れ去られた獄獣の血液。
触れた者に火属性のダメージとランダムな状態異常を付与する。
死した時の怨嗟が染み込んでおり、心の弱い者は見ただけで精神を病み、力の弱い者が血を浴びれば乗っ取られてしまうだろう。
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ほほう…良いな。これは良い。とびきりの危険物という点が非常に良い!是非とも私の植木鉢に使いたい。それにしいたけの【錬金術】の素材としても悪くないだろう。しかしそうなると多めに確保して…いや、その必要もないか。この池の源泉は持ち運び可能なのだから。
説明文から察するに灼血獄獣達は血を浴びてしまった弱い獄獣なのだと思う。低レベルの住民に掛けてしまうと大変だ。宮殿で厳重に管理しなければなるまい。
私はガラス瓶をジゴロウに返すと、フワリと浮かび上がって台座の上にある心臓へと近付く。そして両手を伸ばして心臓をそっと持ち上げた。心臓は私の掌の中でも平常運転でドクンドクンと力強く動き続けている。何かしら反撃されてしまうかと思っていたら一安心である。よし、心臓を【鑑定】しておこう。
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怨嗟宿りし大心臓 品質:神 レア度:L
嘗て神に限りなく近付いた、しかし名を忘れ去られた獄獣の心臓の一つ。
複数ある中で最も大きく、血液を作り出す機能を持つ唯一の心臓である。
死した時の怨嗟は今も心臓に宿っているが、思念すら持たぬ心臓故に本来の怨嗟の矛先が何だったのかはもうわからない。
今はもう触れるもの全てを呪うのみである。
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心臓の一つと来たか…複数の心臓を持つ獄獣だったということらしい。これそのものが造血機能のある臓器だったようだから、しいたけが言った多い心室と心房はこの造血を担っているのかもしれない。解剖するつもりはないけれど。
私はこの心臓をインベントリにしまい、台座から背を向けて離れていく。すると背後からガラガラと何かが崩れる音が聞こえてきた。チラリと振り向くと心臓が乗っていた台座が役割を終えたとでも言うように崩れている。私達は探索を終えてフェルフェニール様の元へと戻り、地上へ帰還するのだった。その時、再び唾液まみれになったのは言うまでもない。
次回は3月17日に投稿予定です。




