地獄へようこそ
「と言う訳なんです」
『よくもまあ…面白いことを考えるね、うん』
思い付いたら即実行、という訳で私は一緒に来てくれる仲間を募ってからすぐに出発した。共に来てくれたのはジゴロウ、七甲、シオ、アイリス、しいたけ、そしてカルである。飛べない三人のカルに運んで貰って、我々は目的地へと飛んで来た。
その目的地とは神代闇龍帝のフェルフェニール様の住み処である。地獄穴の戦いの後、フェルフェニール様は我々が陣取っていた丘を崩してその土と岩を使って穴の上に自分の家を拵えた。流石は龍帝、やることのスケールが一々大きい。
「それで、どうでしょうか?」
『地獄にしかない土や液体か…いくらでもあるね、うん。あそこは物理法則からして違うから、地上では決して得られないアイテムが無数にあるんだね、うん』
我々がここに来た目的。それは地獄にしかないアイテムを入手し、それを植木に使うことだった。ここに来ていない者達は地獄の素材を必要としていないか、コンセプトに合わず見送ったかである。
プレイヤーである以上、未知のフィールドである地獄へ行くことに興味がない者など一人もいない。フェルフェニール様は物理法則から異なると証言したからには期待はどんどん高まっていく。しかし、意外にも植木に地獄のアイテムを使うのを嫌がる者が多かった。面白い植物が出来そうじゃない?
『それを取りに行きたいんだよね、うん?』
「はい。不可能でしょうか?」
『ううん、それは構わないよ。むしろお役目の一つを肩代わりしてもらえて嬉しいくらいだね、うん』
「おお!」
『ただ…一つだけお願いがあるんだね、うん』
お願いだって?フェルフェニール様が?地獄に行くチャンスをいただいた訳だし、難しい願いであっても叶えてみせよう。
「我々に可能なことであれば、何なりと」
『この巣なんだけどね…不恰好なんだよ、うん。これを綺麗に建て直して欲しいんだね、うん』
「建築の依頼ですか」
…頼みは何かと身構えていたのだが、まさか家をリフォームして欲しいと言われるとは思わなかった。まだ自分達の街の再建も終わっていないのだが、そのお陰でゲーム内で建築するノウハウもある。不可能ではないと思うが、どうだろうか?
私はアイリスの方を向いて、大丈夫かと確かめてみる。彼女は力強く頷いたので、可能なのだと思う。ただ、街の再建を終える前にこちらに取り掛かるのはクランのリーダーとして、そして住民にとっての王様としては悩ましいところだ。
『安心して欲しいのだけどね、小生の巣よりも君達の巣を優先していいからね、うん。気長に待つからね、うん』
「お気遣いいただき、感謝いたします」
『じゃあ…こうだね、うん』
フェルフェニール様が前肢をちょいちょいと動かすと、私の前にクエストの受注画面が現れた。クエスト名は『フェルフェニール様のお宅を大改造!』となっている。某リフォーム番組を彷彿とさせるクエスト名となっているが、本当にリフォームするから間違ってはいない。
街の再建を待ってくれるようだから、工事を無理に急ぐ必要はないようだ。こちらとしては非常にありがたい。しかし、後回しにするつもりはない。危険な砂漠への旅は少しだけ延期するとしよう。
「それで、地獄へはどう行けば良いのでしょうか?」
『ふむ…うん。じゃあ安全に送ってあげようかな、うん。びっくりすると思うけど…大人しくしておいてね、うん』
「それはどういう…!?」
私がフェルフェニール様の意図を問い質す前に、私の視界は鮮やかなピンク色に包まれる。そしてジェットコースターに乗ったかのような浮遊感を味わって…真っ暗になった。
私は身動き出来ず、それは他のメンバーも同様だ。ここがどこなのか、分かっていない者は一人もいないだろう。我々を包み込むブニブニと弾力のある、表面がヌルヌルとしている物体。これは間違いなくフェルフェニール様の…舌だ。我々は龍帝の口の中にいるのだ。
つまりこのヌルヌルはフェルフェニール様の唾液である。ば、ばっちい…と思ったがフェルフェニール様の唾液からは生臭さが感じられない。それどころか、少しフローラルな香りまで漂ってくるではないか。しかも舌は温かくて布団に包まれているようだ。どうなってるんだ、この舌は…?
「おーい。皆、無事か?」
「はい…何とか無事ですけど…」
「グルウウウウウウッ!!!」
龍帝の口の中に放り込まれたという信じがたい状況と、何故か不愉快に感じないことに皆が戸惑っているようだ。ただカル一人が不愉快そうに唸りながら牙を舌に突き立てている。
ガッツリ噛み付いているのにダメージを与えられていないらしく、その事実がカルを更に苛立たせているようだった。クランメンバーと街の住民には優しく、素直なんだけど負けず嫌いな子に育ったようだ。龍帝という恐らくはレベルを極限にまで上げ、最高の装備を整えたプレイヤーが百人いたとしても勝てるビジョンが浮かばない化物に今のカルが嫉妬してもしょうがないだろうに。
「落ち着け、カル。舌に包まれるという経験を喜ぶべきかは微妙なところであるが、フェルフェニール様に害意はない。それどころか安全に送ってくれているのだ。そう怒るものじゃない」
「グルルゥゥゥ…」
「そうふて腐れるな。悔しいと思うのなら、フェルフェニール様と同じくらい強くなってから文句を言いなさい。『口に入れる前に一言言って欲しかった』、とかな」
「グオオン」
フェルフェニール様にとってカルは親戚の子供みたいなものだから許されているのだ。そのことをわかっているのか、カルは噛み付くのは止めている。代わりに爪を器用に使って抓っていた。舌がピクピク動いているから、ひょっとすると痛いのかもしれない。
そんな状態が一分くらい続いた後、我々の後ろから赤い光が差し込んでくる。それと前後して舌が動き出し、フェルフェニール様は我々を地面へとそっと置いてくれた。
『ようこそ、地獄へ。まあ小生の土地ではないけどね、うん』
初めて訪れた地獄は思っていたよりも明るく、そして想像を越えて暑い場所だった。地の底というからもっと暗い場所だと思っていたのだが、そうではないらしい。ドロドロと流れるマグマの真っ赤な光が地獄の土と天蓋となっている岩盤を照らしているからだ。
どうやら地獄にはマグマの川や池があるようだ。どうしてそんなことがわかるのかと言うと、我々のいる場所からでも見えるほどとびきりに明るい場所が幾つかあるからである。彼処にマグマの湖があるのだろう。我々のすぐ近くにもマグマの川が流れていて、今もそこで魚が元気に跳ねる姿が…いや、待て。マグマに住む魚なんているのか。流石は地獄、何でもありか。
マグマがずっと流れているので、ひょっとしたら夜は地上よりも明るいのかもしれない。いや、昼夜の区別がないと言った方が良さそうだ。それと同時に死ぬほど暑い。どれくらい暑いかと言うと火属性のダメージを常に受けるレベルだ。幸いにも継続ダメージで死んでしまうほどではないものの、マグマの近くに行くのは躊躇われるくらいには暑かった。
「ありがとうございます、フェルフェニール様」
『かまわないよ、うん。しばらくここで寝ているから、欲しいものを集めたら戻っておいで』
「わかりました。行って参ります」
フェルフェニール様は長い舌で自分の頭をペロリと舐めてから、その場に臥せて眠り始める。その無防備さは圧倒的な強者である証拠であろう。誰に何処から襲われたところで意にも介さないに違いない。カルがあの頂に至るにはどれほどの経験を積まねばならないのだろうか?カルのためならば私はどんなに厳しい戦いにだって付き合うぞ!
ここから自由行動になるわけだが、かといってバラバラに行動すれば死んでしまう気がする。ここにいるメンバーが弱いと言うつもりはないが、狂暴な獄獣が闊歩する未知の場所で単独行動など自殺行為でしかない。群がられて食い殺されるのが目に浮かぶ。あ、ジゴロウは嬉々として戦っていそうだ。
「兄弟、こっからどうすんだァ?」
「取りあえず高いところから俯瞰してみよう。七甲とシオ、頼めるか?」
「任せてや!」
「了解っす!」
「魔物、いや獄獣には注意しろよ!」
意気揚々と飛翔していった二人の背に大声で呼び掛ける。ちゃんと聞こえたのかわからないが、二人とも無茶はしないだろうから大丈夫だろう。そのまま一分ほど待っていると、二人は翼を羽ばたかせて帰ってきた。
「どうだった?」
「ここから川沿いを上ったところにいくつか池があったっす。マグマだけじゃなくて、紫色とか黄色とか変わった色のもあったっすよ」
「幾つかは池っちゅうか沼やったけどな。逆に川を下った方はでっかいマグマの湖になっとった。色々見て回るなら川上に行くのが正解やろ」
「実際に見た二人がそう言うならそうしよう。川上に向かおうか」
我々は二人の勧めに従って川上を目指すことにした。シオの目と私の魔術によって周囲の安全を確かめながら慎重に進み始めたのだが…索敵に引っ掛かる影が全然見当たらない。これは…あれか。フェルフェニール様が強すぎて獄獣が逃げ出したのか。
舌の届く距離にまで近付いたら丸呑みにされるから、いくら狂暴な獄獣だろうと学習して寄り付かなくなってもおかしくない。魚が泳いでいるのはマグマの中にまでわざわざ舌を伸ばすことはないからだろう。つまりこの辺りは安全地帯と言うわけだ。
しかし、本当に安全地帯だと言う保証はない。我々は警戒を怠らずに地獄の探索を始めるのだった。
次回は3月9日に投稿予定です。




