トゥエンティノ沖の海戦 散華
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プレイヤーの乗る討伐隊に甚大な被害を与えた『オースティン一味』は予定通りにルクスレシア・フラーマ間の海域から撤退していた。まさか一隻を沈められるとは思っていなかったが、一番古くなっているボロ船だったので被害は然程大きくない。
それに完全に沈む前に設置式弩砲と船員を回収出来た。配下と強力な兵器があれば、新しく船を強奪することも容易である。今の自分達ならばもっと配下を増やしてより規模の大きい船団を作り出すことも出来るだろう。ジェームズの野望はどんどん膨らんでいった。
「このまま例の海域に向かうよ、兄ちゃん」
「おう。今日は風も良いし、魔術も要らねぇだろ。焦らずゆっくり行…」
ドゴン!
悠々と船で移動しようとしていた彼らだったが、大きな音と激しい衝撃が船底から響いてきた。何事かとジェームズが船縁から乗り出して海面を見ると、海中に何匹もの大型魚類の影が見えるではないか。
運悪く魔魚の群れに遭遇したのかと思ったジェームズはすぐに銛を用意させようとした。だがその前に浮上した魚の背中に乗る者達を見て彼は察した。これは魔物の群れではなく、敵の襲撃なのだと。
「敵だ!ありったけの銛と油を持ってこい!それと弩砲もだ!」
「へい!お頭…ぐあああああっ!?」
「よお、同業者さんよ!ごきげんよう、死ね!」
しかし、最初に仕掛けたのは奇襲に成功した『青鱗海賊団』の方だった。アン達は全員で持っている銛を投擲する。銛は舷側と甲板、そして甲板にいた海賊達に突き刺さった。
用意周到なことに銛の穂先には麻痺毒が仕込んであって、腕を掠っただけの海賊が数人その場で動けなくなっている。アン達は『オースティン一味』の船団の周囲を回遊しながら銛が尽きるまで投げ続けた。
「お頭、弩砲の設置が終わりやしたけど…」
「何を言い澱んでやがる!さっさとブチ込め!」
「そ、それが…真下には傾けられやせん!」
「何だとぉ!?」
弩砲は船とそこに乗る者達を狙うための武器であるが故にすぐ下を狙うことは出来ないのである。自爆してしまう可能性があるための措置なのだが、これがアン達に有利に働いていた。
アン達は騎乗する魔物の上から鍵縄を投げ、海中に引きずり込むのではなく海賊船へと直接乗り込んだ。商船にやったやり方の方が楽なのにわざわざ切り込んだのは、彼女達なりの海賊への敬意からだった。
「沈めるだけでも良かったんだけどね、それじゃあ情緒ってもんがない。正々堂々、戦って雌雄を決しようじゃないか」
「このアマァ…舐めやがって!何のつもりだ!?」
「何のつもりもなにも、海賊同士が出会ったんだよ?ヤることは一つってモンだろ…ブッ殺しな!」
「チイッ!野郎共、殺っちまえ!」
アン率いる『青鱗海賊団』は海賊船に乗り込んで、『オースティン一味』に襲い掛かった。『オースティン一味』は良質な武器を装備していたものの、アン達はそれ以上の武器を装備している上に圧倒的なレベル差がある。彼らはあっという間に数をどんどん減らして行った。
その中で善戦しているのはやはり一味の首魁であるオースティン兄弟だけだった。ジェームズは同じくリーダーであるアンと斬り結び、リチャードはそれを魔術で援護、エドワードは本能のままに暴れ回っている。特にエドワードの暴れぶりは常軌を逸しており、アンの仲間が複数人で戦っているのに一歩も引かなかった。
「うがあああああああっ!殺してやるぞおおおおおおっ!」
「うわあっ!?何だよこの馬鹿力!?」
『青鱗海賊団』の得意技である鍵縄での拘束を仲間達は試したものの、それは悪手であった。エドワードが力の限り引っ張ると彼らは力負けしてしまって数人は殴られ、他の数人は投げられたのだ。海に落ちた者達は鯱達に救われたので平気だったが、殴られたプレイヤーは甲板や船縁に勢い良く激突して倒れたところを他の海賊に急所を刺されて死んでしまった。
仲間が倒されたことに憤慨するアンだったが、同時に興奮する自分がいることを自覚していた。殺し殺され、血で血を洗う血みどろの戦いこそ海賊としてこのゲームに飛び込んだ時に望んだものだったから。その願いは今まさに叶っている。興奮せずにはいられなかった。
「ぐおおっ!何を笑ってやがる、このアマァ!」
「笑う理由なんて楽しいからに決まってるだろ!?ぐはっ…っははははは!」
「イカれ女がぁ!」
ジェームズと切り結び、リチャードの魔術を受けながらも笑みを絶やさないアンは彼らの目には不気味に映っていた。二人は海賊であって、基本的に弱者から略奪するだけである。戦いはするがそれは一方的な殺しであって、命懸けの戦いなど望んではいない。それを楽しんでいる『青鱗海賊団』は彼らから見れば狂人の集まりなのだ。
これはプレイヤーとNPCという前提の違いがある。前者は死んだ時に多少のペナルティとアイテムを失うが、結局は復活してまた戦える。しかし後者は一度死んだらそれきりなのだ。命懸けの戦いというものへのリスクが全く異なるのである。
「畜生め!俺達はこれからもっと商船を襲って、もっともっと稼ぐんだ!こんなところで殺られてたまるか!」
「随分と小さい男だねぇ!海賊なら未知の大陸を冒険しようとか古代の秘宝を見付けようとか思わないのかい?」
「ガキか!?現実を見てるだけだ!テメェは夢を見すぎなんだよ!」
アンとジェームズの戦いは激しさを増していくが、リチャードの援護があってもレベルと実力の差を埋めることは出来ない。彼ら以外の海賊も一人、また一人と討ち取られて行く。オースティン兄弟の三男、エドワードも善戦したが遂に終わりの時が訪れた。
『青鱗海賊団』の団員は八人掛かりで彼の四肢を拘束し、急所を滅多刺しにしたのである。生まれながらに高い防御力を誇るエドワードであったが、アン達はプレイヤーレベルに見合う武器を使っている。防具と言うのも烏滸がましい服はエドワードを致命傷から守ってはくれなかった。
「に、にいちゃ…痛えよぉ…」
「エド!?クソがああああっ!」
エドワードの最期を見てしまったジェームズは激昂し、防御をかなぐり捨ててアンへと斬りかかる。彼女はそれを真っ向から迎え撃ち、剣同士がぶつかり合って火花を散らす。途中からリチャードによる援護もなくなっていることにジェームズは気付いていなかったが、彼にとってはその方が幸せであったかもしれない。
アンはジェームズの猛攻を冷静に防ぎつつ、着実にダメージを与えていく。怒りによってダメージを無視していたジェームズだったが、無敵になっている訳ではない。徐々に精彩を欠いていった彼が剣を弾かれて大きくふらついた隙を見逃さず、アンは二本の剣でバツ印を書くように袈裟斬りにした。
「ガハッ…クソッタレが…」
「まだ生きてたのかい?最期の言葉ってのを言いたけりゃ聞いてあげるよ」
少しだけ驚いた顔になったアンは、右の剣を肩に乗せて左の切っ先をジェームズに向けつつ尋ねてみた。これは彼女の気まぐれだったのだが、それはジェームズにとって好都合であった。彼は最期の言葉によってアンに一種の呪いを掛けてやろうと思い付いたのである。
ジェームズには【呪術】の能力はないので、イザームのように敵を状態異常にすることは出来ない。だが言葉によって脅すことは出来ると踏んだのだ。
「へっ、どっちにしろ…テメェらは、終わりだ…」
「はぁ?そりゃあまたどうして?」
「俺達を殺したんだ…あの人が黙っちゃいねぇ」
「あの人だって?」
アンは怪訝な顔でジェームズを見下ろす。ジェームズは顔に喜悦を浮かべた。最期に思い付いたハッタリがアンに効くと確信したからだ。
「港で話題になってた前の雇い主のことかい?」
「違ぇよ…俺達に武器をくれたお方だ…。良い剣と弓、それに見たこともねぇ強力な弩砲をポンとくれたんだぜぇ…ゴホッ…ヘヘッ!俺達に随分と期待してくれててなぁ…それを殺したテメェらも終わりだ!」
言いたいことを言い切ったとばかりに苦しそうにしながらもゲラゲラ笑うジェームズだったが、自分を見下ろすアンの顔もまた笑っていることに気が付いた。まるで自分のハッタリがバレているようではないか。
「何だ、誰のことかと思えば王様のことかい。ちょっとだけ警戒したのが馬鹿らしいね」
「テメェ、何を言って…?」
「こっちも冥土の土産に教えてやるよ。あたし達には協力者がいるのさ。一人は商人、そしてもう一人が王様…その武器をくれたって人だよ」
「なん…だとぉ…!?」
ジェームズの顔は驚愕に彩られ、そのまま何かを口にする前に事切れた。物言わぬ死体となったジェームズに用はないアンはすぐに立ち上がると、団員達と共に物資の回収を終わらせる。そして甲板に油を撒き、しいたけから貰った爆薬を船内にこれでもかと詰め込んだ。これはもちろん、証拠隠滅のための下準備である。
海賊船から回収した物資は全て自分達のモノにしていいと言われているので、食糧も武器も弩砲すらもアン達の所有物だ。気前が良い王様と商人だ、とアンは笑う。同時にこれからも持ちつ持たれつでやっていきたいとも考えていた。
「それで姐さん、これからどうします?」
「そうだねぇ…」
騎獣である鯱に乗って海賊船から離れながら、アンはこれからのことを考える。彼女には明確な目標があり、それはこの広い海のどこかにいる魔物をテイムして味方にすることだ。酒場の噂話が情報源という限りなく嘘臭い内容なのだが、団員の全員が知った上でついてきている。アンは酔狂な連中だ、と自分を棚に上げて呆れていた。
これまではチマチマと海賊行為を行いながら海を探索していた。だが、アンは今回の一件で随分と目立ってしまったことを自覚している。ほとぼりが冷めるまでは人目につかない場所に潜伏しつつ、狙っている魔物を探すことに注力するのが良いだろう。
「しばらくは王様の大陸を拠点に海を冒険と洒落込もうかねぇ。せっかく海賊をやってるんだ、ロマンを追い求めて何が悪い。そうだろう、野郎共!?」
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
『青鱗海賊団』は雄叫びを上げてから、一斉に銛を投擲する。これは刺さった場所を燃え上がらせる使い捨ての魔道具だ。イザームとアイリス、そしてしいたけの合作であり、アン達は使用後の感想を教えるように言われていた。
銛は三隻の船に降り注ぎ、油が染み込んだ甲板は激しく燃え上がる。そしてその炎が船内に達した時、海賊船は大爆発を起こした。海上に美しいとは言い難い、血と硝煙の臭いを漂わせる三輪の華が咲いたのである。
それを見届けた『青鱗海賊団』は海に潜って移動を開始する。トゥエンティノを舞台に起きた騒動、その鍵を握る海賊団は事件の真相と共に海の藻屑となった。裏側で暗躍した者達がそれぞれに利益を上げたことは、当の本人達以外の誰にも知られてはいない。こうしてプレイヤーによる陰謀は幕を閉じたのだった。
次回は3月1日に投稿予定です。




